デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.383-393(DK390216k) ページ画像

大正15年9月23日(1926年)

是日、アメリカ合衆国ボストン市ノ社会事業家エドガー・ジェー・ヘルムズ他二名、飛鳥山邸ニ栄一ヲ訪問ス。翌二十四日東京市養育院本院及ビ同巣鴨分院視察ニ際シ、栄一説明ノ労ヲトル。次イデ二十六日、栄一、同人等ヲ飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

竜門雑誌 第四五八号・第九四―一〇二頁大正一五年一一月 ヘルムス博士との会見(DK390216k-0001)
第39巻 p.383-389 ページ画像

竜門雑誌 第四五八号・第九四―一〇二頁大正一五年一一月
    ヘルムス博士との会見
 九月二十三日午後二時、エツガー・ジエー・ヘルムス博士は青山学院のヘツケルマン氏及シヨウ氏同伴、飛鳥山邸に来訪せられた。
子爵 今日は私が少々風邪気味で居ります為め、遠方迄尊来を願ひま
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して、恐縮千万に存じます。
ヘルムス博士 恐れ入ります。子爵に御会ひする為めならば、此位の距離は何でもありませぬ。
子爵 不幸にして私共の若い時分には科学的の学校がありませず、従て私は外国語が出来ませぬ。其後偶然の機会から維新前に仏蘭西へ行きまして、彼地で「アー」「ベー」「セー」から始めました。此様な有様でありますから英語は一向通じませぬが、米国の事情は何とかして知りたいと存じまして、大分前から国民外交の方面で心配して居ります。貴方の如き立派な方から、斯る事情がよろしくない、それに付ては斯る方法があると云ふことを聞かせて頂くことが出来れば難有いと思ひます。何卒御遠慮なく御聞かせを願ひます。
ヘルムス博士 子爵が日米親善、国際平和に興味を有たれ、其方面に永く活動して居らるゝことを承り感服して居ります。自分も及ばずながら此方面に興味を有つて聊か働いて居ります。私の働いて居りますのは「グド・ウイル・インダストリー」(善意工業)と申す事業で御座いまして、ボストンに於て約二十年前に創めたもので御座います。最近五年位に非常に発達しまして目下は四十都市に行はれて居ります。主として欧洲からの移民を救助して居る状態で、言はゞ国際親善、世界平和に貢献致して居る次第で御座います。
 事業の性質を申上げますと、貧民を救助しまして、自活の途を講ずると申す点に在ります、貧民の内には老人であるとか、不具者であるとか働くことの出来ない人達がありますが、此等の人達が職を離れますと忽ち生活が出来なくなります。此点に着目しまして此等の困窮して居る人々を働かせ、其働によつて出来た物を貧民に実費で売ります。其方法と致しましては、工場から「グド・ウイル・バク」(善意袋)を市内の相当な暮しをして居る家庭に配り、古着とか古靴とか、古シヤツと云ふ風な種々雑多の屑物を此袋に入れて貰ひ此等を工場に集め、之に対し働くことの出来る人々をして分業的に働かせ修繕すべきものは修繕し、改造するものは改造し使用することの出来る状態にし、出来たものは先に申上げた様に実費を以て貧民に売却致します。かくの如く何所までも廃物利用で御座いまして、人も物も普通では何の役に立たぬものを利用して困つて居るものを援助して居ります。私共の標語は「慈善ではない。各人に機会を与へる」と云ふのであります。慈善では自重心をなくする恐がある。どうしても働いて居る職を有つて居ると云ふ観念を与へなければならぬ。そこで例へば困つて居る人が私共の方へ参りますと、直に医師に診断させまして其人の健康状態を調べ、其人に適当する様な仕事を割当てます。仮に其人が心臓が弱いと云ふ場合には力業をさせないと云ふ様に致します。そこで働く仕事が定り一日仕事を致しますと大体九十仙の働を致しますので、賃金として一日一弗を支給致します。そこで此人は自分で九十仙を働き、十仙丈補助を受けることになります。之を補助する側から考へますと、若し単に一人に一弗を補助することに致しますと、一弗は一人丈しか補助が出来ませぬが、此方法によりますと一弗あれば十人に補助することが出来ま
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す。かくして一弗は普通の十弗にも二十弗にも相当する様な働をすることになります。
 斯う云ふ風に仕組んで居りますが、其根本精神は「グド・ウイル」にありまして、各人が喜んで相愛すると云ふ所に重点があります。「グド・ウイル・インダストリー」へ参ります人達は世の中の敗残者であります。世にも人にもいじめられた人々であります。
 その為め殆ど全部が社会を呪ひ、人を怨むのでありまして、此社会に対し、人に対する不平不満を除くことが根本の目的であります。此精神を浸渡らせる為めに監督を置きます。此監督は男女両性共にありますが、皆宗教家で御座います。尤も宗派には拘泥せず人格に重きを置きます。此等の人々は始終収容者と共に働き「グド・ウイル」を奨励します為め、自然社会に対する不平不満がなくなり、各方面に面白い効果を挙げて居ります。前にも申上げました通り「グド・ウイル・インダストリー」に参ります人々は敗残者でありますから、其思想は赤化し共産主義であつたり、無政府主義者であつたりします。政府に対し資本家に対し甚しい反感を有つて居ります。そして其日の生活にも窮して居るのであります。私は此人々に、先づ職を与へて其生活を保証し、然る後「グド・ウイル」的感化の許に「イル・ウイル」の消滅につとめ、漸次満足の状態に来る様に努力して居りますが、幸に着々と予期の結果を見て喜んで居ります。「グド・ウイル・インダストリー」の成績は仮に一番古い「ボストン」を例にとりますと「グド・ウイル・バグ」拾弐万五千個を使用し、之によつて得たる材料によつて収容者五千人が、或は修繕し或は改造し、出来た品物を貧民に売却します。かくして実費で買入れる人数は約十万人であります。此事業は以上申上げます通り特異なる性質を有するものでありますから競争がありませぬ。又既に御了解下さつたことゝ思ひますが、改造し修繕する収容者と出来上つた品を買求める貧民とは、御互に助け合ふ次第で御座います。そして仕事の上り高を給料其他として支払ふた額は、前年度に於て拾七万五千弗で御座います。
