デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

2章 労資協調及ビ融和事業
1節 労資協調
2款 財団法人協調会
■綱文

第31巻 p.511-516(DK310081k) ページ画像

大正9年7月21日(1920年)

是ヨリ先、富士瓦斯紡績株式会社押上工場対友愛会紡織労働組合押上支部ノ争議勃発ス。同社長和田豊治当会理事タルヲ以テ、友愛会本部ハ当会ニ対シ公開状ヲ発ス。是日当会、理事会ヲ開キ、友愛会ノ公開状ニ対シテハ答弁ノ必要ナク、争議ニ関シテモ当会ノ干与スベキモノニ非ザル旨ノ宣明書ヲ発表ス。栄一、当会副会長トシテ之ニ与ル。


■資料

日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編 第八八頁 大正一〇年七月刊 第三編 乙 重要なる争議 7『富士紡』罷業(DK310081k-0001)
第31巻 p.511-512 ページ画像

日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編
                       第八八頁 大正一〇年七月刊
 ○第三編 乙 重要なる争議
    7『富士紡』罷業
○上略
 十六日 ○大正九年七月午後一時、友愛会は協調会に公開状を送る。同会の一理事和田豊治氏を社長とする会社が『恐慌襲来以来、労働者の失業に悩むを奇貨とし、大正三年以来完全に継続し来り、現在会員千八百余名を有する労働組合の団結権を突如として否認し、陋劣なる手段を以て之を威嚇』せんとするを奇怪なりと為し、『進歩的思想を懐き、熱誠を以て労働問題の解決に当ることを声明する』協調会に対し、現前
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の『重大事件』に対する態度の表明を迫つたのである。そこで協調会は廿一日午後二時華族会館に理事会を開き、団結権に関する声明を議定し、其夜之を公表した。 ○下略


