デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正13年1月30日（1924年）

是日、当委員会小委員会、麹町区八重洲町渋沢事務所ニ開カル。栄一出席シテアメリカ合衆国排日問題ニ関シテ協議ス。

日米関係委員会集会ニ関スル控　　　　　（日米関係委員会所蔵）
大正十三年一月三十日午後二時半於渋沢事務所
　金子子爵ウツヅ大使会談日米問題ニ関スル件
　　議院ノ都合ニヨリ決ス　終に欠席すとの電話　阪谷芳郎
　　　　　　　　　　　　　　（太丸ハ朱書）
　　旅行中ナルモ同日正午頃帰京　○添田寿一
　　　　　　　　　　　　　　　　○藤山雷太
　　　　　　　　　　　　　　　　○山田三良
　　　　　　　　　　　　　　　　○頭本元貞

　　　　　　　　　　　　　　　　　主人

日米関係委員会集会記事摘要　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
　大正一三・一・三〇、於八重洲町渋沢事務所日米関係小委員会記事
　出席者如左
　　渋沢・添田・藤山・山田・頭本ノ五氏（阪谷男モ出席ノ筈ナリシカ議会多忙ノ為メ遂ニ欠席）
渋沢子爵　本日ノ会合ハ目下行詰マリタル日米問題ニ付テ爾来ノ経過ヲ報告シ、又我関係委員会ハ此際如何ノ方針ヲ以テ進ムベキヤニ付
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キ篤ト諸君ニ御協議ヲ請ハンカ為メニ催シタル次第ナリトテ、高等委員設置ノ案ニ付テハ、前外務次官埴原氏ヨリ米国政府ニテ同意ナラハ我政府ニ於テモ異議ナシトノ回答ヲ得タル顛末ヨリ、現任米大使ウツヅ氏ハ本案ニハ賛成ナルモ米国大統領改選ノ終了マテ之カ提案ヲ延期シタシトノ意見、（但帰米ノ上ハヒユース国務卿等ニハ談話シ置クベシトノコト）及過般帰化権問題ニ付キ金子子爵ヨリ帰米中ノ同大使ニ電報シタルコト、又松井新外務大臣ヲ金子・渋沢両氏ニテ訪問シタルコト、又金子子ニ於テ本邦ニ帰任シタルウツヅ大使ト会見シテ、高等聯合委員設置案ヲ重ネテ協議シタルモ、大使ハ前ト同シク、大統領改選前提議スルコト不可ナリトノ意見ナル旨ヲ陳ベタリ
藤山氏　高等聯合委員ヲ設置スルコト必要ナルベキモ、米国ノ輿論ヲ動カサヾレハ委員ガ働クコト能ハサル故ニ、相当ノ運動費ヲ投シテ輿論ヲ喚起セシムルコトヽシテハ如何、万一ノ場合、即日米戦争ヲ未然ニ防クコトヲ得ルトスレハ、軍艦一隻位ノ建設費ヲ之ニ提供スルモ可ナルベシ
添田氏　予モ藤山氏ト同感ナリ、嘗テ此意見ヲ外務ノ当局者ニ談シタルコトアリシカ採用スル処トナラス、予ハ大正二年渋沢子爵及中野武営氏ノ設置シタル同志会ヨリ米国ニ派遣セラレタルガ、其際切ニ宣伝ノ必要ヲ感シ、爾来其意見ヲ抱持シテ今日ニ至ルモ変ハラサルナリ
山田氏　米国憲法改正案ハ蓋シ通過スルコト不可能ナルベシト思ハルルモ、目下外務大臣ハ内閣交迭ノ為メ日米問題ニ身ヲ入レサル感アリ、故ニ此際ハ我委員会ハ新大臣ノ取ルベキ方針ヲ提供スルコト急務ナルベシ
頭本氏　現今ノ外務省ノ行動ヨリ察スレハ、此際多額ノ宣伝費ヲ投スルモ其効果ヲ揚クルコト能ハサルベシ、故ニ寧ロ渋沢子ハ本会ヲ代表シテ大臣ト会見セラレ、米政府トノ折衝経過ヲ聴取シ、其上ニテ本会ノ方針ヲ決スルコト順序ナルベシ
山田氏　高等聯合委員設置案ヲ提唱スルハ、此際或ハ逆ニ利用セラルル恐レアリ、米国出生日本人ノ既得ノ帰化権ヲモ剥奪セントスル米議員ノ提議ニ対シ、我政府ニ於テ強硬ニ抗議セサルハ如何ナル方針ナルヤ了解ニ苦シム所ナリ、故ニ本会ハ政府ヲシテ堂々ト之ヲ抗議セシムル方法ヲ講スルコト必要ナラスヤ
頭本氏　高等聯合委員設置案ハ、此際表向キノ問題ト為サス、昨年ノ震災ニ対スル、米国人ノ厚意ニ対スル謝恩ノ意味ヲ以テ、渋沢子爵渡米ノ上、親密ノ友人ニ此カ設置ノ必要ヲ説クモ、一策ナルベシト思フ
渋沢子　諸君ノ意見ハ篤ト聴取シタルニ付、来二月一日金子子ト会見スベケレハ、克ク之ヲ談シ、更ニ諸君ノ会談ヲ請フコトヽスベシ
　　○男爵阪谷芳郎ハ当時貴族院議員タリ。
　　○日米同志会ニ就テハ本資料第三十三巻所収同会参照。

