デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
1款 日本女子大学校
■綱文

第44巻 p.714-718(DK440196k) ページ画像

昭和5年3月22日(1930年)

是日、当校第二十七回卒業式挙行セラル。栄一病気ノタメ出席スルヲ得ズ、渡辺得男ヲ派遣シテ祝辞ヲ代読セシム。


■資料

家庭週報 第一〇二三号 昭和五年三月二八日 記念すべき卒業式(DK440196k-0001)
第44巻 p.714-716 ページ画像

家庭週報 第一〇二三号 昭和五年三月二八日
    記念すべき卒業式
 日本女子大学校第二十七回卒業証書授与式は好晴に恵まれた三月二
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十二日午後一時半から講堂に於て厳かに挙行された。
 本年は特に高等学部第一回卒業生五十名を送る記念すべき卒業式である。先づ本校卒業生・高等学部卒業生・附属高女卒業生・豊明小学校卒業生・豊明幼稚園保育修了者等の入場に次で、
 文部大臣代理竜山督学官・母校評議員渋沢子爵代理渡辺得男・同男爵阪谷芳郎・同江口定条・来賓成瀬隆蔵・溝口禎次郎・篠田利英
の諸氏その他の来賓並びに父兄保証人・桜楓会員・若葉会員・本校教職員等併せて四百余名の着席があつた。
 定刻先づ「君が代」の奏楽に依つて開会され、直ちに証書授与の式に移つた。卒業生は家政学部百二十七名、国文学部六十一名、英文学部四十名、師範家政学部五十五名、社会事業学部女工保全科十二名、同児童保全科十名、高等学部文科三十八名、同理科十二名、高等女学校百名、豊明小学校四十八名、幼稚園修了者四十一名で、それぞれの総代に栄ある証書は授与せられた。次でいつも乍ら純真な幼稚園児童の唱歌が元気に歌はれると共に児童は其儘退場した。
 次で豊明小学校卒業生総代坂本和子・附属高女卒業生総代中桐花子高等学部卒業生総代山本礼・本校卒業生総代辻道子の順に何れも立派な態度で卒業の辞が朗読せられ、続いて麻生校長は卒業生に対する最後の告辞を述べられた。
 「本年の卒業式が例年と違ふ処は高等学部の卒業生に証書が授与された事である。証書が授与されたその事は別段に大した事ではないが今日貴女方を送り出すに至つた事に就ては私は深く喜び感謝して居るたま現在形に見る事は出来ないが創立者成瀬校長も亦天上からこれを眺めてどんなに悦んでゐて呉れるでありませう。同時に最初から本校の設立に多大の助力を給はつた評議議員各位の感慨は如何に深いものであるかを思つて真に感慨無量である、殊に財力上無力とされてゐる日本の女性としての桜楓会が貴女方のために六十万の献金をして呉れた事など、実に貴女方の上に降る祝福は豊かであると共に、貴女方に負はされた責任は重大である」
 と、先づ高等学部新卒業生に対する慈愛に充ち満ちた訓戒と、綜合大学第一回生たるべき此の人々に対する希望抱負を語られ、併せて本校卒業生に対しては「いま別段に新らしく申述べる事はないが、今日まで四年の間貴女方と共に考へ合つた事をもう一度短いケ条に纏めて繰返したい」と、細大十五ケ条に亘つて懇切涙ぐまるゝ迄に行届いた告辞を述べられた。
 右終つて豊明小学校卒業生の唱歌があり、次に来賓各位の祝辞として、先づ評議員阪谷男爵は「長い言葉と云ふものはとかく忘れ易いものであるが私は唯一言覚悟と云ふ短い言葉を皆様に記憶して置いて戴きたいと冒頭されて、古来日本女性の覚悟がどんなに男性を力づけ又多くの事を為さしめるのに役立つたかと言ふ事から、引いて文化の進展は女子教育を益々必要ならしめる、否寧ろ女子教育は国家の発展上の必須要件である、とも述べられ、昨秋京都で開催された汎大平洋会議で某米人が「女性が男性をリードするやうになる日も、さう遠くはないであらう」との意見を述べたのも強ち婦人に対する御世辞のみと
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は解されない。斯うした世紀に生れて高等の教育を受けられた皆様方の覚悟こそは社会・国家を引上げてゆく大きな力でなくてはならないとの意味を御述べになつた。
 次で評議員渋沢子爵のお代理渡辺氏からは「子爵はお風邪でこの式に列し得ない事を深く遺憾とされる」との御丁寧なお断りがあつて、特に子爵の御心を籠められた祝辞の御代読があり、続いて文部大臣の祝辞を竜山督学官が御代読になり、一同それぞれの胸底に何物かを深く印刻せられるのであつた。
 かくて高女卒業生の「卒業の歌」に次で、本校卒業生総代の謝辞、本校卒業生の唱歌があつて、四時半式は閉ぢられた。
 式後恒例の記念撮影も今年は朗かな陽の光りのうちに、一きわ明るく映像されたやうに感ぜられて嬉しかつた。


