デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
2款 日米同志会
■綱文

第33巻 p.439-448(DK330029k) ページ画像

大正2年8月30日(1913年)

是ヨリ先、当会ヨリアメリカ合衆国ニ特派セル添田寿一・神谷忠雄帰朝セルヲ以テ、是日其報告会ヲ開キ、栄一会長トシテ挨拶ス。次イデ九月八日栄一、東京商業会議所会頭中野武営ト共ニ慰労会ヲ帝国ホテルニ開ク。


■資料

竜門雑誌 第三〇四号・第七七―七八頁 大正二年九月 ○日米同志会報告会(DK330029k-0001)
第33巻 p.439 ページ画像

竜門雑誌 第三〇四号・第七七―七八頁 大正二年九月
○日米同志会報告会 日米同志会に於ては曩に米国に派遣したる法学博士添田寿一・神谷忠雄両氏が帰朝せられたるを以て八月三十日午後二時より東京商業会議所に於て其の報告会を開きたり、先づ会長青淵先生の挨拶あり、後添田博士の報告、神谷氏の移民問題に関する演説あり、同副会頭中野武営氏の謝辞ありて午後三時半散会せられたる由
 - 第33巻 p.440 -ページ画像 

東京日日新聞 第一三二一六号 大正二年九月一日 ○日米同志会報告会 特派使添田博士報告(DK330029k-0002)
第33巻 p.440-441 ページ画像

東京日日新聞 第一三二一六号 大正二年九月一日
    ○日米同志会報告会
                 特派使 添田博士報告
日米同志会にては、既報の如く東京商業会議所議員等と共に特派使添田博士等の報告を聴取すべく、三十日午後報告会を開き、会長渋沢男爵の開会の辞に次で、添田博士は大要左の如き報告演説を為したり
 加州に於ける土地問題に関し、在留邦人に対して日米同志会並に全国商業会議所聯合会の深厚なる同情と慰問の誠意を伝達するの使命を帯びた余等は、未だ其目的の地に到達せざる途上に於て、加州土地法案は既に加州知事の議会決議に調印を了したりとの無線電信に接し、一大遺憾の念を抱きつゝ五月二十六日を以て桑港に到着したるが、当時恰も太平洋沿岸並に中部諸州日本人会の組織せる時局委員協議会開催中なりしを以て、是等委員と会見して我使命を伝達し且つ各地巡回の機会に於て、直接同胞に対し懇切誠実に其意を披瀝したるに、何れも大に感謝の意を表したるが、余は又到る所に於て本問題の解決上、在留同胞は須らく文明国民の態度を持し、米国民より劣等人種との非難を受くる事なかるべきを直言したる次第なるが、之れが為め極めて少数なる部分の外は、何れも極めて穏健沈着なる態度を持し、為めに米国人中却つて賞讚の意を表したるもの尠からず、在留同胞は同情ある米国政府並に同国々民の正義公正に信頼し、冷静忍耐、以て満足なる解決を期すると同時に、愈々自家の改善向上の必要を自覚し、意を永遠の画策に注ぐに至りたるは大に賀すべき現象にして、此勢ひを以て進まば、日米関係の前途未だ必らずしも悲観するを要せざるべし、余は珍田大使・米国大統領・国務卿其他の有力者等にも会見を求めて、加州に於ける同胞の状況態度等を具陳せる上、米国政府が正義公道に依つて必ずや満足なる解決を与ふべきを確信し、信頼と希望とを以て忍耐謹慎、速かに最後の断案の下るを待ちつゝある旨を附言して、其高尚なる同情の念に訴へたるに、何れも之を大に諒とせられたり、之れより余は米国輿論の中心地たる紐育に赴き、新聞雑誌、政治・実業等有らゆる方面の有力者に会見を求めて、米人の抱ける誤解誤謬に対し極力弁駁匡正に努めたるが、時恰かも七月四日の米国独立祭に際しては、同市の開催せる祝賀会に出席の栄を得たるを以て、排日案に対し米国本来の主義標榜する所に鑑み、切に米人の反省を求むる旨の演説を試みたるに、大に好感を以て迎へられたるのみならず、市長代理は吾人は日本に対し深厚なる友誼を有する事を宣言するものにして、此声言は華盛頓政府当局者も大に重要視すべきなり云々と述べたるが如き、以て同国輿論の趨向如何を察すべきなり、当時又日本の希望は何れにありやとの質問を受けたるが、余は之れに対し、差当り何等かの方法に依り加州土地法の実施を停止する事、又大体の策としては今後永久に日本人に対して差別的待遇を与へざる事の二点を以てしたるが、排日思想の米人側は大体を、政治・経済・社会・人種等の関係上、排斥は止むを得ずと主張せるものゝ如くなりしを以て
 - 第33巻 p.441 -ページ画像 
是等に対しては日米両国の歴史と事実に照し、更に自由平等公平なる米国建国の要件を捉へて、排日案の不正にして毫も理由なきを主張したるが、抑も在留同胞の実況を見るに、実際土地を所有し居れるは、加州に於て何百万とも知り難き広漠の地に、僅々二万余町のみ、借地を加ふるも尚ほ十数万町歩に過ぎざるに、殊更に之を誇張して大事に至らしめたるは、畢竟政治関係に利用せられたるに外ならず、故に事是に到らざる以前、適当の手段に出でしならんには、斯る難局には陥らざりしならんか、事既に到れる以上、我国民は飽く迄忍耐持重し、帝国政府の外交を援助して、我国民の利権を保つて美果を収めざるべからず、思ふに我国の外人土地所有権実施並に在米出生者に対する国籍法の改正等は、対米抗議の一問題なるべし斯の如き時に矛盾の結果の結果《(衍カ)》を生じて解決に悩むは、我国に海外移民に対する一定の大方針を存ぜざる欠陥たらずんばあらず、尚ほ将来移民に対する施設としては、妻帯者又は少くも婦女の渡航奨励の如きも、在外同胞の風紀を一新する上に於て必要なるべく、尚ほ米国に対しては今後一層深く同国の制度事物を了解し、米国輿論の趨向を知ると共に、努めて之れを善導するの策を講ずるは最も必要なるべく、之れ日米両国の利益を完ふする所以にして、又其期待に副ふを得んか、両国民の意思の疎隔、或は人種的感情の衝突等の禍を已前に防ぎ得べく、従つて東西両洋の平和維持を常に念とせる日米両国の天職的任務を完うする所以なり云々


