デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正9年4月22日（1920年）

是日栄一、東京銀行倶楽部ニ開カレタル、第十七回全国手形交換所聯合懇親会ニ出席シテ演説ヲナス。

第十七回手形交換所聯合会記事　大正九年四月
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（東京手形交換所所蔵）
　　　　聯合懇親会
大正九年四月二十二日午後六時卅分ヨリ東京銀行倶楽部ニ於テ聯合懇親会ヲ開キ、宴酣ニシテ座長池田謙三氏起テ一場ノ挨拶ヲ為シ、之ニ対シ原総理大臣・高橋大蔵大臣・渋沢男爵・井上日本銀行総裁等ノ順次演説アリ、終リニ鈴木島吉氏ノ挨拶アリテ午後十時宴ヲ撤シ、席ヲ別室ニ移シテ主客歓談ノ後、同十時卅分全ク散会セリ
　　　　○池田委員長ノ挨拶○略ス
　　　　○原総理大臣ノ演説○略ス
　　　　○高橋大蔵大臣ノ演説○略ス
　　　　○井上日本銀行総裁ノ演説○略ス
　　　　○渋沢男爵ノ演説
閣下、諸君、今夕ノ手形交換所ノ聯合懇親会ニハ特ニ総理大臣・大蔵大臣ノ御出席ヲ得マシテ、政治上ニ経済上ニ頗ル重要ナル訓示的ノ御演説ヲ諸君ト共ニ拝聴致シテ感謝スル処デアリマス、私ハ其御批評ハ申上ゲマセヌケレドモ、当手形交換所ガ如何ニ政治上カラ重要視サレルカト云フコトヲ諸君ト共ニ喜ブノデゴザイマス、従来此金融業者ト云フ者ハ政治上カラ余リ重要視サレヌ、否時ニハ厄介視サレタノデ私共常ニ不快ノ念ヲ抱イタコトモ間々ゴザイマシタ、御招待シテモ御用多トノ事デ来テ下サラナカツタリ、又臨席サレテモ単ニ一言ノ形式的挨拶デ直グ帰ツテシマハレタリ、今日ノ内閣諸公ニハサウ云フ事ハアリマスマイガ、往昔ノ閣員ニハ毎々左様ノコトガアツテ、私抔モ物足ラヌヤウナ感ヲ致シテ、斯様ニ吾々ハ国家ノ為メニ経済上若クハ金融上ニ力ヲ尽シテ居ルノニ、一国ノ政治ヲ担当セラルヽ諸公ガ何故左様ニ経済界ヲ蔑視サレルカト思フタ事モアリマス、然ルニ今夕ノ如ク或ハ政治上ノ要件、即チ国政ヲ爕理スルニ於テ重要ノ問題ヲ掲ゲテ、総理大臣カラ丁寧ニ御述ベニナリ、又財政上カラハ果シテ金融ニ直接デナイニモセヨ、大蔵大臣ハ切実ニ其趣旨ヲ御示シニナツテ、而シテ其末段ニ於テ金融業ニ就テハ唯其人ノミニ依ラズニ、其資金ノ出途ニ注意アルヤウニト云フ御言葉ハ洵ニ深甚ノ御意味アル事ト思ヒマス、之ニ就テ想ヒ起シマスノハ私ガ第一銀行ノ当初ニ於テ金融業ノ稽古始メ
 - 第51巻 p.190 -ページ画像 
ヲシマシタ時ニ、大蔵省御雇ノ英国人シヤンド氏ガ時々第一銀行ノ検査ニ来ラレテ私ハ其検査ニ屡々落第シタノデアリマス、シヤンド氏ハ此資金ハ如何ナル理由カト問フカラ私ハ斯ウ云フ有力ノ人ダカラ安心ダト思ウテ貸シマシタト答ヘルト、シヤンド氏ハ人ヲ当ニスルノハ未ダ充分デナイ、其事業ガ安全デナクテハイカヌト言ハレタ、私ハ其時ニ成程サウ云フモノデアラウカト感服シタノハ殆ド五十年ニ近イ歳月ヲ経マシタガ、今日大蔵大臣ノ御言葉ニ依ツテ、シヤンド氏ノ昔ヲ回想スルノデアリマス