家庭週報 第一〇二三号 昭和五年三月二八日 祝辞 日本女子大学校評議員子爵渋沢栄一(DK440196k-0002)
第44巻 p.716-718 ページ画像

家庭週報 第一〇二三号 昭和五年三月二八日
    祝辞
               日本女子大学校評議員子爵渋沢栄一
 皆様は幾年間の勉学の功を積まれそれぞれの課程を終へ今日玆に卒業証書を受けられたことはまことにおめでたいことで、平素本校経理の事に与つてゐる私としても喜びに堪へません。
 それで一言お祝ひを申上げると共に聊か感想の一端をのべて皆様を送りたいと思ふのであります。
 皆様は皆様の努力と校長以下教職員諸氏の勤労とによつてそれぞれの課程を進む間に人として国民として又婦人としての教養を積まれました。皆様の中には、更に進んで学術の研究をお続けになる方もありませうし、社会に出て其の実務に当り又家庭に入つてこれ迄の勉学修養の効果を実際の生活に発揮される方もあるでありませう。其の孰れの場合に於てもこれ迄の勉学修養が基礎になり、其の力に支へられて始めて将来の成功も羸ち得られるのでありますから、あなた方の過去の努力はこゝに大なる役目をするわけでありますが、又皆様が折角築き上げた此の過去の基礎をしつかりとふみしめて、其の効果を将来の生活に発揮する事によつて、本校の教育が生きて来ると共に皆様のこれまでの努力も生きて来るのであります。
 つまり本校の教育を生かすか殺すかといふ事も、亦皆様の過去幾年の努力を生かすか殺すかといふ事も、すべて皆様のこれからの生活如何に繋つてゐるのであります。
 それ故に皆様のこれからの生活如何は本校の教育に対しても、ごめいめいの過去に対しても、実に重大なる責任を負ふてゐるわけであります。これを逆に申しますと本校の教育も皆様の過去も、皆様の将来の生活に対して重大な期待を懸けてゐるのであります。
 併し皆様の将来に期待をかけてゐるのは啻に本校の教育と皆様の過去のみではありませぬ。国家社会もまた大きな期待をあなた方に持つてゐるのであります。
 昨年中井上大蔵大臣、それから浜口総理大臣が親しく本校に臨んでその政治の精神政策の要旨を説明されると共に、皆様にも懇々と協力
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を依頼されたことはまだ御記憶に新たなことゝ思ひます。
 これは単に井上氏個人、浜口氏個人の依頼ではありませぬ、実に、わが現在の国家社会を代表しての依頼であつたと解しなくてはなりませぬ。
 皆様が既に御承知のとほり、我が現代は実に困難な時代であります思想上に政治上に経済上に社会上に幾多の困難が横つてゐて、国家をあげて苦しんでゐる時代であります。
 この困難な世局を打開してわが皇基を振起し、我が国勢の発展を新にし、以て宸襟を安んじ奉ると共に、国民を安泰ならしめる事は実に焦眉の急務であつて、国民一致の大努力を要する問題であります。
 この問題の解決に力を致すことにはその男たると女たるとの差別がありませぬ。
 男女の差別なく一個人の生活に於ても、家庭の生活に於ても、学校の研究に於ても、社会の実務に於ても、凡てそれぞれ分担しなければならぬ責任がそこにあるのであります。
 殊に皆様の如きこの点に十分の理解を持ち、これがために必要な教育を受けられた人に於ては、社会の指導的地位に立つて衆に率先して其の範を示すべき責任を更に荷うてゐられるのであります。
 私はこの点に於て国家社会と共に深く皆様に期待しなくてはなりませぬ。私は皆様の教育を生かし、十分に其の効力を発揮せしむべき要点が主としてこゝに在ると思ふのであります。
 唯こゝに一言を加へて置きたい事は、国家の事に当るのに男女の差別はない、皆様御婦人も男子と共に難局打開の為に力を尽さねばならぬと申しても、男子と同じ事をせよと要求するのではありませぬ。
 男子と共に協力一致して国家の為に尽すと云ふのは、婦人がどこまでも婦人としての立場に於てその特有の性能を発揮し、男子と相補つて全きを為すの意味であります。
 若し婦人が男子と全く同じ事を云ひ、同じことをするならば、男子だけで足りるのであつて、別に婦人なるものを要しませぬ。
 男子の持たない性能徳器を持ち男子のできない事を行ひ、男子では充たし得ない欠陥を充たす所に婦人の婦人たる意義と使命とが認められるのであります。
 男子との協力といふことも、人間としては同等の価値を持ち共通の理想精神を持ちながら而も全く違つた性質、徳能を持つて違つた働きをするからこそ始めて出来るのであります。
 我が国現代の悩みも男子のみの手で社会が経営されて、婦人の力を以て裨補矯正する事の少かつた為に起つた欠陥であるとも一面からはいふ事が出来るでありませう。
 この欠点を補ふべき婦人が変性婦人、似而非婦人であつてはなりませぬ。
 最も婦人らしい婦人、最もよく婦人の婦人たる美徳を発揮する婦人でなくてはなりませぬ。更につけ加へて申せばわが国家の要求する婦人は、わが固有の国民精神を其の特有の性能に従つて発揮する婦人でなくてはなりませぬ。
 - 第44巻 p.718 -ページ画像 
 本校は元来此の如き婦人を養成することを主義として立てられた学校なのでありますから、こゝに学ばれた皆様は既に十分この辺の事を会得されてゐる筈であります。
 皆様はどうかその会得された精神を以て、それぞれの立場から適切なる女性的貢献を国家に致されて社会の期待に応へると共に、本校の教育と皆様の之までの努力とを十分に生かし、其の効果を立派に挙げられるやう深く祈つて止まない次第であります。