デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
5款 財団法人修養団後援会
■綱文

第44巻 p.12-17(DK440004k) ページ画像

大正15年2月8日(1926年)

是日、日本工業倶楽部ニ於テ、当後援会委員会開カル。栄一出席シテ、修養団事業報告及ビ当後援会資金支出方ニ就キ協議ヲナシ、更ニ当後援会委員長森村開作外遊中、委員長代理ノ依嘱ヲ受諾ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一五年(DK440004k-0001)
第44巻 p.12-13 ページ画像

渋沢栄一日記  大正一五年         (渋沢子爵家所蔵)
一月九日 雪後晴 寒
○上略
三菱会社ニ抵リ青木菊雄氏ニ面会シテ修養団ヘノ寄附金ヲ依頼シ、本年分ヨリ年額壱万円五ケ年即金額五万円ヲ後援会ヘ寄附スル旨確答ヲ得タリ○下略
  ○中略。
一月十五日 曇 寒
午前七時起床入浴朝食例ノ如クシテ○中略蓮沼門三・瓜生喜三郎二氏来訪、修養団ノ近況ヲ聴取ス○下略
  ○中略。
一月二十九日 晴 寒
 - 第44巻 p.13 -ページ画像 
午前七時起床入浴朝飧畢テ修養団瓜生喜三郎氏来訪、田端ニアル本団所有ノ家屋ニ付有馬浅雄氏ニ会見協議ノ事ヲ注意ス○下略
  ○中略。
一月三十一日 晴 寒
○上略 朝飧例ノ如ク○中略有馬浅雄氏来訪ス、田端ニ於ル土地ニ付テ修養団ヨリ依頼アリシ事ヲ榎本町長ニ伝言セシム○下略
  ○中略。
三月三日 晴 寒
○上略
(欄外)
 [渡辺得男来ル、修養団ニ関スル談話ヲ為ス


財団法人修養団後援会書類(DK440004k-0002)
第44巻 p.13 ページ画像

財団法人修養団後援会書類          (渋沢子爵家所蔵)
      (別筆朱書)
      大正十五年二月二日
            修養団団長    平沼騏一郎
            同団顧問     渋沢栄一  氏来状
            同団後援会委員長 森村開作
拝啓、益々御清適奉賀上候
扨て来る二月八日午前十一時半より工業倶楽部に於て、修養団後援会委員会開催致候間、御繁用中とは存じ候へども御繰合せ御出席被成下度此段得貴意候 敬具
  三月二日          修養団長 平沼騏一郎
                  顧問 渋沢栄一
              後援会委員長 森村開作
    渋沢栄一殿

      協議事項
 一事業報告ノ件
 一本会資金支出ノ件
 一委員長外遊中代理依嘱ノ件


集会日時通知表 大正一五年(DK440004k-0003)
第44巻 p.13 ページ画像

集会日時通知表  大正一五年        (渋沢子爵家所蔵)
二月八日 月 午前十一時半 修養団後援会 (日本工業クラブ)


