デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
1款 中央慈善協会
■綱文

第30巻 p.465-475(DK300049k) ページ画像

大正2年3月12日(1913年)

是日、日本橋倶楽部ニ於テ、当協会主催ニヨルアメリカ合衆国シカゴ大学教授ヘンダルソン博士歓迎晩餐会開催セラル。栄一之ニ出席シ歓迎ノ辞ヲ述ブ。


■資料

慈善 第四編第四号・第一〇五―一〇七頁 大正二年四月 ヘンダルソン博士歓迎会(DK300049k-0001)
第30巻 p.465-467 ページ画像

慈善  第四編第四号・第一〇五―一〇七頁 大正二年四月
    ○ヘンダルソン博士歓迎会
社会学者として又救済事業指導者として其の英明世界に嘖々たる、市俄古大学教授ヘンダルソン博士は、今回我邦に来朝せられたるを機とし、本会に於ては去る三月十二日日本橋倶楽部に於て、同博士の歓迎会を開催せり。六時半食堂を開きて一堂会食し、席上渋沢会長の歓迎の辞ありて後、博士の答辞あり、それより別室に於て博士の最も有益にして最も趣味に富める一場の講話あり、之に対し渋沢会長より鄭重なる謝辞ありて、一同散会せしは十時頃なりき。当日の来会者は渋沢男爵を始めとし、本会幹事評議員及び其の他主として斯業に関係を有する朝野の紳士淑女にして、無慮八十名に達し、此種の会合としては未曾有の盛会なりき。
      ヘンダルソン教授の講演に対する謝辞
                 (会長 男爵 渋沢栄一)
 博士並に来会の諸君、唯今博士から我帝国の現時の有様は慈善救済事業が次第に科学的組織若くは経済的制度を運用して行かねばならぬといふ其方法に就て、詳細に説き及ぼして下すつたことは、諸君と共に拝聴致して実に感佩に堪へぬのでございます。今日種々の経済的方面其他の進歩に従つて貧富の懸隔が強くなり、従て欧米にあるべき有様が我国にも必ず生じて来るといふことは、苟も国を憂へる人々の倶に与に憂慮致して居る所でございます。之に就ては相当の方法を講じなければならぬと思ひます折に当つて、実験あり学問もある、所謂経験と学理を具備された博士の如き方より、丁寧なる御講話を蒙つたことは、諸君と共に洵に喜ぶ所で、特に吾々中央慈善協会の会員としては、別して感謝の意を表さなけれはならぬのであります。
 是まで斯かる事柄に就て会合を企てましても、兎角に打寄る御方は甚だ少ないのであります。否多く集りましても今夕の如き御顔触の集ることは殆どないのであります。私は慈善事業に四・五十年も継続して居りますが、それですら多く見られぬのでございます。して見ると中央慈善協会々員として今日博士に厚く謝意を表さねばならぬのであ
 - 第30巻 p.466 -ページ画像 
ります。併し今夕お集りの方々には、博士が御講演になつたから列席したが、後とはお忘れになるといふ方はないと確く保証するのでございます。
 私共の見る所では、貧富の懸隔が段々強くなるから、救済事業は是非どうかしなければならぬと云ふ事になる、然るに之に伴つて出て来る所の所謂慈善なる者は、先づ多くは名聞慈善、或は思付慈善、或は老婆慈善、先づ多くは斯ういふ種類があるのであります。決して此所にお出の方々は今の慈善の弊害の三種類の中に数へられると申すのではございませぬが、世間にさう云ふ種類が多いといふことは決して免れないと思ひます。而して若し此三種類の慈善のみであつたならば、今博士のいはれた如き科学的或は経済的の慈善には、迚も及ばぬといふことは申すまでもないことゝ思ひます。玆に於てか博士が深遠の学識と豊富なる実験より、例を説き事を分けて充分に論及せられたことは、私共の指南車と相成らうと思ふのであります。中央慈善協会を企てましたのは、実に其所に心があつたのであります、けれども幹事其他の人々、私を初めとして力足らぬ為めに一向発達を致しませぬのは今夕御来会の諸君に対して慚愧に堪へないのでございます。併し世の中は遂に之を要求するであらうと思ひます。今夕お集りの方々は中央慈善協会のみの御方でございますまいが、社会学者・経済学者、其他の学者が御列席でありますが、少し物足らぬやうに考へますのは、実業界の方として私らと外に僅に一・二のお顔を見るはかりで甚だ寥々たることでございます。けれども是は此の後実業界上のお方が段々加はつて来るであらうと思ひますから、数年の後には中央慈善協会をして今博士のお示し下されたやうな位置に進めたいと思ひます。