報告 添田寿一・神谷忠雄共著 第一―一五頁 大正二年八月刊(DK330029k-0003)
第33巻 p.441-447 ページ画像

報告 添田寿一・神谷忠雄共著 第一―一五頁 大正二年八月刊
 (表紙)
   大正二年八月三十日

   報告
                    添田寿一
                    神谷忠雄

  報告
加州に於ける土地問題に関して、在留同胞に対し日米同志会並に全国商業会議所聯合会の深厚なる同情と慰問の誠意とを伝達せんか為め、余等両名渡米する事となり、本年五月十日横浜出帆、同二十六日桑港上陸、本月十三日晩香坡解纜、二十四日本邦帰着、此の間費したる日数百有七、経過せる哩数凡そ二万、専ら使命の遂行に従事せり、今玆に其の大要を報告するを光栄とす
    第一、使命の遂行
余等の未だ太平洋上にありし五月十九日を以て、加州土地法案は加州知事の調印済となりたる旨の無線電信に接し、一大遺憾の念を抱きつつ二十六日を以て桑港に到着し、当時恰も太平洋沿岸並に中部諸州日本人会の組織せる時局委員協議会開催中なりしを以て、先づ同時局委員を通じて在留同胞に我が慰問の誠意を正式に伝達し、引続き加州各地方巡廻の機会に於て、直接在留同胞に対し、更に其の意を懇切誠実に披瀝したり、此の同志会並に商業会議所の熱誠なる同情に対しては在留同胞も亦深く感せし所ありと信す
 - 第33巻 p.442 -ページ画像 
在留同胞と接触の機会に於て、時局に対する在留同胞の態度は一点の非難すべきもの無く、全然文明的なるべき必要を説き、熱誠を込めて忠言を試みたるに、苦心空しからず、同胞の措置態度大体に於て極めて穏健沈着、頗る賞賛に値するものあるのみならず、亦大に同情を喚起するに足るものあり、現に米国識者中に之に向て賞賛同情の意を表したるもの尠なからず、同胞は斯く一方に米国政府並に国民の正義公正に信頼して、極めて冷静忍耐、以て時局の解決の満足ならん事を期待すると同時に、他の一方に愈々改善向上の必要を自覚し、意を永遠の劃策に注くに至れり、是れ同胞将来の為め、将た又根本的解決の為めに、大に賀すへき趨勢なりと謂て可なり、但し地方により若くは事柄によりては、尚は改良を要する点無きにあらず、排日主張者の多くは、一部一時の事実を全般に及ほし、以て米国の輿論を誤る者往々にして、然るが故に同胞各自品位の改善と米国人との日常直接の交際上大に注意する所無かるべからず、依りて改善を要する点に関しては忌憚無く忠言を試み、地方によりては着々実行の緒に就きつゝあるが故に、此の勢を以て進まば、前途は頗る有望なるものあらん
珍田大使閣下に陳情の為め、在留同胞を代表し牛島・我孫子両氏華盛頓に出張の事に決定し、余等亦両氏と同道東行の依頼を受けたるを以て、不止得地方巡視の範囲を一と先つ重要なる部分に止め、漏れたる地方の巡視に関し、江原・服部両氏と打合せの上、早々華盛頓に赴き珍田大使・大統領・国務卿、其の他民間の有力者に対し、加州に於ける同胞の状況、態度を具陳し、特に大統領・国務卿に向つては、在留同胞は米国政府が正義公道によりて、必ずや満足なる解決を与ふべきを確信し、信頼と希望とを以て忍耐謹慎、速に最終の断案の下るを待ちつゝある旨を陳述し、其の高尚なる同情の念に訴へたるに、何れも在留同胞の節制ある状態を諒とせられたり
云ふまでも無く米国は、最も重きを輿論に置く国柄にして、而も輿論の中心は寧ろ紐育市にあり、仍て転して該地に赴き、力のあらん限り又時日の許す限り、或は新聞雑誌の関係者、或は有力なる政治家・実業家・学者と会見し、在留同胞の実情を陳述すると同時に、先方の抱ける誤解誤謬の弁駁匡正に力めたり、殊に紐育市主催の七月四日の独立祭には、両会を代表して出席し、祝賀の演説を為したるに、来会の主賓聴衆が本邦に対して表示したる好意は、実に意外に甚大なるものありたり