竜門雑誌 第三八七号・第三八―四〇頁 大正九年八月 ○友愛会の公開状、協調会の宣明(DK310081k-0002)
第31巻 p.512-513 ページ画像

竜門雑誌  第三八七号・第三八―四〇頁 大正九年八月
○友愛会の公開状、協調会の宣明 友愛会紡織労働組合押上支部対富士瓦斯紡績株式会社押上工場との争議に関し、友愛会本部に於ては和田社長を一員とせる協調会に向つて其態度の声明を促すべく、七月十六日附を以て公開状を発したり、其公開状に接したる同会理事桑田・谷口両氏は種々協議を尽したれども、未だ曾て前例なき事とて、両氏の意思のみにて同会の態度を決し難く、十七日午前桑田理事は大磯に避暑中の青淵先生を訪うて其意嚮を問ひたる結果、青淵先生の帰京を請うて協議の上態度を決定することゝなりたる由なるが、其際青淵先生が往訪の新聞記者に語りたる談片は左の如くなりと云ふ
 友愛会の発した公開状も理由はあるが、又和田氏の会社々長の地位と協調会の理事との立場には自ら相違がある、殊に会社側は、三名の馘首は友愛会の会員である為めと言ふのではなく、工場規則に触れたに因ると明言してるのであるから、両者の主張は畢竟水掛論に過ぎない、併しながら今日の時勢に、会社としても労働者の組合権を認めないなどといふ事は想像出来ないが、唯組合の会員数が増加すると組合は兎角問題を起し、それを多数の力でもつて解決しやうとするので、会社が之れを忌避する傾向を持つやうになるのも亦止むを得ない、今度の富士紡の事件も両者の立場は斯く解釈することが出来ると思ふ、其処で協調会に対する友愛会の公開状であるが、同会としても創立日尚浅く、此等実際問題を解決する準備は整つて居ないから、果して何の程度迄調停の任を全うし得るかは言明出来ないが、我々の立場として事の成否は先づ措き、誠意を以て最善の努力を尽して両者の諒解を得せしめたいものである
かくて青淵先生には十九日帰京の上、廿一日午後二時半より華族会館に於て開かれたる協調会理事会に出席し、会長徳川公爵、副会長清浦子爵・同大岡育造、外理事諸氏と協議の上、友愛会の公開状に対しては答弁の必要なし、争議に対しても協調会の干与すべきものに非ず、因つて協調会としては、今後此問題に関して絶対に関係せざる事に決し、次いで労働者団結権問題に就ての本会の態度を決し、各新聞社に対し左の宣明書を発する事に決し、午後六時理事会を終りたる由なるが、宣明書は同会理事桑田熊蔵氏の名に於て各新聞社に向け発送せられたり、其全文即ち左の如し
    宣明書
 今回富士瓦斯紡績会社押上工場に起りたる労働争議に関し、友愛会より本会に対し公開状を寄せたるが、本会に於ては敢て之れに答弁する必要を認めず、又争議の経過は本会が之れに立入るべきものにあらずと認むるも、友愛会の論拠たる労働者団結権の意義を明にし之に関する本会の態度を公表するは適当の処置と信じ、玆に此意見書を発表するのである、労働者団結権なる用語は、広く世間に行は
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れ、其意義は自ら明白なるが如く一般に思惟せらるゝも、深く此用語の性質を極むる時は、種々の解釈を附し得らるべく、従つて団結権の否認と云ふ事実の説明も簡明なものでなく、自ら多岐に亘るは免れざるのである、資本家が労働者側に対し濫りに圧迫を試み、之れが発達を阻害するの行動をなすは、団結否認の一例たるは云ふまでもない、惟ふに堅実なる労働組合の発達は、本会の主張たる労資協調の目的を貫徹する一方法である、されば此意味に於ける団結権の否認は、本会の主張に適せざるものたる事は玆に言明して憚らざる所である、今回の争議に於て事実の問題としては、会社は此意味に於ける団結の否認をなしたるものにあらざる事を言明し、友愛会は全く正反対の認定をなし、所謂、水懸論に終るのは遺憾の事である、更に団結権否認に就き、資本家が労働者を無視し、組合の決議や行動に対し相当の注意を払はざるの意義に解釈すれば、是れ絶対的の問題にあらずして関係的問題である、若し夫れ組合の基礎鞏固にして、其の行動や穏健なる場合には、之に対して相当の敬意を表し、其の意志を尊重するは資本家の当然取るべき方針ならんも、然らざる組合に対しては資本家は行動の自由を保留するも、何等非議すべき事でないのである、此の意義に於ける団結権否認の当否は、組合其ものゝ実体に依つて岐る事にして、之に関する本会の態度も亦概括的に説明する事は出来ないのである、尚進んで団結権否認の意義に就き最も進歩せる解釈を附し、資本家が組合の代表的契約を否認するの場合を仮定せんか、代表的契約の如きは労働組合の将来の理由として自然の趨勢なる事は、欧米の実例に依り之を明かにする事を得んも、我が国に於ける現実の問題としては未だ軽々に論断し難き事である、欧米諸国中の労働組合の進歩の最も著しき所に於ては、此の事実の行はるゝ場合少なからざるも、我が国の如き労働組合法は未だ制定せられず、加ふるに組合の発達尚幼稚なる所にあつて、俄かに斯くの如き要求の容認を得難きは已むを得ざる所である、而して之を以て直に団結権の否認となすは、本会の与せざる所である。


日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編 第二四三頁 大正一〇年七月刊 第十編 労資協調運動 協調会(DK310081k-0003)
第31巻 p.513-514 ページ画像

日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編
                       第二四三頁 大正一〇年七月刊
 ○第十編 労資協調運動
    協調会
○上略
     富士紡同盟罷業と協調会
 七月十四日、富士瓦斯紡績株式会社押上工場の男女工二千余名は、労働組合権の承認を求めて一斉に罷業したが、同社長和田豊治氏が該事件に対し甚だしく冷淡なるを憤れる友愛会は、同月十六日、和田氏を理事とせる協調会に一の公開状を発して、其の態度の声明を迫るに至つた。玆に於てか協調会は理事会を開く事数度、同月二十一日華族会館に於ける最後の理事会には徳川会長、大岡・清浦・渋沢三副会長を初め八理事出席、協議の結果、友愛会の公開状に対しては協調会は
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答弁の必要を認めず、争議の経過にも立ち入るべきに非ずとし、今後も此の問題に対し絶対に関係せざる事に決せる上、労働者団結権問題に就ての協調会の態度を決し、左の如き意見書を発表した。
    意見書 ○前掲「宣明書」ノ「労働者団結権ナル用語」云々以下ト同一ナルニツキ略ス
 かくて協調会は、労資の協調に最も必要な、そして自ら其の事業の一として標榜せる、労働争議の仲裁和解に対して、極めて消極的態度を持するものであることを天下に曝露するに至つた。