 縦令市俄古のそれに及ばずとも、せめて其百分の一でも行きたいと思ひます、玆に博士に深く御礼を申上げると共に、来会の諸君に中央慈善協会の希望は此通りでございますと申上げて、此上の御援助を願ふ次第であります。
     ○ヘンダルソン博士歓迎会出席者諸氏の氏名

図表を画像で表示ヘンダルソン博士歓迎会出席者諸氏の氏名

   男爵 渋沢栄一         久米金弥 法学博士 井上友一         留岡幸助      窪田静太郎   法学博士 桑田熊蔵      安達憲忠         清野長太郎      生江孝之         原胤昭 法学博士 新渡戸稲造   法学博士 小河滋次郎 農学博士           男爵 菊地大麓   男爵 高木兼寛    理学博士      田中太郎    法学博士 添田寿一      小橋一太      男爵 阪谷芳郎 医学博士 三宅秀     法学博士      白仁武     法学博士 水野錬太郎      床次竹二郎        斯波淳六郎      白十字会         山中隣之助      東京養老園        東京育成園      無料宿泊所        千葉助成会                   前橋育児院  以下p.467 ページ画像       福田会          帝国軍人後援会      三井慈善病院       力行会      慈愛館          上毛孤児院      自立会          滝乃川学園      石川安次郎        本間俊平      本多精一         本田増次郎      大塚素          岡喜七郎      渡辺海旭         柿沼谷蔵      吉村鉄之助        高木亥三郎      頭本元貞         棟居喜九馬      植原悦二郎   ドクトル 富士川游      船尾栄太郎        藤原俊雄      藤沢正啓         森元祐      坪井直彦         三浦貢      福原有信         福岡秀猪   子爵 五島盛光         安部磯雄      桜井彦一郎        元田作之助      安原源治郎        井上信鉄      田代義徳         小崎弘道      中里日勝         小沢一      上野他七郎        小畑久五郎     (次第不同) 





〔参考〕慈善 第四編第四号・第一―一二頁 大正二年四月 中央慈善協会に対する希望数則 ヘンデルソン博士 講演(DK300049k-0002)
第30巻 p.467-473 ページ画像

慈善  第四編第四号・第一―一二頁 大正二年四月
    中央慈善協会に対する希望数則
                    ヘンデルソン博士 講演
               青山学院教授 小畑久五郎君 通訳
 社会の激変 諸君、敬愛する会長からも先程お話がありましたが、此日本は実業上及び社会上の大変化を今通過しつゝあるのでございます。又欧羅巴の実業上及び社会上の歴史を研究為すつた諸君は能くお存じでありませうが、欧羅巴に於きましても、矢張り激変のあつた時があるのでございます。昔は家族制度といふものが矢張り盛んでありました。封建制度が行はれ、藩主といふものがございまして、其下に生活状態が能く秩序を保つて参りましたけれども、段々に交通の便が開け運搬の方法が盛んになりましてから、遠近の者が相接近する様になり、其結果世界生活といふものが何れに於ても勢力を得、遂に初めは二・三の家族が他に出て、続て一村中の多数の者が都会に集るといふ具合になり、果ては無職の者或は棄児・遺児といふやうな者が段々増加して参つたのであります。さういふことで欧羅巴では非常に困つた時代があるのでございます。然るに日本は現在さういふ激変に遭遇しつゝありますけれども、まだ外国の如くに非常な貧乏人や或は厄介物を多数出すことにはなつて居りませぬ様であります、併しながら若し御注意をなさらぬと、或は欧羅巴が経来つた所の歴史を繰返すやうなことがないとは限らぬのであります。そこで私は及ばずながら之に対する御注意を申上げることの出来るのは、私の光栄とする所でござ