当時余等に向て、日本の希望は何れにありやを質したる向きありし故応急の策としては、差当り何等かの方法により加州土地法の実施を停止する事、又大体の策としては、今後永久に亘り如何なる場合と形式とに於ても、差別的待遇を帝国臣民に与へざる事の二点を以てせり、而して排日思想を抱くもの若くは之が為め弁解の労を取りたる者の所説は、千差万別殆ど帰着する所を知らざるも、大凡そ之を大別すれば左の四種に綜合することを得べし
  イ、政治的議論
  ロ、経済的議論
  ハ、社会的議論
 - 第33巻 p.443 -ページ画像 
  ニ、人種的議論
政治的議論を抱く者の中には、本問題を以て(一)党派の関係上止むを得ざりし事、(二)労働組合の関係上止むを得ざりし事、(三)元来共和政体としては同一人種の結合を必要とする事、(四)日本人は好戦国民なるを以て排斥せざるべからざる事等、其の主たるものなり
経済的議論としては(一)米国は今や約一億万の人口を有し、移民収受国としては入国者の資格につき相当の制限を附する必要あり、而して日本人は先天的に好ましからざる移民なるを以て之を排斥し、之を拒絶する要ある事、(二)米国の富源は宜しく之を米人子孫の為め保存すべく、日本人の土地所有を禁止するは、子孫の為め百年の長計を為す所以なる事、(三)日本人の優等なる労働力、特種の熟練は、軈て白人同業者を全然駆逐するに至るべき事、(四)日本人労働者の賃銀の低廉なるは、米人の競争し得る所にあらず、又其の送金により米国の国富を減少する事等是れなり
社会的議論としては(一)日本人生活程度の劣等なる事、(二)日本人特に婦人の地位卑しくして、安息日にすらも尚ほ労働に従事する者ある事、(三)日本人は道徳の観念劣等にして、賭博其の他の弊風あるを免れざる事、(四)日本人には宗教的観念全く欠乏し居る事等、普通に唱へらるる所なり
人種的関係に於ては(一)日本人は同化せざる国民なる事、(二)米国人は既に黒人の問題につき苦き経験を有す、更らに日本人問題を混入し人種問題を一層複雑ならしむるが如きは、其の耐ゆる所にあらざる事、(三)パナマ運河開通の暁には欧洲移民は潮の如く流入し、人種問題をして一層複雑ならしむべき事、(四)日本人の劣等ならざるのみならず、或る点に於ては寧ろ大に優れるものなるは明に之を認定するも異種族なるを以て離隔するを得策とする事等、最も勢力を有するものに似たり
右に対する反駁として余等の陳述せる所は
      政治的議論
 (一)此の如き問題は、党争の用に供すべきにあらざる事
 (二)一部の偏見に動されて判断を誤り、累を友邦の国民に及ぼすべからざる事
 (三)米国共和政治の主眼は平等にあるを以て、寧ろ他人種を包容すべき事
 (四)日本人民は理由もなく又軽々しく平和を破るものにあらざる事
      経済的議論
 (一)一般的制限は止むを得ずとするも、日本人に差別的制限を与ふるは断じて同意し難き事
 (二)米国無限の富源は、在留日本人の開発に委ぬるは、寧ろ米国の利益なる事
 (三)日本人の成功する径路は、米人の其れと異なるが故、互に相裨補するとも、其の利害は決して衝突せざる事
 (四)日本人の賃銀は他の移民に比し高きとも低からざる事、又其の送金は他の移民に比すれば、実に少額顧みるに足らざる事
 - 第33巻 p.444 -ページ画像 
      社会的議論