 以上申上げましたのは「ボストン」の数字でありますが、之は私共の仕事の内で最も古いもので、約二十年前から創めて居ります。そこで「ボストン」を除いた三十九ケ所の統計を見ますと、収容者二万五千人、前年度の支払賃金百五十万弗「グド・バグ」二百万個、此売上高弐百万弗、監督其他の為めに支払ひたる費用五拾万弗であります。
子爵 未だ斯る仕組は他にない様に思ひますが、御注意の行届いて居る事は感服で御座います。廃人・廃物の組合はせによつて、貧窮の人に便益を与へ、結局富んだ人も貧困な人も共に社会を喜び、同胞相愛する情愛を起させると云ふことは真に結構と存じます。一般的に見まして貧民を救ふと云ふことになりますと、其為め勉強心を鈍くし、堕落せしめる傾がありますから面白くありませぬ。然し其儘に放擲すると、世を呪ひ人を悪む様になりますから、其でもよろしくない。如何したものであらうと常に苦しむで居たのであります。
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ところが只今「グド・ウイル・インダストリー」の組立てを承り、此点を適当に解決するものであると感服して居ります。自分が此方面の事業に関係して居ります為め特に深い感触を有ちます。
 それにつけても此事業は或る団体で担当して居りますか、又は或る宗派の経営でありますか。言葉を換へますと事業の根本は如何なつて居りますか。此根本の仕組・手続の概況を承ることが出来ませうか。
ヘルムス博士 喜んで申上げます。此事業の歴史の概略を申上ぐれば御了解下さるだらうと思ひます。起源を申上げますと約二十年前に非常な不景気が来襲したことがあります。其当時私は「ボストン」の或地区の教会の牧師をして居りました。是先其近傍は売春・賭博其他あらゆる悪徳の公行する所でありまして、何とかして改善せねばならぬと考へまして、先づ警察法廷の力によつて此等のものを掃蕩して貰ひました。然るに其跡へ代つて来たものは何であるかと申しますと、大不景気によつて生じた貧民の群であります。小供も来れば老人も参りました。住む所なく、食ふ物なく、着る衣服なき人人であります。かくて此等の餓えたる人々を救ふことが焦眉の急務となりました。然るに自分には此等を救助する力もなく金銭もありませぬ。そこで種々考慮を致しました結果、比較的裕な人々に訴へて不用品を貰ふことに致しました。すると大分反響がありまして、段々と送つて来て呉れました。得るに従つて困つて居る人々に与へました。衣服ならば少々位身幅は合はずとも着せると云ふ風にしました。ところが、やがてそれでは済まなくなりました。ダブダブの衣服や寸詰りのシヤツでは治まらなくなりました。これではならぬと云ふ所から、集つたものを其儘用ゆることをせず、適当に修繕し改造することに致しました。当時各種の方面が不景気であつた為め収容者の中には裁縫師も居れば、靴屋も居り、大工も居ると云ふ状態でありましたから、修繕にしても改善にしても都合よく参り成績がよくなりました。
 それから材料の蒐集でありますが、私共の方から積極的に出ませぬと兎角忘れられる傾がありますので、先に申しました袋を配ることに致しました。最初は何分にも資金がありませぬから、一個五銭位で買ふことの出来るコヒーの袋を利用することにしました。然し之は其儘で用ゆるのでなく、裏返へしに致しまして、大く「グド・ウイル・バグ」と書いて明に分る様に致しました。ところが之を預つて下さる向で、如何にしても不潔である、何とか改正して貰いたいと云はれましたので、現に使用して居ります紙製の袋に改正しました。此方はさして嫌はれずに漸次効果を挙げて居ります。
 最後に資金のことでありますが、最初創めます当時、自分の持つて居りました二百弗を投じましたが、他の方からの寄附がありましたり、市其他の慈善団体から貧民を依托せられ、之に補助金を付けて来たり致しますし、又家屋・自動車、其他物品の寄附がありまして「ボストン」にても百万弗の資産を有つて居ります。
子爵 不用品を集めるには如何なる方法を採つて居られますか。先か
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ら届けて呉れますか。此方から集めに参りますか。
ヘルムス博士 「グド・ウイル・バグ」は、原則として集めに参ります。其為めに「ボストン」では二十五台の自動車が間断なく働いて居ります。
シヨウ 電話をかけて催促をします。又溜りますと端書で通知をしてもらつて参ります。
ヘツケルマン それに付て面白い話があります。或時ヘルムスさん自身取りに参りまして、受取つて電車に乗らうと致しましたところ、大きな荷物を持つて居ると云ふ理由で拒まれ、仕方なく歩いて帰つたことがあります。
子爵 誠に有益な御話を承り有難う御座いました。私も東京市養育院を五十年の余も経営致して居りますが、一向効果が挙りませんで御恥しい次第で御座います。兎に角私の苦心致しました沿革も申上げたいと思ひますし、又収容者の勉強心を鈍らせずに救けたいと存じて常に心配を致して居りますが、此点に付ては実際を見て頂いて御意見を承りたいと存じますから、明日時間があります様ならば養育院を見て頂きたいと存じます。御都合は如何で御座いますか。
ヘルムス博士 喜んで参上致します。養育院を拝見致しませう。子爵の如き五十年も此方面に興味を持つて居られる方から云はるゝのでありますから、何を措いても参上致します。

