デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.71-82(DK470007k) ページ画像

大正5年7月3日(1916年)

是日、総理大臣官邸ニ於テ、六大都市ノ実業家等四十七名ヲ招キテ、当研究所第一回設立協議会開カル。栄一出席シテ従来ノ経過ヲ報告シ、発起人ノ選定ニ与ル。栄一モ亦発起人トナル。


■資料

集会日時通知表 大正五年(DK470007k-0001)
第47巻 p.71 ページ画像

集会日時通知表  大正五年        (渋沢子爵家所蔵)
六月十二日 月 午前十一時 理化学研究所ノ件(首相官邸)
  ○中略。
七月三日 月 理化学研究所ノ件アリ


中外商業新報 第一〇八三五号 大正五年六月一三日 官邸理研協議会(DK470007k-0002)
第47巻 p.71 ページ画像

中外商業新報  第一〇八三五号 大正五年六月一三日
○官邸理研協議会 大隈首相は既報の如く十二日午前十一時三十分より、理化学研究所設立準備委員に指名したる左記諸氏を永田町官邸に招待し、同研究所設立に関する協議会を開きたり、出席者は首相を始め
 渋沢・近藤・菊池・大倉各男爵、中野武営・安田善三郎・井上準之助・桜井錠二、江木内閣書記官長、菅原・福原・上山各次官並に岡商工局長
にして、先づ渋沢男爵より今日迄の経過に付詳細報告する所あり、首相も起て一場の所感を述べたる上孰も意見を交換し、畢つて別室にて午餐の饗応あり散会


設立経過(DK470007k-0003)
第47巻 p.71-72 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    第六回設立委員会
大正五年六月十二日大隈首相官邸ニ於テ第六回設立委員会ヲ開キ、首相ヨリ一場ノ挨拶アリ、渋沢男爵ハ従来ノ経過ヲ報告シ、設立委員ヲ三十名内外ニ増加スルコト、近藤・井上・渋沢・中野・安田ノ五委員ニテ発起人ヲ詮衡シ首相ヨリ委嘱スルコト等ニ就キ協議シ、次回ノ会合ハ、首相ヨリ協議会ヲ開催スヘキカ、実業団ヨリ首相ヲ招待スルカヲ打合ノ上決定スルコトヽシテ散会セリ、当日ノ出席者左ノ如シ
     男爵 渋沢栄一           中野武営
     男爵 近藤廉平           安田善三郎
     男爵 大倉喜八郎          井上準之助
   工学博士 団琢磨     理学博士男爵 菊池大麓
   理学博士 桜井錠二  理学博士薬学博士 長井長義
   工学博士 渡辺渡       大蔵次官 菅原通敬
   文部次官 福原鐐二郎    農商務次官 上山満之進
    特別委員会
大正五年六月廿七日、農商務省ニ於テ特別委員会ヲ開キ、寄附金額ノ
 - 第47巻 p.72 -ページ画像 
標準、世話人委嘱ノ件、設立費支弁ノ件、特別委員選任ノ件等ニ就キ協議セリ、当日出席者左ノ如シ
   理学博士 桜井錠二  商工局長 岡実


国民新聞 第八七五二号 大正五年六月二六日 理化学研究所眼鼻が附く 八百万円の大研究所は果して什なる 来七月三日発起人総集会(DK470007k-0004)
第47巻 p.72-73 ページ画像