 (一)日本人の生計程度は他の移民に比し決して低からず、況んや漸次昇進しつゝある事
 (二)日本婦人の家庭に於ける地位は、外見に反し意外に良好なるものあるのみならず、今や益々向上しつゝある事
 (三)日本人の徳義は、他の移民と比較すれば寧ろ大に優れるものありとも、決して劣らざる事
 (四)日本人の宗教的観念も、亦他に比し遜色無き事
      人種的議論
 (一)日本人は同化力を有する事
 (二)米国の国力と同化力とは、幾多の人種をも溶解するの力ある事
 (三)欧洲より移民あればとて、既に在留せる日本人を虐遇するの理由なき事
 (四)交通の便利となれる今日、人種の離隔は望むべからざる事
等にして、事実上歴史上より一々弁駁するを力め、尚ほ進んでは米国建国の要件たる「自由公平正義」の念に訴へ、是非共土地法其の他不正にして、毫も理由無き排斥を制止するの至当なることを主張し置きたり
各地商業会議所又は市長等に対しても、相当謝意を表し、尚ほ将来を依頼したり、各地到る処に於て好遇を辱なくせるのみならず、好感情を以て迎へられたるは深く謝する所なり、又本問題の中心たる加州には、殊更重きを置くべきこと勿論なるのみならず、過去将来に於て、加州の政務に直接関係を有する有力者に向ては接近是れ力め、就中今回の加州土地法案の議事進行中、一点の私心無く唯に正義人道の指示する所により、我が同胞の為め最終まで奮闘せる人士に対しては、深厚なる謝意を表し置きたり
    第二、同胞の状態
太平洋沿岸には約八万人、其中加州には約六万人の同胞あり、大部分は農業に従事し、農業経営者の数約八千人、農事労働者の数約二万五千人、而して此等農業者を重なる得意として、比較的小規模の商業に従事する者、経営者、被雇者を合して約壱万四千人あり、其の他は家庭・工場・鉄道・鉱山等に於ける従業者たり、農業従事者中には土地を所有する者と、賃借せる者との二種あり、邦人の所有に係る土地は米国を通じて約四万一千英町あり、借地に係る分は約十八万英町以上なり、其の中加州に於ける所有土地は約二万六千英町、借地は約十二万五千英町に過ぎず、而して農業生産物の価格は相場の変動により増減あるを免れざるも、年額約二千五百万弗より三千万弗位に上ると云ふ、苦心経営年を累ねて漸く此の情態に到達せる在留同胞が、今回の土地法の為め精神的にも物質的にも多大の打撃を受けたるには、実に同情に堪えざる次第なり
在留同胞中には、時局の初期に於ては、或は日米開戦説等の為め甚だしく不安の念に駆られ、事業を中止して速に帰国せんとせし者さへありし由なるも、在米日本人会幹部諸氏を始め、各地方有力者並に邦字新聞の尽力に加ふるに、本国朝野の同情を以てし、幸に其効空しから
 - 第33巻 p.445 -ページ画像 
ず、漸次安意して各其の業を務め、土地法実施に際しては着々善後の策を講し、或は土地買入代金の皆済となり、或は会社の設立となり、以て自営自助の途に出でたるのみならず、一大反省を促し各種改善の策を実行し、尚ほ進んでは遠く将来を察し、子孫百年の長計を樹立するの念を生じたる者さへあるに至れるは、実以て慶賀に堪へざる所なり
玆に附言の必要を感ずるは、等しく太平洋沿岸州中、例へば「ワシントン」州「オレゴン」州の如き、加州以外の地方に於ては、加州とは聊か趣を異にせるものあること是れなり、然れども意を安するの極、他日加州と同一の傾向を誘致せさる為めに、予め今日より注意緊要と認め、該地方同胞に向て相当警告する所ありたり、又加奈陀方面に於て、意外にも制度上同胞の為め攻究を要するものあるを発見せり
    第三、本問題の経過