    ヘルムス氏との再会見
 来朝中のエツガー・ジエー・ヘルムス氏を招待し、九月廿六日午後一時飛鳥山邸に午餐会を開く、出席者はエツガー・ジエー・ヘルムス氏、マーク・アール・シヨウ氏、ギルバート・ボールス氏、青淵先生、阪谷男爵、添田博士、麻生正蔵、田中太郎、小畑久五郎の諸氏であつた。
ヘルムス博士 支那の現状を統一して健全なる一国とするにはどうしたらよいでせうか、自分は或る一つの強い国が之に関係するならば必ず他の国々が干渉するであらうから、国際聯盟が支那問題を引受けて其の力を以て統一すればよいと思ふが如何でせう。
子爵 自分は政治家でなく又学者でもないから、理論を以て貴方の意見に対し私の感想を述べることは出来ないが、経験に照して申上げ得ることがあります。それは私が曾つて役人をして居た当時、明治四年七月十三日であつたが、廃藩置県の問題を討議しました。席上には西郷・大久保・岩倉などの元勲も居り、日本を統一することに就て協議したのでありますが、結局それまでの三百諸侯の兵力と経済力とを統一するのでありますから、有力な藩が廃藩の事に賛成せねばなりませんでした。然るに薩州を代表して西郷が真先に其れを唱へ、次で他の有力な藩でも賛成したので日本の廃藩置県は実施出来、此処に兵力経済力の統一が成つて明治新政府の基礎が固つた訳であります。故に支那を統一するには日本の廃藩置県と同様の意味に於て現在の督軍制度を廃し、政治経済並に軍事を中央に統一し、中央政府が総ての権力を握らない限り困難な事であると思ひます。
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然し国際聯盟でやると云ふお説に反対するのではありません。
阪谷男 支那は武力の干渉に頗る神経過敏でありますから、此点に重きを置く必要があると思ひます、仮に国際聯盟が支那統一の為め尽力するとしても、背後に軍備を持たねば何等の効果もありませんので、爰に困難があらうと思ひます、渋沢子爵の云はるゝ様にどうしても支那の統一に付ては督軍制度の廃止が肝要でせう。
子爵 アメリカが国際聯盟に加入しないのは怪しからんと云ひ度い程遺憾であります、国際聯盟はウヰルソン大統領を通じて米国民が主唱して出来たものと云へるのでありますから、主唱者が之に加入しないのは自らを欺くものであると云はれても弁解の余地が無いではありませんか、斯く申上げると、貴方に対して不平を洩らす様で相済みませんが、貴方の様な有力な方が米国を聯盟に加入せしめる様に尽力されたらと切に希望致します。
ヘルムス博士 御説御尤もで御座います。国外の人が左様に云はれるのは少しも無理でありませぬ、然し政治上の行きがゝりを知つて居る私と致しましては、ロツヂ(上院議員)とウヰルソン(大統領)との軋轢及び共和党と民主党との政治上の争などの為め、一種の感情問題になつてあのウヰルソンの議を否認して、遂に未加入のまゝ今日に及んで居ると弁解がましいが説明致すより他に申し様もありません。但し政治に関係しない多くの宗教関係者や農民は何事も政党を離れて考へるから、国際聯盟に加入せねばならぬと思つて居ります。子爵は只今私を有力者と仰せられましたが、私が有力でない証拠は、アメリカをして聯盟に加入せしめ得ない事によつて御解りと存じます、兎に角出来る丈我邦をして加入せしめる様尽さうと考へて居ります。
子爵 アメリカの国際聯盟加入に就ては、ヴアンダリツプ氏やヘボン氏などの説では、ウヰルソンの主張が行はれると経済上に影響を及ぼすことが少くないとして反対したと申して居りました。
子爵 千九百廿四年の排日移民法の通過は、日本人にとり堪へ難い屈辱でありますから、速に改正せられたい、と常に思つて居ります、然し、之は国内問題である故、私達が米国の内政に立入つてかれこれ批評したり、忠告めいた事を云ふのは、国際礼儀の上から面白くないと考へますので、貴国の友人を通じて改正される様にと希つて居ります。貴方は社会事業に関係して居られる方であるから、日本人が之に対し如何なる考へを持つて居るかと云ふ意嚮を御察して下さい。
ヘルムス博士 御説の通りで一言もありません。あゝ云ふ無礼な事をしたのを恥じて居ります、之れも政治上の軋轢の為め起つた事柄で心ある者は残念な事をした、必ず改正せねばならぬと思つて居りますから、今暫らく忍耐して居て下さるならば改正される様になりませう。子爵の如き穏健な考へを持つて居らるゝ方の御努力に依つて日本の人々が忍耐せらるゝことを望みます。そして世界の平和が最も影響を受けるのは、実に一国実業家の考でありますから、実業家としては常に世界の平和を維持すると云ふ自覚を持つて事に当られ
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たいのであります。子爵は最初から我々に対し腹蔵なく隔意のない御話しを為して下さいましたが、私達としては之を喜ぶので御座いまして、斯様に打ち解けて話し合はねば物事は十分に了解せられないと存じます。今日のお話は特に愉快で御座いました。


