デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
5節 災害救恤
2款 臨時水害救済会
■綱文

第31巻 p.246-251(DK310046k) ページ画像

明治43年8月23日(1910年)

是月未曾有ノ洪水起リ、其被害東京府ヲ初メ二府二十八県ニ及ブ。是日当会設立セラレ、栄一副総裁トナリ、会務ニ尽力ス。


■資料

臨時水害救済会報告書 同会編 第二―一七頁 明治四四年六月刊(DK310046k-0001)
第31巻 p.246-249 ページ画像

臨時水害救済会報告書 同会編  第二―一七頁 明治四四年六月刊
    一、本会の設立
 明治四十三年八月、近古未曾有の洪水起り、其難を被るもの、東京府を始めとして二府二十八県に亘り、惨状実に見るに忍びざるものあり。後日の被害調査に依るに、各地を通計し死者一千三百四十九名・傷者七百三名・行衛不明の者六十名を出し、家屋の流失四千八百五十六戸・全潰三千二百十二戸・半潰四千二百十八戸・浸水五十三万八千九十三戸に達し、田畑の荒地に帰せしもの三万千二百六十二町歩、収穫皆無となりしもの十四万三千七百二町歩に及べり。其災害の激甚にして区域の広大なる実に驚くべきなり。此時に当り義捐金を募集し救済を図るもの簇々として諸方に起り、大に我国人の慈善心を発揮したりと雖も、是等の企挙或は一地方に専らにして、他に及ばざるものあり、又或は其規模狭小にして義捐金の運用に妙ならざるものあり。即ち諸方の義捐金を集中し、被害地方全体に亘りて有力なる救済方法を立つべき大規模の機関を作るにあらざれば、時の急に応ずる能はず。治水会員中此必要を看取せしものありて、之を黒田貴族院副議長(当時貴族院議長洋行中なりしを以て)及び長谷場衆議院議長に謀る、両氏快諾。八月廿一日相談会を衆議院図書館に開く、長谷場純孝・根津嘉一郎・細野次郎・高橋光威・吉植庄一郎・林田亀太郎・寺田栄の諸氏、及び黒田侯代理太田峰三郎氏参集、凝議の結果、相携へて内閣総理大臣桂侯爵を其官邸に訪問し、趣旨を告げ、侯の賛助を求む、侯大に喜び、及ぶべき限り助力すべき事を約せらる、本会の発起、実に此時に於て決定す。
 是れより先、渋沢男爵・中野武営・大橋新太郎等諸氏の発起にて、東京水災善後会なるものを組織せり。同会は東京を目的とするものにして、本会の全国を目的とするとは広狭大小の差自ら其間に存すと雖も、善後会には帝都の実業家中の鏘々たる者を網羅せり、之を離れて本会の趣旨を達せんこと頗る困難なるべきは明かなり。玆に於て長谷場・根津両氏は善後会常任委員長渋沢男を訪ひ曰く、貴下等の東京水害の善後策を講ぜらるゝは甚だ善し、然れども関東・東北・北信地方の惨禍は、東京市より更に太甚しきものあり、余等之を坐視するに忍びず、大規模の救済会を組織せんと欲す、若し東京水災善後会を拡張し、此目的を遂行することに賛同戮力あらば罹災民の幸慶なりと。是れに対し渋沢男は翌二十二日長谷場外諸氏を衆議院図書館に訪ひ、回答を与へられたり。曰く、東京水災善後会の発表以前なりせば、予等
 - 第31巻 p.247 -ページ画像 
同志は勿論喜んで貴意に応ずべきも、既に発表後の今日なれば如何ともなし難し。然れども貴意のある処は予等も甚だ賛成する処なるが故に、予等は喜んで貴会に参加し、出来得る限りの尽力をなすべく、貴君等も亦願くば東京水災善後会に参加して助力を与へられたしと、玆に於て両会は相提携して其目的に向つて進行することゝなり、渋沢男爵先づ本会発起人たることを承諾し、長谷場氏等も亦水災善後会に加入することゝなれり。後渋沢男は本会副総裁たることを承諾せられ、殊に炎熱燬くが如き時に当り、多忙の身を以て、斡旋尽力至らざるなく、或は遠く京坂神地方に出張して勧誘に努め、或は第一銀行及各地に在る其支店をして本会の便を計らしめたる等、永く其厚意を記念せざるべからず。
 八月廿二日、渋沢男爵・長谷場純孝・岡崎邦輔・秋岡義一・根津嘉一郎・吉植庄一郎・細野次郎・高橋光威・松田源治・卜部喜太郎・矢島浦太郎・漆昌厳・翠川鉄三・太田峰三郎・林田亀太郎の諸氏衆議院図書館に会し、凝議の結果、翌廿三日を以て発起人会を帝国ホテルに開く事に決し、黒田侯・渋沢男・長谷場純孝三氏の名義を以て、貴衆両院議員及び実業団体・実業家諸氏・新聞通信社等に向け案内状を発せり。
 翌廿三日午前、渋沢男・長谷場純孝・中野武営・大橋新太郎・太田峰三郎・林田亀太郎・佐竹作太郎・根津嘉一郎・岡崎邦輔・斎藤珪次吉植庄一郎・細野次郎・矢島浦太郎の諸氏参集、趣意書・規約案文等を議決す。午後五時、本会の発起会を帝国ホテルに開く。来会者百名許、黒田侯先づ本会の趣旨を述べ、長谷場氏之を敷演し、最後に渋沢男は来会者に向ひ本会に賛成を求むるの演説を為し、次で趣意書及び規約を議決し、役員を推選し、八時過散会を告ぐ。臨時水害救済会は此日を以て創立せり。左に当日決定せし趣意書及び規約を掲ぐ。