土地問題は、要するに排日思想の発動に外ならず、而して加州に於ける排日の風潮は、実に明治三拾三年頃より其の勢力を加へ来り、同年桑港に於ける市民大会の排日的決議を以て、具体的に其の意志を発表し、明治三十六年市俄古市に開催したる全国労働組合大会の決議により、日本に於ける労働状態を調査したる後、其の翌三十七年同組合の名義に於て排斥決議を為すに至り、玆に広く一般的色彩を帯び来り、爾来今日に至るまで、新聞紙の煽動及び軍備拡張の為めにする一種の懸引等により、漸次組織的に排日運動の進行を見るに至れり、彼の亜細亜人排斥協会の設立は実に明治三十八年にあり、土地所有禁止法案が加州の州議会に現はれたるは明治四十年を初期と為し、爾来毎二年州会開会毎に幾多の排日案と共に提出せらるるを常とせしが、本年の議会に於ては各方面の防止運動遂に其の効を奏せず、八月十日を以て愈実施せらるゝに至れり、而して土地法に対する善後策としては、差当り先づ相続等の不安に対する予防を為す事と、所有権の不確実なる分を確保する事等にして、此等は土地会社を設立して所有権を会社の名義に変更する事、並に未払込地代の払込を完了する事等により幾分目的を達し得らるべし、現に斯の如くして設立せられたる会社数九十余、此の資本金二百五十万弗余に達せり、尚ほ「テスト・ケイス」即ち試訴提起の如きも一方法たるを失はざるも、其の時機方法等に至ては慎重の考査を要し、以て遺漏過失無きを期せざるべからず
加州土地法の成立以前に於ては、桑港商業会議所・博覧会々社、有力なる新聞紙、其の他加州の有識者は其の不当不正を唱へ、望を其の不成立に置きたるも、愈成立後に至つては奈何ともし難きものとして看過し来れるも、在米並に在本邦同胞の措置宜しきを得たるが為め、独り加州のみならず、米国全体を通じて本問題の容易ならざるを覚り、一層深く注目攻究するの傾向を生じ、攻究の結果、国論の方向に多少の変化を来さんとするものに似たり、現に彼のルーズベルト氏、メービー博士等の関係せる「アウトルツク」雑誌最近の論調が、結局は日本人に帰化権を附与するを可なりとするに至りしが如き、其の最も顕著なるものに属す
    第四、将来の施設
 - 第33巻 p.446 -ページ画像 
我が政府に於ては、条約上苟も理由ありと思惟する点につきては、何日迄も抗議を継続せられ、其の他必要の方策を講せられ、決して遺漏なきを期せらるべきは勿論なり、其外外国人土地所有法の実施又は国籍法の改正を始めとし、我が法令にして国民発展の障害となるべきものは断然之を改廃し、其の利益となるべきものは進んで制定拡張するの必要なることも又勿論なり、最も緊要なるは此の際移民に関する大方針を樹立し、鋭意国民の海外発展に資するにあり、而して国民の海外発展上最も必要を感ずるは、国民教育の方針を改め、之に世界的訓練を与へ、以て国外に出づるも一身を苦め国家の体面を傷くるが如き虞れなからしむるにあり、就中最も重きを置くべきは妻帯者の渡航奨励にあり、近時在外同胞の風紀一新せんとするに至れるは、主として妻帯者の増加にある事を忘るべからず
国民としては、一層深く米国の制度事物を攻究し、彼を了解すると共に、彼をして我を了解することを力めしめ、米国の輿論を善導するの策を講じ、速に之れに着手するを以て目下焦眉の急務と為す、是れ日米両国双方永遠の利益を完ふする所以なるのみならず、前述の如く、今や米国の輿論将に一変化を来さんとしつゝあるを以てなり、其の細目に亘りては敢て腹案なきにあらざるも、要は日米両国国民間の意志疏通を敏速良好完全ならしむるにあり、或は進んで之れを全世界各方面に及ぼすも、亦国民の海外発展上必要の策なるべし