国民新聞  第八七五二号 大正五年六月二六日
  ○理化学研究所眼鼻が附く
    八百万円の大研究所は果して什なる
      来七月三日発起人総集会
理化学研究所の設立問題は随分久しい間の懸案として研究され来つたが、愈々議会でも二百万円の補助を通過させ、此上は帝室の御下賜金を仰ぐ事と民間の醵金を取纏る事丈になつたので、愈々
△来る七月三日 朝野全国の発起人会を開催する運びになつた、右に関して当初から率先斡旋の労を執つた渋沢男爵は語る『此事は高峰博士が四年前帰朝の際、私の許へ来て国家の為に御奉公したいと熱心に主張さるゝので、私も賛成して種々奔走を重ねた、併し其時は単に化学研究所と云ふ名目であつたのを、後の委員会で理化学研究所と云ふ事にしたのです、最初の委員は帝大の理科大学長桜井錠二博士を首め高松豊吉博士・故高山甚太郎博士等で、最初から余り
△大仕掛でも困る 五百万円位の小規模にして置いて漸次拡張して行つたらと云ふ希望でもあり、時の山本内閣でも賛成はするが補助金の事は即答し兼ねると云ふ訳で、一寸行悩の体であつたのを、大隈内閣出現と共に此問題は順調に進み、官民一致の会合が開かれ、政府と民間が一千万円を分担して支出したら何うかと云ふ事に就て、十八名の委員を挙げ、私と中野武営氏、桜井・高松両博士、上山次官が主査となつて種々研究を凝らしましたが、結局私は大規模にやる以上、何うしても
△帝室から御補助 を仰がねばならぬと考へ、帝国の化学工業御奨励の御思召の下に御内帑金を頂戴し度きものであると再三宮内省へ願ひ出でたるが、時恰も御大典を控へ御経費多端の秋とて成立ちませんうち私は渡米しました、その後で委員が屡々協議を凝らし、民間から五百万円を募り政府から二百万円の補助金を十ケ年間に交付して貰ひ、皇室から数年間に百万円を御下賜して頂くと云ふ修正案が出来、この修正案が
△無事議会を通過 したやうな次第です、而して愈よ来る七月三日東京に発起人総会を開き、最後の協議を凝らすつもりで、夫々案内状を発送しました、東京では最初から委員十一名に三井・岩崎・古河・安田・森村・大倉・高田など云ふ人が十五名加はり、それに大阪・京都名古屋・神戸・横浜からも二十名ばかりの人が加はります、此発起人総集会で以上の修正案が更に大に修正を加へらるゝか、原案通り可決されるか、と云ふ当日の
△会議は頗る重大 な会議であると思ふ、御承知の通り理化学の発展は国家百年の大計を樹立する上に於て緊急欠く可らざる根本問題であるし、殊に今度の欧洲大戦によつて、理化学の発展と否とは国家の生命に絶対の権威を有する問題である事を最も明確に裏書されて見れば
 - 第47巻 p.73 -ページ画像 
吾人帝国臣民たる者は先玆に潜思し、大々的国家の発展を計る上に於て充分なる覚悟を要する次第である――最も鞏固なる官民一致の態度の下に――』


中外商業新報 第一〇八五五号 大正五年七月一日 理研発起人決す 三日首相邸に会合(DK470007k-0005)
第47巻 p.73 ページ画像

中外商業新報  第一〇八五五号 大正五年七月一日
    ○理研発起人決す
      三日首相邸に会合
理化学研究所の設立準備は、過日首相官邸に開かれたる委員会の協議を経て稍や進捗を示し、一と先づ委員中より実業家並に直接関係の学究を抽きて之れを主唱者となし、新に三十余名の発起人を全国実業家中に選定することに決し、五名の詮衡委員に於て過日来之が人選中なりしが、愈々左の三十三名を挙ぐるに決定したり、而して選定されたる諸氏は来月三日首唱者並に官辺の後援者と共に大隈伯邸に会合し、創立に関する具体的の協議を遂ぐる由にして、大隈首相より夫々招待状を発したりと
 △主唱者(十三人) 中野武営・井上準之助、桜井錠二・長井長義渡辺渡・団琢磨・高松豊吉・古在由直各博士、大倉喜八郎・近藤廉平・渋沢栄一各男、安田善三郎・豊川良平
 △東京(十五人) 三島弥太郎子、古河虎之助・郷誠之助・三井八郎右衛門・岩崎久弥・森村市左衛門各男、服部金太郎・大橋新太郎和田豊治・日比谷平左衛門・藤山雷太・馬越恭平・高田慎蔵・志村源太郎・志立鉄次郎
 △大阪(七人) 藤田平太郎・住友吉左衛門・鴻池善右衛門各男、土居通夫・久原房之助・小山健三・片岡直輝
 △京都(三人) 田中源太郎・浜岡光哲・内貴甚三郎
 △神戸(三人) 川西清兵衛・伊藤長次郎、滝川儀作
 △横浜(三人) 大谷嘉兵衛・原富太郎・茂木惣兵衛
 △名古屋(二人) 鈴木総兵衛・神野金之助


