デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 金融関係諸会 8. 大蔵大臣招宴関係
■綱文

第51巻 p.126-129(DK510029k) ページ画像

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■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK510029k-0001)
第51巻 p.126 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年       (渋沢子爵家所蔵)
九月十二日 雨 冷
○上略 五時浜町常盤屋ニ抵リ山本大蔵大臣招宴会ニ出席ス、豊川・池田・早川・佐々木・松方等ノ十名来会、山本氏ヲ歓迎シテ懇親上ノ祝詞ヲ述ヘ、賓主和楽シテ十一時散会ス


竜門雑誌 第二八一号・第四五頁 明治四四年一〇月 銀行家の蔵相招待(DK510029k-0002)
第51巻 p.126 ページ画像

竜門雑誌 第二八一号・第四五頁 明治四四年一〇月
○銀行家の蔵相招待 青淵先生には第一銀行頭取たる資格を以て同行の佐々木勇之助、三井銀行の早川千吉郎・池田成彬、三菱の豊川良平・三村君平・串田万蔵、十五銀行の松方巌・成瀬正恭、第百銀行の池田謙三諸氏と共に山本蔵相を浜町常盤に招待して蔵相就任の祝宴を開きたりといふ。
 - 第51巻 p.127 -ページ画像 

竜門雑誌 第二八一号・第四五頁明治四四年一〇月 日本銀行総裁の蔵相招宴(DK510029k-0003)
第51巻 p.127 ページ画像

竜門雑誌 第二八一号・第四五頁明治四四年一〇月
○日本銀行総裁の蔵相招宴 高橋・水町日銀正副総裁主催にて九月十九日午後五時日本橋区永代橋畔なる同行舎宅に於て山本蔵相並に橋本次官の就任祝宴を開きたり、当日は陪賓として青淵先生にも早川・池田・園田・添田・志村諸氏と共に出席せられたり。
   ○次掲日記ニ依レバ、九月十九日ニハ栄一風邪ニテ在邸静養ス。何レニ誤謬アルカ、姑ク未決定ノママココニ収ム。


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK510029k-0004)
第51巻 p.127 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年       (渋沢子爵家所蔵)
九月十九日 曇 冷
午前七時臥床ヲ離レテ書院ノ褥中ニ起臥ス○中略 午飧後堀井医師来診セラル、風邪気昨日ヨリ幾分快方ナルモ四支倦怠シテ未タ快然タルヲ得ス、終日褥中ニ在テ桜田義挙録ヲ読ミ又各新聞紙雑誌類ヲ一覧ス○下略


渋沢栄一 日記 大正二年(DK510029k-0005)
第51巻 p.127 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十五日 晴 寒
○上略 永田町大蔵大臣官舎ニ抵リ、若槻新大臣ノ招宴ニ出席ス、夜飧中一言ノ謝辞ヲ述フ、夜十一時帰宿ス


東京日日新聞 第一二九八九号大正二年一月一七日 ○蔵相銀行家招待(DK510029k-0006)
第51巻 p.127 ページ画像

東京日日新聞 第一二九八九号大正二年一月一七日
    ○蔵相銀行家招待
若槻新大蔵大臣は十五日午後六時より官邸に都下の重なる銀行家並に大蔵省各局長等を招待して新任の挨拶を為せるが、席上渋沢男は一同を代表して極めて簡単に邦家財政の前途の多事を述べてお馴染なる新蔵相の努力を望む旨を語り、主客歓談を尽して同九時散会せるが当夜の出席者は左の如し
 渋沢男・早川千吉郎・井上準之助・桜井局長・長島局長心得・三島子・松方巌・三村君平・市来局長・黒山秘書官・森課長・菅原局長・池田謙三・佃一予・高橋男・勝田次官・水町日銀副総裁・柳谷卯三郎・安田善八郎・山崎局長・杉秘書官


渋沢栄一 日記 大正四年(DK510029k-0007)
第51巻 p.127 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
六月廿一日 晴 暑気強シ
○上略 五時半若槻大蔵大臣官舎ニ抵リ要務ヲ談シ、夜其宴会ニ出席ス、食卓ニテ一場ノ謝詞ヲ述フ、夜十時散会○下略


中外商業新報 第一〇四七九号大正四年六月二二日 ○蔵相銀行家招待 官業整理意見交換(DK510029k-0008)
第51巻 p.127-128 ページ画像

中外商業新報 第一〇四七九号大正四年六月二二日
    ○蔵相銀行家招待
      官業整理意見交換
若槻蔵相は総選挙後有力なる銀行家を招待し、一夕の宴を催す筈なりしも特別議会の前後政務多端の為め其機会を得ざりしが、二十一日午後六時左記銀行家諸氏を永田町蔵相官舎に招待し晩餐会を催せり、食後蔵相の簡単なる挨拶ありたる後、別室に於て官業整理其他財政経済問題に関し互に談話を交換し午後九時散会せり、因に当夜大蔵省側よ
 - 第51巻 p.128 -ページ画像 
り桜井・菅原・神野各局長、黒田・青木両秘書官出席せり
 水町副総裁、木村・吉井・土方・渡辺日銀各理事、志村勧銀総裁、柳谷同副総裁、志立興銀総裁、小野同副総裁、柳生台銀総裁、井上正金総裁、山川正金取締役、美濃部拓銀頭取、渋沢男、早川千吉郎、池田正彬、米山梅吉、串田万蔵、青木菊雄、安田善三郎、松方巌、成瀬正恭氏等