集会日時通知表 大正一五年(DK390216k-0002)
第39巻 p.389 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
九月廿四日 金 午后二時 東京市養育院へ御出向 同時刻ニヘルムス ヘツケルマン シヨー三氏登院
   ○中略。
九月廿六日 日 午後一時 エツドガー・ヘルムス氏招待午餐会(飛鳥山邸)


東京市養育院月報 第三〇三号・第一三頁大正一五年一〇月 ○エドガー・ゼイ・ヘルムス氏の本院及巣鴨分院視察(DK390216k-0003)
第39巻 p.389 ページ画像

東京市養育院月報 第三〇三号・第一三頁大正一五年一〇月
○エドガー・ゼイ・ヘルムス氏の本院及巣鴨分院視察 九月二十四日午後二時、米国ボストン市に於ける社会事業家として貧民救助に多大の頁献をせられつゝある、エドガー・ゼイ・ヘルムス氏は青山学院教授エフ・ダブリユー・ヘツケルマン、日本メソヂスト教会社会事業委員会幹事マーク・アール・シヨーの両氏と共に本院へ来院せられ、楼上会議室に於て渋沢院長及び田中幹事より、本院の沿革並に現況に就き詳細なる説明を聴取し、終つて田中幹事の案内にて院内諸施設を親しく視察し、少憩の後更に渋沢院長・田中幹事と共に巣鴨分院へ向ひ同分院をも仔細に視察せられたり


招客書類(二) 【大正十五年九月廿六日午後一時、於飛鳥山邸 米国ボストン社会事業家ヘルムス氏招待会】(DK390216k-0004)
第39巻 p.389 ページ画像

招客書類(二)              (渋沢子爵家所蔵)
 大正十五年九月廿六日午後一時、於飛鳥山邸
  米国ボストン社会事業家ヘルムス氏招待会
                (太丸・太字は朱書)
                ○エツドガー・ヘルムス
            ○エフ・ダブルユー・ヘツケルマン
                ○マーク・エス・シヨウ
                ○ギルバート・ボールス
                  ○阪谷男爵
                  ○添田寿一
                  欠井上準之助
                  ○麻生正蔵
                  欠田中太郎