米国輿論善導の一助としては、彼の桑港大博覧会の如きは率先して賛同の実を挙げ、以て日本国民が如何に雅量に富み如何に正義の念を以て充満せるかを証明するも、亦一快事なるのみならず、却て米国の輿論を良好なる方向に向はしむる所以なるべし
之と同時に、一層在米同胞の精神的向上改善を促進し、児童教育問題宗教問題・風紀問題上完全を期し、有形的発達の為めには信用組合・金融機関、其他各種産業組合の設立を奨励し、以て何れの方面より観察するも、日本国民は他の移民に比し無形上有形上大に優れるものあるを事実上証明するを緊要とす、少なくとも徒に非難者に口実を与へざるだけの注意は必要欠くべからざるものとす
    第五、本件の教訓
今回の事件よりして、吾人の学び得たる教訓は実に鮮尠なりとせず
 其の一、米国に於て異人種、就中本邦人に対する観念の変化せんとする傾向を生じたる事
 其の二、我国の輿論が重きを対外就中米国問題に置き、文明的態度を失はざりし事
 其の三、在米同胞も亦其の態度宜しきを失せず、反省以て大に向上発展の途に上りたる事
是れなり
実に今回の事件たる、不幸は即ち不幸なりと雖も、米国の輿論を善導し、帝国の国論を啓発し、在米同胞の向上に資する所ありたりとせば又以て聊か慰むる所なしとせんや、否な禍を転して福と為すは実に此の挙に在り、吾人豈勇往邁進せずして可ならんや
殊に注意を要するは、過去の蹉跌を再び繰返すことなきにあり、之と
 - 第33巻 p.447 -ページ画像 
同時に一日も速に本問題を根本的に解決して、以て日米間の紛争の種子を一掃するにあり
    第六、日米両国民の任務
苟も自ら文明国民を以て任する以上、吾人は力を東西文明の融和、異人種の調和に用ふべきこと多言を要せず、此の最高の天職に努力すべき責任上、日米か特種の地位にあることを忘るべからず、先づ日本は所謂東西の中間に介し、東西文明の調和を以て任し来れる関係上、又他の東邦無数の人類が日本の一挙一動に注目しつゝある今日、此の天職を果すことに於て、他に比し責任の重きものあるは、又明瞭ならずや、次ぎに米国の憲法・歴史・地理上の関係、宗教的の観念は、米国をして、此の天職上最も恰当せる地位に立たしむるものと謂ふて可なり、日米にして平和文明人道の為め共同一致以て事に当らば、太平洋の風波は長へに其の名の如く平穏なるべく、東西の文明は有無互に相通じ、彼の最も悲惨なる渦中に全世界の人類を惓き込むべき人種的衝突も、亦以て幸に防止し得らるべし、苟も真正永遠に日米両国の将来を思ひ、世界の平和人類の幸福を念とするもの、豈区々たる地方問題をして、此の天職遂行に妨害あらしむるを許すべけんや
云ふ迄もなく吾人日本国民は、不当の屈辱に対しては、飽迄解決を得ざれば決して満足するものにあらず、而して本問題に関して完全なる解決を得ざる限り、日米両国々民間の歴史的友誼に障碍あらんことを恐る、故に両国相提携して此の一大天職を尽す為めにも、亦速に両国間の紛擾を根絶せざるべからず
将来の施設に関しては、余等亦多少の意見なきにあらざるも、問題の性質上、外交の関係上、未だ之を公表するの時機に達せざるを遺憾とす、既に繰返し陳述せるが如く、米国は輿論の国なり、吾人の希望を貫徹するには、先づ輿論を良好なる方向に転ぜしむるを絶対の要件とす、今や幸にも米国輿論の傾向一変の兆候あり、吾人は決して失望すべきにあらざるのみならす、今後益々不撓不屈、本問題の根本的解決に努力し、尚ほ進んでは帝国国民海外発展の方針・基礎を確立せられむことを切望に堪へざるなり
  大正二年八月三十日
                    添田寿一
                    神谷忠雄


