デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
1節 儒教
17款 国訳論語ノ編訳
■綱文

第41巻 p.325-329(DK410082k) ページ画像

昭和2年12月7日(1927年)

是年、栄一米寿ニ達セルヲ以テ、竜門社ハソノ祝賀ニ就キ、是日第一回準備委員会ヲ第一銀行本店ニ開ク。席上、祝賀記念事業ノ一トシテ予ネテ斯文会ニテ編訳中ノ国訳論語ノ発行ヲ竜門社ニ於テ行ハントスル議アリ。後、斯文会ハ是ヲ容レ、発行ヲ竜門社ニ委セリ。著作権ハ斯文会是ヲ所有ス。


■資料

青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類 【青淵先生米寿祝賀第一回準備委員会(記録)】(DK410082k-0001)
第41巻 p.325-327 ページ画像

青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類        (財団法人竜門社所蔵)
    青淵先生米寿祝賀第一回準備委員会(記録)
  昭和二年十二月七日(水)午後三時より第一銀行本店会議室にて、青淵先生米寿祝賀第一回準備委員会を開く。出席者は阪谷男・穂積男・佐々木(勇)・植村・石井・木村・杉田・明石・佐々木(修)・増田の十氏である。阪谷男座長として会議は開かれた。
○上略
阪「○中略 それから之は申上げるが出来兼ることになつて居る。と云ふのは先生がかつて八十八歳になつたから何か紀念のものを知人に配り度いが、阪谷によい考へはないかと御相談があつた。故に私は先生が一方に実業、一方に論語を持つて立たれた関係を思ひ色々考へた末、今日では論語を読む人が非常に少くなつて居るから、之れを読ませるやうにしやうとすれば国訳にする必要がある。此の国訳はなかなか漢学者の間でも難しい仕事となつて居るが、前に論語年譜を作製して学界に貢献したから、今度は一般向のものを作つてもよからう、彼のバイブルはラテン語の難解なものであつたのを英語に訳して広く読まれるやうになつたのであるから、其の実行は意義のあることと考へた。従つて私は早速此事を斯文会へ話した処「中々難しいから三年や四年では出来ぬ。仁と云ふ字の解釈さへまだ定つたものがないから」と服部博士が云ふ。斯くて色々議論した末「古来からの学者がどう論語を読んだか華山はこう闇斎は斯くの如く読んだとしてそれを集め、最もよい読方に従つて国訳すると云ふことにすれば一年位で出来るが註でもつけると十年かゝつても困難である」と服部君が申して居りましたが、之れでも昭和の年に学者が集
 - 第41巻 p.326 -ページ画像 
つて此仕事をしたと云ふことになれば大いに意義がある、そして同じことでも渋沢がやり阪谷がやつたのでは権威がない、其処で斯文会の方では既に予算七千円を計上し、三人程学校に勤めて居た人をよさせて、来年三月までに終らせる積りでやつて居ります。之れは私が青淵先生の仕事としてやらうとしたものが斯文会の仕事となつてしまつたものであるから、私は之れを出版し、広く国民に読ませるに就て先生がお加りになるか、竜門社が印刷費を持つかしたらどうであらうと思ふ。勿論御参考までにお話したのであるが、さきに論語年譜を作製した関係からも之を竜門社が世間へ発表することはふさはしい紀念事業であらうと考へます。」
○中略
穂「私は国訳論語は非常によいと思ひます。並製なら安価に出来ませう」
明「二松学舎で出した子爵の論語講義も同時にやれぬでせうか」
穂「先生の呼吸があれにどれ程かゝつて居ませうか」
増「あれは尾立維新さんが先生の許を得て書かれたので先生の呼吸はあまりこもつて居ません」
明「子爵が何時か、あれは少しはづかしいが、と云はれました」
佐「私は寧ろ、実業の世界へ出た子爵の実験論語などの方が全くのお話でよいかと思ひますが」
増「あれは全く記者が聞いて書いたものであります」
穂「斯文会の論語の国訳は非常によいから、子爵へも差上げ又一般へも売出してよいと思はれます」
阪「兎に角昭和時代の学者が寄つて此読方が正しいと、太鼓判を押すのであるから、例へ多少の間違があつたとしても立派なものです」
佐(勇)「それを竜門社で印刷費を持つことにして発行する訳に行きませんか、実によい紀念品である。」
○下略
  ○欄外ニ(明六)(穂積)(白石)ノ押印アリ。