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います、斯かる病弊も能く防止し行く所のものは、どうしても健全なる救済事業の如きものでなければならぬと思ふのでございます。
 同情と研究 斯く社会に激変が起つて参りました場合には、自然これに応ずべき要求が起つて参りますが、其要求に対する第一の方法は同情と親切とであります、云はゞ何所までも此人情に訴へてことをするといふことでございます。是は人間として吾々は何所までも有たなければならぬ。或は宗教上、或は社会の関係上有たなければならぬことでございまして、どんな良い方法が起りましても、此同情・同感或は親切といふことは基礎にならねばならぬものと存じます。けれども是等のものは注意致しませぬと、或は弊害を醸す所の途にならぬとも限らぬのであります。
 それで唯だ同情親切といふことばかりでなくそれに就て起る所のものは之に処する研究でなければなりませぬ、かゝる社会状態の事実を綜合致しまして、之れに科学的研究を施して相当の制度を設けて社会上経済上之を導いて行くといふことにならなければ、此問題を解決する訳にはいかないのであります。これで此高尚な同情或は親切、即ち思ひやりといふことを保存すると同時にこれ等のことを善用せんが為に、玆に科学的研究を応用致しまして、其所に一つの組織或は制度といふものを設けることが誠に必要であると思ひます、それで私は是等の制度に就て今夕一場のお話を申し上げたいと思ふのであります。
 慈善事業の起因 それで一方には厚い同情の念がございますが、他の一方には色々なる人間の要求といふものが訴へて参りますからしてそこで此慈善の働きといふものゝ形式は、種々雑多になつて参る訳でございます。例へば玆に相当の暮しをして居る親子の者がありまして此子供が盲目であるといへば、親の情として其の盲目の子に有らゆる便宜を与へ、幸福を与へて遣りたいと云ふやうになる、これが人情であります。又玆に甲乙二人の友人がありまして、乙の人が相当資産家であるけれども、何か不時の災難に遭ひまして資産を失つて仕舞ふ、さうすれば甲の人が其人を労り、其人の為めに何か収容の場所を造つてやる、これが将来養老院といふやうなものゝ基になるのである、又都会には悲惨なる生活状態の下に生活する小供がある、さうすれば親切に富める人が、其子供の為めに育児院の如きものを造つてやるといふことも起つて来るのであります。斯の如くして慈善事業が起つて来るのであります。それで慈善事業の形は色々沢山あるのであります。故に今日紐育或は市俄古・倫敦等に行はれて居る所の慈善事業に関する年鑑の目録を見ましても、それだけで大きな一冊の本を作るといふ程になつて居るのでございます。総て慈善事業の制度或は組織の起ります原因といふものは、斯ういふ所から起つて参るのでございます。
 手形交換所と中央慈善協会 それから実業と科学とは誠に密接な関係を有つて居るのでございます。実業界の方は無論直ぐにお分りでありませうが、実業界に於ては手形交換所といふものがあります、その働きの内容は御承知の事でありますが、それによつて今日実業界に於て混雑を避けることが出来る、即ち実業界に科学を応用することに依て、秩序を定めることが出来るのであります。斯の如く種々雑多な此
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慈善事業に於ても、科学の応用といふことが必要なのであります。
