デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
10款 第一女子商業学院
■綱文

第45巻 p.80-81(DK450028k) ページ画像

昭和4年7月6日(1929年)

是年四月、当校開校セラル。是日栄一、当校資金トシテ金千円ヲ寄付ス。


■資料

寄附金依頼ニ関スル来書 【(印刷物)第一女子商業学院設立趣意書 岡田朝太郎】(DK450028k-0001)
第45巻 p.80 ページ画像

寄附金依頼ニ関スル来書         (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
             (別筆)
             昭和四年七月六日 壱千円寄附
    第一女子商業学院設立趣意書
 輓近女性の社会的地位は著しく向上し、社会も亦之を認むるに至りたるは邦家の為詢に慶賀の至りに堪へず。之れ時勢の然らしむる所たらずんばあらず。
 抑々社会百般の事象は男女の共力に俟ちて始めて其の完きを期し得べし。入りて家庭に其の伝統の尊き使命を尽すと、出て新時代に処して社会生活の第一線に立つとは道各相異るべしと雖も、女性の天分を完うするの所以に至りては二者何れも一に帰すべく、若し之に欠くる所あらば、社会をして跛行的存在たらしむべし。女性の任務も実に重且つ大なりと謂はざるべからず、然るに現在女性に対する教育の施設に徴するに、其の人格陶冶の点に於て、新時代に処するの知識素養の点に於て充分ならざるは詢に遺憾に堪へざる所なり
 夫れ婦徳は以て家庭を美化し倫理化すると共に育児の鍵鑰たり、然るに他面変則なる社会の進歩は動もすれば徳操涵養を忘るゝが如き観あるは吾人の痛嘆に堪へざる所、徳操なき文化はたゞ砂上の楼閣に過ぎざるべし。
 思ふに時代は経済的知識を欠きて生活の倫理化並に理想化を行ひ得べきものにあらず。即ち一家の経済は国家社会経済の一連鎖たるを以て一般経済の知識を欠きて家庭経済を理解する能はざるが如く、家庭経済を離れて国家及社会的任務につく事も亦至難の業たればなり。吾曹玆に鑑みる所あり以て、時代の要求する経済的知識の普及を経となし徳操涵養を緯となし以て時代に応ずべき女子教育に任ぜんとす。
 之を要するに現代は過渡の時代にして社会百般の事象一として慎重なる考慮を要せざるものあらざるべしと雖も、吾人をして謂はしむれば女子の経済的知識並びに品性の陶冶を必要とすること今日に如くものなかるべし、而も一考を要するは世の指導者を以て任ずるもの往々にして現代を理解せす、或ものは旧慣を墨守して世相の進運に伴はす或ものは徒に新しきを追ふて浮華軽佻に流るゝ憂ひなしとせず、斯の如くんば重大なる転換期に処する女子をして其の帰趨に迷はしむるものにして吾人が第一女子商業学院を建設したる理由はこゝに存す。
 希くば吾人がこの衷情を諒とせられ、識者諸賢の御賛助を賜らんことを。
             学院長 法学博士 岡田朝太郎
 - 第45巻 p.81 -ページ画像 


諸会報告書(五) 【印刷物) 拝啓、時下益々御清穆の段大慶至極に存候 陳者先年来種々御高配に預り居候女子商業学校も…】(DK450028k-0002)
第45巻 p.81 ページ画像

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諸会報告書(五) 【厳寒の候愈々御清祥の段慶賀の至と存じます 扨て私は時代の趨勢に鑑みまして、今度同志と共に第一女子商業学院を創立致し…】(DK450028k-0003)
第45巻 p.81 ページ画像

諸会報告書(五)              (渋沢子爵家所蔵)
厳寒の候愈々御清祥の段慶賀の至と存じます
扨て私は時代の趨勢に鑑みまして、今度同志と共に第一女子商業学院を創立致し、不肖をも省みず其の学院長に就任致しました、就ては何卒御賛同御後援の程切に御願申ます
特に来る四月に入学せしむる生徒募集に関しましては、創立匆々の事でもありますから一層御力添へ下さる様重ねて御願申上げます
  昭和四年 月 日      第一女子商業学院長
                 法学博士 岡田朝太郎
                           頓首


寄附金依頼ニ関スル来書 【(封筒表) 岡田朝太郎博士校長ノ第一女子商業学校ニ関スル書類】(DK450028k-0004)
第45巻 p.81 ページ画像

寄附金依頼ニ関スル来書           (渋沢子爵家所蔵)
(封筒表)
岡田朝太郎博士校長ノ第一女子商業学校ニ関スル書類
 第一女子商業学院
所在地 東京市外北多摩郡千歳村船橋
校地  借地二千四百坪
交通  小田急経堂駅ヨリ五丁京王電車北沢車庫前、下高井戸、北沢ヨリ九丁乃至十一丁、玉川電車宮ノ坂ヨリ九丁
 昭和四年四月十日竣工ト同時ニ開校
  学院要覧
 年限ハ五ケ年、入学資格小学校卒業、定員七百五十名、授業料ハ月六円、課程ハ商業学校及ビ高等女学校ノ長所ヲ採リ、之ニ一般経済学及ビ家庭ニ於ル法律知識ヲ一年ヨリ五年ヲ通ジテ課ス、コレ本邦最初ノ試ニシテ男子ノ学校ニモ其例ヲ見ズ
昭和四年度校舎新築三百八十坪、教員数有給者七名 ○校舎写真略ス