デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
6款 ニュー・ヨーク日本協会協賛会
■綱文

第35巻 p.487-489(DK350069k) ページ画像

大正6年4月19日(1917年)


 - 第35巻 p.488 -ページ画像 

是日、当会主催アメリカ合衆国ニュー・ヨーク日本協会会長リンゼー・ラッセル歓迎晩餐会帝国ホテルニ開カル。栄一出席シテ歓迎ノ辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正四年(DK350069k-0001)
第35巻 p.488 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
四月十四日 土 午後七時半 ラツセル氏招待会、幣原次官ヨリ案内
             (官舎)(燕尾服)
   ○中略。
四月十九日 木 午後六時半 ラツセル氏招待会(帝国ホテル)


竜門雑誌 第三四八号・第九一―九二頁大正六年五月 ○ラツセル氏歓迎晩餐会(DK350069k-0002)
第35巻 p.488 ページ画像

竜門雑誌 第三四八号・第九一―九二頁大正六年五月
○ラツセル氏歓迎晩餐会 青淵先生の会長たる紐育日本協会協賛会にては、多年日米親交に尽力せられたる紐育日本協会会長リンゼー・ラツセル氏の今般我邦に来遊せられたるを機とし、四月十九日午後六時半より帝国ホテルに於て同氏歓迎会晩餐会を催せり、出席者は主賓ラツセル氏を始め、来賓としては米国代理大使ウヱラー氏、同大使館員本野外相、幣原次官、小幡・中村両局長、三島子、阪谷・目賀田両男其他の諸氏、又主人側としては青淵先生を始め高橋・近藤両男、井上準之助、添田寿一、中野武営、浅野総一郎、大橋新太郎其他の諸氏にして、主客互に歓を交へ、同十時散会せる由なるが、当夜青淵先生は協賛会を代表して歓迎の辞を述べられ、且つ日米親善の緊急なるを説き、更に同氏の尽力を感謝せられたるが、之に対しラツセル氏の鄭重なる謝辞並に演説ありたる由。


東京日日新聞 第一四五四三号大正六年四月二〇日 ○ラツセル氏招待会(DK350069k-0003)
第35巻 p.488 ページ画像

東京日日新聞 第一四五四三号大正六年四月二〇日
    ○ラツセル氏招待会
紐育日本協会々長リンゼー・ラツセル氏の我邦に来遊せるを機とし、十九日午後六時半より帝国ホテルに於て歓迎会を催したるが、出席者は米国代理大使ウヱラー氏及同大使館員、本野外相、幣原次官、小幡中村両局長、星野錫、和田豊治、神田・瓜生・渋沢の各男、池田謙三、井上準之助、大橋新太郎、小野英二郎、高橋是清男の諸氏にして、デザート・コースに入るや渋沢男歓迎の辞を述べ、ラツセル氏の答辞あり、午後十時散会


中外商業新報 第一一一四八号大正六年四月二〇日 ○ラ氏歓迎晩餐会 協賛会の主催(DK350069k-0004)
第35巻 p.488-489 ページ画像

中外商業新報 第一一一四八号大正六年四月二〇日
    ○ラ氏歓迎晩餐会
      協賛会の主催
多年日米親交に尽力し来る紐育日本協会々長リンゼー・ラツセル氏の我邦に来遊せるを機とし、同協会協賛会主催にて歓迎晩餐会を催せり当夜の来会者は主賓ラツセル氏を始め氏の同行せるビツプ氏、米国代理大使ウヱラー氏、マツユウレー氏、スイフト氏、トヰスラー氏、フライシヤ氏、シヤーケー氏、ゲーリー氏、主客五十名にして、デザート・コースに入るや渋沢男は協賛会を代表して歓迎の辞(佐藤顕理氏訳)を述べ、且つ日米親善の緊急なるを説き、更に同氏の尽力を感謝
 - 第35巻 p.489 -ページ画像 
せるが、之に対しラツセル氏は別項の演説を試み主客歓を尽し十時散会せり、尚ほ前記諸氏の外主なる出席者左の如し
 △来賓 本野外相外十七名
 △主人側 渋沢男外十一名
   ○ラツセル演説筆記略ス。