デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2023.3.3

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
5款 社団法人帝国発明協会
■綱文

第46巻 p.359-362(DK460104k) ページ画像

大正12年6月13日(1923年)

是ヨリ先、当協会ニ於テ、大正時代ノ各界ノ代表的名士ノ音声ヲ録音シ後世ニ伝ヘンコトヲ企画ス。是日栄一、当協会ノ懇請ニヨリ、赤坂区霊南坂日蓄会社ニ赴キ「道徳経済合一説」ト題スル演説ノ吹込ヲナス。


■資料

帝国発明協会沿革略 同協会編 第六〇頁昭和九年五月刊(DK460104k-0001)
第46巻 p.359 ページ画像

帝国発明協会沿革略 同協会編  第六〇頁昭和九年五月刊
 ○大正十二年
    名士音声記録事業
現代の一大発明たる蓄音器を利用し、政治・経済・文芸其他人事百般に渉り、我国大正の歴史を形成する諸名士の音容を記録して後世に伝へんが為、日本蓄音器商会と相図り、三月より右の実行に着手し、各名士に対し其の趣意を陳へて承諾方の勧誘を開始し、着々吹込の進捗を見、其の承諾者四十五名中吹込済の名士二十三名を算せり


論文其他草稿類(一) (渋沢子爵家所蔵) 大正十二年六月十三日赤坂区霊南坂日蓄会社ニ赴カレ御吹込 道徳経済合一説 子爵渋沢栄一(DK460104k-0002)
第46巻 p.359-361 ページ画像

