デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.581-603(DK330072k) ページ画像

大正9年12月22日(1920年)

是ヨリ先当委員会ヨリアメリカ合衆国ニ派遣セラレタル、原田助帰朝ス。是日、其歓迎会ヲ兼ネ協議会ヲ、東京銀行倶楽部ニ開キ、栄一出席ス。次イデ二十七日当委員会主催、原田助博士報告会同所ニ催サレ、栄一出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正九年(DK330072k-0001)
第33巻 p.581 ページ画像

集会日時通知表 大正九年 (渋沢子爵家所蔵)
十二月廿一日 火 午後三時 原田助氏来約(兜町)
十二月廿二日 水 午後三時 原田氏ト会談(銀行クラブ)
         午後四時 日米関係委員会催原田助氏歓迎会(銀行クラブ)
   ○中略。
十二月廿七日 月 午前十一時 新聞記者等ヲ招キ原田助氏報告会(銀行クラブ)


(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正九年(DK330072k-0002)
第33巻 p.581 ページ画像

(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正九年
                    (阪谷子爵家所蔵)
○九、十二、二七 銀行クラフ、新聞記者ヲ招キ原田氏報告ヲ聞ク、同氏明日布哇ニ赴クニ付、今後ノ打合ヲ為ス、渋沢・姉崎・山田(三良)
          原田氏夏期中加州ニ赴ク件、奥村氏トノ関係等、渋沢氏米国行ハ考中云々
         山田氏ニ土地・国籍・徴兵・条約ト州諸関係ノ取調ヲ託ス


竜門雑誌 第三九二号・第七八―七九頁大正一〇年一月 ○日米関係委員会原田助氏帰朝歓迎会並協議会(DK330072k-0003)
第33巻 p.581-582 ページ画像

竜門雑誌 第三九二号・第七八―七九頁大正一〇年一月
○日米関係委員会原田助氏帰朝歓迎会並協議会 昨年八月、加州排日問題視察並に在米同胞慰問の為め、青淵先生を中心として組織せられたる日米関係委員会より同会代表者として派遣せられたる元京都同志社々長原田助氏は、旧臘二十日用務を果して帰朝せるに依り、同会にては同月二十二日午後四時より、東京銀行倶楽部に於いて、同氏帰朝歓迎会を兼ね、協議会を開催したるよしなるが、当日の出席者は左の如くなりしと。
   原田助氏
   青淵先生    金子子爵
   阪谷男爵    団琢磨氏
   添田寿一氏   内田嘉吉氏
   早川千吉郎氏  藤山雷太氏
   姉崎正治氏   服部文四郎氏
 - 第33巻 p.582 -ページ画像 
   増田明六氏   小畑久五郎氏
 因に同会にては、今般、原田助・山田三良二氏を同会々員に推薦し種々の報告及協議事項を附議し、食後原田氏の渡米視察報告ありて散会したる由なるが、尚同会にては同月二十七日午前十一時より同所に於て、同氏渡米視察報告会を開き、都下の新聞通信社の代表者を招待したる由。
○原田氏渡米視察談 原田助氏が日米関係委具会を代表して渡米視察の上帰朝せるは、別項記載の如くなるが、十二月二十一日の万朝報は同氏談として左の如く報ぜり。依りて排日問題参考の為め玆に録する事とせり。
 去る八月末渡米し、各地の名士と会見、排日問題に就いて互に意見の交換を行つた所、思ひの外排日案反対の声が高く、二十三万人も反対者があつた。
 △不幸 にして排日案は通過したが、前回と違つて暴行脅迫する者は無く、日本人側も飽迄紳士的態度であつた、将来排日案が如何に成行くかは疑問であるが、移民制限を実施すると共に、在米日本人にも相当の保護を加へる事と思ふ、併し
 △移民 の渡航も排日案も同じ事を繰返す位で、却々片付きはしまいと思ふ、日本人は今少しく日本の国情を米国人に宣伝すると共に米国の事情を研究する必要がある、今度布哇大学に東洋科が出来て日本の歴史及文学等を教授する事になつた、私は
 △講師 として再び布哇に赴く事になつてゐる、近々は支那人の講師も招く筈であるさうな、米国人が最近東洋地方研究に従事するやうになつた事は、将来日米両国提携の上に効果ある事と思ふ云々。


中外商業新報 第一二四九二号大正九年一二月二八日 排日調査 日米関係委員会(DK330072k-0004)
第33巻 p.582 ページ画像

中外商業新報 第一二四九二号大正九年一二月二八日
    排日調査
      日米関係委員会
渋沢子爵等は、日米関係委員会の名を以て、廿七日市内の新聞通信社代表者を東京銀行集会所に招き、今回帰京せる同会米国特派員原田助氏より加州問題調査の顛末を報告したるが、該報告は近日同会より印刷公表する由、因に原田氏より米国の代表的人士に送りたる左記質問の回答者は百二十名にて、大学総長十六、大学教授及教育家三十八、実業家二十、宗教家二十一、新聞雑誌記者五、青年会幹事三、著述家二、社会事業家二、官吏二、医師二、回答拒絶九(内大統領候補者ジヨンソン氏亦在り《(マヽ)》、政治家大部分を占む)なるが、其要領左の如し
   ○下略。後掲「米国加州排日問題調査報告」ニ詳述サル。


中外商業新報 第一二四九二号大正九年一二月二八日 加州の辻々に張られた黄白の宣伝ビラ 排日案に反対する正義の擁護者は約二十二万ある(DK330072k-0005)
第33巻 p.582-583 ページ画像

中外商業新報 第一二四九二号大正九年一二月二八日
  加州の辻々に張られた
    黄白の宣伝ビラ
      排日案に反対する正義の
      擁護者は約二十二万ある
渋沢子等三十余名の有志に依り組織されてゐる日米関係委員会から、
 - 第33巻 p.583 -ページ画像 
加州排日問題調査と在米同胞慰問を兼ねて
 渡米した 前同志社々長原田助氏は、二ケ月余り米国各地を巡回し前週帰朝し、廿八日正午横浜解纜のコレア号で再び布哇に赴く筈であるが、同氏の土産談に曰く
 「排日党の巨頭は上院議員ピラン、加州議員ヱンマン、サクラメント・レビユー主筆マクラツチー等であるが、彼等は
 △土地法に 対する一般投票の賛成を求むる為め、大きな白色のビラを作つて「キープ・カリフオルニア・ホワイト」(加州白人を保護せよ)と叫びしに対し、在留同胞は黄色のビラに「キープ・カリフオルニア・グリーン」(加州の田園を保護せよ)と書いて宣伝した、当時排日土地法の不法を叫んで反対決議をした米人の
 △諸団体中 には、桑港商業会議所の八千名、リバーサイド商業会議所の二千名、スタンフオード大学の職員有志五十名、加州有志団の十五名、スタクトン市の有志五十名、太平洋アメリカン協会の有志等があつたが、米国正義団の五十名中には前大蔵卿ゲージ、スタンフオード大学総長ジヨルダン、外ゴルドン、ブレスデル、アイレス等の名士があつた、一般投票は
 △在留邦人 でも其意味を解せぬものが大分あつて、私共でも一寸其議案を見たばかりでは、何処に排日が含まれてゐるか判らぬ位であつた、此案は厚い新聞紙大の紙に書き、総て二十五号から出来て居た、排日法反対の市民廿二万二千八十六人中には自動車で毎日駈廻り、日本人の運動の為に約百万の
 △宣伝ビラ を配布した特志家もある、此正義の擁護者廿二万を基本として、今後大に米国の輿論を喚起したなら、排日法を転覆するのも絶望ではあるまい」云々


日米関係委員会文書(DK330072k-0006)
第33巻 p.583 ページ画像

日米関係委員会文書 (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓、時下益御清適奉賀候、然ハ昨年八月本会ヲ代表シテ、渡米シタル原田助氏ノ米国ニ於ケル排日問題調査報告書供貴覧候、御参考トモ相成候ハヽ本懐ノ至リニ御座候 敬具
  大正十年三月         東京市日本橋区兜町
                 渋沢事務所内
                  日米関係委員会


米国加州排日問題調査報告 原田助著 第一―五五頁大正一〇年二月刊(DK330072k-0007)
第33巻 p.583-603 ページ画像

米国加州排日問題調査報告 原田助著 第一―五五頁大正一〇年二月刊
(表紙)
  原田助    大正九年十二月提出
   米国加州排日問題調査報告
         大正十年二月   日米関係委員会