中外商業新報 第一〇八五七号 大正五年七月三日 理研の研究事項(DK470007k-0006)
第47巻 p.73-74 ページ画像

中外商業新報  第一〇八五七号 大正五年七月三日
    ○理研の研究事項
△発起会と募集法 理化学研究所設立に関しては愈々具体的に進捗し三日発起人会を開くまでに至りたるが、之が資金八百万円の内、百万円は宮内省より、二百万円は政府より夫々補助を仰ぐは既報の如くにして、残る五百万円は民間の寄附に俟つ事となり、之が募集方法其他詳細は発起人会に於て決定するに至るべし
△研究事項の種類 研究所に於て主として研究すべき問題は差当り左の諸事項なるが、其他と雖も出来得る限りの研究すべし
 (一)電気及電気化学に関する研究(二)照光工業に関する研究(三)理化学機械中精密なる器械、標準計測器、及光学用並に熱学用硝子に関する研究(四)医薬・染料・香料・護謨等の化学的合成に関する研究(五)食料・飲料等に関する研究(六)冷凍業に関する研究(七)油類に関する研究(八)空気中窒素の固定に関する研究(九)鉱煙除害に関する研究(十)炭坑内瓦斯爆発予防に関する研究
 - 第47巻 p.74 -ページ画像 
(十一)鉄鋼・特殊鋼等の如き金属、熱・圧力・張力等に依る組織の変化に関する顕微鏡的研究(十二)内燃タービンに関する研究(十三)船舶の抵抗推進及動揺に関する研究(十四)兵器及爆薬に関する研究(十五)耐火耐震構造に関する研究
△研究順序及範囲 前記の如く研究事項は極めて広汎なるも、是等の事項につき同時に之が研究に着手するに非ず、事項の軽重緩急に応じ経費の許す範囲に於て研究の順序を定むべく、而して専ら学理の方面より根本的の研究を為すを以て主なる目的とし、官公立試験所と其事業に於て相牴触し又は重複することなきを期し、研究問題の撰択に就ても各試験所に於て既に試験又は研究しつゝある場合は協議相談を受くる外重複研究することなきも、問題至難なる時は研究所と雖同一事項の研究を為すことあるべし、要するに該研究所たるや、事業に於て是等官公立試験場と重複することなく、其背後にありて学理に関する相談役となり、学問上の資料を給し、之と表裏相扶け学術工芸の進歩を図るにあり


設立経過(DK470007k-0007)
第47巻 p.74-76 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    第一回設立協議会
大正五年七月三日、大隈首相官邸ニ六大都市ノ実業家四十七氏ヲ召集シ設立協議会ヲ開キ、大隈首相ハ設立ニ関シ必要ナル所以並ニ政府ハ本年度ヨリ十年間ニ二百万円ノ補助スルコトヽナレルヲ以テ、速ニ設立ヲ完成シ、良好ナル成蹟ヲ挙ケンコトヲ切望スル旨演説セラレ、河野農相ヨリ亦同様ノ演説アリ、渋沢男爵ヨリ設立ノ経過ヲ報告シ、本事業ニ対シ一同ノ賛同ヲ乞ヒ、尚設立趣旨書、計画大要ノ承認並ニ発起人タルコトヲ承諾セラレタキ旨ヲ陳述セラレタリ、次テ種々協議ヲ遂ケ、左ノ通決議シ、午後三時半散会セリ
一、曩ニ渋沢男外十一名ヨリ政府ニ建議シタル理化学研究所設立計劃ヲ承認スルコト
二、出席者ハ理化学研究所設立発起人タルコト
三、発起人ノ数ハ本日大隈伯ヨリ案内ヲ受ケタル四十七人ノ外、地方状況ニ依リ尚増加スルコト
四、発起人中ヨリ大隈伯ニ於テ創立委員ヲ委嘱スルコト
而シテ大隈伯ヨリハ当日ノ不参者ニ対シテ決議事項ヲ通知シ、同時ニ設立発起人タルノ承諾ヲ求メラレタリ
又渋沢男ヨリハ大阪市ノ藤田・住友・鴻池・久原・小山・片岡、京都市ノ内貴、神戸市ノ川西・伊藤、横浜市ノ大谷・原氏宛発起人ノ人選ヲ依頼セラレタリ(名古屋ハ既ニ男ヨリ私信ニ交渉済)
当日ノ出席者左ノ如シ
 主唱者側
   中野武営・井上準之助・桜井博士・長井博士・団博士・大倉男爵・近藤男爵・安田善三郎・高松博士・渋沢男爵
東京 服部金太郎・大橋新太郎・藤山雷太・郷男爵・高田慎蔵・三島子爵・志村源太郎・志立鉄次郎
大阪 土居通夫 神戸 滝川儀作
 - 第47巻 p.75 -ページ画像 
京都 田中源太郎・浜岡光哲
横浜 茂木惣兵衛
     以上二十三名
 政府側(主人側)
   大隈伯・河野農相・江木書記官長・高橋法制局長官・久保田内務次官・菅原大蔵次官・上山農商務次官・岡商工局長
欠席者二十四名○氏名略ス

  理化学研究所設立ニ関スル件(大正五年七月三日)
    協議事項(大正五年七月三日)
 一、曩ニ政府ニ提出シタル建議書ニ関スル件
 二、理化学研究所設立趣意書並設立計劃書ニ関スル件
 三、理化学研究所設立協賛会ヲ設クル件
 四、寄附金募集ノ方法及寄附金額ノ標準ニ関スル件
 五、設立計劃ヲ進捗スル為発起人中ヨリ更ニ少人数ノ特別委員ノ選任ニ関スル件