目下ノ経済界ノ小波瀾トモ申スベキ有様ハ私抔ノ実地ニ居ラヌ者ニハ詳シイ事ハ分リマセヌケレドモ、ドウゾ成ベク無事ニ治マレカシト祈ツテ居リマス、併シ其此処ニ至ルノハ寧ロ理ノ当然トモ申スベキモノデアリマス、私ノ見ル所ニ依リマスト、例ヘバ明治十年ノ西南戦争ノ後、俄ニ銀行紙幣流通額ガ殖エタ為メニ頻ニ物価ニ変化ヲ来シテ、一時大ニ商況ノ好カツタモノガ其後漸ク金融逼迫ヲ惹起シタ、又明治二十七年ノ日清戦争、三十七年ノ日露戦争、其前ニ兌換制度ガ二十年ニ成立シテ、二十一・二十二年ト金融界ハ、順調ニ発展シテ二十三年ニ至リテ一大変調ヲ生ジ、終ニ其年ノ五月ハ大阪ニ於テ見返品担保方法ガ出来タノハ、其金融逼迫カラ起ツタノデアリマス、斯様ニ変化アル度毎ニハ自然種々ナル対応策ノ生ズルト云フコトハ洵ニ免レ難イノデアル、如何ニ銀行業者諸君ガ大蔵大臣ノ御趣旨ヲ恪守シテ注意ヲ致シマシテモ、其注意モ行届カズ、又取引先ガサウハヤツテ呉レヌカラ終ニ此処ニ至ルノデアリマスカラ、他ノ一例ヲ以テ言フナラバ健康ナル青年ガ食慾ガ能ク進ンデ、遂ニ食ベ過ギテ腹ヲ悪クシタヤウナモノデアルト思ヒマスト、或ハ斯ウ云フ事ノアルノガ寧ロ此経済界ノ発展スベキ余地ガアルノダトモ言得ヒラルヽカト思ヒマス、ケレドモ私ハ余リニ今日ヲ楽観シテ屡々食傷ヲ御勧メスルノデハアリマセヌガ、只此経済界ノ波瀾ヲ以テ単ニ悲観ニ了ルヤウナ事ハ私モセヌガ、諸君モナサラヌト思フノデアリマス、要ハ斯カル場合ニ於ケル銀行者ノ覚悟ガ自己サヘ安固ナレバ宜イト云フ自我主義ハ、満場ノ諸君御一同ニナサラヌガ宜イト御忠告致シマス、兎角斯ウ云ウ場合ニ己レガ一番先ニ損害ヲ免レタイト云フ考ヲ以テ共同的観念ヲ忘却スルト、終ニ誰彼トナク一同ニ免レルコトハ出来ヌト云フ結果ニ陥リマス、是ダケハ特ニ諸君ニ御注意ヲ願ヒタイ
総理大臣・大蔵大臣ヨリ既ニ御訓戒的ノ演説ガアリマシタガ、私ハ又商業上ニ道徳ヲ重ンズル、節義ヲ貴ブト云フコトヲ特ニ希望スルノデアリマス、総ジテ変調ノ商業界ニハ完全ナル事ハ為シ得ラレヌ、是ハ法律デモ、制度デモ行カズ、只々当事者ノ心ニ属スルコトデアリマス換言スレバ至誠以テ其宜ヲ得ルノデアリマス、蓋シ此事ハ今言ウテ直ニ行ハレルモノデハゴザイマセヌケレドモ、金融上ノ枢機ヲ握ル銀行業者ガ、其営業上常ニ徳義ヲ守リ親切ヲ尽シタナラバ、商工業一般ノ気風ヲ改良セシムルコトガ出来ルダラウト思ヒマス、斯ク申スハ私ガ難キヲ人ニ求ムルモノダ、ソレナラバ足下ハ永年銀行ヲ経営シテ居ツタガ、ナゼサウシナカツタカト反問サレルト、恐入ル外ハアリマセヌガ、其頃ハ世ノ中ガ今日程進ンデ居ラナカツタカラ、敢テ難事ヲ以テ
 - 第51巻 p.191 -ページ画像 
人ニ責ムルモノデハナイト思ヒマス、玆ニ平生私ノ主義トスル商業道徳ニ付テ一言御注文申シテ置キマス（拍手）

竜門雑誌　第三八四号・第六〇頁大正九年五月
○全国手形交換所聯合懇親会　全国手形交換所聯合大会は四月二十二日午後東京銀行集会所に於て開催せられ、池田謙三氏会長席に着き内国債の償還及銀行条例の改正其他を附議決定の上散会し、更に懇親会を開く所ありしが、来賓には青淵先生・原首相・高橋蔵相・井上日銀総裁以下参会者二百三十余名、席上池田謙三氏の挨拶に次ぎ、原首相・高橋蔵相・井上日銀総裁の演説あり、最後に青淵先生の大略左の如き演説ありて実業道徳の必要を論ぜられ、一同和楽の裡に散会せる由。
○下略