竜門雑誌 第四五〇号・第八一頁大正一五年三月 青淵先生動静大要(DK440004k-0004)
第44巻 p.13 ページ画像

竜門雑誌  第四五〇号・第八一頁大正一五年三月
    青淵先生動静大要
      二月中
八日 修養団後援会 (日本工業倶楽部)○下略


向上 第二〇巻第三号・第三八―四〇頁大正一五年三月 後援会委員会(DK440004k-0005)
第44巻 p.13-16 ページ画像

向上  第二〇巻第三号・第三八―四〇頁大正一五年三月
    後援会委員会
 大正十五年二月八日午前十一時半より日本工業倶楽部に於て第三回委員会を開催いたしました。当日出席された方は、顧問渋沢子爵、同委員長森村男爵、平沼団長、蓮沼主幹、宮田・二木両理事、服部・津崎両委員、瓜生主事、増田幹事の諸氏でありました。定刻平沼団長が
 - 第44巻 p.14 -ページ画像 
議長席に着かれ、開会の挨拶をなしたる後直ちに議事に就き審議する事となりました。
  第一、委員長外遊中代理者依嘱の件
議長「今回森村委員長には南洋方面に御旅行なされるので暫く御留守となりますので、御留守中委員長の職務を委員の何誰かに御願致したいと思ひます。」
森村顧問「御迷惑でも渋沢子爵に御願致したいと思ひます。」(満場賛成)
議長「子爵には御老体の所、誠に恐縮に存じますが、何分お願ひ致します。」
渋沢顧問「承知致しました。森村委員長が御留守中私が御引受致します」と一同に就任の御挨拶があつて後「三井の団氏、安田の結城氏大倉は喜七郎氏に後援会の件篤と御依頼してあるから蓮沼・瓜生両君で至急訪問せられたい。先方にも其内幹部の者を伺はせるから能く団の事情を聴取つて欲しいと申してある」との御報告があつた。
団長「渋沢子爵が御引受け下さつて誠に有がたう御座います。何分宜敷御願ひ致します。是より事業の報告に移ります。」
  第二、事業報告の件
団長「蓮沼主幹に最近に於ける講習会の状況を極く簡単に報告して頂きたいと思ひます。」
蓮沼主幹「私は引続き旅行のみいたして居りますので思ひ乍らも皆さまに失礼いたして居ります。渋沢子爵には御繁忙の御身を以て絶えず本団の為めに御心配下され、過日は出張先に迄御激励之御書面を頂き感激に堪へません。」と挨拶を述べ次に
 「兵庫県に於ける奥様講習会の状況」並に九州に於て共産主義の急先鋒とも目され、農村青年を煽動して小作争議を起すなど常に左傾思想の宣伝に生命を堵して活躍しつゝありし一青年が、本団講習会に於て更生せし実例を挙げて一同を驚嘆せしめ、猶ほ福岡県に於ける市支部並に県聯合会の発会等に関して詳細に報告された。
団長「宮田常務理事に会計の報告を願ひます。」
渋沢顧問「会館寄附金の申込総額は何程で、未払込は猶ほ何程ありますか。」
宮田理事「申込総額は十五万余円で、未払込が参万余円あります。」
渋沢子爵「会館に支払つた金は何程ですか。」
宮田理事「拾万円であります。内四万円は両顧問から御立替を願ひ、寄附金中よりは六万円支払ひました。其他は会館の一部として浅草に建築した団員宿泊所及道場是れは震火災で焼失いたしました。又田端工場や、村松・佐藤への貸付もあり、猶ほ本部へも立替金となつて居ります。」
 渋沢顧問、田端工場善後処置に関する経過並に今後の方針等に就き縷々説明され、後ち「会館に支払ふべき残額並に将来会館維持等に要する費用は何程要する見込なりやと」質問された。
宮田理事「会館は全部完成するには二十万円を要します。夫れ故残額は拾万円あります。住友・三菱両家から頂いた本年度分を支出して
 - 第44巻 p.15 -ページ画像 
も猶ほ八万円不足となり、それに両顧問よりの御立替金を加へますと十二万円至急入用な訳けであります。又会館竣成後は維持費も中中重む事となりますので、年々三万五千円位は本年度分よりも膨張するであろうと思ひます。」
渋沢顧問「会館に拾余万の金を要し、更に年々参万五千円を産み出すには、基金として五十万円を要する事となるので中々客易の事ではありません。基金は可成多い事を望みますが、一方団の経営に当られる理事者としては、独立して経営の立ち行く様充分計画を立てゝ頂きたい。後援会の資金は団の特別なる事業に支出し、日々の経常費とは区別して置きたいと思ふ。」
団長「修養団の事業として今日最も力を注がねばならぬ事は講習会である。それには講師其人を得ると云ふ事が容易の事でない。而し現状の儘ではならぬ故どうしても講師を増さねばならぬ、講師を増すには第一金を要するので此の点は後援会に援助を願はねばならぬのであります。
 猶ほ後援会の資金の支出に就て渋沢子爵からもお話がありましたが此の件に就て本日御協議を願ひたいのであります。」
  第三、後援会の資金支出に関する件
団長「第一に後援会の資金中より金壱万円也、会館建築費として支出せられたい事であります。
 実は一月末に於て、住友合資会社より寄附された壱万円を建築費用の為め、委員長の了解を得て一時借入の上支払ました。是れは後援会の規定に依り委員会の決議を経て支出する事になつて居りますので、今日皆さまの御承認を願ひたいと思ひます。」
   満場異議なく承認
団長「第二に後援会の経費の支出に関する規程も定めて置きたいと思ひます。私にしても宮田・二木両君にしても何時迄其職に在り得るか計り知れぬのであります。依つて将来の為め方針を定めて置きたいと思ひます。」
渋沢顧問「至極団長の御提案に賛成いたします。」
   各委員も賛成
宮田理事「後援会経費支出規程を大体こんな事に定めてはどうかと思つて作つて見ました。」
      後援会経費支出規程
 一、後援会ノ経費ハ凡テ募集資金中ヨリ之ヲ支出スルモノトス
 二、後援会ノ経費ハ毎年三月十五日マデニ主事之ガ予算案ヲ作成シ委員長ノ承認ヲ経ルヲ要ス
 三、後援会ノ予算外経費ハ委員会ノ決議ヲ以テ特ニ追加支出ヲナシ得ルモノトス
 四、後援会ノ会計ハ委員長之ヲ処理ス
 五、主事ハ毎年四月十五日マデニ前年度ノ決算表ヲ作リ委員会ニ提出シテ其ノ承認ヲ経ルヲ要ス
        以上
渋沢顧問「至極結構と思ひます。」
 - 第44巻 p.16 -ページ画像 
   一同異議なく可決
宮田理事「後援会経費の予算を立てゝ見ました。今日は創立早々でありますから主事が独りで万事処理して居りますが、将来になつたら事務員も二人位必要となり、此等の人事費・慰労手当・旅費・印刷費・通信費・集会費・消耗費・諸雑費等計上致しますと月四百十円位掛る事となり一年には五千三百二十円を要する事となります。」
渋沢顧問「その位は掛りませう。」
蓮沼主幹「瓜生君は後援会の主事として先輩を歴訪して基金の増加を計るのみならず、修養団直接の事業にも絶えず尽力され、最近は中央融和事業協会の講習会を本団で引受けた関係上、其の計画に就ても奔走されて居る次第です。」
瓜生主事「後援会の経過報告は只今御手許に差上げて置きました印刷物の通りで御座います。申込人員は三十三名で申込総額は十一万四千円四百円であります。其中払込高は一万二百四十二円であります只今は維持会員の募集に全力を注いで居りますので、一般会員には十分手が尽せずに居ります。」
団長「是れで委員会を閉ぢます。皆様御苦労様で御座いました。」
 是より森村委員長の御配慮に依り一同午餐を共にし、二時過ぐる頃和気靄々裡に散会したのであつた。此日偶々上京中の下関支部長、本団評議員、藤井正一氏も来訪されたので一同と共に懇談するの機会を得た事は自他倶に喜びに堪へなかつた次第であります。