 米国加州排日問題調査報告
                     原田助
 - 第33巻 p.584 -ページ画像 
 不肖が貴委員会の推薦に依り、代表者として米国加州に於ける排日法案の形勢視察並に我同胞慰問の為め、本邦を出発したるは本年八月二十四日にして、途中布哇に上陸し、次船を待ち合せ桑港に着したるは、十月八日なり。先づ在米日本人会幹部諸氏と会見し、予の使命を陳べ、在加州の我同胞に対する貴会の敬意と同情とを伝へ、排日案に関する諸般の観察に付聴く所あり。更に桑港商業会議所の日米関係委員長アレキサンダー氏を始め委員諸氏と会見し、先般同委員会が其代表者を本邦に派遣されたる厚意と、絶えず日米親善の為め尽力せらるる厚誼とを感謝し、予の渡米の、主旨を語りて協力を乞ふ所ありたり。同委員諸氏と会見したるは前後三回、第一回は予の為に催されたる歓迎会なりしが、後の二回は晩餐並に懇談会として、数時間に渉りて相互の意見を交換する所ありき。爾来加州の重要なる都市、即ちサクラメント、サンノーゼ、スタクトン、フレスノ、ロスアンゼルス、カレキシコ等の各地を訪問し、時間の許す限り多数の同胞と会見して予の使命を伝へ、又到る所米人諸氏と会談したる外、需に応じ「カリフォーニヤ」「スタンフォード」両大学・諸倶楽部・教会等に於て、米人の為に講演したる事数回なりき。斯くて加州に於ける一般投票終了の日迄滞在し、其翌日を以て米国東部に急行し、シカゴ、ボストン経由紐育に着し、同地に於てワンダリップ、キングスリー両氏を始め、日米の多数の諸氏と会見し、特にワンダリップ氏に対しては先般来朝の労を謝し、其後同氏が日米親善の為に尽されたる厚情を感謝して、貴会の敬意を伝へたり。華盛頓に於ては我大使と会見し、日米両政府の交渉顛末に付質す所あり。斯くて南方鉄路に依り加州に還り、ロスアンゼルス滞在両日、日本人会幹部及日米人諸氏と会して土地法案通過後の状態に付聴く所あり。先月二十七日桑港に帰りて後数日間「バークレー」の一旅館に閉居し、予の質問に対して日米の代表的人士より与へられたる百数十通の回答を通閲し、予の実地見聞したる所とを併せて別冊を編製する事を得たるは、特に千葉豊治・草間志亨両氏の助力に負ふ所甚だ多し。桑港出発の前々夜、日米関係委員諸氏と最後の会談を為し、前夜日本人会幹事諸氏と善後策に関し熟議する所あり。予定の如く本月三日桑港を発し、二十日横浜に着したり。
 玆に特筆すべきは、桑港の日米関係委員会及在米日本人会を始め、各地の日本人会が、或は書面を以て、或は口頭にて、貴会が特に予を渡米せしめられし事に対して深謝の意を表白し、其敬意を貴会に致さん事を依嘱せられたる事と、各地の我外交官及同胞諸氏より、予に与へられたる厚遇是なり。
 今復命報告の為め、別冊を貴会に呈するの光栄を有するは、予の欣幸之に過ぐるは無し。敬具。
  大正九年十二月二十一日
                     東京にて
                      原田助
  日米関係委員会常務委員
    子爵 渋沢栄一殿
       藤山雷太殿
 - 第33巻 p.585 -ページ画像 
    加州外人土地法案の内容
 大正九年十一月二日、米国大統領選挙と共に、米国上院及び下院の加州選出議員の改選挙行せらるゝに際し、州民の一般投票に訴へて其可否を決定する事となりし議案二十件(×)の中、其第一号案として提議せられたるものを、外国人土地法案となす。
 (×)議案二十件中には禁酒励行案・揉療治案・種痘廃止案、生きたる人間は勿論、すべての動物を試験的に解剖するを禁止せんとする案等あり。此外、各都市それぞれの法案あるが、桑港に於ては二十八件ありたり。
 此外国人土地法案なるものは、一般外国人の土地に関する権利を決定したるものなれども、特に市民となる事を得ざる外国人を差別規定したるのみならず、両国の条約上明文なき権利は之を認定せざるが故に、直接是が為に影響を蒙る事の最も甚だしきは、在加州の我同胞にして、其実、我同胞の同州に於ける発展を制止せんが為に提議せられたるものたる事は、今玆に贅するの必要なし。即ち此案の内容を解剖する時は
 一、米国に帰化して市民となる権利を有せざる外国人の土地所有・借地権・後見権に、厳密なる拘束をなし得る様、現行加州土地法を修正する事を眼目とす。
 二、市民となる権利を有せざる外国人を父母としたる未成年者の土地所有に対し、此の如き外国人が後見又は支配管理たるの職を禁ずる事。
 三、加州民事訴訟法第千七百五十一条に修正を加へ、裁判所に於て十四歳未満の被後見人の両親中、後見職務履行に不充分と認めたる場合は之を免職し、法定の後見に代へ得る様にする事。
 四、合衆国に帰化して市民となる権利を有せざる外国人には、条約に規定せられたる範囲外にては、土地不動産及び之に伴ふ私権の取得・所有・享有・譲渡及び相続をなす事を得ざらしむる事。
 五、会社・団体・法人にして株主又は社員中帰化権なき外国人の存する場合は、其外国と米国との条約範囲及び目的を越えては、権利の取得・所有・譲渡・相続をなす事を得ざらしむる事。
 六、帰化権なき外国人が、加州に於て農場を所有し或は取得する会社・団体・法人の発行する株式を所有し、又は株主となる事を禁じ、之に違反したる場合は、其財産を没収して州の所有に帰せしむる事。
 七、帰化権なき外国人の借地権を削除する様、現行加州土地法を修正する事。
 八、前記の土地所有権、其他不動産上の規定に違反したる場合は、其取得したる財産及び権利は之を没収し、違反者及び共謀者は、五千弗以下の罰金或は二ケ年以下の禁錮、或は以上の両刑を以て処罰する事。
 此案に依る時は、我同胞は米国に生れて市民権を獲得したる少数者の外、土地所有権を有せざるのみならず、従来賦与されたる三ケ年の借地権を奪はれ、従来、市民権を有する過半数者と、共同的に土地所
 - 第33巻 p.586 -ページ画像 
有・農業借地を目的としたる法人を組織し、其株式を所有し得たる権利を奪はれ、併せて米国出生児童の成年に達せざる者の後見人となる権利をも奪はるゝものにして、加州に於ける我同胞の農業的発展を阻害する事甚大なりとす。
    排日運動の略史
 抑々米国西部沿岸加州を中心としたる排日運動は、其依つて来る事久しく、其濫觴は遠く一千八百八十七年、即ち三十二年以前にあり。
(支那人絶対入国禁止法案は、一千八百八十二年に通過せり)爾来此運動は、加州の労働同盟其中心となり、労働者間に選挙投票を得んとする一部政治家の利用する所となり、加ふるに黄色新聞の煽動に依つて醸成せられたるものにして、其結果一千九百八年に日本移民の布哇よりの転航禁止、及び日米両国政府の紳士協約の成立となり、日本移民の渡航を全然禁止する事に成功したり。更に第二期の運動として、在留邦人の平等待遇を停止し、経済的の長足なる進歩を防遏すべく其運動を継続し、一千九百十三年に於て、遂に加州外人土地所有禁止法を制定し、邦人の土地所有権と三年以上の借地権とを禁止する事に成功したり。然るに、邦人の経済的発展の依然として顕著なると、邦人在住者の増加依然たるを見て、更に今回の新土地法案を提議するに至りしものなり。
    排日運動の諸団体及び其首脳者
 這回の運動の首動者は、米国上院議員フイラン、加州上院議員インマン、「サクラメント・ビー」主筆マクラッチー等なり。団体としては三十万の会員を有すと称する排日協会を首として、米国在郷軍人団・加州労働同盟・加州小農及び農業労働者組合・各地の婦人倶楽部・加州児孫協会・商業会議所・同業組合等の諸団体なり。此等の諸団体は気脈を通じ、協同して其目的を達せんが為、数ケ月間に亘り、最も整然たる又猛烈なる運動を継続したる結果、一般投票に於て大多数を制するを得たりしなり。
    日本人側の対抗運動
 然るに我邦人側にありては、此運動に対抗すべき有力なる機関を有せず、徒らに其成行に委して久しく看過し去りたり。然るに各地の有志者中、反対運動の必要を唱ふる者続出し、在米日本人会・南加日本人会を始め、各地日本人会及び日本人中央農会を中心として、邦人側の運動を開始する事となりたり。かくして稍組織的に其運動に着手したるは、一般投票期日の約二ケ月以前なりき。