    理化学研究所設立計画ノ大要
理化学研究所設立計画ノ梗概ヲ定ムルコト左ノ如シ
(一)理化学研究所ハ篤志家、其他工場・鉱山・会社等ノ寄附スル財団ヨリ成立スル公益法人ノ組織トス
(二)理化学研究所ノ資産ハ少クモ八百万円ヲ下ラサルヘシ
(三)理化学研究所ノ設備ハ三箇年ヲ以テ完成スヘシ
(四)第一年ヨリ第十年ニ至ル期間ノ理化学研究所ノ収入ハ寄附金・国庫補助金・帝室恩賜金・基金利子及其他雑収入ヨリ成リ、其ノ総額ヨリ同期間ニ支出スヘキ土地購入費・建築費・設備費・経常費及臨時費ノ総額ヲ差引キ十ケ年ノ終ニ於テ約七百万円ノ基金ヲ得ル予定ナリ、第十一年以後ニ於ケル理化学研究所ノ経常収入ハ前記基金ノ利子其ノ他雑収入ヨリ成ルモノトス
(五)理化学研究所ノ組織ニ関スル計画ノ概要左ノ如シ
 (イ)本所ニ所長一人及所員若干人ヲ置ク
 (ロ)本所ニ物理及化学ノ二部ヲ分設シ各部ニ部長ヲ置ク、前記職員ノ外、本所ニ総裁一人、副総裁・理事・監事・顧問・評議員・商議員・事務員各若干人ヲ置ク
(六)理化学研究所ハ産業ノ発達ニ資スル為、物理学及化学ニ関スル独創的研究ヲ為シ、且ツ其ノ成績ノ応用ヲ図ル外、研究ニ附帯シ又ハ研究及発明ノ奨励ノ為左ノ事業ヲ行フモノトス
 (イ)研究ノ成績ヲ公ニスル為印刷物ヲ刊行シ又ハ講話ヲナス事
 (ロ)海外各地ニ於ケル試験所・研究所ト連絡ヲ保チ報告書其他ノ印刷物ノ交換ヲナス事
 (ハ)理化学ニ関スル中外ノ著述ヲ蒐集シ図書館ヲ設クル事
 (ニ)原料調査又ハ実地視察ノ為所員又ハ嘱託員ヲ内国各地ニ旅行セシメ又ハ海外ニ派遣スル事
 (ホ)本所ノ目的ニ適合セル研究ニ対シ研究費ヲ補助スル事
 - 第47巻 p.76 -ページ画像 
 (ヘ)特殊ノ事項ヲ定メ適当ノ技術者又ハ設備ヲ有スル事業者ニ研究ヲ嘱託スル事
 (ト)特殊ノ事項ニ関スル発明的考察ヲ募集スル事
 (チ)本所ノ募集ニ応シ又ハ随時発明的考案ヲ提出スル者アルトキハ、審査ノ上相当ノ報償ヲ以テ之ヲ買収シ、本所ニ於テ其ノ実地研究又ハ応用試験ヲ為スコト
 (リ)卓越セル研究又ハ発明ヲ表彰スルコト
 (ヌ)特殊ノ事項ニ付研究ヲ依頼スル者アルトキハ本所ノ定ムル規程ニ依リ其ノ依頼ニ応スルコト
 (ル)特殊ノ事項ニ付研究費ノ全部又ハ一部ヲ自弁シ本所ニ来リテ研究ニ従事スルコトヲ希望スル者アルトキハ、適当ト認ムル場合ニ於テハ之ニ応スルコト


設立経過(DK470007k-0008)
第47巻 p.76-77 ページ画像

設立経過              (財団法人理化学研究所所蔵)
  理化学研究所設立協賛会規程案(大正五年七月三日)
第一条 本会ハ理化学研究所設立協賛会ト称ス
第二条 本会ハ寄附金ヲ募集シ、大正五年法律第十六号理化学研究所国庫補助法ニ依リ補助ヲ受クヘキ財団法人理化学研究所ヲ設立スルヲ以テ目的ト為ス
第三条 本会ハ之ヲ東京ニ置キ、必要ニ応シ地方ニ支部ヲ置クコトヲ得
第四条 寄附金ハ一時金又ハ十年以内ノ年賦トス
第五条 土地・建造物・機械・備品等ヲ寄附セントスル者アルトキハ審査ノ上之ヲ受領ス
第六条 寄附金其ノ他ノ寄附財産ハ会長ノ名ニ於テ之ヲ受領シ、会長之カ管理ノ責ニ任ス
第七条 本会ニ寄附ヲ為シタルモノハ之ヲ本会ノ会員トス
第八条 本会ニ会長一名、副会長・理事・会計監督・評議員各若干名ヲ置ク
    会長・副会長ハ発起人ニ於テ之ヲ推選ス
    理事・会計監督及評議員ハ会長之ヲ嘱託ス
    支部ヲ設置シタルトキハ支部長ヲ置ク、支部長ハ会長之ヲ嘱託ス
第九条 会長ハ会務ヲ総理ス
    副会長ハ会長ヲ補佐シ、会長事故アルトキハ之ヲ代理ス
    理事ハ会長ノ指揮ヲ受ケ会務ヲ処理ス
    会計監督ハ金銭物品ノ出納ヲ監督ス
    評議員ハ会長ノ諮詢ニ応シ重要事項ヲ審議ス
第十条 本会ノ資金相当ノ額ニ達スルトキハ、評議員ニ諮詢シテ会長ハ財団法人理化学研究所寄附行為ヲ作成シ、理化学研究所設立ノ手続ヲ行フ
第十一条 本会ハ財団法人理化学研究所ノ設立ヲ完了シタルトキハ解散ス
第十二条 会長ハ本会ノ事務執行上必要ナル諸規則ヲ定ム
 - 第47巻 p.77 -ページ画像 
第十三条 本会ノ収支決算ハ適当ノ方法ニ依リ之ヲ報告ス