中外商業新報 第一二三二九号 大正九年七月一八日 ○渋沢男起たん 公開状に対し協調会の態度は目下専ら協議中(DK310081k-0004)
第31巻 p.514 ページ画像

中外商業新報  第一二三二九号 大正九年七月一八日
  ○渋沢男起たん
    公開状に対し協調会の態度は目下専ら協議中
      ◇……渋沢男は斯く語る
友愛会紡績労働組合押上支部対富士瓦斯紡績株式会社押上工場との争議に関し、友愛会本部幹部は
△鳩首協議 の結果、公開状を発して、和田社長を理事の一員とせる協調会の此の事件に対する態度の声明を促せるは既報の如くなるが、協調会の常務理事桑田博士・谷口留五郎の二氏は、十六日夜深更まで協議したるも、二氏の意見のみを以て決し難き問題なれば、更に渋沢男を始め会の最高幹部と協議の上、近く友愛会の公開状に対して応答する所あるべしと
△右に就き 渋沢男爵は語る「友愛会の公開状に云ふ所も尤もなることに相違ないが、和田豊治氏とても富士瓦斯紡績の社長としての和田氏と、協調会の理事としての和田氏とは自ら立場が異る、然し会社が友愛会員なる故に馘首したのでなく、工場規則に依つて処分したのだと云ふ云ひ方だから、此争ひは結局水掛論である、会社としても今日に於て
△組合権を 認めぬなどゝ云ふ筈はないが、兎角組合は会員が多数になると、何か事があると之を多数の力づくで解決せんとする傾向が従来あつたので、会社は自然組合を忌避するやうになる、恐らく今度の問題も此辺に起因したものであるまいか、協調会は成立以来日尚ほ浅く、未だ労資争議の調停を引受けて立派に
△解決して 行くだけの準備も整つてゐないのは遺憾であるが、かうして会に対して公開状を発せられて見れば、効果の如何に拘らず、力の及ぶ限り親切に双方の諒解を得るやう尽力したいと思ふ」云々、男の意大に動けるものの如く、明十九日帰京の都合なれば、或は協調会代表として調停の労を採るに至るべきか


東京朝日新聞 第一二二四六号 大正九年七月二〇日 収拾の見込なき富士紡の罷業に 双肌脱ぎの友愛会が躍起となつての奔走 各所に応援演説を開催(DK310081k-0005)
第31巻 p.514-515 ページ画像

東京朝日新聞  第一二二四六号 大正九年七月二〇日
  収拾の見込なき富士紡の罷業に
    双肌脱ぎの友愛会が躍起となつての奔走
      各所に応援演説を開催
富士紡の罷業は依然として続行され、容易に収拾の見込み無く、昨日も朝来工場内外の警戒物々しく、一方友愛会押上紡績組合にては本部と連絡を執り、太平亭に協議を続け居れるが、同夜六時亀戸長楽館に
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演説会を開催し、輿論喚起に尽せり、又本部よりは鈴木会長自ら同方面の視察に赴き、正午銀行集会所にて添田博士と増田渋沢男秘書に面会、四時頃協調会に桑田博士を訪問し、数刻に亘りて会談を続け、同七時より都下各労働団体代表者同本部に会合して、今後の対策、協調会に対する件等に就き熱心協議せり、尚友愛会瓦斯工組合にては、二十一日夕深川千田町千田倶楽部に、二十三日夕大森劇場に応援演説会を開催すべしと、右に就き鈴木会長は『今回の罷業問題に関して友愛会から協調会に出した公開状に就き、敷衍して説明する為に各関係筋を訪れたのであるが、今後の協調会の出方に依つては、労働者と資本家との幸福増進の為に出来た同会までも、和田豊治氏同様吾等労働者の敵と看做すに至るかも知れん』と語つた
  売られた喧嘩だ
    友愛会の公開状に対する協調会の対応策
      買へば飽までも遣ると副会長渋沢男語る
友愛会から協調会に送つた富士紡罷業に関する公開状は、協調会に取つては対社会的にも容易ならぬ問題なりとし、十九日午前十時から桑田・谷口両常務理事は、塩沢・河津二理事と共に本部楼上に臨時協議会を開く一方、桑田博士は同日正午大磯より帰京し銀行集会所の日米関係委員会に参列した渋沢男を訪問して、其の後の成行を陳述し、約廿分で辞去したが、愈来る廿一日午前十時華族会館に正式の理事会を催し、徳川会長・渋沢副会長等も出席の上、友愛会に対して相当の回答を為し、罷業に関する同会の態度を闡明する筈であるが、右に就き渋沢男は語る
『この問題に対する友愛会の態度は、謂はゞ喧嘩を吹つかけて来たもので、それを買ふか、避けるか、相当に先方をなだめるか、これは会長始め理事・評議員諸氏と協議の上決定さるべきもので、私一個として今何とも云へない、元来私はかういふ事態となることが嫌ひで、なるべくこゝに立到らないやうに努めたいと常に思つてゐるが、然しなつてしまつた以上、遺憾ながら之れも物の成行として致方はない、友愛会が悪ければ意見もする、また正しければ従ひもしよう、愈喧嘩をするならば大にやる、何れ役員協議の上最も適当な態度を声明する心算である』