 本邦人運動の主眼とせし所は、(一)土地法案の性質を闡明し、米国人の正義心に訴へて土地法案の通過を阻止せんとせし事。(二)本邦人の為に同法案を説明して其自覚を促し、阻止運動の為協同せしむる事。(三)同土地法案の通過を防止し得ずとするも、反対投票をして可及的に多数ならしめんと試みし事等なり。而して其方法として、印刷物の配布及び講演会を開設し、北加州に於ては、印刷物の配布及び新聞の広告に重きを置き、南加州にては米国人の会合に於て講演をなし、又は張紙を用ひて有権者の注意を喚起するの手段を取りたり。
 而して此運動に関しては、米人中にありて多数の熱心なる賛助者あ
 - 第33巻 p.587 -ページ画像 
りたり。殊に南加に於ては、数名の日米人士が、二ケ月余の間、連日連夜九十余ケ所に渉りて演説に奔走したり。一名の特志米人の如きは連日自個の自動車を馳せて数万の印刷物配布に従事したる事あり。邦人の団体としては、南加農家保護協会を始め、桑港附近基督教々役者会、ロスアンゼルスの基督教米化協会の活動の如き、邦字新聞社の講演会、及びワシントン州の在住同胞が特に代表者を送りて運動を助けたるが如き、又仏教会に於て印刷物を配布して米人に訴ふる所ありしが如き、最も著しきものなり。
    土地法案に反対決議をなしたる米人の諸団体
 米国人の団体にして土地案《(法脱カ)》に対し反対の決議をなし、之を公表したる重なるものは左の如し。
 一、桑港商業会議所は一般投票に依り土地法案を決する事に反対の決議を為し、八千名の会員に通知し併せて新聞紙上に公表せり。
 一、リバサイド商業会議所も同上の決議を公表せり。
 一、スタンホード大学総長及び職員有志三十名連署同上。
 一、米国正義団(加州の重なる教育家・宗教家・実業家等約五十名署名)広く諸新聞の広告欄内に掲載。
 一、加州有志者団(ホイラー博士、アレキサンダー氏等十五名署名)同上。
 一、ローサンゼルス・コングレゲーショナル教会同盟有志(約四十名署名)同上。
 一、スタクトン市米人有志者(約五十名署名)同上。
 一、太平洋アメリカン協会同上。
    一般投票の結果
 土地法案に対する一般投票の結果は、賛成投票六十六万八千四百八十に対して、反対投票廿二万二千八十六票、其割合は三対一に当るものとす。投票前の予想に比すれば、二十万人以上の反対者を得たるは寧ろ意外の好成績と云はざる可からざるなり。(一千八百七十八年支那人排斥の議を加州々民に諮りし時は、排斥賛成投票数十五万四千六百三十八に対し、反対投票八百八十三票なりしと云ふ)殊に十数年来、排日党の首脳者と目されたるフイランが、合衆国上院議員再選競争に落選したる事も亦意外なりしなり。其玆に至りし原因は、前条記述せし諸種の運動皆与かりて力あると共に、総選挙の前日に至り、ワシントン政府国務省が、突如として土地法案に関して「現存の合衆国法律及び国民的正義に合致せざる法案は、国家として認容せず」と発表したる事も、亦多少の影響ありし事と信ず。
 今回の排日運動に於て顕著なりし一事は、終始静穏にして暴力に訴ふるが如き挙動の全然なかりし事なり。之を三十年前に於ける支那人排斥の当時に於ける、惨酷なる虐待・放火・殺戮等の頻繁に行はれたる歴史に対照すれば、霄壌の相違と云はざるべからず。之に対する本邦人の態度も極めて沈着にして、毫も軽挙粗暴の振舞なかりしは、賞讃に余りありと云ふべし。
    米国代表人士に送りたる質問の要領
 偖て加州並に米国全般に於ける排日運動の原因、及び善後策、並に
 - 第33巻 p.588 -ページ画像 
土地案通過後及び其実施後に於ける我同胞の運命に関しては、予の滞米期極めて僅少なりしを以て、予は一方に於て米人中の代表的人士に対し、数個の質問を発して其意見を求め、他方我同胞の将来に関しては、特に我邦人中の代表人に対して其意見を求めたるに、幸に、両書に対し多数の答案を受領したり。米国人側に送れる書面及び問案は左の如し。
 拝啓、小生は在日本日米関係委員会の代表者として、加州其他に於ける排日的運動の状況視察の為め、米国へ派遣せられ候に付ては、日米両国の間に横はれる問題に付、米国及び日本両国の代表的人士の自由にして腹蔵なき高見を拝承致度存候。依て別紙に掲げたる問案に対し、貴下の回答を懇請する事を御許容被下度候。
 前記日米関係委員会は、屈指の実業家たる渋沢子爵を首め、多数著名の人士を網羅せるものにして、委員等は両国民の歴史的友誼を維持せん事に焦慮せる人々に有之候。委員会の目的は自国の利益を計る事よりは、寧ろ両国相互の福祉と好意、並に世界恒久の平和を念とせるものに御座候。
 前記の如き目的を以て、貴下の回答を煩さんとするは、之を公表するの目的にあらず、専ら小生が自己の参考の為めに有之、即ち小生をして正当なる見地より該問題を観察する事を得しめ、小生を派遣したる委員会に対して、報告を編纂するの資料たらしめんが為めに外ならず候。可相成は十月末日迄に、貴答に接するを得ば感佩の至りに御座候。
 予め貴下の親切なる御協力と御高誼に対し、感謝を表し候 敬具
  十月十八日        在日本、日米関係委員代表者
                      原田助
    米国の代表的人士に寄せたる日米問題に関する問案
 一、現時加州に於ける排日運動の、重なる理由と貴下の思考せらるる所は如何。経済的なりや、社会的なりや、人種的なりや。
 二、加州及び其他に於ける日本人に対する重なる非難又は苦情如何
 三、貴下の所見にては米国に於ける排日感情の拡大せる程度如何。
 四、加州に於ける日本人問題の恒久の解決法如何。
 五、目下米国に普く拡がれる対日的猜疑の理由如何。
 六、両国の歴史的友誼を維持せんが為め、米国民の日本に対して要求せんとする所は如何。
 予が依頼書を送呈したるは総数二百三十名なるが、之に対して回答を送りし諸氏百十一名、種々の事由にて、回答を断りし者九名ありたり。百十一名の内、大学総長十六名、大学教授及び教育家三十八名、実業二十名、宗教家廿一名、新聞雑誌記者五名、青年会幹事三名、著述家二名、社会事業家二名、官吏・医師各々一名なりき。之を地方別にすれば、加州及び太平洋沿岸五十七名、東部三十九名、中央部十五名なりとす。
    米人側より得たる答案の概要
 第一。現時加州に於ける排日運動の重なる理由と貴下の思考せらるる所如何。経済的なりや、社会的なりや、人種的なりや。
 - 第33巻 p.589 -ページ画像 
 一、加州に於ける日本人排斥の原因は、経済的理由に基くものと回答せし者三十九名あり。即ち日本人が、加州に於て米国農業家と競争して漸次其地歩を占領し、益々発展せんとするが為に起れる反感に基くとするものなるが、米国人が、日本人と競争して敗るゝ理由は、日本人の勤勉と農作に老練なるとに依ると雖も、主として日本人の生活程度は劣等にして、低廉なる生活費を以て長時間の労働に堪ふるのみならず、婦人子供を田園の労作に従事せしめ、且つ日曜日も休まざるが如き、到底対等の競争をなす能はざるを以て、日本人は漸次経済上の利益を独占して、有利の地位を占むるに至るものとなす事。又一旦日本人の或地方に入り込む者あれば、漸次他の農業者を駆逐して、遂に其部落を独占するに至れること多々なるの状態を見て、排斥の念を惹起するに至れりとなすものなり。
 二、経済的・人種的・社会的以上三個の理由は、皆排日の原因をなせりと云ふ者二十八名。併し三者中にては経済的理由に重きを置くの傾向多し。或人は其割合を分析して経済的七割五分、人種的一割五分社会的一割と云へり。
 三、排日の根本的原因は人種的なりとなす者廿二名、其云ふ所種々なれども、人種の相違は、何れの時代何れの国にありても互に相離隔せしめ、相排斥せしむる傾向あるものにして、此根本的理由存するが為めに、経済的又は社会的競争を生ずるものなりとするものなり。皮膚の相違は固より、習慣思想等の相違は、両人種の融和を妨ぐるは勿論、優等なる両民族が接触する場合には、必ず衝突を来すものにして加州に於ける日米問題の原因は、人種の相違が最大の原因となれるものなりとす。