                  ○主人
                  ○小畑久五郎
            以上〆拾壱人
 一、東軒洋ニ命スルコト
○下略


(エドガー・ジェー・ヘルムズ)書翰 渋沢栄一宛一九二六年一〇月一八日(DK390216k-0005)
第39巻 p.389-392 ページ画像

(エドガー・ジェー・ヘルムズ)書翰 渋沢栄一宛一九二六年一〇月一八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
 - 第39巻 p.390 -ページ画像 
         DOLLAR STEAMSHIP LINE
        ORIENT AND ROUND THE WORLD
                       ON BOARD
                    S.S. PRESIDENT MONROE
                       Oct. 18, '26
Vicompte Shibusawa
  Tokyo Japan
  Dear Sir ―― In one of our interviews you requested that I write you suggestions concerning your charities and their relation to our Goodwill Industries. While in Japan I was so busy with travels, speeches and interviews that I had no time. On this rough Yellow Sea, I will try to redeem this promise before I reach Shanghai China.
  I am delighted with what I found in your noble and excellent work. So far as I can see it squares well with the best sentiment of Christianity and meets the requirements of scientific charity. However well conceived all charitable work is limited by the ideals and character of its agents ― "better a crust with love than a bountiful repast without sympathetic understanding."
  We cannot purchase love at any wage but we can develop ideals in our employees, and seek to bring them into conscious fellowship with our Father the source of all love and goodwill. So long as we have old and crippled and mentally deranged people so long must there be help. But the best help is the help that helps people to help themselves. Better than charity is a chance to self-help.
  This the Goodwill Industries afford. We train the handicapped and put an opportunity for self-help in their way. The wages of the worker makes the amount of cash subsidy necessary very much less; and the happiness of the person helped in greatly enhanced. In the U.S. we make the wages of the poor to pay about 90% of the amount they receive. In the process of converting waste materials into use we teach 14 trades.
  Japan is not so wasteful as in America. There will therefore less contributions of cast-off materials. But there is some that could be well used. Moreover new articles could be made that would not conflict with regular trade. While in Tokyo I found there was a general concensus of opinion that the Goodwill work ought to be connected with the work of Rev. Dr. Price of the Canadian Methodist Church who is giving much attention to the poor. His assistant is going to America for study next year. A word and a little help from you might induce him to study in Boston University where he would have opportunity to study the Goodwill work along with his academic studies. Perhaps he could introduce this scientific work of
 - 第39巻 p.391 -ページ画像 
 Goodwill in your city.
  I find the people of Osaka, Kobe and Seoul feel it ought to become a part of their work.