それで英国に於ても、亜米利加に於ても、果た独逸の「ヱルベルヘルト」等に於ても、慈善事業に科学的方法を用ひまして、一慈善事業が他の慈善事業と衝突或は混同するやうなことがないやうな方法を執り又其の他の弊害を防止せんと致して居るのであります。故に今日の慈善事業といふものは、決して人情を抑圧するものでない、それを妨げるものでもないが、人情の上に科学的合理的基礎を与へて、其方法に依て之を致すのであります、丁度実業界に於て手形交換所のやうなものがあつて実業上のことを円滑ならしめ組織立たしむる如きことが出来るのであります、これが即ち欧米に於て中央慈善協会の設立せられたる所以であります。渋沢男爵を会長に戴けるこの中央慈善協会も、蓋し同一の目的と必要とを以て起つた事と信じます。
 中央慈善協会と二種の事業 此慈善協会の事業は、二種の方向を取るといふ訳になるのであります。一は中央集権とでも申しませうか、慈善協会が中央にありまして、都会にあります所の諸種の慈善事業、乃ち慈善病院の事業、或は施薬事業、或は貧民救済といふやうなものの様子を悉く調査して、さうして其知識即ち経済上の事、或は制度上の事、又如何なる働きをして居るもので何所にあるかといふやうなことを、中央にチヤント備へて置くのであります。それで例へば病院なら、あの病院ではどれ程の病人を収容することが出来るといふことを病院其者が知つて居るばかりでなく、中央に其事が分つて居る。故に或る病人が中央慈善協会に申出で来る時に、中央に於ては此病院に送れば必らず収容せらるゝと云ふ事の見当がつくのであります、又貧児孤児等に就ても同様であつてそれぞれ方法をつけてやり得るのであります。斯の如く協会と他慈善事業との関係が始終成立つて居りますから、救済を受くるものゝためにも、将た又救済を致す個人又は団体に於ても至極利便を感じ、且つ幾多の弊害を防止する事が出来るのであります。
 唯今まで申上げたことは、慈善協会の手形交換所といふやうな働らきの部分に就て申上げたのでありまして、是は皆さんの御熟知のことであらうと思ひます。
 それから申上げることは、未だ御国に実行されて居らないと思ひますが、早晩実行しなければならぬと思ふことなのでございます。それは中央慈善協会は、単に既設の慈善団体と細民の状態とを常に能く調査して両者に対し交換所的の利便を計るのみならず、他の慈善団体に於て未だ実行の出来ない事で救済を要する者に対し、何とか応急の処置をするといふ機関を設けなければならぬと云ふ事であります。
 そこでそれには基本金を要するのであるが、それは如何にして募集するかといふと、其方法に就ては多少の相違はありますが、亜米利加や英国に於きましては、有志の寄附金に訴へて之を募集致します。兎に角如何なる方法かに依て資金を得るといふことが必要なことになつて居るのであります。
 市俄古商業会議所と中央慈善協会との聯絡 こゝに説明のために、市俄古市の実例に就て一言申上げたく存じます。市俄古市では一年に
 - 第30巻 p.470 -ページ画像 
千七百万弗(二千四百万円)といふ金額を、市俄古市全体の救済資金として募集するのでございます。それは如何にして募るかといふと、市俄古に商業会議所といふやうな一つの商業団がございます。此商業団の中に慈善或は博愛事業に関する調査部といふのを設けまして、其人人に其慈善事業の方面を研究することを委ね、又人々は自由に専門家を頼んで或る慈善事業の方面を研究する権利を与へられてゐる。私の如きは一つの慈善事業を研究する任を帯ばせられて居る一人でございます。即ち其一つの、甲なら甲の慈善事業をば商業団から選ばれた委員が研究して居るのであります。尤も之を研究するに就ては中央慈善協会といふものが必要である。なぜならば其所に総て市俄古市にある所の全慈善事業及び其の制度がチヤント調査してありますから、それを通じて研究する。玆に甲といふ一つの慈善事業があつて、之を色々科学的或は合理的方面から見るといふと、此慈善事業はどうも健在でない。こんなことでは金を費す必要がない、値打がないといふことであれば、モウ商業団の方では断然これに補助を与へないといふことになる、又何か慈善の名義の下に不正のことをする、さういふことは少ないのでありますが、若しそれが仮にあるとすれば無論それに対しては補助を与へないばかりでなく、之をば断然退けて仕舞ふといふことになつて居るのであります。