理化学研究所関係書類(DK470007k-0009)
第47巻 p.77 ページ画像

理化学研究所関係書類           (渋沢子爵家所蔵)
(栄一筆)
拝啓 益御清適奉賀候、然は本月三日大隈首相官邸ニ於て開催せられたる理化学研究所設立打合会之義は当日来会之諸君ハ大体ニ於て賛成之意を表され、発起人と相成候事を承諾被致候得共、東京以外之各地方ニ於而発起人ハ尚多少増加候方可然との企望有之候ニ付、右増加人員之撰定ハ当日御出席之誰々と御協議被下、可成至急ニ御決定之上大隈伯爵迄御申出被下度候、然る時ハ大隈伯爵ニ於て創立委員を指名せられ直ニ設立之事務進行之筈ニ御坐候、右拝願旁可得貴意如此御坐候
                           敬具

拝啓 益御清適奉賀候、然は本月三日大隈首相官邸ニ於て開催之理化学研究所設立打合会之義ニ付而ハ当日不参之方々ヘハ大隈伯爵より特ニ書面を以て当日之模様御通知相成、又各地方之欠席者ヘハ小生より別紙之通り照会致置候ニ付御了承被下度候、右可得貴意如此御坐候
                           敬具
  ○別紙ヲ欠ク。


竜門雑誌 第三三八号・第七六―七七頁 大正五年七月 ○理研設立発起人会(DK470007k-0010)
第47巻 p.77-78 ページ画像

竜門雑誌  第三三八号・第七六―七七頁 大正五年七月
○理研設立発起人会 七月三日正午より首相官邸に於て理化学研究所設立発起人会を開かれたる由なるが、出席者は政府側よりは大隈首相河野農相其他の諸氏、主唱者側よりは青淵先生其他の諸氏及東京・大阪・京都・神戸・名古屋・横浜各市の重なる実業家諸氏にて、午餐を共にしたる後会議に入り、先づ大隈首相より
 研究所設置に関する従来の経過に就て報告し、政府は既に補助金交付に関する法律案を制定し、残る処は民間の寄附金募集の一段のみとなれり、而して固より研究所設立の必要は呶々を要せざる所なれば速に賛助を得たし
との意味の挨拶あり、次いで青淵先生より従来の準備経過に就き詳細報告する所あり、河野農相は更に痛切なる希望を述べたる後
 今日世界の競争は産業・軍事其他科学の競争にして、所詮は発明の競争に存するが故に、理化学研究所の設立は朝野の輿論なりといふを憚らず、願くば一日も速に賛助あらんことを望む
との挨拶を為し、予て準備委員長に於て作製せる「理化学研究所設立協賛規定」並に其他の予算書類等を配付したる後、青淵先生は再び起ちて
 今日既に実行に入り、如何にして民間寄附金を募集すべきや、則ち其方法如何の問題を決するを以て最も緊急の事なりと信ず、過般十二名の委員は政府に決議案を提出して、政府より二百万円の補助を仰ぎ、全部の残額五百万円の寄附を募集することゝなれるは、既に諸君の承認せる所ならんと信ず、予は此際左記各項に付き諸君の承認を得たる上着々実行の運びに至らんことを望まざるを得ず
 - 第47巻 p.78 -ページ画像 
とて左記事項を附議したるに、何れも異議なく之れを承認し、午後三時二十分散会せり
      △決議事項
 一、本日集会の各委員を発起人となすこと並に本日招待せる者は発起人たるの承認を求むること
 二、将来地方の事情により更に発起人を増す場合あるべし
 三、現在の創立準備委員に於て少数の創立委員を推選し、民間有志の寄附行為に関する運動を為すこと


