デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正2年8月（1913年）

是月、井口正之、栄一ノ講話演説ヲ編集シ「渋沢男爵実業講演」ト題シ、東京・帝国図書出版株式会社ヨリ発行ス。（菊版二冊、乾七五六頁・坤八三六頁）

渋沢栄一　日記　大正二年　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
二月六日　曇　寒
午前七時起床入浴シテ朝飧ヲ食ス、井口正之氏来話ス、午前十時事務所ニ抵リ来人ニ接シ又庶務ヲ整理ス○下略
　　　○中略。
三月六日　晴　寒
午前七時半起床入浴シテ朝飧ヲ食ス、井口正之氏ノ来訪ニ接シ、演説筆記上木ノ事ニ付種々ノ談話アリ、又王子製紙会社創立ノ沿革ニ付歴史ヲ談話ス○下略

渋沢男爵実業講演　渋沢栄一述井口正之編　乾・編纂の趣旨第一―四頁大正二年八月刊
　　　　編纂の趣旨
一、本書は渋沢男爵の財政経済商工業等に関する講話演説を蒐集せるものにして、明治二十四年以降大正元年に至る前後二十二年間に於て、社会に発表されたる主なる意見にして、記録に残れるものは概ね収めて遺漏無からしめんと期せり。
一、渋沢男爵其の人を一面より観察すれば、明治時代の生きたる実業史とも見らる可し。而して本書は実に男爵が我が国実業界建設の礎柱を稍々成就せしめしと覚しき五十三歳以後の講演に係れるものなれば、明治実業発達の有様は其の中に躍如せりと信ず。
一、編纂の次第は之を項目別とせずして年代順を取れり。是一は明治
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年間実業発達の状態を秩序的に知るの便を得ると共に、亦一は実業界に対する渋沢男爵の素志終始不変にして直然一貫せるの跡を繹ねんと欲して也。然れども其の年代明かにして月日詳かならず、年月詳かにして日次の明かならざるもの往々にして之あり。斯の如きは已むを得ず其の年其の月の最後に配置せり。
一、各項の題目は多くは原題に拠れるが、題目無きもの、或は内容を知るに便ならざるもの等に対しては、即ち編者が内容と一致す可き標題を選びて之に附したり。鼇頭の小見出しも亦編者の適宜に選べる所なり。
一、玆に読者に注意すべきは、本書繙読の際各項の末尾に附したる六号文字の説明文を軽視せられざるの一事也。此の説明文は各項の解題とも看做す可きものにして、或は此の説明文を一読して然る後に本文に及ぶ方便宜多きものさへあり。されば読者は何時も此の両者の対照を忘れざらんことを要す。
一、附録の三篇は孰れも渋沢男爵の面影を忍ぶに足るの好資料たる可しと思惟せしを以て、巻尾に附して読者の便に供しぬ。四十余年の知友たる大隈伯爵は如何に男爵の人格を観察せらるゝか。英国新聞記者の眼に映じたる男爵は如何ある可きか。然り而して演壇上の男爵は如何。是皆趣味ある渋沢男爵研究に非ずや。
一、題簽の文字は男爵自ら筆を揮はれたる所也。編者の光栄何ものか之に如かん。
一、本書の編纂に関して諸氏が与へられたる深厚なる同情を感謝す。即ち材料蒐集に就いては渋沢事務所の八十島親徳氏・増田明六氏・上田彦次郎氏及び東京市養育院の安達憲忠氏・大橋勇氏の助勢に負ふ所多く、校正の事も八十島親徳・石川竹次郎両氏を煩はしたる点尠からず。其の他出版に関する諸事に至りては帝国図書出版株式会社の野中彦三郎以下諸氏の労に竢つ所夥多なり。特に記して諸氏に酬ゆ。
一、終りに臨んで一言す可き事あり。そは本書を新装して世に諮はんとするに方りて、渋沢男爵の心事一端を表明せざる可らざる事是なり。男爵宗より著述に意あるに非ず。亦空名を售らんと欲する者にも非ず。寧ろ編者の企図を排し、羊頭を掲げて狗肉を売るものと為し、世に後れたる所述が却つて社会を誤らしむるの虞なきやを痛論せられたり。然りと雖も編者は強弁して其の意に遵はざりき。其の旨趣や他なし。明治実業発達の足跡を繹ぬ可き唯一資料の散逸を悲しむの微衷即ち之なり。編者素より其の人に非ずと雖も、徒らに趦趄逡巡するを以て必ずしも謙譲の徳と為すと謂ふ可らず。即ち断の一字を以て此の書を編めり。是男爵の芳志に背くと雖も社会の要求の声の大なるを奈何せん。男爵の叱責は編者の甘んじて受けんと欲する所也。
　　大正二年八月
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　編者識す

渋沢男爵実業講演　渋沢栄一述　井口正之編　坤・奥付大正二年八月刊
 - 第48巻 p.125 -ページ画像