デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
7節 其他ノ資料
3款 其他外国関係資料
■綱文

第40巻 p.502-504(DK400149k) ページ画像

大正6年10月(1917年)

是月発行ノ「竜門雑誌」第三五三号ニ、栄一ガ雑
 - 第40巻 p.503 -ページ画像 
誌"New East"ニ寄稿セル英文『世界平和ノ基礎』ト題スル論説ノ原文掲載セラル。


■資料

竜門雑誌 第三五三号・第三五―三六頁大正六年一〇月 ○世界平和の基礎 青淵先生(DK400149k-0001)
第40巻 p.503-504 ページ画像

竜門雑誌  第三五三号・第三五―三六頁大正六年一〇月
   ○世界平和の基礎
                     青淵先生
 本篇は「新東洋」(New East)記者ロバアトソン・スコツト氏の依頼により青淵先生の披瀝せられたる所感の原文にして、其寄書せられたるは右の英訳なり(編者識)
 今回の欧洲戦乱が斯の如く長期に亘りて継続すべしとは神ならぬ身の何人も思ひ及ぼさゞる所であつた。殊に余輩は平素世界の無事安寧を企望する念の厚きところから、必ず数月間にて平和の議が成立するであらうと予想した。英国が独逸に向つて宣戦を公布したる当時に於て、陸軍元帥故キチナア卿が此戦争の終局までには少なくとも三ケ年を要すと云はれたのは、当時先余輩をして余りに長い期間を予想したものであると思はしめた。
 然るに今日となりては満三ケ年の時日は既に経過し去つて、然かも戦塵は未だ容易に収まるの気色なきは勿論、寧ろ戦局は愈々拡大し、米国までも其渦中に投じ、欧洲に於ける戦争の惨禍は益々悽愴の状態を加へつゝある。
 凡そ事物は其発作の場合には、総じて人心も緊張し、百事の行動真面目なるも、時の経過と共に当初の覚悟追々に減却し、従つて事情の変化を生ずるは人情の弱点にして、何れの国人も免かれざるものであるから、欧洲各国現在の有様も如何あるか詳知し得ぬけれども、現に我邦の国民中にも、三年以前に於て独澳に対して宣戦の公布ありし当時と、同一の精神を把持し居るや否やと云ふことを疑問とせざるを得ぬ向も見ゆるのである。
 言ふ迄もなく刻下の戦争は平和を愛する王道主義と、弱肉強食を旨とする侵略主義との衝突であつて、英国の決然奮起したのも、独逸が其初め局外中立地帯を無視し、白耳義に対して国際道徳を破壊するの振舞を為したるより、遂に戈を執るに至りし次第である。我が帝国の宣戦の挙も、要は正義人道を尊重するに在りて、殊に日英同盟の義を重んじ、且つ東洋の平和を維持するに外ならぬのである。
 戦争の終局は未だ逆睹すべからずと雖も、然かも今より甚だ遠からざるの将来に於て、平和克復の日を見るに至るべきを余は企望して居るのである。世間或は平和克復後に於ては、必ずや国際間の紛議が一掃せられて、真の安泰なる世界を現出するに至るべしと予想する者もあるが、余は決して、爾かく楽観を許るさゞるものと思ふて居る。何となれば仮令目下の大戦は或時期に於て終熄を告ぐるとも、列国間に尚ほ軍国主義・侵略政策を国是とする国が残存して居るならば、他日再び闘争惨劇を演出するに至るべきは、最も睹易き道理なるが故である。
 国際間に恒久的平和を樹立せんと欲するには、列国相互の間に道徳を尊重する観念が深厚でなければならない。而して国際関係を正義と
 - 第40巻 p.504 -ページ画像 
人道とによりて律せんとするには、仁愛忠恕を主義とする王道を以て国是とする国々が、満足の富強力を維持して他の国々をして之れに随従せしむるやうに努むるにあると思ふ。今や日英米の三国は共に聯合側の同盟国として、一致の態度を以て正義の為めに軍国主義と戦ひつつある。故に若し戦後に於ても此三国が互に相親睦協同して世界の平和に貢献するあらば、其団結の力はやがて恒久的平和を世界に現出せしめ得るであらうと信ずる。
 余は繰返して玆に言はんと欲す。曰く各国が唯だ自国の利のみを図りて他を顧みるなきに於ては、其極遂に奪はずんば飽かずと云ふことになつて、国際間の紛議は到底底止するの時機なきことを、余は世界平和の為めに、仁愛忠恕の道が国際間に遺憾なく実行せらるゝに至らんことを切望するものである。