デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第51巻 p.5-8(DK510002k) ページ画像

大正11年12月11日(1922年)

是日、外務省情報部次長田中都吉ヲ招待シテ、東京銀行倶楽部第百八十二回晩餐会開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

銀行通信録 第七五巻第四四七号・第一一四頁大正一二年一月 録事 東京銀行倶楽部晩餐会(DK510002k-0001)
第51巻 p.6 ページ画像

銀行通信録  第七五巻第四四七号・第一一四頁大正一二年一月
 ○録事
    ○東京銀行倶楽部晩餐会
東京銀行倶楽部にては、十二月十一日午後六時より仏国駐箚全権大使子爵石井菊次郎閣下(公務により欠席)、並に外務省情報部次長田中都吉氏を招待し、第百八十二回月例晩餐会を開き、食後串田委員長の挨拶に次で田中氏・渋沢子爵の演説ありて、九時散会せり


銀行通信録 第七五巻第四四七号・第七六―七七頁大正一二年一月 東京銀行倶楽部晩餐会演説(大正十一年十二月十一日東京銀行倶楽部に於て) 渋沢子爵の演説(DK510002k-0002)
第51巻 p.6-8 ページ画像

銀行通信録  第七五巻第四四七号・第七六―七七頁大正一二年一月
  ○東京銀行倶楽部晩餐会演説
        (大正十一年十二月十一日東京銀行倶楽部に於て)
○上略
    ○渋沢子爵の演説
田中さんも声が嗄れて居るから困ると仰しやいますが、私は更に声が嗄れて居りまして、申上ぐる私も困難を感じますが、聞かるゝ御方方は定めし御聞苦しからうと存じます。併し久々にて此晩餐会に出まして、今委員長から何か一言述べろと云ふ御求に対しては、声の嗄れたを理由として御断を致し兼ますから、簡単に申上げやうと思ひます
私は毎々御案内を頂いても折々に欠席を致すのを甚だ遺憾に思ひますが、生存して居る限りは此会には是非出席致さうと覚悟して居るのでございます。故に是から先もどうぞ御招を頂戴して、仮令百になつても身体の続く限りは必ず参上致したいと存じます。但し演説だけは御容赦を願ふやうに致したうございます(笑声)。一方から言ふと、皆様が旧い事を聴く端緒を得ますよりも私が若い御方に御目に懸つて所謂若返り法は斯かる機会が私の為に最上と思ひますから、一身の若返り法の為にも罷出ますので、諸君に何か昔語をすると云ふよりは寧ろ私が若い御方々にあやかる為に参上致すので、諸君の為めでなくて自己の為めであると云ふことを先づ私は御礼を申上げるのでございます
段々此世の中の進み行くに従つて、銀行の業態も範囲が広くなるであらうと存じます。今田中君の御演説に依つても、どうも金融界に斯くすれば徳だとか、斯くすれば損だとか云ふ御話でなくて、殆ど欧羅巴亜米利加の国際上の関係が、諸君に大層裨益を与へる御話に相成るやうに思ふのは、即ち吾々の若い時分此銀行倶楽部を起した当時は、今のやうな御話であると、少し馬耳東風の嫌があつたのでありますが、今夕は皆様が之を傾聴するのは世の中の進歩、銀行業の広くなつたと云ふことを証拠立て得られるやうでございます。私は此機会に於て、何卒銀行家の方々が唯々為替とか金融とか、或は抵当物が確かであるとか業務が盛であるとか云ふだけが銀行の本能で、銀行者はこれ以上の事は一切知らぬと云ふことにしないやうにして頂きたいと申上げたいのでございます。私は今銀行業に関係なく、或は社会事業とか、今田中君の御話の亜米利加に支那に、さう云ふ方面の関係問題に微力たりとも老後の務を致して居りますが、思ふに前の進みと共に独り私ばかりではない、満場の諸君がどうしてもさうならなければならぬ、矢張日本の国民が大きくならなければ、日本の地位も進むことは出来な
 - 第51巻 p.7 -ページ画像 