〔参考〕財団法人修養団後援会書類(DK440004k-0006)
第44巻 p.16-17 ページ画像

財団法人修養団後援会書類         (渋沢子爵家所蔵)

拝啓、益御清適奉賀候、然バ今般修養団ヨリ別紙ノ通リ請求有之候処元来本後援会寄附金ハ集ルニ従ヒ団ニ対シ支出可致義ニハ無之、今回ノ如ク必要アル毎ニ随時請求有之候ハ当ヲ得サル義トハ存候得共、団ニ於テ差迫リ支出之必要有之ヤニテ困惑致居候由ニ付、此際御応諾致候方ト存候処、可然哉、右ニ付テハ御評議願上度トハ存候得共、単ニ本件ノミニ付態々御集会相願候モ恐縮ト存ジ候間回議ニ付シ候次第ニ御座候、何分ノ御指示被下候ハヾ仕合ニ候 敬具
 尚将来ニ付テハ修養団ト協議シ適当ノ方法相講シ度ト存居候、為念申添候
  大正十五年三月六日
                修養団後援会委員長
                 男爵 森村開作代
                      渋沢栄一
      大橋新太郎殿
    男爵古河虎之助殿
      服部金太郎殿
    男爵中島久万吉殿
      増田義一殿
      清水釘吉殿
 - 第44巻 p.17 -ページ画像 
      矢野恒太殿
      津崎尚武殿
  ○別紙略ス。