 四、排日の原因を、専ら政治家が政治的野心を満足せしめんが為めの煽動の結果となせる者十七名あり。但し政治上の原因に基くと云ふ者も、同州に瀰漫せる経済的競争及び人種的憎悪の念を政治家が利用したるものとなすなり。即ち彼等は人民の排日気分に訴へて、投票を獲得せんとなせるものなり。之を既往に徴するも、大統領選挙及び代議員選挙等、政治的競争の盛んなる時には、必ず日本人排斥熱の勃興したるを見たり。
 五、其原因は主として社会的なりとの理由を回答せし者四名。即ち日本人と米人との生活程度の相違するは勿論、其思想習慣大に相違する事、殊に日本人が其異風異俗を米人間に在りて維持せるが為めに、日本人は到底米人と同化し得ずと思惟せるに依るとする者なり。
 六、以上の外、排日の原因を以て全く黄色新聞紙の記事に起因すと云ふ者二名、又日本人を排斥すべき理由更になしと答へし者二名ありたり。
 第二。加州及び其他に於ける日本人に対する重なる非難又は苦情は如何。
日本人に対する非難又は苦情の重なるものとして、列挙し来りし事項を掲ぐれば
 一、日本人、殊に加州の農民が米国に於て同化し得ず、且つ同化するを好まざる事(廿五名)
 - 第33巻 p.590 -ページ画像 
 二、日本人農業者が、他の農民と均等ならざる方法に依り競争すること(廿三名)
 三、生活程度の劣等なること(十七名)
 四、日本人のみ集団して生活する事(十一名)
 五、婦女及び子供を田園の労作に従事せしむること(五名)
 六、出生児の増加率の迅速なること(四名)
 七、取引上に狡猾なる行為多く、又約束を履行せざること(五名)
 八、日本政府の帝国主義(七名)
 九、米国に対して殖民政策を執ること(七名)
 十、日本人は米国の市民たると同時に、日本に国籍を有する事(六名)
 十一、日本人は故国に対し忠良なる国民たるの態度を奨励すること(六名)
 十二、自国の商店を設け、之とのみ取引をなすこと(二名)
 十三、多数の密入国者あること(二名)
 十四、米国生れの児童、即ち市民権を有する者を、本国に送り教育すること(二名)
 十五、日本語学校の設置(二名)
 十六、仏教寺院の建立(二名)
 十七、日本人会を組織し、本国政府と聯絡して行動すること(二名)
 以上の回答を与へたる人の多数は、加州の人士なるが、中には自己の意見にあらざれども、一般に唱道せることを挙げたりと断れる者あり。対日本人非難は誇張的報道に基ける誤解なりと云ふ者あり。又回答者の中には、日本人の勤勉なること、法律を守ること、其他農商業行為等更に間然すべき点なしとて、称揚したる人数名あり。日本人の非難さるゝは、畢竟日本人の優秀なるを証明するに外ならずと云へる者あり。又某大学総長は日本人の米化の迅速なるを左の如く云へり。
 「米国生れの所謂第二代の日本人は皮膚の外は全然米化せり」と。
 第三。貴下の所見にては、米国に於ける排日感情の拡大せる程度如何。或階級又は或地方に限らるゝや、又は全国的なりや。
 大多数の意見は、現在に於ける排日感情は、加州及び太平洋沿岸に限られ、地方的のものなりと云ふに一致せり。然れども此の感情は漸次拡大の傾向ありと云へる者少からず。東部に於ても反感情は拡がりつゝありと云ふ者亦数名あり。階級としては此感情は労働者、又は農業者間に限れりと云ふ者十八名。ハースト系又はスクリップ系の排日新聞の普及せらるゝ地方に限れりとなす者四名。最も注意すべき答案は、外国より移住せる労働者又は農業者の間に最も多しと云へるもの及びアイルランド系の米国人に多きことを云へる者なり。(予の見聞する所に依れば、人種としてアイルランド系に排日者最も多く、宗派としては天主教徒に多きは争ふべからざる事実なり。現に排日の頭目と称せらるゝフイラン、インマン、マクラッチー等、皆アイルランド系に属する人なりと云ふ。今回の投票に於て、黒人及びアルメニア人等は、日本人側に同情したる者多かりしと聞く)
 第四。加州に於ける日本人問題の恒久的解決法如何。
 - 第33巻 p.591 -ページ画像 
 現存の排日感情を一掃せんが為めの解決法として、日本よりの移民を制止すべしとの意見は、加州人士の回答の殆ど一致せる所なり。但し其程度と其方法とに至りては、必ずしも一致せざるなり。単に日本移民を禁止すべしと云ふ者十四名、支那人に適用したるが如き禁止法案を用ゆべしと云ふ者三名、両国政府の協調に依るべしと唱ふる者九名、日本政府をして自ら制限せしむべしと云ふ者一名、而して人種及び国家の異同に依て差別待遇をなさず、全体の移民に適用すべき移民法案、即ちギューリック立案の移民法の如きものを採用すべしと云ふ者十五名、日米両国の特別委員に委任すべしと唱ふる者四名あり。同時に米国に現住せる日本人に対しては公平なる待遇を与へざる可らずと主張せし者多数あり。内日本人に対して市民権を享有せしむるを至当とする意見四名、欧洲よりの移民と同様の待遇を与ふべしと云ふ者十二名。之れに反して日本人の土地所有権を許すべからずと云ふ者五名、日本人の子女に市民権を附与すべからずと云ふ者二名ありたり。思ふに最後の二個の意見は、加州の所謂排日家の意見を表せるものならん。其他恒久の解決方法としては、日本人をして米国に同化せしむるの外なしと云ふ者七名、却つて米人を啓発するの必要ありと提議し来れる者二名あり。又根本的解決の一助として、日本語学校を改善又は廃止する事。日本人を一地方又は一ケ所に集団せしめざるやうになすこと。又日本人会を解散すべしと云ふ者各数名ありたり。最後に特筆すべきは、此問題の解決に最も必要なるは、日米両国民の忍耐なりと応答したる者三名ありたる事なり。
 某大学総長は曰く、両国の関係を親善ならしむるには、何よりも先づ、日本政府が、加州の土地法を処置するは加州の権能なることを承認することを第一とす。又曰く、予は日本人の所有地又は借地全体に対し評価を付し、全然之を買収せんことを希望す。但し経済上の損失を蒙らしめざる様に処置せざるべからずと。他の某大学総長曰く、日本移民の数を制限すると共に、日本人が市民となり得るの途を開くにあり。他の某大学教授も同一の意見を述べたり。某実業家曰く、恒久的解決の途は、若し出来得べくば此問題を政治的問題より隔離するにあれども、夫は極めて困難なることなれば急に解決の見込なしと。他の一実業家も亦、両国の親善を保持せんが為めに此問題を全然政治問題の圏内より脱せしむることを急務とすと述べたり。他の実業家曰く(一)両国政府の協約に依り、急に移民を制限して、旅行者・商人・学生、及び米国に永住せざる者に限ること(二)耕地所有権を、両国に於て相互の協約に依り禁止すること、(三)日本及び加州に於て、商業其他の代表者の集会を頻繁に開設し、大平洋の商業に於て共通の利益を有する事を学ばしむべき計画をなすこと(四)略す(五)正当なる方法に依り、現に米国に居住せる日本人に対しては正義の途を講ずること。
 第五。目下米国に普く拡がれる対日的猜疑の理由如何。
 此問題に対す答案は、日本の軍国主義又は帝国主義を以て、米国人の猜疑の標的なりと為す事に於て、殆ど全然一致せるを見る。然も其内には、此の如き非難の根拠なきを明言せる者数名あり。自己の意見
 - 第33巻 p.592 -ページ画像 
にはあらず、単に事実を答ふと断れるものあり。然れども米国の全般各階級に漲れる反日的疑惑が、所謂軍国主義に対するものなりとの事実は之を否定するものなし。
 日本人民を信ずるも、政府を信用せずと云へるもの三名あり。日本の支那に対する政策中、特に山東問題と朝鮮統治上の非難とを挙げたる者四十二名、其内には、例の対支廿一ケ条の要求をも加へたる者あり。又シベリアに於ける日本軍隊の行動を非難せる者あり。単に日本の軍国主義又は帝国主義と云ふ者十名。戦争中日本の独逸に対する態度を以て疑惑の理由なりとなす者八名。之を要するに日本が東洋の独逸とならん事を恐るゝ者、米国人中に多数なる事を認むるを得べし。