論文其他草稿類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
 大正十二年六月十三日赤坂区霊南坂日蓄会社ニ赴カレ御吹込
    道徳経済合一説
                   子爵渋沢栄一
当発明協会の御厚配に依て、私か平生主義として居る処の道徳経済合一の説を、之れより申述様と思ひます。
仁義道徳と生産殖利とは元来共に進むべきものであります。然るに人生往々利に趨つて義を忘るゝものがありますから、古の聖人は人を教ふるに当つて、此弊を救はんとし、専ら仁義道徳を説いて不義の利を戒むるに急であつた為に、後の学者は往々之を誤解して、利義相容れざるものとし、為に『仁則不富、富則不仁』利を得れば義を失ひ義に依れば利に離るゝものと速断し、利用厚生は以て仁を為すの道たる事を忘れ、商工百般の取引、合本興業の事柄は皆信義を基礎とする契約に基くものなることに思ひ至らず、其極は竟に貧しきを以て清しとなし、富を以て汚れたりと為すに至つたのであります。此の如き誤解より学問と実務とが自然に隔離し来つたのみならず、古来学問は位地ある人の修むべきものとなつて居つたから、封建時代に在つては、学問は武士以上の消費階級の専有物であつて、農工商の生産階級は文字を知らず、経学を修めず、仁義道徳は彼等に取つては無用のものなりとし、甚しきに至つては有害なものであると迄想像して居つたのであります。○以上第一面
 - 第46巻 p.360 -ページ画像 
私の遵奉する孔夫子の教訓は決して左様のものではない。論語に『飯疏食、飲水、曲肱而枕之、楽亦在其中』とありますが、卒然之を聞くと成程功名富貴のことは孔子はとんと意にせぬかの如く思はれるかも知れませぬが、夫は解釈が悪いので、楽亦在其中の句に深長の意味があるのに気付かぬのであります。聖人は其心仁義に居るを以つて簡易質素な生活の中にも亦大なる楽しみが有ると解すべきであります。決して疏食を飯ひ水を飲み肱を曲げて之を枕とするを理想的の楽と為したのでは無い事は『亦』の一字でも判ります。
孔子は義に反した利は之を戒めて居りますが、義に合した利は之を道徳に適ふものとして居る事は、富貴を賤むの言葉は皆不義の場合に限つて居るに見ても明かであります。『不義而富、且貴、於我如浮雲』と云ひ『富与貴是人之所欲也、不以其道得之不処也』と云ふたのは、決して富貴を賤んだのではなく、不義にして之を得ることを戒めたのであります。又子路が聖人を問うたときに孔子は見利思義と答へ、又君子に九思有りの章にも見得思義と言ひ、子張が士の事を云うた時に孔子の言を其儘に見得思義と言うたのを見ても、義に適うた利は君子の行として恥る所でないとしたのは明らかであります。○以上第二面
聞く所に依れば経済学の祖英人『アダム・スミス』は『グラスゴー』大学の倫理哲学教授であつて、同情主義の倫理学を起し、次で有名なる富国論を著はして近世経済学を起したと云ふ事であるが、是れ所謂先聖後聖其揆を一にするものである。利義合一は東西両洋に通ずる不易の原理であると信じます。又子貢の問に『如有博施於民、而能済衆何如、可謂仁乎、子曰何事於仁必也聖乎、尭舜其猶病諸』とあります故に若し此仁義道徳が飯疏食飲水のみであるならば、博施於民而能済衆といふ事は怪しからぬことゝ言はなければならぬ。然るに何事於仁必也聖乎、尭舜其猶病諸と答へられて、仁どころではない。それは聖人も尚為し兼ねることだと言はれた。詰り博施於民而能済衆といふのは即ち今日我 聖天子のなさるゝ事である。少くとも王道を以て国を治むる君主の行為である。故に国を治むる人は決して生産殖利を閑却する事は出来ないと、私は堅く信じて居るのである。○以上第三面
私は学問も浅く能力も乏しいから其の為すことも甚だ微少であるが、唯仁義道徳と生産殖利とは全く合体するものであるといふことを確信し、且事実に於ても之を証拠立て得られる様に思ふのでありますが、是は決して今日になつて云ふのではありませぬ。第一自分の期念が真正の国家の隆盛を望むならば、国を富ますといふことを努めなければならぬ。国を富ますには科学を進めて商工業の活動に依らねばならぬ商工業に依るには如何しても合本組織が必要である。而して合本組織を以て会社を経営するには、完全にして鞏固なる道理に依らねばならぬ。既に道理に依るとすれば其標準を何に帰するか、之は孔夫子の遺訓を奉じて論語に依るの外はない。故に不肖ながら私は論語を以て事業を経営して見様、従来論語を講ずる学者が仁義道徳と生産殖利とを別物にしたのは誤謬である。必ず一諸になし得られるものである。斯う心に肯定して、数十年間経営しましたが、幸に大なる過失はなかつたと思ふのであります。然るに世の中が段々進歩するに随つて、社会
 - 第46巻 p.361 -ページ画像 
の事物も倍々発展する。但しそれに伴うて肝要なる道徳仁義といふものが共に進歩して行くかといふと、残念ながら否と答へざるを得ぬ。或る場合には反対に大に退歩したことが無きにしもあらずである。是は果して国家の慶事であらうか。凡そ国家は其臣民さへ富むなれば道徳は欠けても仁義は行はれずともよいとは誰も言ひ得まいと思ふ。蓋し其極度に至りては、遂に種々なる蹉跌を惹起するは、知者を俟たずして識るのである。而して其実例は東西両洋余りに多くて枚挙するの煩に堪へぬ。斯う考へて見ますと、今日私の論語主義の道徳経済合一説も、他日世の中に普及して社会をして玆に帰一せしむる様になるのであらうと、行末を期待するのであります。○以上第四面