中外商業新報 第一〇八五八号 大正五年七月四日 理研発起人会 計画内容梗概(DK470007k-0011)
第47巻 p.78-79 ページ画像

中外商業新報  第一〇八五八号 大正五年七月四日
    ○理研発起人会
      計画内容梗概
大隈首相は三日正午永田町官邸に於て、理化学研究所設立発起人会を兼ねて発起人一同を官邸に招待したるが、定刻同
△設立準備委員 たる中野武営・井上準之助・桜井錠二、長井長義・渡辺渡・団琢磨・高松豊吉・大倉喜八郎男・近藤廉平男・渋沢栄一男安田善三郎・豊川良平諸氏を始めとし、藤山雷太・郷誠之助・高田慎蔵・大橋新太郎・服部金太郎・三島弥太郎・志村源太郎・志立鉄次郎土居通夫・田中源太郎・浜岡光哲・滝川儀作・原富太郎・茂木惣兵衛の諸氏出席、政府側よりは大隈首相を始め河野農相・江木翰長・高橋法制局長官、久保田内務・菅原大蔵・上山農商務各次官及岡商工局長磯辺鉱山局長臨席して、正午食堂に入り、食後一時半より会議を開きたるが、先づ
△大隈首相開会 の挨拶として、理化学研究所設立に関する従来の経過を述べ、更に
 政府は既に補助金交付に関する法律案を制定し、残す所は民間の寄附金募集の一事のみとなれり、理化学研究所設立の必要は今更ら申述ぶる必要もなければ、願くは諸君の御尽力に依つて、其成立の一日も速かならんことを期す云々
と述べ、次で渋沢男より設立準備委員を代表して従来の経過を報告する所ありたる後、河野農相は
 今日の競争は産業と言はず軍事と言はず総て科学の競争也、科学の競争は要するに発明の競争也、理化学研究所の必要は朝野一般の輿論なれば諸君の御尽力を乞ふ云々
と述べて挨拶を終り、続いて議事に入り、先づ渋沢男より
 理化学研究所設立問題は最早実行の一あるのみ、故に寄附金募集の方法を如何にす可きかが今日の急要とする問題也、過般私外十一名より政府に対し建議案を提出して、政府より二百万円の補助金を仰ぎ、民間より五百万円の寄附金募集の計画を為せり、其書面は今御手許に配付せる通りなる故、之に関して一同の御承認を得たし、若し諸君の御同意あらば本日御出席の諸君は研究所設立発起人と見做して差支なきや
と諮り
△満場異議無く 之を可決し、尚ほ本日案内を発したる人員は四十六
 - 第47巻 p.79 -ページ画像 
人なるも、此外に於て更に発起人に加ふ可きものありとの意見あるを以て、是等は追て増加するの場合ある可し、次で発起人中より少数の創立委員を選び、創立委員に於て寄附金募集に着手する事に異議なきやと諮り、是又全会一致の同意ありしが、創立委員は追て実業家側の協議を以て決定する事と為し、其決定までは現在の準備委員十二名にて準備事務を執る事と為して会議を終り、三時半散会したるが、大体
△計画の内容 に就き聞く所に依れば、資本金を八百万円とし、内一百万円を宮中より御下附を仰ぎ、政府交付金二百万円と民間寄付募集五百万円にして、建築費五十万円、設備費五十万円、其他敷地買収費を加へて百余万円を要し、残額七百万円弱を以て基本財産と為し、其利子を以て一般研究経費に充つる筈にして、研究項目は頗る多岐に亘り、未定案として既に発起人一同に配付せられたるも、追つて協議の上研究の範囲等も決定す可く、要するに其名の如く理化学の研究に依り、工業其他一般産業の基礎的研究を為し我国産業の開発を期するにありと云ふ


集会日時通知表 大正五年(DK470007k-0012)
第47巻 p.79 ページ画像

集会日時通知表  大正五年        (渋沢子爵家所蔵)
七月七日 金 午前九時 理化学研究所ノ件(商業会議所)


設立経過(DK470007k-0013)
第47巻 p.79 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    第七回設立委員会
大正五年七月七日午前九時、東京商業会議所ニ於テ設立委員会ヲ開キ発起人増加、基金募集方法等ニ就キ協議シ、地方ヨリ発起人申出纏リタルトキ、更ニ会合シテ各地方トノ権衡ヲ見テ之ヲ査定シ、発起人定マリタル時創立委員ノ委嘱ヲ大隈伯ニ依頼スルコトヲ決議散会セリ、当日ノ出席者左ノ如シ
  男爵 渋沢栄一○外九名氏名略ス