東京日日新聞 第一三二一七号 大正二年九月二日 日米同志会善後策(DK330029k-0004)
第33巻 p.447-448 ページ画像

東京日日新聞 第一三二一七号 大正二年九月二日
    ○日米同志会善後策
日米同志会にては、添田博士の帰朝と共に、排日土地法に対する善後策及び今後の行動に就き協議中なるが、渋沢男・中野氏等重立つ人の意中は、米国の輿論を改造するを第一とし、添田博士も輿論改造の有望なることを唱へつゝあれば、多分は渋沢男とケネデー氏との間に進行中なる日米通信を開始し、一切の善後策を之に移す事となるべく、既に其費用の出所に就ても大体の見込を立て、在米同胞五万円、渋沢男等有志五万円、合計十万円の外、政府の保護金十万円を仰ぎ、総計廿万円とし、其経営はケネデー氏之に当り、専ら米国の輿論を改造す
 - 第33巻 p.448 -ページ画像 
る方針を採り、土地法直接の抗争は、桑港博覧会を機とし断然抛棄すべしと


東京日日新聞 第一三二二四号 大正二年九月九日 ○遣米慰問使慰労会(DK330029k-0005)
第33巻 p.448 ページ画像

東京日日新聞 第一三二二四号 大正二年九月九日
    ○遣米慰問使慰労会
渋沢男・中野会頭の両氏は、八日午後六時より、添田博士・神谷忠雄両氏の慰労を兼ね、都下主なる実業家四十余名を帝国ホテルに招待して晩餐会を催し、席上に於て対米問題の善後策並に桑博問題に就て熟議し、同九時散会せり


竜門雑誌 第三〇四号・第七八頁 大正二年九月 ○日米同志会の慰労会(DK330029k-0006)
第33巻 p.448 ページ画像

竜門雑誌 第三〇四号・第七八頁 大正二年九月
○日米同志会の慰労会 日米同志会頭青淵先生・同副会頭中野武営氏主人役となり、遣米委員法学博士添田寿一・神谷忠雄両氏を、九月八日午後六時より帝国ホテルに招待して慰労晩餐会を開きたり、食後別室に於て、対米問題善後策並に桑博問題に就て意見を交換する所ありし由。