   ○趣意書並規約略ス。
右の趣意書及び規約は、後松方総裁、長谷場・渋沢両副総裁、益田孝豊川良平・中野武営・太田峰三郎・林田亀太郎の各常務委員、佐竹作太郎・根津嘉一郎両会計監督の名を以て十万部を印刷し、普ねく之れを全国に配布せり。
当日本会役員として推薦せられしは次の諸氏なり。
     常務委員
  益田孝      豊川良平    中野武営
  太田峰三郎    林田亀太郎
     会計監督
  佐竹作太郎    根津嘉一郎
     委員
  池田謙三     原六郎     原富太郎
  浜口吉右衛門   星野錫     細野次郎
  小田切満寿之助  小野光景    岡崎邦輔
  大橋新太郎    大谷嘉兵衛   加藤正義
  吉植庄太郎    高橋光威    佃一予
  安田善三郎    柳生一義    矢島浦太郎
 - 第31巻 p.248 -ページ画像 
  馬越恭平     松方巌     浅野総一郎
  木村清四郎    美濃部俊吉   志村源太郎
  日比谷平左衛門  森村市左衛門  男爵 千家尊福
 同月二十五日委員会を開き、千家男爵・豊川・益田・林田・佐竹・日比谷・馬越・小田切・岡崎・木村・吉植・高橋・根津の諸氏協議の末、先つ副総裁に渋沢男及び長谷場氏を推す事に決せり、而して黒田侯爵を総裁に推さんことを議せしも、黒田侯は家憲の故を以て辞退せられ、以後同侯は本会に関係なきに至れり。
黒田侯既に辞して受けず、総裁未定のまゝにては会務の進行にも影響する処大なるを以て、同日長谷場副総裁は桂首相と協議の末、遂に当時那須野に避暑中なりし松方侯を総裁に推戴することゝなり、高橋光威氏を那須野に派し懇請する所あり、廿六日侯快諾の報至る、我国の元勲たる松方侯が本会の趣旨並に当時の事情を聴き、奮つて承諾を与へられたるは実に本会の至幸とする所なり。本会後来の成功は蓋し侯の一諾に基きたりと云ふも決して過言に非るなり。
本会創立の業以上述ぶる所の如し。之れより事業経過の概要を叙すべし。
    二、本会事業の経過
 本会は大体左記の方針を採りて寄附金の募集を計れり。
一、重なる個人・団体・銀行・会社・諸官衙等に寄附を勧誘する事
二、東京及び地方の各新聞社に交渉し、十分なる募集広告を掲載する事。但し其料金は各社より寄附を請ふ事
三、地方に於ける有力者を委員及び評議員に推薦する事
四、重なる地方に交渉し、本会と聯絡して寄附金の募集を計る事
五、各地方に於て救済の為めに募集したる義捐金は、之を本会に集中する方針を取る事
六、海外及殖民地に対しては、其地の新聞社・居留民団等に向ひ、本会の計画を紹介するの労を取るべく依頼する事
七、募集金は、各地方に於て最も信用ある銀行に取扱を託する事
○中略
      一、個人・団体・銀行・会社の勧誘 ○略ス
      二、新聞社の尽力
 本会の事業は素より江湖の同情を得て成立すべきものなるが故に、周ねく本会の計画を世に知らしむる必要あり。此必要を行ふ上に於ては、新聞・通信社の尽力に拠るの外あるべからず。依りて以て其効を達せんが為めには、十分なる広告を掲げざるべからざるも、之に対する相当の料金を支払ふは、本会の負担に堪へざる所なりき。玆に於て本会は、東京を初め内地々方・殖民地及び海外に於ける邦字各新聞に向ひ、広告料金相当額の寄附をなし、事実に於て無料にて本会の広告を掲載せん事を依頼したり。先づ東京にては九月二日三井集会所に各新聞社長を招き、松方総裁、渋沢・長谷場両副総裁、豊川良平・佐竹作太郎、根津嘉一郎・太田峰三郎・林田亀太郎の諸氏出席し、松方総裁より各新聞社の援助によりて罹災民を救助したき旨懇談に及び、長谷場・渋沢両副総裁よりも、本会の成立目的・希望等に関して、一場
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の説明を試みたりしに、新聞社当番幹事日報社々長代理松永由熊氏より、応分の援助は無論之を辞せざるべく、而して新聞広告の件に関しては、各社篤と協議の上回答すべしとの挨拶ありたり。当日出席の諸氏左の如し。
 国民新聞社長徳富猪一郎・万朝報社長黒岩周六・中央新聞社長代理吉植庄一郎・時事新報社長代理速水篤次郎・東京朝日新聞社主筆池辺吉太郎・毎日電報主幹相島勘次郎・読売新聞主筆足立荒人・中外商業新報社長代理尾崎喜平・東京日日新聞社長代理松永由熊・二六新聞社長代理吉田秀弥・ジヤパン・タイムス社長代理井原斗作・日本新聞社長代理石川義昌・やまと新聞社長代理吉武源五郎(報知新聞社は事故ありて出席なかりしも、本会の挙に対し十分の援助を与へられたり)
 是等の新聞社にては、水害救済の為め夫々計画せらるゝ所ありしに拘らず、孰れも本会の懇請を快諾せられ、即ち各社共一定標準として金五百円を寄附し、本会よりは同額相当の広告を随意掲載するを得る事となれり(右標準以上の寄附を承諾せられたる新聞社あり)
○下略