報知新聞 第一五五九九号 大正九年七月二〇日 渋沢男・添田博士の出馬調停により富士紡盟休問題解決の曙光 警官の圧迫が憤激を挑発(DK310081k-0006)
第31巻 p.515-516 ページ画像

報知新聞  第一五五九九号 大正九年七月二〇日
  渋沢男・添田博士の出馬調停により
    富士紡盟休問題解決の曙光
      警官の圧迫が憤激を挑発
富士罷工職工は、十八日午後四時警官隊の圧迫に会し四名の犠牲者を出し、是が為めに一同の憤激を挑発し、大日本護謨工組合より百円、東京鉄工組合の三十円、東京毎日新聞記者平沢・加藤両氏より十円を筆頭に、寄附金四百余円を寄せられ、愈々結束を鞏固にし、十九日午後六時より亀井戸長楽館に於て、幹事棚橋氏の応援を得て、演説会を開き気勢を揚げたり、一方友愛会本部にては鈴木・麻生両氏等渋沢男の協調に対して、急遽代議員会を開きて善後策に就き協議したるが、
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是より先き同日午後二時添田寿一博士は鈴木会長に会見を求めたるによりて形勢一変せんとし、渋沢男の出馬に依り一層緊張し来り、解決近きにあるが如し、尚ほ二十一日午後六時より深川千田町千田倶楽部に於いて、廿三日午後六時より大森町大森劇場にて、東京瓦斯工組合主催応援演説会開催の由


東京朝日新聞 第一二二四八号 大正九年七月二二日 組合権利の確認程度が問題 在る物は在るに違ないが面白からぬ物もある 渋沢副会長の公平振(DK310081k-0007)
第31巻 p.516 ページ画像

東京朝日新聞  第一二二四八号 大正九年七月二二日
  組合権利の確認程度が問題
    在る物は在るに違ないが面白からぬ物もある
      渋沢副会長の公平振
理事会を終つて二階を下りる渋沢男に会の経過を問ふと『友愛会には直接文書で答へる必要はないが、世間への申し開きに本会の態度は新聞を以て公開する事にした、組合権の認否を云々するが、事実存在するものなら其の存在丈は認めぬ訳には行くまい、併し組合にどれ丈の権利を認めるかは問題で、若し妙な権利を振り廻し、多数の暴力を以て資本家に迫るが如きものあらば、夫は甚だ面白くない、且富士紡の争議は、頼まれぬ以上別段調停をしようとも思はぬが、協調会である以上、総ての労働争議に対しては最も公平な道理を示す必要はある、富士紡紛擾の一因たる職工馘首の問題は、自分の知る限りでは馘つた会社が正しいと認める、併し実際職工側に落度があつたか如何か、細い所までは協調会として調る暇もなし、必要もない』
  協調会は妥協会と改名すべし
    飽迄会社に対抗
      友愛会長談
右の報を耳にせる、友愛会長鈴木文治氏は曰く『回答にあらざる回答は、協調会としては適当な挨拶かも知れない、吾々としても之れ以上を協調会から聞かうとは予期もせず、要求もしない、吾々が注目の中心は、協調会の要職にあり富士紡の社長たる和田氏の態度如何であつたが、協調会は今度の意見書には以前からの想像通り其事に関して何等言及してない、この事は吾人がいふ迄もなく、全く協調会と云ふ名に背くこと甚だしいものである、今後は宜しく協調会を廃名して、妥協会とでも命名したがよからう』と言外に意味を含め、更に語を次いで『今後吾々は協調会を相手にする事の不要にして愚劣なるを知つた要するに今後の罷業には横暴なる資本家に対抗するを第一と悟つた、吾々は其覚悟で将来の運動に努力するであらう』云々