（増田明六）日誌　　大正一三年　　　　　（増田正純氏所蔵）
 - 第34巻 p.134 -ページ画像 
一月三十日　水　晴
出勤
午後二時日米関係委員会中、添田・藤山・山田・頭本の四氏、渋沢子爵と会談す、日米問題ニ関してなり、小生同会幹事として列席す

日米関係委員会緊要書類　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
　　　　　　　　　　　　　　　　　（別筆）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　一月三十一日落手明六
　　大正十三年一月三十一日
拝啓
昨日御会合ノ節各位ノ御意見ニ卑見ヲ加ヘ別紙ノ如ク試ニ起案候マヽ御取捨ノ上御清書被下、子爵ノ御参考ニ供シ願上候、実ハ痔ノ療治仕リ参上仕リ兼ネ候為メ、乍毎度貴台ヲ奉煩候
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　添田
　　　　増田殿
　　　　　二白
　臥床中ニテ乱筆ノマヽ差出候間、十分ニ御斧正呉々モ願上候
（別紙）
　　　　　　　（二行栄一加筆）
　　　　　　　　原案ハ添田博士執筆セシヲ金子子爵ノ手ニテ修正シ更ニ全体ノ意義ヲ強メタルナリ
一、不当不正ナル米国ノ態度、就中、今般下院《（下院移民委員会）》ヲ通過シタル移民法、及ヒ目下議会ニ提出セラレタル憲法改正共同決議案ハ、理由ナキ差別待遇ニ付、我国々民ハ断シテ承服スルコト能ハス、依テ其意志ヲ表明スル為メ、日本政府ヨリ正式ニ、抗議ヲ米国政府ニ申込マルヽコト
二、之ト同時ニ善後策トシテ条約ノ改正ヲ提議シ、若シ急速此ノ提議ヲ容ルヽ能ハストセハ、最近米墨・米英間ノ懸案カ両国聯合委員ニヨリテ解決セラレタル先例ニ依リ、日米間ニ聯合委員会ヲ開催スルノ提議ヲ為スコト
三、国籍法ノ改正（国籍離脱許可ヲ届出テニ改メ）ト倶ニ外国人土地所有法ノ実施ヲ急ク等、排日論者ノ口実トナルヘキ一切ノ事項ヲ取除クコト○日本ノ国籍法改正ニ就テハ本款大正十二年六月二十一日ノ条参照
四、米国ニ於テハ行政・立法、甚シキハ司法部マテ輿論ノ為メニ左右セラルルハ、タフト氏ヲ院長トスル「スプリーム・コート」ノ判決ニ徴シテモ明瞭ナルヲ以テ、条約改正・聯合委員ノ成立議決・就中米国憲法改正共同決議等ニツキ形勢ヲ日本ニ有利ナラシムル為メ日本ノ新聞紙ヲシテ国民ノ輿論ヲ喚起セシメテ米国ノ輿論ニ訴ヘ、且ツ大正二年渋沢子・中野武営氏ヨリ政府ニ建言セル所ノ米国輿論ノ善化ニツキ大規模ノ実行計画ヲ樹立スルコト
　　其一着手トシテ此際民間有力者ヨリ成ル震災同情答礼使ヲ派遣スルコト
五、前記各項ノ実行ニツキ官民ノ意見協定ノ為メ、成ルヘク速ニ首相外相ト金子・渋沢両子爵トノ間ニ懇談会ヲ催サルヽコト