いかと思ふのでございます。但し己の本分を忘れて、自己の事が少しも挙らずに唯々他の事に力を伸して行くと云ふことが宜いではございませぬけれども、併し己さへ宜ければ好いと云ふことでは、今日世界的日本と相成つた上は済まぬと思ふのでございます。銀行の事業は総ての方面――即ち社会事業・慈善事業・公共事業等に皆関係を為すもので、或る場合には自分が進んで此等の事業に努めなければならぬと云ふ観念が銀行業者には甚だ必要であらうと思ふ。例へばアインスタインの相対性原理が吾々には解りませぬ、諸君は御解りになるか知らぬが、仮令解らぬまでも之を解らせるやうに考へるが、矢張銀行者の務めだと云ふ位までに思起したいと私は考へるのでございます。若し余り範囲を狭めて、銀行者は唯々銀行方面のみで足れりとするならば即ち大国民と云ふことは言はれぬだらうと思ひます。此意味に於て田中君の今の御演説は、吾々は諸君と共に傾聴しなければならぬ事と思ふ、只今田中君の御演説の中に、正義仁道の仮面を冠つて、其実は弱肉強食が寧ろ世界の通例の有様ではないかと云はれた如くに伺はれたのは、私の耳の悪かつたのか、私はさうでなくして矢張正義仁道は仮面ではない、本当の所謂正直正銘懸値なしの値段であるやうにありたいと思ふのであります。但し優勝劣敗は如何に正義仁道にあつても免れぬ。正義仁道を主張するなら成べく劣者になれと云ふことは亜米利加人も言はぬが宜い、英吉利人も言はぬが宜い、吾々もさう云ふ事は言ふに及ばぬと思ふ、優者たる事は努むるが、優者たるに依つて正義仁道は仮面であると云ふことは少し考が狭いだらうと考へます。蓋し田中君の御趣意も尚ほ私の後段に申す趣旨に外ならぬと思ひます。ひよつとすると取違へて、正義仁道と云ふものは総て看板である、効能書であつて実物はそれ程のものでないと云ふやうな誤解がないやうに諸君に御願をしたいと思ふのであります。又亜米利加に対することを私が外交官に対して彼れ是れと申上げるやうになりますが、丁度今日は十一月十一日《(二)》、昨年私は華盛頓会議を拝見の為に亜米利加に参つて今月今日華盛頓を立つて西部に参つた、丁度マル一年の今日であつて昨年の今日であつて、昨年の今夕を回顧するのでございますが、此時は華盛頓会議は未だ結了はしませなんだけれども、大分もう要領を得て、是は安心だと思ふやうになつた為に、私は華盛頓を出立致しました。夫れよりニユー・オルレアンスを経てロスアンゼルスへ出まして加州及北の方のワシントン州・オレゴン州を廻つて再度加州に戻り、太平洋沿岸に於ける移民問題をどうかして解決致したいと思ふて、桑港に居る吾々同志の亜米利加人と協議を致しまして、帰朝後其協議したる意見を外務省の要路の方に申上げてあります。未だ其解決は付きませぬが、如何にも田中君の仰せの通り華盛頓会議に於て、亜米利加の疑惑の全部とは申しませぬけれども、大に晴れたことは仰せの通りであります。さりながら西部に於ける太平洋沿岸の移民問題に就ては未だ全きを得るとは申上げ兼るやうでございます。而して之が時々少少の噴火たることを免れぬのでありますから、どうぞ望むらくは此噴火の根源を打切るやうに致したいと云ふのが吾々の希望で、其事に就て私共同志は頻に力を尽して居ります。其等の事に於ては外務当局に
 - 第51巻 p.8 -ページ画像 
も一々申上げてありますから、玆に之を喋々は致しませぬけれども、蓋し思ふに亜米利加・支那に関しては、昨年の事からして誠に順調に向つて来たと云ふことは、今田中君の仰せの通り、私は之を裏書することに躊躇致さぬのであります。但し未だ総てが解決されたと言はれぬだけは、私は玆に一部の附加へを申上げて置くのでございます。是等の事に付きましては諸君の御関係はないけれども、併し自ら日米の関係の因縁は矢張銀行者も大に御考慮を要することゝ思ひまする以上は、今日斯う云ふ有様であると云ふ、私の苦心致して居りまする点を一言申上げて置くのも無用の弁でなからうと思ひますので、充分声が出ませぬ為に、思ふ事を言尽し能はぬのを遺憾と致しますが、前に申す通り、又此次に機会がありましたら、必ず私の存じ居る事は諸君に憚らず陳上致す考でございます。今夕の此宴会に参上致しまして玆に一言を申上げる事が得ましたことを頗る愉快に思ふて、御礼を申上げます(拍手)