 尚日本の殖民政策、就中米国に於ける日本人民と本国政府との関係を疑へる者六名、日本人の態度か公明正大ならず、又其言質も信用し難しとなす者三名あり。一千九百七年の紳士協約を励行せざりしと云ふ者四名、日本人の秘密主義を以て疑惑の理由となす者一名あり。
 以上の答案と反対に、日本を疑ふべき理由なしと云へる者七名、畢竟政治家及び悪徳新聞の宣伝に依れりとなす者四名、支那人のプロパガンダが、此状態を来したりと云ふ者二名、日本人を理解せずして、徒らに揣摩臆測するものなりとなせる者五名あり。
 第六。日米両国の歴史的友誼を維持せんが為め、米国民の日本に対して要求せんとする所は如何。
 日本よりの移民禁止を希望せる者二名、日本が帝国主義を撤廃せん事を希望せる者十八名。相互の理解を進め、通商の増進及び両国人士の交通に依り親善を計らんと希望せる者十四名、支那に対しては公正なるべく、朝鮮内治に対しては人道的施設を為すべしと云ふ者十名、山東省の還附を希望する者十名、日本に於けるデモクラシーの進歩を望む者四名、外交政策の改善を希望すと云ふ者四名、特別委員を挙げて日米間の問題を慎重に調査せしむべしと云ふ者三名、二重国籍を廃すべしと云ふ者三名、軍備縮少を希望する者二名、米国に於ける本邦人の地方的集団を廃止せん事を希望する者二名、日本人の米国退去、又は或地方に限り住居せん事を望む者三名、日本人会の解散を希望するもの、日本人の商業道徳の向上を希望する者、日本人の同化を要求する者各一名あり。而して日本人に対して正義を踏んで退く勿れと望む者二名、切に辛抱を希望すると云へる者二名、日米問題は時と共に消散すべし、問題を喧々せざることが最上の解決策也と答へたるもの一名ありたり。
    排日運動と反日感情の別
 以上予の六個の問題に対する回答を綜合し、聊か実際に見聞したる所を加へて、現時に於ける米国人の対日態度を見るに、所謂排日感情の強烈なる区域は、太平洋沿岸ロツキー以西に限られたるものと見るを至当とす。但し反日感情は、漸く米国全部に瀰漫せんとする傾向あり。日本に対する疑惑は、米国の中部及び東部に於ても漸次拡大したりと認めざるを得ず。但し中部及び東部に於ける反日感情は、加州の移民問題とは全く其趣きを異にし、日本の外交政策及び軍国主義に対する反感と見るを至当とす。然かも此米国全部の反日感情なるものが
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這回加州問題に於て、加州民の向背を決せしめたる一大要素たりし事は疑を容れざる所、是れ今回の排日理由が前年と大に相違せる点なりとす。日本人代表側の所見も、亦米人の回答と一致せるもの多し。今其二三の例を挙ぐれば
某氏曰く
 今回の運動は、従来の排日運動に比し、種々なる点に於て大なる相違がある。是迄の運動は移民問題を中心として、其性質並に範囲も地方的に局限されて居た。然るに今回は、日米両国の国際的関係より発端した傾きがある。排日運動の火元は太平洋の彼岸、極東にある。朝鮮問題・支那問題、就中山東問題並にシベリア問題は、米国の対日輿論に急劇なる変化を生ぜしめた。
某氏曰く
 加州排日の根本禍源を絶たんには、何をおいても先づ第一に、日本の支那・朝鮮に対する態度を改め、而して此方面より来りつゝある毎日の排日宣伝を根絶せざるべからず。
某氏曰く
 侵略主義・掠奪主義・専横なる国家主義・軍国主義・商業主義を国民の思想より取り去ると同時に、険悪なる外交方針を放棄すべし。
 加州に於ける排日の主なる理由は、経済的なりとの意見は衆論の一致する所なるが、同時に人種の異同と社会的生活の異同とが、日米両者の競争又は衝突を高めたる理由なる事も亦論を俟たず。要するに三箇の理由皆与りて現時の問題を惹起したりと信ず。而して予は大戦後の反動的傾向の一として、米国に於ける国家主義の勃興と、人種的反感の大に増進したる事実を看過する能はず。
    加州問題解決に対する米人側の希望
 加州問題の解決法として、日本移民の入国を停止すべしとの意見は加州の代表的人士が殆ど皆異口同音に唱ふる所、此点に於ては土地法案賛成者と反対者とを問はず共通の意見と云ふを可とす。何となれば土地法案反対者の理由とせし所は(一)該問題を一州の議決に依るを非として、中央政府の交渉に委すべしとなすこと、(二)各国よりの移民全体に適用すべき移民法に依るべしとなせること(三)現在の日本人及び其子女に対する新法案の条項を過酷なりとなすこと、(四)現住者に対しては公平なる待遇を与へざる可らず等の理由に基く者多数なればなり。
 加州に於ける代表的人士の意見の帰着する所を察するに、本邦移民の激増すること、又は激増するが如く見ゆることは、両国の融和上好ましからずと云ふに一致するものと見るべし。其理由が果して事実に因るや否やは暫く措き、実際問題として両国間の交誼及び平和を希望するの点より考へ、日米間の衝突を避けんが為めには、遺憾ながら日本移民を厳然停止するの外に、其途なかるべしと云ふに在り。
    米国移民全般に対する移民案の必要
 今や世界各国、殊に欧洲方面より米国に流入する移民は、年々数十万を以て算すべし。大戦争中一時減少したるも、平和後再び激増の勢を呈したり。此移民の制限てふ問題は、今や米国全国に於ける焦眉の
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一大問題となれり。然れば米国東部の政治家及び識者間には、独り東洋人と云はず、移民全体に適用すべき移民法の制定を希望する者、益益多数ならんとする傾向あり。例へば労働者側に於て提議せられたる若干年間移民を禁止すべしとの案あり。下院移民委員長アルバアト・ジヨンソンの手に於て立案中のものあり。下院議員ウェルチ案として知らるゝギューリツク立案の移民案あり。其他多数の移民法案は、今議会中に必ず提供せらるべきを疑はず。而して其内孰れの案が採用さるゝとするも、之が特に日本人に対して差別待遇をなさざる以上は、我邦として之に対し容喙すべき余地なしと云はざる可からず。
    加州に於ける我同胞の将来
 然るに、他方に於ては加州土地法案の通過及び実施に関し、在ワシントンの我大使と米国国務省の間に条約改訂の交渉進行中なりとの事は、内外新聞に依て伝へらるゝ所の如し。其方針として漏れ聞く所に依れば、相互に労働者の移住を禁止し、是と同時に在米邦人の既得権を保護するは勿論、条約の協定に依て、我同胞をして他の外国人の享有する凡ての私権を獲得せしめ、他の外国人との間に差別なからしめんとするものなりと云ふ。然し乍ら、是が仮りに両国の当局者の同意を得るとするも、果して米国上院の批准を得るに至るや否やは、未だ孰れとも明言する能はざる也。
 然し乍ら、仮りに両国の協商成立して、玆に一段落を見る事あるも是を以て日米の加州問題は解決せられたりと云ふ可からず。何となれば異人種間の融化なるものは、立法又は条約に依て容易に其目的を達し得べきにあらず。時日と忍耐と不断の努力とを以てするにあらざれば能はざるものたるを以てなり。況んや加州の排日主義者は、更に進んで全然日本人を同州より排斥し去らんと努むるに於てをや。
    排日協会今後の運動
 排日協会に於ては、一般投票通過後直ちに、今後の運動方法を協議し、其五個の綱領の貫徹に努力すべく声明したるのみならず、此運動をして、加州に止まらず西部諸州に普及せしめんとする形勢歴然たるものあり。而して其首領たるものは、次期加州知事候補者チエンバース其人なりとす。排日協会の五ケ条の綱領とは即ち左の如し。
 一、亜細亜移民の絶対排斥
 二、写真結婚の禁止
 三、紳士協約の撤廃
 四、東洋人に対する帰化権の絶対禁止
 五、帰化し得ざる両親より生れたる出生児の市民権奪取を目的とする合衆国憲法修正
    最後解決の希望
 加州に於ける同胞の数は、精確ならざれども、日本人会の最近調査に依れば七万三千九百廿四人(内米国出生一万七千二百八十四)(加州知事の報告書に依れば八万七千二百七十九人)、之を十年前の五万四千七百八十人(加州知事の報告書に依れば四万千三百五十七人)に比して、一万九千百四十四人の増加なりとす。農業に従事する者、大人小児を合算して約三万八千人。其耕作面積(所有地・租借地)四十