東京朝日新聞　　第一三五一五号　大正一三年一月二〇日
 - 第34巻 p.135 -ページ画像 
　　排日問題を憂へて渋沢子渡米せん
　　　　『八十六の老体でも…
　　　　国家のお役に立つならば』と
　　　　　　出発は三月か
米国カリフオルニア州に於ける邦人土地所有問題は数年前より種々なる形式に依つて惹起せられ、其都度在留同胞は
　不安に脅威され帰国を急ぐもの、土地を購入して永久土着の方針のものも自然浮腰にあると云ふ状態で、殊に今回の土地所有権は米国に於て生れたるものは丁年と共に米国憲法に依て当然米国人として所有権を享有し得らるるので、米国にて生れる日本人の名義に変更するものあるも、若し斯る形式的方法に増加する場合には更に憲法の一部に改正を加へ
　外国人と雖も米国にて生れたるものは市民権を有するも帰化し得ざる外国人は其限りにあらず
と云ふ附加条項をなさんとさへして居る模様であるから、今回の大審院の決定が在留邦人に対し極めて不利益なる判決である以上、何とかして此際国際情誼の上から
　融和の道を計るより他に道なしとし、新松井外相も就任早々此の問題に対しては埴原大使をして十分調査せしめて居るが、一面米国実業家・政治家に親交ある渋沢子爵の渡米を煩はし、排日的土地問題の緩和を図るを以て得策とし、数日前外相は渋沢子爵・金子子爵の両名を官邸に招致し意見の交換をなす処あつた結果、渋沢子は多少なりとも効果を収め得らるゝなら
　渡米も敢て辞しないとの意を洩らしたから、場合によりては渡米する事になるであらうと、右に就き当の渋沢子は語る
　八十六歳の老齢に達して居る私は今後尚進んで名誉や地位や富を得ようとは秋毫も思はない、只此の余生が多少なりとも国家国民の為めにお役に立つならば進んで
　此の老体を差上げる積りである、現在経済上にも亦外交上にも憂慮に堪へないのは日米問題と日支問題である、日米問題に就ては已に今日迄四度渡米して同国の実業家・政治家とも会見し、彼我意志の疏通を図り多少効果を得た積りである、今回の土地問題も
　其根源は数年前よりの排日一派の野心に基いたので、若此儘に放任する時は十万の在留同胞は実に浮草生活をして悲惨な生涯を送らねばならぬから、其効果如何は兎に角場合によりては渡米して見ようと思つて居るが、支那の古語にある、馬革を負うて旅行するとか、又は棺桶を担いで行くやうでも困るから、渡米するからには
　健康を保持せねばならぬので、医師とも相談して、渡米するとすれば三月頃かとも思ふ、支那問題に就ては最近私の会長である日華実業協会が上海の有力な支那実業家の団体と連絡を計る事になつたから、更に進んで香港・漢口等の団体とも気脈を通ずる事に歩を進めて居るから、此の方面からも多少見るべきものがあると思ふ