渋沢栄一 日記 明治四三年(DK310046k-0002)
第31巻 p.249-250 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
八月二十一日 晴 暑
○上略 午後五時長谷場議長・根津嘉一郎二氏来リテ、水災救済ニ関シ一会設立ノ意アルニ付、善後会ト協同ノ事ヲ依頼セラル、依テ明日評議ノ上回答スヘキ旨ヲ以テ之ヲ謝ス
○下略
八月二十二日 曇 暑
○上略 十一時商業会議所ニ抵リ、中野・豊川・大橋三氏ト、昨日長谷場衆議院議長ヨリ協議ノ事ヲ談ス、衆議、分離ヲ是トスルニ付、其趣旨ヲ以テ午後回答スルモノトス ○中略 後永田町ニ桂首相ヲ訪ヒ、長谷場氏トノ談話ヲ告ケ、後衆議院ニ抵リテ長谷場・根津・岡崎、其他ノ諸氏ト昨日来ノ事ヲ談ス、畢テ再ヒ会議所ニ抵リ、其顛末ヲ中野氏等ニ報告ス ○下略
八月二十三日 晴 暑
○上略
十時衆議院図書館ニ抵リ、長谷場議長及議員諸氏ト水害救済会ノ事ヲ協議ス ○中略 午後四時東京商業会議所ニ抵リ、水災善後会ヲ開キ会員ニ向テ爾来事務進行ノ概況ヲ報告シ、且水害救済会ナルモノ議会ノ人@ニ依リテ設立セラレタル次第ヲモ報告ス、 ○中略 畢テ帝国ホテルニ抵リ水害救済会創立ノ手続、及其挙行ニ参与ス、黒田・長谷場氏ト共ニ一場ノ経過ニ関スル演説ヲ為ス ○下略
   ○中略。
八月二十六日 晴 暑
午前七時半起床、昨夜腹部悪シクシテ僅ニ朝飧ヲ為ス、食後褥中ニテ保養ス、水害救済会ヨリ出勤ノ電話アリシモ病ヲ以テ之ヲ辞ス ○下略
   ○中略。
 - 第31巻 p.250 -ページ画像 
八月三十日 晴 暑
○上略 帝国議事堂ニ抵リ、水害救済会ニ出席シテ寄附金募集ノ事ヲ協議ス、松方侯爵ト共ニ午飧シ ○下略