  In Kumamoto Rev. Dr. D. S. Spencer who has the needs of the unfortunate Tsuhaisha《(Suiheisha)》at heart has already called a group of these people together and they have planned to use some features of our Goodwill program for their uplift.
  I wish you would encourage Dr. Spencer by writing him a note of encouragement. I can readily ask you to do this for no one who has helped the unfortunate as you have done all these years, recognizing them as your brothers because the Good God is Father of us all, but will want to help a man like Dr. Spencer who is taking to his heart the making of good people and useful citizens those who have so long been misunderstood and despised.
  I have ordered sent to you from America some papers and two books that quite fully explains our work. I hope Mr. Obata can bring to you their essence and spirit.
  I am deeply grateful for your many courtesies. I shall have opportunity to tell all over America these noble things that you are doing and have done and I will do so.
  May our loving heavenly Father continue to bless you with all good things for soul and body.
                Yours sincerely,
                 (Signed) E.J. Helms
(右訳文)
                (栄一鉛筆)
                十五年十一月十八日一覧
                早々回答案取調可申事
 東京市           (十月廿五日入手)
  渋沢子爵閣下
       大統領モンロー号にて、一九二六年十月十八日
                  イー・ジエー・ヘルムス
拝啓、益御清適奉賀候、然ば過般屡拝顔仕候節、閣下の慈善事業に付且又小生等経営のグドウヰル・インダストリーとの関係に付、卑見拝陳致候様被申聞候処、小生の日本滞在中は旅行・演説・会見等の為め多忙を極め候為め其機を不得遺憾千万に候、只今黄海を航行中に有之波浪高くは候得共上海到着迄に此約束を相果し度と存候
小生は閣下の崇高にして優れたる御事業に歴々たる御精神を視て頗る欣快を覚え候、小生の視察せる限りに於ては、右は基督教の精神に適合し、科学的慈善の要求する処に合致致し居り候、慈善事業の施設が如何完備するとも問題とするに足らず、要は従事する人の理想、人格の如何に有之候、即ち「豊富なる饗宴も同情の籠れる理解なき限り、愛を伴へる一塊のパンに劣るものなり」此愛情を金銭で購ふことは如何なる報酬を以てするも不可能に候得共、従業者の理想を向上せしめ
 - 第39巻 p.392 -ページ画像 
愛と善意の源泉たる神と共に在ることを自覚せしむる事は不可能には無之と存候、世に老人・不具者・精神薄弱者のある限り救助の必要有之候、乍併最良の救助は自助自立を可能ならしむることに御座候、即ち彼等に自助の機会を与ふるは慈善に優る次第に御座候
右はグド・ウヰル・インダストリの経営により感得したるものにて、小生等は落伍者を訓練して之れにその自助の機会を与へ居候、従業者の受くる賃金は補助金となり、必然的に補助額は軽減せられ候、而かも斯くて救助せられし人の幸福は(恵みを受けたるにあらずして自ら働いたものゝ報酬を得るから)非常に大なるもの有之候、米国に於て小生等は此等不幸なる収容者に対し、賃金としてその働きによつて受くべき金額の約九割を支給致居候、又先般拝光の節も申上候通り、収容者をして廃物を改造修理せしめ、使用に堪ゆるまでに為致居候処、其方法に就ても十四の異れる職業を教へ居候
日本には米国に於けるが如く多量の廃物無之候間、廃物の寄附は比較的小量と存候、乍併寄附品中には其儘利用し得るものは幾分か有之と存候、加之一般商業と抵触せざる新商品を製作すること不可能に無之候
東京滞在中一般の意見が小生等のグド・ウヰル事業を、加奈□《(陀)》メソヂスト教会の宣教師プライス博士の事業と提携せしむべきに一致せることを承知致候、同博士は貧民に対し多大の注意を払ひ居候、博士の助手は明年研究の為め米国へ参る事と相成り居候処、若し閣下より御言葉と多少之御援助を賜らば、同人がボストン大学に於て研究することと可相成候、かくして同人は学校に於ける研究の傍ら、グド・ウヰル事業に付研究し得る次第に御座候、而して同氏は将来科学的グド・ウヰル事業を東京市に紹介するを可得と存候
大阪・神戸・京城の人々も、グド・ウヰル事業を彼等の事業の一部分に取入るゝ必要有之候事を感居候義を観取致候
熊本に於て不幸なる水平社救済の必要を衷心より感じ居候宣教師デイエス・スペンサー博士は、已に此等の人々を集め、その向上を計る為めに小生等のグド・ウヰル事業の一部を採用致候計画を樹て居候
スペンサー博士に対し一書を御認め被下、御激励被下候はゞ難有奉存候、小生が無造作に斯く申上候は、不幸なる人々を人類は総て神を父とする故に同胞兄弟と認め、此人々の為めに永年尽力せられし人は閣下を措いて他に無之故に御座候、スペンサア博士は、永く誤解せられ侮辱せられたる此等の人々を、善良な人間とし役に立つ市民と為す事を期し居候に付、同博士の如き人を御援助被下べきを信ずるが故に候
私共の事業を充分説明するに足るべき米国の新聞紙及び書籍二冊を閣下に送附致すべき事を米国へ命じ置き候、その要領及び精神は小畑氏に於て説明申上げ候事と存候
閣下の多くの御厚意に対して深く感佩罷在候、閣下が現に従事せらるる又過去に於て成就せられたる尊敬すべき御事業に就ては、小生は全米国に之れを報道する機会可有之と存候と共に、是非小生は実行可致期居候、恵み深き天父は精神・肉体両方面のあらゆる幸福を、閣下に恵まるゝ事を衷心より祈候 敬具