    発起人々選
大正五年七月十九日大隈侯爵ヨリ京都・大阪・兵庫・神奈川ノ各府県知事ニ発起人々選方ヲ依頼セラレタリ、右ハ七月三日ノ協議会ニ於テ当日会合セルモノヨリ、夫々其地方ノ人選ヲ為スコトヽナリシモ、其人選意外ニ進捗セザリシカ故ナリ、其後前記地方長官ノ人選並ニ渋沢男爵ノ名古屋市ニ於ケル人選ニ基キ、玆ニ六大都市ニ於テ百八十九名ノ発起人ヲ得ルニ至レリ、其氏名左表ノ如シ○表略ス
大正五年九月二十七日、大隈侯爵ヨリ前記発起人ノ中後ニ追加セラレタル百四十二名ニ対シ発起人ノ承諾方ヲ依頼セラレタリ


中外商業新報 第一〇八六二号 大正五年七月八日 理研設立協議(DK470007k-0014)
第47巻 p.79-80 ページ画像

中外商業新報  第一〇八六二号 大正五年七月八日
    ○理研設立協議
過般の首相官邸会合の結果として理化学研究所設立に関する主唱者の協議会は、七日午前九時より東京商業会議所に開かれたるが、会する者は渋沢男・大倉男・団琢磨・中野武営・井上準之助・長井長義・高松豊吉・桜井錠二の八氏にして、之に政府当局より上山農商務次官・
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岡商工局長・蔵川工務課長の三氏加はり、種々設立上の準備事務並に計画の内容等に関し協議を重ね、結局、過日の会合に欠席せる諸氏に対し目下大隈首相より発起人たることの諾否を照会中なれば之が決定を待ち、若し其他にも発起加盟賛成の向あらば之を加ふることに就き夫々協議決定の上更に凝議すべく、議纏まりて正午散会せり、因に民間より募集すべき資金五百万円中三百万円は三井・岩崎・大倉其他の富豪の寄附に依頼し、自余の二百万円は理化学研究に関聯せる事業を営める個人若くは会社の寄附に待たんとすること大体の方針にして、初年度に於ては土地の購入、建築等の費用として約二百万円を差当り要すべしと


中外商業新報 第一〇八六四号 大正五年七月一〇日 理研寄附割当 民間寄附金内訳(DK470007k-0015)
第47巻 p.80 ページ画像

中外商業新報  第一〇八六四号 大正五年七月一〇日
    ○理研寄附割当
      民間寄附金内訳
理化学研究所設立に就きては、更に増加せらるべき発起人の決定次第直に発起人総会を開き準備委員を選定して総ての計画を進むる筈にて寄附金募集着手の如きも同時に決定せらるべく、該民間寄附金五百万円は、富豪若くは篤志家側より二百万円、工場及び鉱山より三百万円見当宛を募集する方針にて、当事者は右工場・鉱山の寄附申込を職工五十人以上百人以内の工場は千円宛(千四百六十件)百人以上五百人以内三千円宛(九百八十件)五百人以上千人以内五千円宛(八十二件)千人以上、一万円(五十八件)此金額五百三十九万円、又鉱産額十万円以上二十万円以内の鉱山は千円(五十五件)二十万円以上五十万円以内三千円(五十四件)五十万円以上百万円以内五千円(三十三件)百万円以上一万円(三十五件)此総額七十三万二千円、合計六百十二万二千円なるも、頗る上端に見積て三百万円と為せし由なり


中外商業新報 第一〇八七三号 大正五年七月一九日 理研発起準備速進(DK470007k-0016)
第47巻 p.80 ページ画像

中外商業新報  第一〇八七三号 大正五年七月一九日
○理研発起準備速進 理化学研究所設立発起人を増加する件は過日商業会議所に於ける準備委員会にて決定し、直に大阪・兵庫・名古屋其他重なる都市に向ひ夫々勧誘状を発したるが、各地何れも其人選に就き夫々商業会議所総会を開き決定する都合なるを以て、全国発起人全部の決定を見る迄には尚日子を要すべく、随つて発起人総会の開会は八月中となるべし、而して民間実業家よりの寄附金申込は未だ一口も無きを以て、準備委員側に於ては目下発起人の決定を取急ぎ居れりと


