デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
26款 国際教育関係諸団体 4. 其他 [3](サン・パウロ) 聖州義塾
■綱文

第38巻 p.264-266(DK380026k) ページ画像

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■資料

日米関係委員会集会記事摘要(DK380026k-0001)
第38巻 p.264-265 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要(渋沢子爵家所蔵)
 昭和四年七月十一日(木)正午、於東京銀行倶楽部、伯国サン・パウロ聖州義塾塾長小林美登利氏提案の件に関する日米関係委員会小委員会
  出席会員
   渋沢子爵。阪谷男爵。藤山氏。頭本氏。幹事 小畑
    協議事項要録
子爵 今日御協議申上げる問題は南米に関する事で、従来取扱つて参りました北米問題とは赴きを異にして、居りますが、移民問題といふ見地から申しますと、日米関係委員会に関係が無い訳けでも無いと思ひます。特に北米移民問題も最初から準備して掛つたならば、今日の様な結果にはならなかつたであらうと思ふ時に、前車の覆るは後車の戒なりといふ諺もあるので、南米に於ける移民問題の将来に付き今より適当な方法を講じ置くべきではなからうかと思ひまして、伯国サン・パウロ聖州義塾塾長小林美登利氏の提案に共鳴した訳けであります。小林氏は我関係委員会会員たる原田助氏より紹介
 - 第38巻 p.265 -ページ画像 
せられた人であります。同氏の目的は右義塾を拡張せんが為めに、日本に於て金拾万円を募集したいといふのであります。私は本件に関して外務省当局の意向を確めましたが、外務当局としては、表面上此問題に深く立ち入る事の不可能なる事情ある故、成るべく民間有力者の御配慮を願ひ度い、外務省としては幾分かの援助を与ふる積りであると申すのでありました。就ては関係委員会の有志が此問題に対して如何なる態度を取られるか、其辺の消息を伺ひ度い為め御出席を願つた次第であります。
頭本氏 子爵の御懸念は真に仰せの通りで御座いますが、南米問題ならば之に直接の関係を有つて居る団体もあると思ひますから、其方面を代表する人々を中心とし、我々は賛成者位の関係にあるのが当然ではあるまいかと考へます。○中略
阪谷男爵 此問題は子爵が表面に立たれる程のものでなく、寧ろ移民協会などの人々が直接其衝に当り、子爵は賛成者の地位に立たるべきものと考へます。
藤山氏 南米問題に就ては有力な団体が存在して居るのですから、其れに直接尽力させるのが当然であると思ひます。南米渡航者の為めには政府の補助金も決して少くは無いと存じて居ります。
渋沢子爵 其れでは御苦労ながら頭本さんに武富通商局長を訪問して戴いて、本日の会合の意向を局長に告げ、然る後其回答を待つて具体案を作製する事に御了解を願つて置きます。
頭本氏 武富通商局長を訪問して篤と懇談致します。
   二時閉会
  其後頭本氏武富局長訪問の結果を子爵に報告せらる。其要領は、外務省にては寧ろ小林氏の事業に同情を表し過ぎたと思ふ程に種種の援助を与へたり、此上は純民間有志の尽力として何等かの援助を与へられゝば結構と思ふ。渋沢子爵へ宜敷御伝言を乞ふといふ意味の談話ありし由なり。由つて子爵は子爵個人として小林氏の事業に寄附せられしのみならず、三井・住友・森村其他大阪の稲畑等の緒氏拾参名に小林氏を紹介せられたり


渋沢栄一書翰 控 古河虎之助外十一名宛 昭和四年七月三一日(DK380026k-0002)
第38巻 p.265-266 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 古河虎之助外十一名宛 昭和四年七月三一日
                    (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、炎暑之候賢台益御清適奉賀候、然者唐突ながら此一書相添御紹介申上候ハ、小林美登利と申人にて、現に南米伯国サンパウロ市に於て聖州義塾と称する学校を設立し、在留邦人の少年子弟に邦語又は葡国語を以て普通教育を施し、同時に寄宿舎事業をも兼営致居候処、深く将来の事共を考慮し同義塾拡張之必要を感せられ、其経営方法之調査並資金募集之為め、目下帰朝中之由に御座候、老生ハ従来小林氏とは何等之縁故無之候得共、爾来毎々来訪せられ、其実状をも詳知致し殊に小林氏之親友にして現に布哇に在住して我か加州移民之事に注意せられ、且日米関係委員会之一人たる原田助氏より、今般詳細なる通信有之、右小林氏之事ハ原田氏曾而京都同志社在勤之際より熟知別懇之間柄に有之候由にて、其人格を老生まて証明有之、小林氏希望之事
 - 第38巻 p.266 -ページ画像 
業も都合よく成功候様、充分之助力を勧誘致来候次第に御座候
右等之通信によりて聖州義塾、即小林氏経営之事業も稍其要を提し候
様相考へ候へとも、一方伯国移民之将来に付てハ実に憂慮之点多々有之現に米国加州に於ける既往の経験に徴するも、殷鑑遠からさるは御同様熟知の事柄に有之候間、何卒出来得る丈注意して之を現在に助力致し、他日之憾無之様致度ものに御座候、就而小林氏御紹介申上候間参趨之節は御引見の上、事情御聴取被下何分の御賛助被下度候
右御紹介旁得貴意度如此御座候 敬具
  昭和四年七月三十一日
      (朱書)
      自署セラルヽニ付御氏名ハ打タヌコト 渋沢栄一
 男爵 古河虎之助殿    原邦造殿
    服部金太郎殿    堀越角次郎殿
 男爵 森村市左衛門殿   今井五介殿
 男爵 大倉喜七郎殿    武藤山治殿    十二氏宛各通
    大川平三郎殿 男爵 団琢磨殿
         日本郵船株式会社
    大橋新太郎殿    各務鎌吉殿
    稲畑勝太郎殿──本文同文左ノ追書ヲ加フ
 尚々京都並に神戸地方には、特に御懇意の方も無之候に付、貴台に於て夫々小林氏の希望相達し候様、御厚配被下候ハヽ仕合に御座候添て申上候


集会日時通知表 昭和四年(DK380026k-0003)
第38巻 p.266 ページ画像

集会日時通知表 昭和四年        (渋沢子爵家所蔵)
六月九日  日 午前九時  小林美登利氏来約(飛鳥山)
  ○中略。
六月十九日 水 午前九時半 小林美登利氏来約(飛鳥山)
  ○中略。
七月十四日 日 午前九時  小林美登利氏来約(飛鳥山邸)
  ○中略。
七月二十日 土 午前九時  小林美登利氏来約(飛鳥山邸)
  ○中略。
七月卅一日 水 午後六時  小林美登利・崎山比佐衛氏招待晩餐会(飛鳥山邸)
  ○七月三十一日ノ小林美登利招待晩餐会ニ就イテハ、本巻所収「海外植民学校」参照。