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二万七千四十英加、農産高約五千五百万弗にして、加州農産高五億弗の一割強に当れり。今後の移民を絶対に禁止するも、現在の人数より減少することなきは勿論、年々増加するの一方なるべし。又其農業上の発展も一時打撃を見ることありとするも、是亦著しき退歩を見ることなかるべしと信ぜらる。加州に於て出生せる同胞子女は.一千九百十年度に七百十九名なりしも、千九百十三年度には二千二百十五名となり、千九百十九年度には更に四千三百七十三名に進みたる状態にて今後益々増加すべきは、火を睹るより明かなり。今日に於ては日本人の有権者約三百名なりと云ふも、五年後に於て一千名となり、十年後に於ては少くも二千名を超過すべし。加州政治家の誇張せるが如き迅速なる澎漲を見ることなしとするも、我同胞の多数が漸次米国市民たるの地歩を占めて、遂に政治上の一勢力となるの日もまた遠きにあらざるなり。然れば一方米国民に対して公平なる待遇と正当なる保証とを要求すると共に、他方我同胞が其幾多の欠陥を矯正し、米国市民として模範的発展を遂ぐるは勿論、日米両国交驩の鏈鎖として能く其任を全ふせんことを切望せざるを得ず。而して此目的を達するの方法としては、前に掲げたる米国人士の意見及び後に掲ぐる邦人代表者の答案中、吾人の参考に資すべきもの多々あるべきを信ず。殊に加州土地法に対する善後策として、在留邦人の今後執るべき方針、之れに対し故国より協力援助すべき方面は、在留邦人代表者の回答中に詳細列挙せられたるを以て、特に之を参照せられん事を望む。
    加州土地法案実施と在留邦人側の事実及観測
 一般投票に依りて通過したる加州の排日土地法案通過、及び実施後に於ける邦人の運命を知り、之が善後策を講ずるに当りては、先づ第一に加州在留邦人に関する事実と、各方面の代表的人士の意見を徴すること最も必要なりと思惟したるを以て、加州各地の日本人会長、及び同幹事、日本人中央農会の理事、邦字新聞社長、邦人宗教家、邦人教育家、主なる実業家等各方面の実際に通じたる代表的人士に向つて左記十二ケ条の質問書を発し、之に対する四十八通の回答を得たり。当時一般投票終了したるのみにして、新土地法の実施及び励行の程度も未だ明瞭ならざりし場合なりしを以て、邦人社会に及ぼす打撃影響も測知し得ざるものありて、尚広く多数各方面の回答を得ること能はず、又総ての回答者が質問の全項に渉りて悉く回答を与へたりと言ふ能はず、多少遺憾とする所あれども、予が各方面を歴訪し、実地に見聞調査したる所を補ひ、之れを綜合すれば以下記述の如し。
 第一問、加州新土地法実施後、邦人農業者の受くる経済的打撃の程度如何。
 回答
 回答者三十四名の中、二十七名迄は程度に多少の相違こそあれ、経済的打撃は回避すべからずとの意見にして、其中(一)経済的打撃の程度甚大なりとなすもの十二、現在は未だ経済的打撃僅少なれども、将来(三年後又は四年後)甚大なる打撃来るべしと観測するもの七、新土地法実施せられざる現在、既に其打撃現はれ来れることを報告せるもの三、一時多少の打撃あるも、将来は何等の不都合をも生ぜざるに至
 - 第33巻 p.596 -ページ画像 
るべしと断定せるもの三あり。
 之に反し、新土地法の実施は、邦人農業者に経済的打撃を与ふることなしと回答せるもの四、その中、邦人農家の経済的状態には、却つて好影響を招致すべしと観測せるもの一名あり。
 而して経済的打撃、又は影響の依つて来るべき理由、及びその内容に就ては極めて複雑なれども、(一)経済的打撃大なるべき理由としては(イ)新土地法は、邦人に全然加州内に於て農業経営を為さしめざることを目的として制定せられんとするものにして、千九百十三年度の土地法に於て、僅かに残存せしめたる子女の後見たる権利、三年以内の借地権、過半数に充たざる邦人を含む農業会社の株式所有権等を全く禁止するのみならず、違反者に対しては、財産刑の外に体刑をも課せらるゝことなりたるを以て、一般米人地主間にも、邦人農業者間にも、其制裁を恐るゝもの著しく増加したること、(ロ)従つて州当局が新土地法を厳重に励行するに至らば、邦人の農業的活動は極限せらるゝこととなるべしと観測せらるゝこと、(ハ)現に北部加州の米作地方、中部加州の甜瓜耕作地方、葡萄耕作地方に於て、農業継続不能となりたる邦人農業者を見るに至りたること、(ニ)農業経営廃止の結果、所有農具・農用動物は不用に帰し、捨売りせざるべからざるが為に、蒙る損失も亦莫大なるものあり。(註、加州邦人農業者の主なる財産は、農具・農用動物、其他の農場設備にして、其投資総額二千五百万弗と概算せらる)其外(ホ)狡猾なる地主が、此機会に邦人の弱点を捕へて、地代の値上を為すが如き事の為に蒙る損害も、尠少に非ざること。
 (二)現在未だ経済的打撃の程度大ならざれども、将来経済的に大打撃を受くるに到るべしとの理由としては、今回の土地法と雖も、既得権を侵害せざるを以て、邦人農業者の多数は、既に一年以上三年以内の借地権を有し、且新土地法実施前に借地契約更改をなしたる者も少なからざるを以て、邦人農家が其経営を継続することの不可能の為に、経済的打撃を蒙るは、三年後に於て激甚となるべしとの観測なり。此種の観測中、四年後には邦人農業者の数半数に減少すべしとするものあり。現在の借地経営者の大多数は、一介の労働者となり終るべしと推定せるものもあり。
 (三)之に反し、一時多少の打撃あるも、将来何等の障害を感ぜざるに至るべしと観測せる理由としては、(イ)借地権を失ふも、収穫歩合分配及び労働契約等の之れが代用方法により、他の合法的経営方法を発見実行するに至るべしとの理由なるものにして、(ロ)千九百十三年度の土地法実施後も、邦人は種々なる新経営方法を案出し、事業を継続して今日の発展を見るに到りたるが故に、今回の土地法に対しても、打撃は米人地主も共通なるを以て、邦人農業者の農業的実力を認め、又その技倆を信じ居る地主は、何等かの方法を案出して邦人に経営せしむるに到るべしとの観測と、(ハ)今後五年にして日本人種米国市民の丁年に達して市民権を確実に執行し得る者著しく増加する見込みにて、之等の日本人種米国市民は何等の法律的拘束を受くることなしに、不動産の取得譲渡、農業耕地の貸借等をなし得るに到るべしとの理由に依るものなり。
 - 第33巻 p.597 -ページ画像 
 (四)更に新土地法の実施が邦人農業者に経済的打撃を与へず、却つて良好なる影響を及ぼすべしと為すものゝ主なる理由となす所は、(イ)従来の邦人農業経営は余りに投機的にして不健実なりしも、新土地法実施後は、各自実力相応の堅実なる農業経営に移るべく、(ロ)邦人関係の農作物は、邦人ならずんば耕作し得ざる特種の農産物なるが故に、邦人の実力技倆だに変化せざる限り、既設農業会社を利用し、又は収穫契約方法に依りて一層の発展をなすべしと言ふにあり。
 第二問、新法律実施後も米人地主は邦人に小作せしむるや、若し拒むものありとせば其割合如何。
 回答者三十五名中、同一回答を分類せば大体左の如し。
(一)新土地法実施の如何に拘らず、従来と大同小異の方法を以て、邦人に小作せしむべしと回答し来れる者十五名。
(二)程度に多少の相違あるも、邦人に小作せしむるを拒む傾向ありと報告せるもの五名。
(三)地主に必しも拒絶の意向なしとするも、新法の性質に鑑み、小作契約更改を躊躇する傾向ありと報告し来れるもの四名。
(四)必ずしも邦人に借地せしむるを拒絶すると言ふに非れども、此機に乗じて邦人に不利なる借地条件を提出する傾向ありと推測するもの五名。
(五)拒否未だ不明と回答せるもの二名あり。
 (一)邦人に小作せしむべしとの理由としては次の如し。
(イ)邦人の農業的技能は、米人地主の既に久しく認識する所にして、此際生産能率の低級なる他国農民に小作せしむるが如きことは、打算的なる米人地主の敢てなさざる所なり。
(ロ)邦人関係の農作は、他国農民の模倣を許さゞる特種農作物、例へば苺・トマトー・セロリー等なり。