    第二回青淵先生米寿祝賀準備委員会 明六
  昭和三年一月十九日午後四時より第一銀行会議室にて、第二回青淵先生米寿祝賀準備委員会を開く、出席者は阪谷・佐々木(勇)・穂積・石井・杉田・明石・木村・佐々木(修)・増田・渡辺・白石の十一氏である。先づ阪谷男爵座長として会議に移る。
○上略
阪「次に国訳論語のことでありますが、前回の会が終ると直ぐ服部宇之吉博士に書面を出しました。すると其事に関して一月十三日同博士が日本倶楽部へ訪ねて来ての話に、理事会を開いた結果、竜門社のお申込に応ずると云ふことになり、稿を急いで四月か五月かの祝賀会に間に合ふやうに編纂を切上げるやうにすると云ふのです。そして先方が見積らせた印刷費は、ポケツト型で千部、上製八百円、並製一万部、三千八百円と云ふことであります。その他の費用としては編纂費が六千円かゝつて居るが、斯文会の理事会では、外なら
 - 第41巻 p.327 -ページ画像 
ぬ青淵先生の御事であるから編纂費は斯文会で持ちますが、ただ此仕事にかゝる時、青淵先生の方で論語文庫の関係上、之を全国の小学校へ配布しやうとの事であつた。処が斯文会では全国何万かの小学校へ国訳論語を寄附することは出来ないので、国訳にかゝる時、理事がお約束申したのではないけれども、先生の方でそんな事は君等の方で心配しなくてもよいとのお言葉もありました。旁全国の小学校へは先生のお手許金か或は寄附金で寄附する考へでありました従つて竜門社で出版の方を御引受下さるのでしたら何処へどう御配布になつてもよろしいが、全国の小学校だけへは全部配りたいのです。此一つの条件は御聞き入れ願ひ度いと云ふのです。又版権はどうしたらよいかと聞いたから、竜門社はいらぬ。竜門社は斯文会で出来たものを、青淵先生米寿の記念として出版したいのであるから後々のことは斯文会の便利なやうにしたらよろしい。たゞ書物の初めに青淵先生の記念出版物である旨を書き度い、と申しましたら、内容をかへられては困るがそれは何等差支ない。若しそれでお話が纏まれば条件其他の覚書を一応廻して下さい、さすれば理事会へかけて苦情の起らぬやうに致しますと云ふのです。扨て之に対する私の考へは小学校全部へ寄附するのには相当費用がかゝるけれどもさうした方がよい。又斯文会で編纂費六千円もかけたものを竜門社が出版して少しもお礼をせぬのは余り虫がよすぎるから、此のお礼をするか、或は直接のお礼の代りに聖堂復興の方へ五・六千円の寄附をするか、何れかにしたらと思ふがと云ひ、それは委員会の後で何れか返事をすると云ふので別れて居ります。故に印刷の費用は竜門社で持ち、編纂費は黙つて居ても斯文会は請求はしない、然し下さるなら断はらぬと云ふ風らしい、たゞ気の毒だから寄附したらと私は考へて居るのであります」
佐々木(勇)「斯文会に対するお礼の方は何れとしても、小学校へ配るのは青淵先生の為めに是非費用がかゝつてもやり度い。竜門社として寄附するのが大変よいことだと思はれます」
木村「私もそれは是非やり度いと存じます」
石井「それで竜門社の経済はどうなつて居りますか」
増田「竜門社の経済としては現在基本金が十二万六千円、積立金が十万円ありますから」
佐々木(勇)「青淵先生の米寿をお祝すると云ふことは竜門社にとつて実に芽出度い限りであります。斯う云ふ時こそ金を使ふのがよいと思ひます」
阪谷「竜門社の金は減つてもやつた方がよい。二万五千円使つてもよいではないか」
佐々木(勇)「斯文会へたゞもどうかと思はれる」
阪谷「お礼はやつてもどうでもよいが、それは増田君が服部さんと話合つて下さい。そして竜門社としてはお願ひ致しますが、覚書はどう書いたらよろしいかを打合せて下さい――さうすると今日の打合せで記念物の方は済んだ訳です」
○下略

 - 第41巻 p.328 -ページ画像 

(増田明六)日誌 昭和三年(DK410082k-0002)
第41巻 p.328 ページ画像

(増田明六)日誌  昭和三年       (増田正純氏所蔵)
二月二日 木 晴                 出勤
○上略
午後一時帝国大学御殿に服部宇之吉博士を訪問した○中略
服部博士訪問の要件ハ斯文会ニて編纂せる国訳論語の発行を竜門社ニ与へられたしとの希望を持込んだのであつたが、博士は快く之を容れ何れ来五日の理事会ニ附議決定の上回答すべしとの挨拶であつた
事務処ニ出勤の後、明石氏を第一銀行ニ往訪して右服部博士との協議事項を報告した、同意を得た
○下略
二月三日 金 晴                 出勤
○上略
午後阪谷男爵を日本倶楽部に訪ね、竜門社青淵先生米寿記念会事業の一である国訳論語発行の件ニ付き種々意見を聴取した
○下略


青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類 【青淵先生米寿祝賀第三回準備委員会(要領筆記)】(DK410082k-0003)
第41巻 p.328 ページ画像

