デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
3款 財団法人東京府慈善協会 = 財団法人東京府社会事業協会
■綱文

第30巻 p.669-672(DK300085k) ページ画像

大正6年5月22日(1917年)

是日、小石川植物園ニ於テ当協会第一回大会開催セラル。栄一之ニ出席シ祝辞ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第三四九号・第九八頁 大正六年六月 ○東京府慈善協会大会(DK300085k-0001)
第30巻 p.669-670 ページ画像

竜門雑誌  第三四九号・第九八頁 大正六年六月
○東京府慈善協会大会 去二月十一日発会式を挙げたる同会は、五月二十二日午前十時より小石川植物園に於て第一回大会を開きたるが、当日青淵先生は中央慈善協会々長の資格を以て臨席せられ、「今回東京府が進で此挙に出でたるは、洵に慶賀の至りに堪えず」とて、熱心
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なる祝辞を述べられ、尚ほ回顧して養育院設立当時の経営苦心談に説き及ぼされたる由。


九恵 東京市養育院月報第一九五号・第一三―一六頁 大正六年五月 東京府慈善協会第一回大会と養育院の出品(DK300085k-0002)
第30巻 p.670-672 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第一九五号・第一三―一六頁 大正六年五月
    ○東京府慈善協会第一回大会と養育院の出品
 五月二十二日小石川の帝国大学附属植物園内に府慈善協会第一回大会が催され、式は午前十時常務理事丹羽庶務課長司会の下に左の順序で挙げられた。
 一、会長の挨拶 会長井上府知事は、先づ本会が朝野の紳士淑女多数の同情ある賛助と従業者並に会員の熱誠なる尽力とによつてこの盛会を齎したるを謝せられたる後、之を期とし府管内慈善事業の愈々向上発展せんことを熱望せられた。
 二、事務報告 副会長東園内務部長は、去る二月六日の本会発起人会より十一日の発会式並に其後の評議員会に於ける協議事項を報告せられ、本会事務の進行と方針とを明にせられた。
 三、祝辞 渡辺地方局長の内務大臣祝辞代読に次ぎ、水野内務次官は立つて大要次の如き祝辞を述べられた。
 凡そ慈善事業は一国一社会の完全なる発達の為め極めて必要の事業である、世の進運に赴くに従ひ、生存競争は漸々熾烈となり、多くの落伍者を生ずる事は又止むを得ぬ次第である、慈善事業は是れ等落伍者に対して夫れ夫れ救済の途を講ずるもので、社会は之れによつて始めて円満に進歩する。我国に於ける古来の慈善事業につき喜ぶべき点は何処迄も慈善的であつて、決して法律的でない事である
  換言すれば救済者被救助者の間が必ずしも権利義務の関係によらぬと云ふ事である、従つて我国に於ては国家的事業として殆ど見るべきものがなく、主として私的経営の下に行はれて居る、之は同胞として誠に喜ぶべく、永く遺すべき美風と云はねばならぬ、かくて今や慈善協会の成立によつて、各個別々の団体がこゝに連絡あり統一ある活動を為すを得るに至つた事は、斯業の為め衷心より祝意を表すると共に、斯の清き尊き事業が愈々益々盛大にならん事を熱望して止まぬ次第である云々。
 最後に渋沢男爵は、中央慈善協会々長として祝辞を述べられた、大要は下の如くである。
 東京府管内の慈善事業を行ふ団体の数は、我全国に於ける斯業の五分の一を占めて居る、従つて府下に於ける慈善事業発達の如何は、直接我国斯業の発達程度を示すものと云ふも過言でない、斯かる全国の模範ともなるべき東京府の慈善事業がこゝに協会の成立によつて、更にその向上を図らんとするは、国家の為め人道の為め慶賀に耐へぬ、予は養育院の院長として創立当時より引続き直接慈善事業に与つて居るが、斯業を行ふ上に於て注意すべき点が二つあると思ふ、一は単に窮民に食を与ふる事のみが慈善事業ではなく、未前に之を防ぐ所の防貧策も亦極めて肝要であると云ふ事である、産業の発達は直接窮民の減少を来すものである事は、現今欧洲戦乱によつて我経済界を潤はした結果、養育院の入院者を激減した事によつて
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も知られる、是に於て産業を発達せしめ、多くの人に生活の資を得るの道を与ふる事も広義に於ける救済の事業と云へやう、経国済民とは実に之を云うたのである、第二に注意すべきは人を救ふに節度を誤らぬ様にする事である、救うた為め反つて懶惰心を起さしめたり、依頼心を生ぜしむるが如きは最も慎まねばならぬ点である、必らずや一時の感情に支配されて被救助者の前途を誤らしむるの結果とならぬ様心懸くべきである云々。
 男の講話終りて、後は園遊会に移り、園内の摸擬店が開かれ、緑濃き庭園に於て、会員・従業者等が清遊を恣にする所となつた、午後一時半より講演会に移る、先づ石黒男より『先帝陛下の御聖徳の一端について』の題下に 先帝陛下が下々に対し深く叡慮を垂れさせ給ひし御事、並に平生極めて御質素に渡らせられたる恐れ多き御事どもの一端を拝聴し得た、中には余りの辱けなさに感涙に咽びたる者も少くなかつた。
 序いで内閣統計官二階堂氏は、我国に於ける肺結核死亡の著しく、殊に壮年少年に少からざるの憂ふべき現象につきて統計的に外国に対比して説明された、其の東京大阪市街に於ける結核死亡の多き事、之をロンドンと対比して驚くべき相違を呈せるを知つた、結核の問題は単に我国人口問題のみに止まらない、談終つて帝国大学教授新渡戸博士は『救済事業の真髄』なる題下に極めて有益な講演があつた、曰く
 慈善事業は物持ちが物持たずに物を与ふる物権の移転を行ふ事業ではない、元来私有財産の制は絶対のものでなく之に関する何等根本的な学説があるのでもない、只事実として行はれて居ると云ふに過ぎぬ、従つて国家社会は濫りに各人が財を私する事を許さない、租税なり其他の方法で余りある所に金を求めて居る、然し現代にあつては富豪は益々裕になる一方、無資産階級のものは漸次増加する有様であるが故に、富豪に対する追徴は愈々烈しくなる、やがては救済の資金も租税によるの時代が来るのであらう、こゝに至れば慈善事業も強制的となり自由意志を基礎とする真の慈善ではなくなる、慈善事業は物を与へる事であると考ふるのは慈善事業の真髄を了解せるものに非る事は是に至て明かである、然らば何が其真髄であるかと云ふに物を与ふる外、人格と人格との接触する際に於て或一種の感じを与ふる点にあるのである、慈善事業は単に与ふるに非ずして分つものである、余りある物を与へるに非ずして自己の要するものを割き分つにある、清き真の同情に基いて自他を一にするの感が起らねばならぬものである、府慈善協会は今日第一回の大会を催し今後組織的に活動する事であらうが、最も注意すべきは兎角組織的系統的となると精神が薄らぐに至るの点である、慈善事業の如き精神的のものが、此の弊に陥る事は最も慎むべき事であると思ふが故に、或は過言であるかも知れぬが御注意を促した次第である云々。
 大会は講演会の傍、成績品展覧会をも催した、各団体より写真統計或は製作品等を出品し、場所も狭隘を感ずる程に陳列せられ、有益なる資料も少くなかつた
 当日は朝野の紳士淑女を始め、従業者・会員の来会者極めて多く、
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慈善事業勃興の気運見え、誠に慶賀すべき事であつた。