竜門雑誌 第二六八号・第四九―五二頁 明治四三年九月 ○臨時水害救済会(DK310046k-0003)
第31巻 p.250-251 ページ画像

竜門雑誌  第二六八号・第四九―五二頁 明治四三年九月
    ○臨時水害救済会
臨時水害救済会発起会は八月二十三日午後五時より帝国ホテルに開かる、出席者は都下の紳士紳商・貴衆両議員・新聞記者等約百名にして劈頭黒田長成侯・長谷場純孝・青淵先生等より、順次に今回の水害は天明年間以来の大洪水にして、其の被害は実に惨憺たるものなれば、大に世の志士仁人の同情心に訴へて之が救済の途を講ぜざるべからずとの痛切なる演説ありて後、根津嘉一郎氏は是より本会の趣意書並に規約を議定するが為め、座長を推薦したしとて、満場の同意を得て黒田侯を推し、林田亀太郎氏左の趣意書及規約を朗読するや、満場一致を以て之を即決せり、次で根津氏の発議にて常務委員・委員・会計監督は座長指名に決し、座長は直に左の如く之を指名し、終りて別席に於て立食の饗あり、同八時半散会せり
△常務委員、豊川良平・益田孝・中野武営・太田峰三郎・林田亀太郎
△委員、池田謙三・原富太郎・浜口吉右衛門・星野錫・細野次郎・岡崎邦輔・大橋新太郎・大谷嘉兵衛・吉植庄一郎・高橋光威・佃一予矢島浦太郎・松方巌・木村清四郎・志村源太郎・小田切満寿之助・安田善次郎・日比谷平左衛門・原六郎・美濃部俊吉・柳生一義・馬越恭平・小野光景・千家尊福・森村市左衛門・加藤正義・浅野総一郎
△会計監督、佐竹作太郎・根津嘉一郎
     趣意書
 今回の水害は近古未曾有の惨事にして、其範囲頗る広く、東京・神奈川・千葉・群馬・埼玉・栃木・茨城・福島・宮城・巌手・山梨・長野・新潟・静岡等の諸府県に渉れり、此等罹災地方の人民は或は其家屋を流亡し、或は父母妻子離散し、衣食の窮乏を訴ふるもの其数幾十万人の多きに上る、真に痛嘆に堪ざるなり、若し之を等閑視するときは飢餓に亜ぐに病疫を以てし、悲惨の状況日々増大せんとする、豈急遽之を救済せずして可ならんや、是に於てか我々有志相謀り、洽く天下の同情者に訴へ、寄附金を募集して以て適宜各府県に分配し、救恤の資に供せんと欲す、大方の篤志家諸君希くは本会の主旨を諒し、奮て此挙を賛助せられんことを
  明治四十三年八月二十三日
 侯爵黒田長成・男爵渋沢栄一・長谷場純孝・肥塚竜・豊川良平・益田孝・中野武営・大橋新太郎
     臨時水害救済会規約
 第一条 本会は臨時水害救済会と名く
 第二条 本会は今回の水害に罹りたる各府県罹災民救助を以て目的とす
 第三条 本会の事務所を衆議院図書館に置く
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 第四条 本会は前条の目的を達する為に、広く有志の寄附金を募集す、但し寄附金は金一円以上とす
 第五条 本会に左の役員を置く
  総裁一名、副総裁二名、常務委員五名、会計監督二名、委員二十名以上三十名以下、評議員若干名、総裁・副総裁は委員会決議を以て之を推戴す、常務委員以下の役員は発起人に於て之を選定す
 第六条 募集金の受附締切は九月三十日とす
 第七条 募集金は其筋に稟議し、本会委員会の議を経て罹災地方に分配すべし
 第八条 本会に関する重大事件は評議員会の議に附すべし
  寄附金は第一銀行・第三・第十五・百・三井・三菱・住友東京支店《(鴻池東京支店・浪速東京支店脱)》・北浜東京支店にて之を取扱ふ、但し各地方取扱銀行は追て之を定む
 第九条 右に掲けざる事項は、本会委員会の議を経て之を決定す
○下略