青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類        (財団法人竜門社所蔵)
    青淵先生米寿祝賀第三回準備委員会(要領筆記)明六
  二月八日午後四時より東京銀行倶楽部に於て、第三回青淵先生米寿祝賀準備委員会を開く。出席者は阪谷男・佐々木(勇)・植村・石井・杉田・明石・佐々木(修)・増田・渡辺・白石の十氏である
○上略
阪谷「第二の国訳論語に就ては増田君から報告願ひます」
増田「阪谷男の御話によりまして服部博士と別紙のやうな覚書を交換する約束致しました。斯文会でも此覚書の各項を理事会にかけて承認した訳であります○下略」


青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類 【覚書】(DK410082k-0004)
第41巻 p.328-329 ページ画像

青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類        (財団法人竜門社所蔵)
    覚書
今般財団法人竜門社ニ於テ渋沢子爵米寿記念事業トシテ、財団法人斯文会ニ於テ編訳スル国訳論語ヲ発行スルニ付、両者間ニ申合ハセタル事項左ノ如シ
一、版権所有者ハ財団法人斯文会ナルコト
二、編訳者ハ財団法人斯文会ナルコト
三、発行者ハ財団法人竜門社代表者男爵阪谷芳郎トスルコト
四、発行所ハ財団法人竜門社トスルコト
五、発行年月日ハ財団法人竜門社ノ渋沢子爵米寿祝賀会ノ日トスルコト
六、前項三、四、五ニ依リ発行スル同書ハ、予メ定メタル冊数(竜門社会員及全国小学校及其他ヘ頒布ノ分)ニ限ルコト、故ニ夫レ以外ノ分ハ財団法人斯文会ノ発行トスルコト
七、印刷者及印刷所ハ印刷製本代見積ノ関係モアリ後日ノ協議トナスコト
 - 第41巻 p.329 -ページ画像 
八、製本体裁ハ財団法人斯文会ニ一任スルコト
九、紙型ハ財団法人竜門社ニテ調製シ、之ヲ斯文会ノ所有トスルコト
十、財団法人斯文会ニ於テ献納スル天覧台覧ノ特製本ハ、同会ノ定ムル所ニ依リ財団法人竜門社ニテ調製費ヲ負担スルコト
十一、財団法人竜門社ニ於テ全国ノ小学校ヘ一冊ツヽ寄贈スルコト、其製本代及ヒ之カ送附ニ関スル費用ハ同社ノ負担トスルコト
十二、財団法人竜門社ニ於テ発行スル分ニハ、其巻首ニ同社カ渋沢子爵米寿祝賀会ノ為メ発行スル旨趣ヲ述ヘルコト
十三、本書印刷ノ校正ハ財団法人斯文会ニ於テ引受クルコト
十四、財団法人斯文会ハ財団法人竜門社ノ此趣旨ヲ賛シ、同社ノ渋沢子爵米寿祝賀会ノ日(凡四月下旬ノ予定)マテニ所要ノ冊数ヲ完成スル様、編訳・校正等ヲ急クコト
以上ノ各項相違無之、依テ覚書二通ヲ作リ各一通ヲ保有スルモノナリ
  昭和三年二月 日
                 財団法人斯文会代表
                     服部宇之吉
                 財団法人竜門社代表
                   男爵阪谷芳郎


青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類 【(別筆) 第四回 青淵先生米寿祝賀準備報告評議員会】(DK410082k-0005)
第41巻 p.329 ページ画像

青淵先生米寿祝賀ニ関スル書類       (財団法人竜門社所蔵)
    (別筆)
    第四回 青淵先生米寿祝賀準備報告評議員会明六
  昭和三年三月廿六日午後四時より第一銀行会議室にて、青淵先生米寿祝賀準備報告評議員会を開く、出席者は阪谷男爵・佐々木勇之助氏・白石元治郎氏・石井健吾氏・杉田富氏・永田甚之助氏・利倉久吉氏・麻生正蔵氏・田中栄八郎氏・渋沢正雄氏・明石照男氏・木村雄次郎氏・清水一雄氏・佐々木修二郎氏・増田明六氏・渡辺得男氏にて、阪谷理事長座長として開会す。
○上略
阪谷「尚ほ斯文会から国訳論語の外に漢文のものを斯文会の会員と、全国の中学校へ寄贈して欲しいと注文がありました。之れは訓点を施したものです。で之れが費用はかねて斯文会へ編纂費を出さねばならぬと考へて居たので、其の意味を向うへ通じてあります先方では特に欲しいと云はず、たゞ青淵先生のお為めになれば結構ですと申して居りますが、何れ知らぬ顔は出来ますまいから、此の追加寄贈両方の費用約二千八百円となります。実は話が前後しますが、私は編纂費七千円余に対し竜門社で聖堂復興費か何かに寄附した方がよいと考へて居りましたから、此費用二千八百円とし、それで減額するのもおかしいが、それ以外のお礼としての寄附を五千円か三千円位したらどうかと思ひます。従つて訓点のある論語を斯文会員と中学校へ寄贈することを御承引願ひます」
石井「乙夜の覧に供するものには緒言はつきませんネ」
増田「は入りません、青淵先生米寿記念のことは凡例の中に書いてありますから」
○下略