(ハ)邦人定着農業地方は、地勢上邦人ならざれば開拓耕耘不可能と推定せらるゝが為めなり。例へばスタクトン河下流地方の低潤地の如きもの。
(ニ)借地権の禁止は、邦人農業者と等しく、米人地主の受くる損害大なるを以て、必ずや、従来のリース契約に代るべき他の方法、例へば、収穫契約《クロツア・アグリーメント》の如きものを案出するならんとの観測をなせるもの。
 (二)邦人に小作を拒む傾向あるべしとの理由及び事実。
(イ)法律及び多数住民の希望に反するを知りて、法律的に禁制したる邦人に借地せしむるが如きは、法を重んじ輿論を尊重する米人の敢て為さゞる所なり。
(ロ)此際他の移民、例へば比律賓人の如きに、小作替せしめんと計画し居る地主もありと言ふ事実。
(ハ)地方的に、将来日本人に小作せしめざることを決議申合せをなしたる為に、余儀なくせられ居るもの等、例へばターラック甜瓜耕作地方の如きもの、特に北部米作地方に於て、新土地法実施地方邦人農業者の為め、借地の新契約及び従来の借地年限延長の交渉に当りたる実際者の報告に依れば、借地年限延長又は新契約作成を拒絶せる地主一割に及ぶものあり。其拒絶理由を聞くに新土地法の内容を解せず、唯違
 - 第33巻 p.598 -ページ画像 
法処分を恐れし傾向及び周囲の排日派の圧迫を慮りし為なりと云ふ。此傾向は必しも北部加州の一地方の現象に非ず、程度に相違あらんも加州を通じて一般に見るべき現象なるべし。
 (三)借地条件に付き邦人をして不利ならしめたる事実。
(イ)借地料を一割以上四割位迄の値上を行ひたること。
(ロ)契約方式を合法とすること困難なるが為に、不良なる地主に乗せらるゝ傾向ありと云ふ事実。
 之を要するに、加州地主の多数は、新法律に抵触せざる新方式さへ案出せらるれば、邦人に小作せしむべき傾向なれども、新土地法の結果、邦人農業者は農耕地選定の機会に制限を受け、不利なる契約条件に甘んぜざるべからざるなり。而して之に対する善後策としては、従来の借地契約に代用する収穫契約書式を完全になすの外なく、此際既設邦人土地及び農業会社が、土地を借地し、之を邦人に耕作せしむる方法と、各地に邦人農業家の組合を組織し、米人地主と親善の実を挙げ、共同利益を保護するの策を講ずるの外に道なきが如し。
 第三問、既得邦人土地所有者は、新土地法実施後と雖も、その土地を持続せむとするの意志ありや。
 回答者三十四名の中三十三名は、既得邦人土地は、新土地法実施後と雖も、之が所有を継続せんとする意志ありとなしたれども、其反対に持続の意志なく、大部分の土地を売却するならんと回答せるもの唯一名に過ぎず。而して単に既得土地の所有を持続せんとするのみならず、(一)新土地法実施後と雖も、既得土地会社、其他適当の方法を以て将来更に土地購入増加を計らんとする希望を有すとなせるものあり。(二)一時は不安を感じ、その中の少数者は土地を売却せんも、大局には影響なかるべしとなせるものあり。(三)多数は土地を持ち続けんも、元来邦人土地所有者と雖も、永住目的者に非ず。故に此際多少の動揺は免れざるものとなせるものあり。(四)此際土地を売却するならんとせる観測者は、邦人土地所有農業者の多数は、小作よりも土地所有経営の方有利なりとの見解によれるものなるを以て、有利なる買手あらば何時にても売却すべし、今後新法律制定され、その実施を見るに到らば土地持続手続きの煩に堪へずして漸時売却すべしとの観測をなせり。現に新土地法実施に先立ち、邦人土地所有多き中部加州に於て、邦人土地所有者の後見拒絶訴訟事件惹起せられたるが為めに、将来の同様災禍を恐れて、土地を売却したるもの数件あり。北部地方ブラサ郡、その他の地方にも、現に所有地売却を希望し居るもの数件散見すれども、未だ以て将来を観測する材料となすべからず。大勢は邦人既得土地所有者は、新土地法実施後と雖も之を持続せんとする意志を有するのみならず、他の借地農業者も、何等かの方法を案出して新たに土地を購入し、従来の一時的借地経営より、堅実なる永住的土地所有者の経営方法に移らんとの希望を有するものゝ如くなれども、此趨勢は、今後の排日運動の形勢と、加州当局の新土地法励行の取締り程度に依りて、多少の相違を来すべく、又日米両国間の国交と内外邦人識者の指導態度にも、大に関係するものと見ざるべからず。
 第四問、帰国者多き見込なるや。
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 回答者三十四名の中その区別左の如し。
(一)仮に新土地法実施を見るに到るも、特に之が為に事業を廃して帰国するが如きことは、決して無かるべしと観測せるもの二十七。
(二)人心動揺の結果、帰国者増加の傾向ありとの報告三。
(三)将来新土地法実施せらるゝに到らば、漸時帰国者増加すべしと観測せるもの三。
(四)帰国の多少は、今日未だ不明と報告せるもの一。
千九百二十年十月以降邦人の帰国者の数稍々増加の傾向を呈し来れる事実あれども、こは必しも排日土地法の結果とのみ断定すべからず。
(イ)写真結婚禁止の結果、迎妻の為め帰国せざるべからざるに至れる者多き理由もあり。(ロ)最近二三年間、労働賃銀騰貴の為め、労働者に貯蓄出来たる事も其一原因なるべく、(ハ)然れども排日の趨勢と、土地法実施後の農業経営不利なるべきを見越して、土地を売却し、農業を廃止して故国に引揚げんと準備し居るものも多少散在するものゝ如し。
 第五問、省略
 第六問、将来加州に永住する見込みの者の割合如何。
 本間に対する回答を概括すれば次の如し。
(一)今回の排日新土地法実施に拘らず、大多数は永住の見込なりと報告するもの十四名。
(二)永住者の割合少なしと報告せるもの十一名。
(三)永住希望者殆なしと報告せるもの六名。
(四)割合不明と報告せるもの四名。
 理由
(一)永住する見込みの者多数なりとの理由は左の如し。
 (イ)必しも大多数の邦人が、自覚的に永住の決心をなせりと言ふに非ざれども、或は事業経営の為め、或は生活容易なるが為め等の経済的理由により、永住するを余儀なからしむるに到るべしとの観測よりするもの、
 (ロ)米国出生児童教養の関係上より。
 (ハ)近時壮年の在留邦人中には、民族的発展の自覚に基く世界的開拓者の理想に向ひて、永住土着の決心をなす傾向漸く多くなれりと報告するものあり。
 (ニ)然れども、此永住的傾向も、今後の排日状態と日米国交の形勢如何によりては、全く一変すべしと観測せるものあり。
(二)永住希望者極めて稀なりと観測せる理由。
 (イ)少数の先覚者を除き、大多数は唯金儲けの目的を以て来住し居るものにして、相当の資産を積みたる後は、錦衣を故郷に飾ることを夢み居るものなるが故なり。
 (ロ)排日の形勢如何に拘らず、故国と絶縁して米土に墳墓の地を求めんとする心掛けなしとせるものあり。
 (ハ)永住土着を希望する所なれども、執拗にして際限なき排日運動は邦人土着永住の根抵に肉迫して、生活の安定を脅迫せらるゝを如何せんとなすものあり。
 (ニ)邦人は物質にのみ満足するものに非ず。然るに他の外人と対等の
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自由と権利とを行使すること能はず、不能帰化人として取扱はるゝ以上は、永住土着観念起らずとなせるものもあり。
 之を要するに、近時邦人間に永住的傾向多くなり来り、今回の新土地法制定に際し、却つて反動的に永住的決心を強固にしたる方面もなきに非ざれども、大多数は前記各種の理由事情に依り、又今後の排日状態如何によりては、其去就に惑ひ、多少の動揺を来すものと観測せらる。但し、従来の事実に徴すれば、一時人心動揺して帰国するものあるも、それ等の多数は、故国の境遇に適応せず、再び渡米するを常とす。故に斯る問題発生の場合に際しては、特に人心の帰嚮する所を示し指導を怠らざる事肝要なり。
 第七問、米国出生邦人児童の永住定着の割合如何。
 在留邦人の権利は、経済的社会的政治的の各方面に於て、益々制限を加へられんとするに当り、米国出生邦人児童の将来は、やゝ重大なる意義を有するに到るを以て、特に本質問を提出したる次第なり。而して回答三十七通を綜合概括すれば次の如し。