竜門雑誌 第三二六号・第八〇頁大正四年七月 ○若槻蔵相の招待会(DK510029k-0009)
第51巻 p.128 ページ画像

竜門雑誌 第三二六号・第八〇頁大正四年七月
○若槻蔵相の招待会 若槻蔵相は六月二十一日午後六時より銀行家諸氏を永田町なる其官邸に招待して晩餐会を催し、食後非公式に官業整理其他内外の財政経済問題に関し意見を交換し、九時散会せる由○下略


渋沢栄一 日記 大正四年(DK510029k-0010)
第51巻 p.128 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
九月十六日 曇 昨夜ヨリ特ニ秋冷ヲ覚フ
○上略 六時武富大蔵大臣官舎ニ抵リ招宴ニ出席ス、食卓上一場ノ謝詞ヲ述ヘ、食後要件ヲ談シ、夜九時半帰宿後演説筆記ノ修正ヲ為シ○下略


中外商業新報 第一〇五六六号大正四年九月一七日 ○蔵相招待会 主なる銀行家参集(DK510029k-0011)
第51巻 p.128-129 ページ画像

中外商業新報 第一〇五六六号大正四年九月一七日
    ○蔵相招待会
      主なる銀行家参集
武富蔵相は十六日午後五時蔵相官邸に重なる銀行家を招き新任披露を兼ね晩餐会を催せり、食後武富蔵相は大要左の如く演説せり
 昨年大隈伯の内閣を組織せらるゝに当り、余の入閣する如きは全く予想せざる処なりしに、今回は又計らずも諸君と直接の関係を有する本職に就任せり、昨年来計られざる出来事多き事なるが、殊に欧洲大乱の突発は独逸を除く他の各国は何れも全く予期せざりし処なる可し、而して独逸に於ても形勢の今日の如くなるは意外とする所なるべしと信ず、又日本は巨額の外債を有し之が利払を要する為め正貨の補充に苦心せしに、今や外国貿易は稀有の出超を示し、加ふるに軍需品の売行良好なる為め対外決済は益々好都合となるに至れり、欧洲戦乱は凡ゆる方面に種々の影響を及ぼし、我が一部産業中打撃を被れるものなきに非ざるも、他方に於て戦乱に乗じ発展せる事業少なからず、即ち禍を転じて福となし、単に期待せる利益を収むるに止まらず、進んで計られざる方面にも大に発展し、益々一般の福祉するに至らんことを望む
次ぎに渋沢男左の如く演説す
 閣下が今回蔵相の印綬を帯びられたるは全然予期せられざりし所ならんも、其財政上多年の薀蓄は蔵相たる素質に於て既に衆目の一致せる所なり、我が経済界が戦乱のため計られざる種々の影響を被れる中にも、金融の緩漫停止する所なく今後戦乱の永続する暁其如何なる点に達するや殆んど計られざるは大に注意を要すべし、今日の形勢より見れば、吾々銀行業者は営業至難の境遇するも知れず、米価の低落に際し政府は種々の障害を排して之が調節策を樹てられしことなれば、金融の調節に付ても何んとか適当の御考慮を煩はさん
 - 第51巻 p.129 -ページ画像 
ことは実に吾々の切望する所なり
渋沢男の演説終はるや一同別室に入り、各自思ひ思ひに談話を交換し午後九時散会せり、当日の列席者左の如し
 三島日銀総裁・水町同副総裁・志村勧銀総裁・柳谷同行副総裁・志立興銀総裁・小野同副総裁・美濃部拓銀頭取・井上正金頭取・山川正金副頭取・渋沢男・佐々木勇之助・早川千吉郎・池田成彬・串田万蔵・松方巌・安田善三郎・池田謙三(以上来賓)武富蔵相・菅原次官・神野理財局長・松本主税局長・森銀行課長、小野・大森両秘書官(以上主人側)


竜門雑誌 第三二九号・第八三頁大正四年一〇月 ○武富蔵相の招待会(DK510029k-0012)
第51巻 p.129 ページ画像

竜門雑誌 第三二九号・第八三頁大正四年一〇月
○武富蔵相の招待会 武富蔵相は新任披露の意味に於て九月十六日午後六時より第一銀行頭取青淵先生、同専務取締役兼総支配人佐々木勇之助君其の他重なる銀行家十余名を帝国ホテルに招待して晩餐会を催せり、軈て武富蔵相の挨拶あり、之れに対し青淵先生は来賓を代表して概要左の如き答辞○前掲ニツキ略ス旁々希望を述べて午後九時過散会せりといふ
○下略


中外商業新報 第一一四九九号大正七年四月六日 ○蔵相官邸招宴(DK510029k-0013)
第51巻 p.129 ページ画像

中外商業新報 第一一四九九号大正七年四月六日
○蔵相官邸招宴 既報の如く、勝田蔵相の主催に係る特派財政経済委員並に東西銀行家招待の午餐会は、五日正午より永田町なる同相官邸に開かる、出席者は目賀田財政経済委員長以下同委員全部、渋沢男以下東西銀行の有力者及び省内高等官等にして、主客合せて四十二名に達す、宴酣なる頃勝田蔵相より一場の挨拶あり、之に対し目賀田男・渋沢男の答辞あり、宴を撤し別室にて歓談を重ね午後三時散会せりと