斯の如く致しまして、市の商業団と市に於ける有らゆる慈善事業といふものが、さういふ親密なる関係を中央慈善協会の世話を通じて有して居ります。そこで実業家と慈善事業といふ関係は頗る密接であつて、又其の人々がさういふ具合にして金を募り、又之れを援けて行くといふことであります。それで適者生存の道理によりまして、総ての慈善事業が健全たる発達を遂げるやうに行つて居るのであります。斯の如くして商業団の方では市内の慈善事業を能く知りまして、さうして此所の事業が商業団の考へた所の原理に従て経営をして居るといふことであれば、富豪家は大概は寄附を致すのであります。皆とは申しませぬが、大概は出すのである。一体金を出したゞけの効果を結ぶといふことが分れば、縦令宝玉を買ふことであらうが、慈善事業であらうが、人々は金を出すものであります。金を出さないのは、其金を出す値打のあるといふことが富豪家が分らないからである。然るに商業団が中央慈善協会を通じて市に行はれて居る慈善事業の様子を詳細に知る。それで是は結構な事業である、是は何所までも補助して行かなければならぬといふことになつて、商業家或は富豪家が喜んで金を出して是等を援けて行くやうになる。援けて行くべき値打のあるもの、好成績を挙げるものであるならば、それだけの金は必らず出来るといふことを、私共の経験が示して居るのであります。
 三十年間に亘る経験の結果 私共が約三十年間非常な困難と忍耐とに依つて得た経験は、斯ういふことであります。貧困者をして非常に悲惨なる状態に陥らしめないで之を救ふ方法は、如何にして宜からうかと云ふことに対する解決であります。之れに就ては大分良い成績を挙げて居ると思ふのであります。今までは貧困者を救済するといふことは、寧ろ貧困者を益々貧困に陥らしめ怠惰ならしめるといふやうな
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意見が、富豪の間に行はれて居つたのであります。例へば平和協会及其他に非常に多額の寄附金をするアンドルー、カーネギー翁は、貧困者を救済するといふことに就て常に反対の態度を取つて居られたのであります。其理由は貧困者を救助するといふことは、益々貧困者を増加するといふことになるから、自分は一切之をしないといふ態度を取られて居りました。それから私が盆買に参りまして、矢張り印度人の貴族の富豪でターターといふ人に会ひましたが、此人もカーネギーのやうな意見を持つてゐる。どうしても今の慈善のやり方は貧困者を益益窮境に陥らしむることになるから、私は斯ういふやうな事業に金を与へないといふことをいつて居ります。そこでこれは無論一理あります、然し其法さへ宜しくば、斯る弊害は除去するを得るのである、私共の経験に依て得た点は種々あります。是は今細かく申上げたいのでありますが、長くなりますから申しませぬが唯だ其要点だけを申上げます。
 第一の点は救済をする時に其の救済を要する事件の真相を能く知るといふことである。さうして調査の結果之が果して直接に金を与つて救ふべきものであれば金を与へ、さうでなければ他の途を執るといふことにするのであります。例へば医者が病人に対するには第一が診断である。其診断が能ければ半ば其病人が癒つたと同じことであります慈善事業は医者が病人を診断すると同じで、其の真相が分れば其の慈善は既に半ば成功したといつて宜いのである。故に事実の真相を能く究むることが、最も大切な要件であると云ふ事が第一の結論に達したのであります。
 第二の原理は其の事実に相当する適当の処置である。医者の方からいへば、適切な治療法を施すといふことである。若し此人が助かるべき人であるかどうかといふことを究める。助かる人であるならば健全になるべき方法を付けてやる、而して此の貧困者を救ふてやれば、確かに自活の途を講ずることの出来る人であるかといふことを見る。それが出来ないなれば、救貧院若くは養育院といふ具合にするのであります。