(一)全部、又は多数、永住定着すべしとするもの二十五名にて、その理由を挙げて細別すれば次の如し。
 (イ)父兄と将来の運命を共にするが故に、父兄の大部分が、結局永住定着すべきを以て、彼等に随伴して児童の大部分も亦米国に留まりて、永住定着するに到るべし。
 (ロ)米国に出生し、米国の教育を受け、その風俗習慣に養はれ、而も米国にありて市民権を享有し得べき児童は、米国に於ける経済的生活の機会の開放、社会的生活の自由、政治的生活の平等等、各方面に於て日本に比して良好なることを認め居れり。その上彼等は米国生活に対する適応性あり。一度父兄と共に帰国するものあるも、故国の事情に適せず、再渡航するに到るもの多かるべし。仮令米国に於て将来或種の社会的圧迫を感ずることあるも、事情に通せざる故国の生活に不愉快を感ずる事は更に大なるものあり。結局米国に帰り永住するに至るべし。
 児童の将来の運命に就き、日本に帰りて安住の地を求むる能はず、而も米国に留まりては、人種的反感の圧迫を回避し能はず、終には悲惨なる運命に脅かさるゝに至るもの多かるべしと危懼するものあり。
(二)永住するもの少数なりとなすもの七名。
 児童は父兄に随伴して大部分は日本に移住すべし。
(三)回答不明とせるもの四名。
 次に、永住の割合については、九割乃至八割、或は全部と言ふもの多く、その理由は、米国にて教育を受くるものは、其数大部分を占め多くは米国に永住し、出生後間もなく日本に送還せられ、故国の教育を受けしものは、極めて少数なればなり。
 第八・九・十問、省略
 第十一問、地方に於ける日米人利害感情の一致点、衝突点、及び之に対する日本人側の努力又は改善をなすべき点。
 本問の回答者は三十七名にして、其地方を異にし、日常米人との接
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触方面を異にし、従つて多様多種の事実と観察とを寄せ来れり。
(一)日米人の利害の一致点としては左の如し。
 (イ)経済的方面の一致点
 地方の経済的発展に関する貢献協力、即ち日米人協同にて産業組合の組織、日米人共同事業の経営、米人地主に対する堅忍、精巧なる作業を以てする農業上の協力、農商の分野を侵すことなく、邦人は主として農業に従事し、米人商人の顧客たること、米人雇主に対する誠実精勤を以てする労資の協調等、特種なる体質と農耕上の技倆を有する邦人は、経済的方面に於て利害感情の一致点を有すること特に多しとの事実を挙げ、
 (ロ)社会的文化的方面に於ては、地方の教育宗教、その他公共事業に対する共通の方法による協力・貢献等によりて、利害感情の一致を見る事実を挙げたり。
(二)日米人の利害感情の衝突点としては次の如し。
 (イ)政治的には、日本人は其の本国に対する観念強く、米国の精神、団体の法律、米人の輿論に無頓着なること。
 (ロ)経済的には、万事に機敏勤勉に過ぎ、米人をして競争に堪へ難しと感ぜしむること。長足なる事業上の発展及び際限なき事業の拡張に対する米人の嫉妬心。長時間の労働、故国送金等。
 (ハ)社会的には風俗習慣・宗教及び趣味・気分等に相違ある上に、英語の理解足らず、米人社会より常に隔離して、集団的生活をなし、米国の社会制度を無視して野外に婦人を労働せしめ、家庭生活の善美を怠り、数万の醵金をなして仏教の大伽藍を建立しながら、其子女を托する米人学校及びその地方の公共事業には無関心なること、その主なる点なり。
 (ニ)人種的には風姿、性情余りに相違懸隔して、到底米国に同化せずとの印象を強く与へ、加ふるに人種的癖見憎悪の感情を以て迎へられ居ること。
 (ホ)国家的には、本国を軍国主義なりとする米人の危惧の飛沫を受け在留邦人の多数も軍国主義者として観察せらるゝこと。
(三)而して之に対する在留邦人側の努力、又は改善をなすべき点として大体に於て前記日米人の一致点を助長せしめ、衝突点を矯正除去するに努むるの外なしとするの意見を寄せたるもの多けれども、特に邦人として努力すべき点としては、左の諸点を挙げたり。
 (イ)米人間に、日本及び日本人に関する事実を了解せしめ、誤報曲解を正すことに努むること。
 (ロ)英語の習得に努め、米国の社会的精神・政治組織・社会制度・風俗習慣等を了解し、之を尊重して同化実行に努むること。
 (ハ)経済的実力を充実して、地方的には日米人同業組合を組織し、又は既設組合に加入して融合を計ること。
 (ニ)賭博及び無用の浪費を廃し、努めて故国に対する送金を控へて、地方の金融経済の潤沢に資すること。
 (ホ)在住の心掛けを事業本位より生活本位に改め、出稼根性・一時的腰掛主義の生活より来る、不権衡・不調和の生活方式に根本的改革
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をなすこと。
 (ヘ)特に婦人の待遇、子女の教養方針上の同化に努め、永住の方針を取ること。
 (ト)宗教の信奉は自由ならんも、努めて異教徒なりとの悪感を挑発せざる様にし、会堂の建立其他に大改革なすこと。
 之を要するに、外に対しては日本及日本人に関して正当なる理解を為さしむるに努め、内に対しては邦人の実質改善・協調一致・同化実行に全力を傾倒し、改善努力することを要すとなせり。
 第十二問、日本政府又は故国有志者の加州邦人に協力し得べき点、及び其方法如何。
 本問の回答者四十名、其望む所は地方に依り職業により多少相違するところあれども、大体に於て左に列挙する諸点は、在住邦人の熱心に故国に希望する点となすを得べし。
(一)政府に対する希望。
 (イ)日本及び日本人に関する誤解を解き、真相を了解せしむる為の機関を米国に急設し、日本の世界、特に極東に対する正義、及び米国に対する真意の存する所を了解せしむべく宣伝するに努むること。
 (ロ)軍国主義・帝国主義的秘密政策を改革せられたき事。
 (ハ)極東、特に支那・シベリア・朝鮮・南洋諸島に対する日本の態度其今日迄執り来れる精神を正しく公示せられたき事。
 (ニ)対米新協約の締結を望むも、在留邦人既得権の確保と、存留邦人の人権・生存権、例へば在留民の妻女を迎ふるの権利等の如きものの確保には、十分に意を用ひられ度きこと。
 (ホ)在留邦人は、日本民族の世界的発展の前哨隊なることを認め、常に同情を以て向上発展に後援せられ度きこと。
 (ヘ)米国聯邦政府と十分なる交渉を遂げ、加州州権の発動が国際関係に悪影響を及ぼさゞる様に努められたし。
 (ト)対米交渉は、従来の一時的体面的なる態度を、永続的徹底的のものとせられたし。
 (チ)駐在官吏を頻繁に更迭せしめざること。
 (リ)日本国内に於ける外人差別待遇の法律制度・習慣の改善。
 (ヌ)在留邦人の帰化権獲得に、好意と便宜とを与へられ度きこと。
故国の民間有志に対しては
 (イ)邦人の経済的発展の為め、金融及び信用の協力援助を与へられたきこと。
 (ロ)日米親善の実を挙ぐる為め、日米両国に於て公正なる輿論を喚起する機関を設置し、その支部を加州に設置して有力なる英文刊行物の発刊に援助を与へられ度きこと。
 (ハ)在留邦人の実質改善の為に、在留邦人団体を後援協力せられたきこと。
 (ニ)新土地法に関し、大審院に上告する場合は、物資の援助をなし、その目的の達成に努められたきこと。
 (ホ)在留邦人の帰化権獲得に援助せられ度きこと。
 (ヘ)日米人間に介在し、且在留邦人の為に、社会公共事業に従ふ人物
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に精神的物質的援助を与へられたきこと。
 (ト)日本国内に米国に対する智識を普及し、反米感情の挑発を防止せられ度きこと。
 (チ)将来、日米両国間に活動する人物養成の為め、基金を設けられ度きこと。
 (リ)日本の文化的社会的施設、例へば交通・教育・衛生・慈善等を改善し、民衆の地位の向上を計り、日本は世界より隔離したる生活をなし居るとの事実材料を供せざる様努力せられ度き事。