公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
第49巻 p.452(DK490153k) ページ画像
大正2年1月15日(1913年)
是日、阪谷朗廬ノ三十三回忌ニ相当セルヲ以テ、阪谷芳郎、築地精養軒ニ縁故者ヲ招待ス。栄一出席ス。
渋沢栄一 日記 大正二年(DK490153k-0001)
第49巻 p.452 ページ画像
渋沢栄一 日記 大正二年 (渋沢子爵家所蔵)
一月十五日 晴 寒
○上略 午後五時築地精養軒ニ抵リ、阪谷朗廬翁ノ追悼会ニ出席ス○下略
中外商業新報 第九五九八号大正二年一月一七日 ○朗廬先生追悼会(DK490153k-0002)
第49巻 p.452 ページ画像
中外商業新報 第九五九八号大正二年一月一七日
○朗廬先生追悼会
現市長阪谷男の先考朗廬先生の物故せられてより本年は三十三年に相当するを以て、阪谷男は朗廬先生の薫陶を受けたる古老及興譲館に縁故ある渋沢男・馬越恭平・守屋此助の諸氏を始め七十余名を、十五日築地精養軒に案内し追悼会を開きたり、先生の遺墨遺愛の書等を互に持寄りて、先生の昔を偲ぶこと深きが上に、盛宴の席上懐旧談続々出でゝ故先生の高徳を慕ひ、門業の繁栄を祝し、和気靄然、何れも歓を尽して散会したり、尚ほ故先生の遺業たる備中興譲館に於ては、本年創立六十年祭を行ひ、先生の旧廬後月郡桜渓に建碑の計画ありと云ふ
○本資料第四十六巻所収財団法人興譲館付「阪門会」大正五年一月十五日ノ条参照。