 第三は教育或は訓練であります。それはどういふことかといふと、働くことが出来るのに働かない者は救ふべからすといふ格言の下に訓練を施すのであります。是は啻に貧困者を訓練する途であるばかりでなく、自治体全体の教育になるのであります。なぜならば働くことが出来るのに働かないといふことは怠惰者である。さうして慈善事業に依て生活するといふことになれば、或一方の者が働いて其怠惰者が利益を得るといふことになるから全体に影響を及ぼすことになる。多く慈善事業などに就ては、之を知らぬ為めに弊害が起るのであります。それで慈善をするといふ人々も、実は此問題に関しては大に教育を要するといふことが沢山あるのであります。この教育を経て社会或は都市が慈善事業の途といふものを、一般に知ることが出来るやうになるのであります。
 家族制度 此の訓練又は教育といふことに関聯致しまして、更に諸君の御注意を促したいことは家庭制度と申すことでございます。人生
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といふものが現代に於ては一層非常に複雑になり、且つ一層激烈になつて参りました、其中でもどうしても吾々が看過することが出来ない重んぜざるべからざるものは家族制度であります。子供は或る家庭の下に育てられなければならぬといふ原理に立つて居るのであります。固より東洋の家族制度と西洋の家族制度とは相違の点はありませうけれども、其原理は同じであります。例へば玆に一人の寡婦があつてそれに小供がある。そうしてそれが貧困者である。其場合に如何に救済するか、寡婦の生活状態を宜くするがために、其の寡婦たる母親の手から其の小供を引き取りて育児院に収容するかと云ふと、今日に於ては多くはそうせぬのである。寧ろ其母親をして出来るだけ其小供を養育し得るやうに方法を立てゝやるのであります。此寡婦が社会の為めに少しでも尽すべき最善のことは、子供を正当に育て上げて社会に送るといふことゝ信じますから、さういふ場合には母親を扶けて、子供が其母に依て育てゝ行けるやうな方法を講じてやるのであります。
 防貧事業 モウ一つ御注意を願ひたいことは、是も私共が過去約十年間に大に学んだ所の経験の結果でございます。これは啻に此貧民を救済するといふことに余々の精力を傾注するばかりでなく、貧民の起ることを防遏するといふ事、所謂防貧事業と申しますが、これが大に必要であるといふことであります。さうして之に就ては矢張り又沢山の例がございますが、其中の僅を申上げたいと思ひます。例へば此社会に最も厄介を来す所のものは病気であります。殊に貧困者の中で何か不時の出来事に病気になる。さうすれば其貧困者は彼の家族の上に厄介をかける。其の家族は軈て社会の上に厄介を来すといふことになります。それでそれを防ぐ為めに輿論を起してそれに応ずる所の救済法を設けて、病気になつたならば直ちに之に応ずる所の方法を講じて置かなければならぬ。又進んでは病気にならぬやうな衛生をやらなければならぬ。絶へず其輿論を喚起して置くといふことが必要である。それで米国の大都会、殊に工場などに於きましては、怪我をするといふやうな事、或は病気を醸すといふやうなことに就ては、非常な注意を払つて居るのであります。
 それから詰り実業上の智識を欠いて居るといふことが、遊惰な人を生ぜしむるといふことになりますから、此労働者の子弟、労働者の小供には、其小供の時からして実業上の事柄に就て相当の教育を施して彼等が成長して怠惰な習慣を造らない者になるといふ方法も亦講じて居るのであります。
 労働保険の必要 次は貧困者が失業した時に、或は怪我をした時に或は病気になつた時に、或は彼等が死んだ時に、遺族をどうして行くか、又彼等が不具になつた時に、どうして彼等を保護して行くかといふことが大切なのであります。これに就て今独逸に行はれて居ります所の労働保険法の如く、資本家と労働者とが相寄て一つの規約を設けて、是等の労働者が職を失つた時、或は今述べましたやうな場合に彼等が直ちに生活に窮する事のない様に、保険金若くは扶助料を供給する制度が極めて大切であります。私が数年前に此事を市俄古市の或る有力者に申した時に、ヘンデルソンは一種の夢を見て居ると申しまし
 - 第30巻 p.473 -ページ画像 
