デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
2款 日米同志会
■綱文

第33巻 p.431-434(DK330026k) ページ画像

大正2年5月20日(1913年)

是日、アメリカ合衆国人デーヴイッド・エス・ジョルダン、書ヲ栄一ニ寄セ、カリフォルニア州外国人土地所有法ニ関スル意見ヲ陳ズ。


■資料

竜門雑誌 第三〇二号・第二六―二九頁 大正二年七月 ○ジヨルダン博士よりの来状(DK330026k-0001)
第33巻 p.431-434 ページ画像

竜門雑誌 第三〇二号・第二六―二九頁 大正二年七月
    ○ジヨルダン博士よりの来状
 千九百十三年五月二十日附を以て、ダビツド・スター・ジヨルダン博士より青淵先生に宛てたる来状の訳文、及び加州議会に於ける外人土地所有法に関する同博士の見解は左の如し
 拝啓、五月二日付の貴柬正に入手致候、小生は自身の日本漫遊が多少の良果を生じたらんことを回想致候、我が米国人にして曾て日本の善友たりし人士は、今も尚ほ日本の善友たることを、日本に於ける総ての友人等が記憶せられんことを希望致候、我が邦に於ける大学教授
 - 第33巻 p.432 -ページ画像 
商業会議所・基督教会・基督信徒及び其他凡ての方面の人士は、二・三団体を除くの外皆日本の善友に有之候。
 主として欧洲より渡来したる労働者等は、自身の故郷より来たる移民に対しても反感を抱き居候、就中右労働者の首領株の輩は、特に日本移民に対して強烈なる反感を有すること、宛然曩日の支那人に対するが如くに御座候、又日本人が小農地を有するに至り、之に灌漑し、之れに施肥し、努力多年にして、昔日は纔かに小麦の耕作の外為し能はざりし土地に、高価なる苺を栽培し得るに至るや、此等日本人と土着農民との間に、早くも葛藤を生ずるに至り申候。
 我が米国の南部諸州に於ては約一千万の黒人有之、而して其三分の二は黒白混血人種にして、之れが為該地方には人種問題に関する紛糾絶ゆるの時無之候、黒人は概して善良なる性質の人民に候へども、勤勉と名誉心と節倹とを欠き、且つ彼等の多くは曾て奴隷たりしものにて、南北戦争の結果として俄然自由市民になりたるに過ぎ申さず候、此の黒白両人種間の人種的問題の存在するを以て、我が米国人中多数の善良なる人民等は、米国内に於ける日本労働者の蔓延は、更に別箇の人種問題を発生せしむるものなりと認めて大に憂慮致居候。
 此等米人は教育ある日本人に対して、何等の苦情をも唱ふるものに無之候へども、不幸にして当国の農民等は教育ある日本人を見たることなく、唯だ瀬戸内海附近の地方より渡米し来りたる日本農夫を見たるのみなるを以て、此種の農夫を以て全体の日本人の品位を律せんとする状態に有之候。
 御案内の通り這般の加州問題に就ては、我が米国政府も慎重の態度を保ち居候、大領統ウイルソン氏は国際問題に就ては寛大なる意志と賢明なる智恵とを有する人にして、小生は同氏の判断と国務卿ブライアン氏の尽力とを深く信頼致居候。小生はブライアン氏の要求に応じ此程加州の首府サクラメントに参り、本事件の進行を猶予せしめんが為め出来得る限りの尽力を試み申候、蓋し小生等は本事件の進行を延期せしめ居る間に日米両国の交渉委員相互協議して、本問題を惹起するに至りたる悪原因の存するあらば該原因を取際きて、以て円満なる解決を得んと欲したるが故に御座候、然るに乍遺憾所謂「ウエツブ」法案なるものは知事の署名を了し、玆に法案と相成申候、小生の考に依れば、斯かる法案は合衆国憲法に違反するものと信じ候、若し果して然りとせば、訴訟を高等法院に提起して、該法無効の旨の判決を得ざるべからず候、但し法案中の辞句に或る特別なる語を使用致居候間此の用語の一点を捉へて加州は該法の非憲法的ならざる旨を主張致すやも計られ申さず候。
 本件に関する小生の意見は、別紙小印刷物に陳述致置候通りに有之候条、左様御承知被下度願上候、小生は這般の事件が今後再び我が国の政治家に依りて提起せられ、其結果として国際的紛議を生ずるが如きこと決して無之様の手続を以て落着せんことを望み居候。
 抑も日米間の関係は、今日以前に於て今日程友誼の深かりしことなく、又今後に於ても、今日以上に其の友誼を深くする能はざる程親善に有之候、然るに中央政府の忠告に反して、事件の進行を猶予するの
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挙に出でず、又中央政府をして其の本来の任務を行はしむるの挙にも出でざりしは、全く加州政府が我が意を固執するに急なりしが為めに御座候。
 小生は本日江原・服部の両氏に面会可致候、唯乍遺憾、添田氏には拝顔の機あるまじくと存ぜられ候、蓋し小生は次週中に当地出発、向ふ約一年間平和運動の為めに、欧洲及濠洲を巡回すべき予定なるが故に有之候、濠洲よりの帰途、或は東京を経過して帰米致すやも知れ申さず候へども、之は確定致し居らず候、小生は此の程当大学の総理に任ぜられ、総長の職は従来の次長ジヨン・カスパアブランチア氏之れを襲がれ申候、同氏も亦た小生同様平和事業に深き興味を有し居らるる人に候へども、其対外的関係は主としてブラジル及び英国に限られ居候。
 小生の新任せる総理の職は、従来の総長職に比すれば甚だ閑散に有之、旅行等も稍自由に御座候間、両三年中には再び日本に赴きて、友人等と会見を重ぬる胸算に有之候。
 小生当地出発後はロンドン市スレツドニードル町なる「モントリオル」銀行気付にて小生への信書は相届き可申候。小生は今後加州事件に関して、日本側より発せらるゝ意見を聞くを得ば幸福と存じ候、又小生は日米協会の組織せられたるを聞きて、大に喜び申候。
先は右謹んで得貴意候 敬具
 別紙(大要)
    加州外人排斥法に就て ジヨルダン
加州議会に於ける外人土地所有法に関し、余の見解左の如し。
 一、特に或一国民たる外人に対して利害を及ぼすが如き法律は非憲法的なり
 二、現在の外国条約と抵触する法律は無効なり
右二ケ条は、結局聯邦裁判所の判決を俟たざるべからず。
 三、土地所有者の現在の権利を侵害する法律は無効なり
 四、一切の外国人の土地所有を禁ずるを目的とする立法ならば、恐らくは有効なりと云ふを得べし
尚ほ右の箇条を詳説せんに、第一の箇条に就ては、各州は憲法の規定上、外国と条約を締結するの権能を有せざるを以て、仮令加州議会が「市民権を有せざる外人」てふ婉曲なる辞句を以てするも、或特殊の一国民に利害を及ぼす如き法律は無効たらざるべからず。
第二の箇条に就ては、条約国の人民は条約によりて旅行及住居の権利を保有す、故に此権利を侵害するが如き各州の立法は効力なしとす、日本人が「市民権を有せざる人民なりや否や」また「日本人が蒙古人なりや否や」は未だ決定せざる問題なり。
第三の箇条に就ては海牙の仲裁々判所の判決を参考するの要なり、一九〇五年該裁判所に於て例の日本に於ける家屋税問題を決したることありたり、而して其結果として、或一国は其国内に住する外国人が、従来土地に対して権利を有する場合は、該土地所有の外国人が同意するに非ざれば、該権利取得の条件を変更する能はずと決したり、而して若し日本が此判決に依り、所謂条約港たりし土地に住する外国人に
 - 第33巻 p.434 -ページ画像 
対し、其同意を得ずして従来享有する権利、即ち土地取得条件を変更する能はずとせば、加州も亦其州内の外国人に対して、其従来享有する財産権を侵し、其所有地を若干年以内に売却すべしとか、若くは所有権を剥奪すべしなどゝ主張する能はざるや明かなり。
第四の箇条、即ち一切の外国人の土地所有権を禁ずと云ふ主義は、其有効なるを主張するを得ると同時に、又無効なるを説く者もあり、而して加州が之を行はんとするに際し、今に於て之を知るものなし、又加州に於ける土地所有の外人としては英人其多きを占む、而して差別的立法、即ち或一国の外人に限りて其権利を制限せんとする法律は、全然米国の憲法に違反せるものなること、蓋し云はずして明かなりとす。


