デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
2節 軍事関係諸団体
2款 財団法人帝国在郷軍人会
■綱文

第48巻 p.616-617(DK480168k) ページ画像

大正2年3月9日(1913年)

是日栄一、滝野川小学校ニ於テ開カレタル当会記念会ニ出席シ、演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正二年(DK480168k-0001)
第48巻 p.616 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年          (渋沢子爵家所蔵)
三月九日 晴 寒
○上略 九時滝野川小学校ニ抵リ、在郷軍人会ノ紀念会ニ出席シ、一場ノ演説ヲ為ス○下略


戦友 第三五号 大正二年九月 協同の美風を発揮せよ 男爵 渋沢栄一(DK480168k-0002)
第48巻 p.616-617 ページ画像

戦友  第三五号 大正二年九月
    協同の美風を発揮せよ
                   男爵 渋沢栄一
 私は協同といふ事に就いて少しく述べてみたいと思ひます。
 元来人は個々別々に存立すべきものでなく、多衆相集つて社会を為し国家を形くるものであるから、本来の性質として協同的生活を営むべきものである、故に如何なる時代に於ても協同一致といふ事は極めて緊要であります、殊に国家的の競争が益々激甚を加ふる現代に於ては国民の協同一致といふ事が非常に大切で、痛切に其必要を感ずるのであります。
 人は世に立つに方り孤立にては生存が出来ぬものであるといふ事は言ひ換れば協同が必要と云ふ意味である、如何に智恵や、富力など人生に必要なものを具へて居ても協同を欠いては完全に其等の真価を発揮することは出来ない、多数人の集団なる国家社会の幸福利益はその協同の力に依りて初めて獲らるゝものである、而して各人協同して国家社会の福利を図るといふ事は同時に個々の福利を保護する事になるのである、蓋し人は自己単独の力のみでは十分なる幸福を享くることは出来ない、社会の御蔭に依つて真の福利を得らるゝものであります此社会の御蔭を享くる事に就いて彼の有名なるカーネギーの著書の内に斯いふ事が書いてある。
 二人の兄弟があつた、一人は分与せられた資産を以て勤勉刻苦して或る事業を経営し、一定の年限後に至り僅かに資産を増すことが出来たに過ぎなかつたが、他の一人は自分で刻苦経営することをせず分与せられた資産を土地に放資して置きたるに数年後に至りて其地方全体の繁昌の為めに莫大の富を増した。
 是に依つて見ると苦心して働く人は利益少なく別段働きもせぬものが却つて幸福を享けたといふ事で、一見頗る奇なるが如く思はるゝけれども之が社会の与へた幸福であつて所謂国運発展の御蔭であります人は自己の力のみで世に立つ事は出来ぬと云ふのは、取りも直さず協同の力の大切な事を意味するものである、此意味を押し拡めて行けば夫の公徳心を重んずるといふ事も矢張りこの協同の力の大切なると同
 - 第48巻 p.617 -ページ画像 
じ事なのであります、故に協同の精神が少いといふのは一方から云へば公徳心に乏しい事である、兎角日本人は公徳心に欠けて居ると言はれるが、それは言ひ換れば協同の精神が不足であるといふ事で、我々日本国民としては大に反省すべき事ではあるまいか。
 協同一致と云ふことを最も能く訓育するのは軍隊であるから、軍人は協同の精神が最も旺盛でなければならぬ、左れば此訓育を受けた人人の団体たる在郷軍人会は最も能く協同が行はれなければならぬ筈である、独り在郷軍人会に協同の実が行はるゝのみでなく、各郡青年会との関係でも、町村の諸種の事業の上に付ても此協同の精神が普及するやうに卒先して努めなければならぬ、在郷軍人会員は是非此抱負がなければならぬと思ひます、然るに私が他方面から聞く処によれば在郷軍人会に於ても未だ此協同の動作が充分に行はれて居ないとの事であるが、これは私共の甚だ遺憾とする処であります。
 在郷軍人会は良卒則良民主義を実地に発揮せんとするのが目的の一であるべき筈なるに、軍隊に於て訓育された協同の美風が、郷里に帰りて愈々良民たるべき実を挙ぐべき時機に際して減却するやうでは在郷軍人会の目的に副ふ事が出来ぬではないか、それでは地方良民の模範となることも町村の信頼の中心となることも覚束ないと言はねばならぬ、故に私は在郷軍人会員諸君に向つては先づ軍人会員相互の協同といふことを特に心懸けられて他に対して協同の範を示すの覚悟を固められんことを勧告する。
 斯くて先づ軍人会自身に協同の美風を旺盛にし会の発展を図ると共に町村の開発を図らねばならぬ、それに就ては仮へば在郷軍人会が主催者となり青年会と協同して産業上の講演会を開くといふ事なども地方開発の一方法であらうと思ふ、即ち県庁に依頼して技師の人などに出張して貰つて、それぞれ専門の講話を聞くといふやうな事にしたら県庁でも差支のない限り便利を与へらるゝ事であらうと思ふのであります。
 更に町村長・小学校教員諸君に対しては、在郷軍人も等しく町村民である以上、彼等が折角軍隊にて訓育された協同の美風を発揮し普及せしむる上に十二分の援助を与るに就て諸君の御尽力を望むのであります、聞く処によれば軍人は日清日露戦争の勝利を以て独り軍人のみの功でなく国民の功であると言つて、謙徳を守りて功を国民に譲つて居るとの事である、既に戦勝が国民の功であるならば、今後の戦争に敗けないやう、予後備将卒の士を衰へしめないやうにするのも亦国民の責任でなければならぬ、私は此意味よりして在郷軍人会に対する世人の協力を只管希望するのであります。
 終りに臨むで一言附け加へて置きたいのは、協同といふ事が一部に局限せられて他と反目するが如き意味になつてはならぬといふ事である、総じて道理正しき協同であれば、決して相反目し衝突すべき筈はないのであるから、各人公明正大の心を以て事に当り、真正なる協同の美風を発揮するやう御心懸を願ひたいのであります。