デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
5節 祝賀会・表彰会
11款 江原素六古稀祝賀会
■綱文

第49巻 p.399-400(DK490137k) ページ画像

明治45年6月1日(1912年)

是ヨリ先明治四十四年、江原素六古稀ノ齢ニ達シ、是年、貴族院議員ニ勅選セラル。友人等発起委員トナリ、是日、麻布中学校ニ於テ、祝賀会ヲ開催ス。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。


■資料

中外商業新報 第九三七二号明治四五年六月二日 ○江原翁古稀祝賀会 情味溢るゝ清楚の筵 感動深き翁の挨拶(DK490137k-0001)
第49巻 p.399-400 ページ画像

中外商業新報 第九三七二号明治四五年六月二日
    ○江原翁古稀祝賀会
      情味溢るゝ清楚の筵
      感動深き翁の挨拶
古稀の齢を重ねたる政界の耆宿江原素六翁の賀筵は、予てより故旧門人等八十余名によりて企てられ居たりしが、賛成者三百八十余名、醵出金額四千五百円にも及ぶ盛況を呈せるより、初夏の風薫る月の朔日翁が幾多の子弟を薫育せる麻布中学校々庭に於て、いとも床しき式次の下に行れたり
△物薄く心厚し 当日は校庭に大天幕張りを設けて式場に充て、周囲に紅白段々羅の幔幕を引き廻らし、正面壇上に紫の幔幕高く引絞り、卓を据えて翁の肖像を飾り、それに二個の棕梠竹の盆栽を配したる外特に目立てる装飾もなく、いとゞ質素を極めたれど、集ひ来る数百の紳士と六百の学生との温情は四辺に溢れて、何とは知らず床しき趣を呈しぬ、斯くて午後二時半江原翁が家族の人々と共に席に就くや、発起委員の一人として真野実業学務局長開会を宣し、祝賀会の経過を報告し、古稀祝賀と共に勅選議員の栄職に就かれたるをも併せて祝すべき事となりし重ね重ねの芽出度き次第を述べて退けば、長谷場文相壇を登りて祝辞を朗読す
△感動せる江原翁 文相の声は朗々として場の四隅に徹し「老友江原素六君篤実真摯の資を以て夙に経世の志を抱き、政界の耆宿として重きを一代に為せること世の久しく知る所なり、君又心を教育の事に潜め、或は学校を経営して績を育英の事業に揚げ、或は筆舌を駆使して力を社会の啓導に致す、君の如きは洵に国家の倚望なりと謂ふべし」と叙し、更に清健にして勅選の栄を荷ふに至れるを賀し「冀くば自重自愛、日夕生を摂し寿を養ひ、永く赤誠を君国に捧げて益々国利民福を図り、以て国家倚托の重きに負くことなからん事を」と述ぶるや、白髯童顔の江原翁の面上深き感動の情漲れるを見る、次で尾崎市長の祝辞(代読)ありて後、渋沢男爵やをら身を壇上に進め、発起人総代として祝詞を述べ、自分は江原翁と深き縁故を有す、一は齢相等しく二は同じく静岡に縁故を有する旧幕臣にて、所謂故郷忘じ難きものありとて翁との関係を叙し、其の政治・宗教・教育の三方面に尽す事斯くも長くして而も何等疚しき点なき事は、讚歎するに余ありとて賞揚
 - 第49巻 p.400 -ページ画像 
至らざるなし
△記念目録の贈呈 渋沢男は尚も語を次ぎて、翁が高潔なる人格を以て明教人心を輔導誘掖し、自ら奉ずる事を知らざる如き状態に安んずれども、顔淵の如き隠君子にあらず、自ら進んで政界に馳駆しつゝあるを思へば、顔淵と雖も遜色あり、翁の如きは一人ありて二人なき良友なりと述べ、自ら卓上の記念品目録を取りて翁に贈呈されたり、次で成瀬隆蔵氏は、益田孝翁が伊勢に旅行するに際して認め置きし祝辞を代読したるが、益田翁は其の祝辞に於て翁との交際が五十余年の長きに亘れる旨を述べ、往時を追懐して縷々数千言に及び、深厚なる情味を籠められたるは独り翁のみならず、会衆に多大の感動を与へたるものゝ如かりき、次で麻布中学生総代の祝辞朗読あり、終つて江原翁起つて感謝の辞を述ぶ
△矍鑠たる其風貌 翁は本日斯くの如き盛筵を張られたるは家族親類迄も等しく感激する所にして、身に余る光栄は如何なる言葉を以つて述ぶべきやを知らずとて深く一同の厚意を感謝し、自分の先祖は三河の百姓より出でゝ家康公に仕へ、祖父の代に至る迄は荷運びの卑職を奉じ、祖父が始めて小役人となりたれど、自分の幼時は家極めて貧しく、家庭にありし書物は実語教と百人一首と伊勢の暦とのみなりしが八才にして寺小屋に入り始めて学問を修めしより以来、遂に今日あるに至りしは全く多くの仁愛に富める人々の賜物ならずんばあらずと、いと謙遜なる言語を以つて一代の経歴を語り、此の恩恵は子々孫々に至る迄忘るゝ能はずとて感激の情を述べたるが、七十才の老人とは思はれぬ程に言語明晰音吐朗々として真気面に迸ばしり、深き感動を会衆に与へたり、斯くて高木兼寛男の発声にて翁の万歳を三唱し、別席に於て茶菓の饗応あり、和気靄々の裡に散会したるは午後四時過なりき、尚当日出席の重なる人々左の如し
 井口省吾・村田淳・中田敬義・渋沢男・高木男・阪谷男・真野文二・相馬永胤・棟居喜九郎・山本条太郎・佐竹作太郎・飯田義一・有賀長文・根津嘉一郎・大岡育造・島田三郎・根本正・服部綾雄・松田源治・野田卯太郎・赤松範一・増田義一氏等(順次不同)
   ○本資料第四十六巻所収「江原奨学資金」明治四十五年六月一日ノ条参照。