渋沢栄一書翰 ジェームズ・ディー・ローマン宛 一九一三年六月二三日(DK330026k-0002)
第33巻 p.434 ページ画像

渋沢栄一書翰 ジェームズ・ディー・ローマン宛 一九一三年六月二三日
           (ジェームズ・ディー・ローマン氏所蔵)
             (COPY)
Baron Shibusawa
  Tokio
                    23rd June, 1913.
J. D. Lowman, Esq.,
 Seattle, Washington.
Dear Sir :
  I have your very kind letter of May 24th. As to what the California Legislature has recently done in anti-Japanese enactment, I have a deep regret. I am glad to hear from you that, when your last Legislature proposed submitting to the voters an amendment to your constitution which was somewhat similar to that of California, you appearing before the Committee and explaining the matters, have made them change the form of the amendment bill to include all nationalities alike. It is not fair to give any nationality a discriminate treatment, and so I am rather satisfied of your attitude.
  I hope, however, you will, in no distant future, propose an amendment by which all aliens can be entitled to own land in your state.
  Mr. Nakano and myself are very strong and we have been very active in dealing with the California problem.
  My wife is very thankful for your kind compliments and joins me in sending you best wishes,
          With kind regards,
           Yours very sincerely,
                    E. Shibusawa.
   ○五月二十四日附ノ「ローマン書翰」ヲ欠ク。