帝国発明協会広告ビラ(DK460104k-0003)
第46巻 p.361-362 ページ画像

帝国発明協会広告ビラ          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
 本会は、現代の一大発明たる蓄音器を利用しまして、政治・文芸・経済等百般に渉りて我国大正の歴史を飾る名士の音容を記録して、世間に拡布し後世に伝ふることは、現代社会の匡正上必要なるのみならず、国家百年の長計上亦甚だ有益なることを確信致しまして、諸名士に請ふて所感を蓄音器に吹込みました。其のレコードの製作の出来たもの左の通りで御座います。大方諸賢が御購求の上、日夕諸名士の有益なる演述を御聴きにならむことを御勧め致します。
      一枚定価金壱円五拾銭(荷造及送料共)
            東京市麹町区丸の内三丁目二番地
         申込所 社団法人帝国発明協会
                電話丸の内一八八八・四〇七三番
                振替貯金東京六五五五番

    名士レコード目録(順序不同)

図表を画像で表示名士レコード目録(順序不同)

   演 題                       氏 名 一、人間一生の信条(一枚)              男爵 阪谷芳郎殿 二、四恩に就て(一枚)                伯爵 清浦奎吾殿 三、余の健康法(一枚)              故 男爵 大倉喜八郎殿 四、Nippongo wa Romazide.(一枚)         理学博士 田中館愛橘殿   Nipponsikino Romazide. 五、戦後の世界及日本の経済(一枚)      故 法学博士 添田寿一殿 六、大学教育の理想(一枚)            理学博士 石川千代松殿 七、(1)医師は心身の強健を要す(一枚)      医学博士 三宅秀殿   (2)夏季学校に就て} 八、雲井竜雄の詩(一枚)             故    杉浦重剛殿 九、国民の覚醒と悔悛とを促かす(一枚)      故 男爵 山川健次郎殿 一〇、(1)The Duty of America and Japan towards the World Civilization(一枚)  子爵 金子堅太郎殿    (2)世界の文明に対する日米の任務 一一、謡曲「新年の山」(一枚)          故 男爵 古市公威殿 一二、日本の根本問題(一枚)           故    志賀重昂殿 一三、道義復古の提唱(一枚)         故 陸軍中将 佐藤鋼次郎殿 一四、蔡中郎女訓(一枚)                  棚橋絢子女史殿 一五、裁判と国民の義務(一枚)          法学博士 原嘉道殿 一六、革新すべき教育の三方面(一枚)            麻生正蔵殿 一七、法律の進化(一枚)             故 男爵 穂積陳重殿  以下p.362 ページ画像  一八、共存同栄(一枚)              故 伯爵 平田東助殿 一九、経済道徳合一論(二枚)           故 子爵 渋沢栄一殿 二〇、大日本の建設(二枚)          故 海軍中将 上泉徳弥殿 二一、自ら守る三標語(一枚)           故    仲小路廉殿 二二、人生は不可解にあらず(一枚)             綱島佳吉殿 二三、蓄音器吹込に関する所感(一枚)       故    箕浦勝人殿 二四、To the Granduates.(一枚)         故    津田梅子女史殿    The ship of State (Long Fellow) 二五、四季の声(三曲合奏)(二枚)        故    跡見花蹊女史殿 二六、克己の工夫(一枚)                  山室軍平殿 二七、国に一人の無教育の者ないように(一枚) 故 文学博士 沢柳政太郎殿 二八、(1)少年団と自治生活(一枚)        故 伯爵 後藤新平殿    (2)政治の倫理化(二枚) 二九、博覧会と赤十字(一枚)           故 男爵 平山成信殿 三〇、発明は偶然にあらず(一枚)         農学博士 鈴木梅太郎殿 三一、日本緑茶は世界の至宝(二枚)     故 貴族院議員 大谷嘉兵衛殿 三二、国風振興(一枚)            故 元帥子爵 上原勇作殿 三三、所謂解放に就て(一枚)                湯原元一殿 三四、今後の国民の覚悟(一枚)         貴族院議員 嘉納治五郎殿 三五、法律と道徳(二枚)            枢密顧問官 平沼騏一郎殿 三六、憲法の精神に就て(一枚)        故 法学博士 上杉慎吉殿