た、私は当時は夢を見て居つた様なものである。ところが今日はこれが現実になつて来たのであります。私は特に今夕御列席の紳士諸君に申します。日本に是は早晩起るといふことは火を睹るよりも明かなのであります。故に之に就ては特別の注意を払つて戴きたいのであります。今日亜米利加に於ては労働者と資本家の同盟といふやうなものがありまして、さうしてこれが労働保険の方法を講じまして、これを盛んに実施して居るのであります。さうして之が労働者に大なる安心を与へ、彼等の精神に安きを与へるということに就て、非常に有力なる保証になるのであります。今の御話に関聯したる印刷物がこゝにございます。それは万国社会保険常設委員会・万国労働者保護協会及び万国失業者救済会といふことに関して、大略書きましたものでございます。少々ございますから、どうか之を御覧の上、此事に対して大に興味を有つて戴きたいのでございます。
 国民福利増進大会の設置 それでモウ僅な時をお願ひして申上げたいのでありますが、実は斯の如き名士諸君の御参列の会に於て私が斯の如きことを申上げるといふことは、生涯に二度とないことであらうと思ひますから、この金玉の機会を利用して申上げるのであります。最後に私の諸君に希望致しますことは、どうか諸君が更に一層国家の福利を増進せんが為めに、国家をして貧困者及び之に関する種々の厄介な事柄を、成たけ国家からして減殺せしむることを研究する団体をお造りになり、そして其団体が色々専門家に委托して之を科学的に研究致し、その結果を新聞なり雑誌なりに投書して、さうして国民全体を教育するといふことでございます。私共が合衆国に於て数十年の間之を致して居ります。即ち全国感化救済事業大会であります。その結果別に立法機関に迫つて運動するとか、或は州知事に訴へることなしに、即ち政治がましい運動をせずに、唯公共の精神を教育して国家の重き負担を軽くする考で致して居るのであります。米国に於ける全国感化救済事業大会は、最初感化事業やその他一般慈善事業の施設経営方法等に関し協議会又は講演会を催ふしたのでありますが、現今に於ては、其名称こそ変りは致しませぬが、其の内容は余程変化致しまして、国家の福利を増進するための集会と申しても差支へないのであります。どうか諸君が斯の如き団体を御造りになり、諸君の御奮闘に依て国家の福利を一層増進せられん事を希望致して止みませぬ。而して此の富める者、幸福なる地位にある者、又金のある者は、比較的貧窮な、比較的低い人々のために相当の醵金をなし、以て此の国家を全体に於て健全にすべきものであると云ふ考を持つに至らん事を希望して已まざる次第であります。最後に諸君の御厚志に対し謹んで感謝の意を表します。私は今夕を以て生涯に於ける最大の機会と考へまして頗る光栄と存じます。



〔参考〕慈善 第四編第四号・第六九―七二頁 大正二年四月 ヘンダルソン博士の来朝と其の使命(DK300049k-0003)
第30巻 p.473-475 ページ画像

慈善  第四編第四号・第六九―七二頁 大正二年四月
    ヘンダルソン博士の来朝と其の使命
 米国市俄古大学教授チャールス・アール・ヘンダルソン博士は、同大学に於ける応用社会学の担当者にして、之に関する学殖深奥なるの
 - 第30巻 p.474 -ページ画像 
みならず、慈恵救済事業の宣伝者として重きを世界になすは世人の熟知する処なり。尚博士は現に万国犯罪学協会・万国労働保険常設委員会及び万国失業者救済会の米国部長たるのみならず、其の著書も亦少なからず、即ち「米国に於ける工業保険」「米国社会事業の神髄」「社会分子論」「近世慈善方策」「男女両性に関する教育」等其の重なるものなり。博士はハーロース講演団の東洋巡回講師として、客年八月下旬市俄古を発し瑞西に開催せる万国監獄大会に列席の後、欧洲を経て印度に渡り、其より支那・朝鮮を経て本年二月下旬我邦に来朝せらる三月五日より十五日まで帝都に滞在して、帝国大学を始め京浜間の学校又は其他に招聘せられ、主として社会救済事業に関する講演を試みらる、我中央慈善協会に於ても、去る十二日を以て歓迎会を日本橋倶楽部に開催せり。
○博士の使命 尚博士が今回東洋を巡遊せらるゝに就き、万国社会保険常設委員会・万国労働者法律保護協会及び万国失業者救済会に於ては、共同の依頼状を発し、博士に請ふに東洋諸国に於ても、右三者の支部設置を奨励せられんことを以てせり。故に博士は一面此等に関する趣旨を宣伝すべき使命を帯び来りたるものなり。依て今玆に同趣意書の全文を掲載するも亦極めて緊要の事なるべしと信ず、其の全文即ち左の如し、