中外商業新報 第一〇八七九号 大正五年七月二五日 理研準備行悩 発起人の人選難(DK470007k-0017)
第47巻 p.80-81 ページ画像

中外商業新報  第一〇八七九号 大正五年七月二五日
    ○理研準備行悩
      発起人の人選難
理化学研究所の設立に就ては、去る三日首相官邸に発起人会を開催し其協議の結果先づ大都市より更に追加発起人を詮衡し、其決定を待ちて直に寄附金の募集に着手する段取なりしが、爾後折角委員の尽力あるに拘らず、第一次の準備事務たる追加発起人の選定を決せず、随つて寄附金の振割も定まらず、目下多少行悩みの状態に在り、而して之
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が原因に就て某委員の語る所に依れば、関西方面の事業家中には、東京に於て発起されたる事業に寄附するは即ち東京に寄附するも同様なりとの地方的感情に駆られ逡巡するが為めなると、又地方によりては其地方人士の勢力権衡上より追加詮衡に応諾せざる者もある為めと謂ふべく、洵に残念のことなるが、畢竟這は当局が如是の国家的事業を企つるにも拘らず首相の名によりて右大都市の少人数のみを招待して協議する所ありたる如き、根本に於て策を誤れる結果ならんかと


中外商業新報 第一〇八八八号 大正五年八月三日 渋男隈公訪問(DK470007k-0018)
第47巻 p.81 ページ画像

中外商業新報  第一〇八八八号 大正五年八月三日
○渋男隈公訪問 渋沢栄一男は二日午後二時半大隈首相を永田町の官邸に訪問し、大臣官房に於て理化学研究所其他につき懇談する所あり同三時辞去せり


中外商業新報 第一〇九一四号 大正五年八月二九日 理研設立経過(DK470007k-0019)
第47巻 p.81 ページ画像

中外商業新報  第一〇九一四号 大正五年八月二九日
    ○理研設立経過
理化学研究所設立に関しては、世評往々渋滞又は行悩みを伝ふるも、既に都下及全国有名の実業家の発起となれる今日、行悩みの如き断じて之れ有るべしとも思はれず、曩には第一回の発起人会を開き、其結果東京・名古屋・横浜・大阪・京都・神戸の各都市より更に発起人を増加する事に決し、神戸市を除くの外は全部顔触も決定し、神戸市も近く決定を見るべきを以て、更に発起人会を開きて具体的事業の進捗を期する筈にて、何等渋滞又は行悩めるが如き事なく、寧ろ順調に進みつゝありと


渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛 (大正五年)九月一八日(DK470007k-0020)
第47巻 p.81 ページ画像

渋沢栄一書翰  阪谷芳郎宛 (大正五年)九月一八日  (阪谷子爵家所蔵)
○上略 又博士○高峰譲吉主張之理化学研究所之事于今相運ひ不申候、乍去雲烟と消散ハさせ不申候ニ付、此上とも引続き御尽力頼上候旨御申通し可被下候
○中略
  九月一八日
                             栄一
    芳郎殿
  ○当時ニユー・ヨークニ滞在中ノ阪谷芳郎ニ送リタルモノナリ。


中外商業新報 第一〇九三五号 大正五年九月一九日 渋沢男次官訪問(DK470007k-0021)
第47巻 p.81 ページ画像

中外商業新報  第一〇九三五号 大正五年九月一九日
○渋沢男次官訪問 渋沢男は十八日午前十時農商務省に上山次官を訪ひ、東洋製鉄会社創立並に理化学研究所等に関し協議する処ありたるが、東洋製鉄は現在創立委員の選任を了し事業の進捗を急ぎつゝあり理研設立に関しても発起人の顔触漸く揃ひたるを以て、近く農商務省に於て会合の上愈々事務の進展を図る筈なりと


中外商業新報 第一〇九三七号 大正五年九月二一日 理研設立協議 来月初旬発起人会(DK470007k-0022)
第47巻 p.81-82 ページ画像

中外商業新報  第一〇九三七号 大正五年九月二一日
    ○理研設立協議
      来月初旬発起人会
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理化学研究所の設立問題は、曩に首相官邸に委員会の開催せられたるまゝ爾後杳として消息を聞かざりしが、当時の会合にて決定せる東京大阪・京都・名古屋・横浜・神戸の六大都市其他より新に発起人を追加選定するの件は、頃日に至り逐次進捗を告げ、其数八十余名に上りたるやにて、廿日午前十時より農商務省に委員会を開き、渋沢男、高松豊吉・桜井錠二の両博士及び上山次官・岡商工局長等参集して種々協議を重ぬる所あり、其結果、来月初旬改めて発起人総会を開くこと其他総会の順序等に関し意見を交換して正午散会せり


中外商業新報 第一〇九四五号 大正五年九月二九日 理研発起総会開期(DK470007k-0023)
第47巻 p.82 ページ画像

中外商業新報  第一〇九四五号 大正五年九月二九日
    ○理研発起総会開期
理化学研究所設立に関する発起人は其後追加の分も既に詮衡を了したるが、其総員は以前の分ともに約二百余名に達し、近く発起人総会開催の運びにて、渋沢男専ら斡旋準備を取急ぎつゝあれば、来月初旬には首相官邸乃至農商務省に於て開催するに至るべしと