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渋沢栄一書翰控 エドガー・ジェー・ヘルムズ宛 昭和二年一月二九日(DK390216k-0006)
第39巻 p.393 ページ画像

渋沢栄一書翰控 エドガー・ジェー・ヘルムズ宛昭和二年一月二九日
                  (渋沢子爵家所蔵)
             (栄一鉛筆)
             昭和二年一月廿五日一覧
    案
 マサチユーセッッ州、ボストン市
 シヨウマツト街八九
  イー・ジエー・ヘルムス殿
                   東京 渋沢栄一
拝啓、益御清適奉賀候、然ば昨年御来遊中東京市養育院御視察の結果に付、御旅行中御多忙なるにも拘らず御懇切なる御回示に接し、感謝惜く能はざる次第に御座候、只職員及取締上に関し過当の御賞讚を賜り候は寧ろ恐縮に存候、乍去親切懇篤を以て事業経営の基本と致居候義を、貴台の如き博識練達の方の御承認を得たるは、老生の衷心より本懐とする処に御座候
此種事業が愛に依らざれば決して成功し得ざるは御高見の通りに御座候得共、又愛に偏する為め稍もすれば惰民養成に陥るの悪例稀有とは申兼候、依て老生は愛を以てして愛に偏せず、冀くは中庸を得んと不及ながら期念罷在候得共、尚未だ所期を達すること遠く、常に焦心致居候、然るに貴台御経営のグド・ウヰル・インダストリーは全く此精神を基礎とし、而も人と物とに付徹底的に廃物利用を実行せらるゝものと諒解致、真に感服致候、就て慣習を異にする我邦に於ては、御経営を其儘に実行致兼点も有之候様哉と存候得共、換骨奪胎の法もがなと考慮致居候
御事業に関する貴著一部並に雑誌「グド・ウヰル」二部御送附被下、確かに落手致候、至急翻訳せしめ拝読仕度と楽しみ居候
小生が五十有余年間、東京市養育院に関係致候を珍重せられ、同事業の過去及現在に関し貴国の各種社会事業団体に御披露可被下趣拝承、御芳志真に拝謝の至に御座候得共、経営至つて微々たるを省み却て赧顔の至に御座候、右遷延ながら拝復旁得貴意度如此御座候 敬具
   ○右英文書翰ハ昭和二年一月二十九日付ニテ発送セラレタリ。