      東洋に於ける社会改良事業の指導者各位に告ぐ
  輓近の急激なる経済的進歩に伴ふて、動もすれば人間界の苦痛の益増加するは敝ふべからざる事実なり。或種の活動は常に弱者の心身を傷害し、社会の均斉を攪乱せんとす。何れの国と雖も能く此傾向を免るゝなし、凡そ失業者の増加・労働需給の不一致・虚弱者の強役従事・労働時間の過長・事故傷害予防の不備・労働者の労働不振に際して家族扶助の欠乏の如きは、当に各国に於て不可避の問題たるべし。
 不意の事変に因りて生命を失ひ或は婦女幼童の工場に使用せらるゝに関しては、近時一般に世の同情を昂め政治家の之に就きて考慮する者亦尠なからず。然れども或国々に於て見るが如く、是等二・三の改良を以て事終れりとなすは謬れり。問題は多種にして而して相継て起り来る。敢て国に由りて異るなし。蓋し労働問題は其本質上更に深き而して普遍なる人間界の要求の一発露に外ならざるなり。試みに現下の状態を救治する所以の方策を挙げむか、労働需要の処を指示して其学べる業務に於て無益に労力を費すことなく、安全にして健康に害あらざる状態の下に服業せしめ、及び方に成長せんとする児童並に来るべき時代の母たる人々の勢力を奪ふことなきは第二なり。あらゆる予防の方法を講じて、而も尚労働者の業に斃るゝ者あるとき、渠及び渠の遣族に対して報償すべきことを保障するは第三種なり。
 最近二十五年の社会史に於て、是等三種の普遍的要求に応じ、或は法律、或は命令、或は労働者の組合によりて試みられたる貴き努力の認むべきもの尠からず。今や各国民は次第に経済的企業力を阻害することなく、寧ろ其の利益の上に人々の健康及生産的活力を保持
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する政策の価値を認め来れり。
 其等の国民が如何なる困難を排して其善良の道を進め来りしかは世人の熟知する処ろなるべし、吾人は更に他の諸国が此問題の何れの要素をも閑却することなくして、右の政策を採用せられむことを希望するものなるが、既往の経験に徴証して之を採用し得るは是等の諸国の特権なりと信ず。玆に我三会議が助力を致さむと欲するは正に此点に存す。抑是等の三会議は、異時異処に起りしも、共に各自の問題に関して一般の報告並に世界的討論の必要より組織せられしものなり。而して是等の会議はそれぞれ前述の三大要求に対応し、労働者の状態改善に関する凡ての問題を包括す。
 一八八九年に開かれたる労働の傷害に関する万国会議は、常設の万国委員会を設け、此委員会は後に至りて、
 (一)万国社会保険常設委員会 と称せらることゝなれり。是れ即ち病気・癈疾・傷害・老衰・夭死の保険事項に関する、任意的及び法律的経験の智識を弘むるを以て目的とするものなり。
  翌一八九〇年、伯林に於て万国労働保護会議の開かるゝあり。而して是れ
 (二)万国労働者法律保護協会 の淵源たり、此協会はバアゼルに於て多くの政府によりて設けられたる労働局の管理に属し、婦人及び児童の労働保護に関する諸種の法律制定の業に貢献するところあり。
  最後に而して最近に至り、失業者の問題に関して別に方法を講ずるの必要を認め、玆に
 (三)万国失業者救済会 を組織せり。現に他の会議と相輔けて其事業に尽しつゝあり。
  右の三会議の実行委員会は、何れも其目的を共同にすること、並に労働者保護及び国民力保存の実行を期するが為には、問題の諸方面に通ぜる人々を包含せざるべからざることを確信して、玆に聯合せり。而して此聯合は労働者の保護事業が未だ十分に行はれず、吾人の個人的努力に対する輿論の反嚮が未だ明に認められざる国々に於て、公共事業に志ある人士に懇言を寄することに一致せり。
 右の事由に依り、玆に右の三会議は其特別なる報告並に出版物と共に何時たりとも其聯合せる助力を諸士に致すべきことを進言す。諸士の力に依りて諸士の国に於ても、亦同様の組織の採用せらるべき気運の醸成せられむは吾人の希望に堪へざるところなり。