デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
4節 通信
1款 日本無線電信株式会社
■綱文

第52巻 p.21-38(DK520004k) ページ画像

大正11年6月14日(1922年)

是ヨリ先、日米電信株式会社、海底電線敷設ノ計画ヲ変更シテ無線電信局ヲ建設セントシ、是日、創立委員ハ国際無線電信所民営ニ関スル申請書ヲ逓信大臣前田利定ニ提出ス。十二年三月三日之ガ追願ヲナシ、更ニ同月十五日再ビ同大臣ニ申請ス。


■資料

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0001)
第52巻 p.21-23 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
       日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月
                     (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
(朱印)
(写)
    対外無線電信所民営ニ関スル申請
去ル大正九年一月十五日附ヲ以テ海外通信専用大無線電信局設置ニ関スル申請書提出致置候処、爾来無線電信ニ関スル技術ノ進歩発達ハ真
 - 第52巻 p.22 -ページ画像 
ニ端倪スヘカラサルモノ有之、帝国内ノ無線電信事業ヲ整備セントスルニハ、猶幾多ノ努力ト研究ヲ要スヘキモノ可有之ト存候
近時政府ニ於テモ帝国版図ノ内外ニ亘ル無線電信政策ニ関シ、何等御講究中ノ由承聞致候ニ付、此際当会社創立委員ニ於テモ亦曩ニ申請致置候会社設立ノ目的ニ応シ、帝国政府ノ無線電信ニ対スル政策及各般ノ施設ヲシテ財政上可成国庫ノ負担ヲ過重ナラシメサル手段方法ニ依リ、之カ速成ニ助力シ、且諸外国ノ優秀ナル技術並ニ発明ヲ自由ニ内地ニ輸入シ得ヘキ方途ヲ講シ、以テ我国ニ於ケル斯業ノ進歩ヲシテ海外一般ノ発達ト相伴ハシメ候様切ニ希望仕候
就テハ会社設立ノ目的並ニ事業ノ範囲ニ関シ、左ニ其梗要ヲ摘記シ謹奉煩清鑑候
第一、政府ト会社トノ関係
 イ、無線電信法其他政府ノ法規ニ遵拠シテ営業ノ方針並ニ範囲ヲ定ムルハ勿論ナルモ、会社ニ於テ建設スル局所ニ於ケル対外通信ノ取扱ハ之ヲ会社ニ許可セラレ度キコト、且同局所ニ於ケル従業員ハ本社ニ所属セシメラレ度キコト
 ロ、政府ノ指定ニ基キ局所又ハ機械等ヲ設置建設シタル場合ニ於テハ、之レカ投下資本ニ対シ政府ニ於テ相当ノ補償ヲセラレ度キコト
 ハ、本事業ハ収益未必ノモノニ属スルカ故ニ、営業開始後若干年間投下資本ニ対シ年利率八歩ニ達スル迄政府ニ於テ配当補給ヲセラレ度キコト
第二、会社事業ノ目的
 イ、本邦無線電信事業振興ノ為、政府ノ方針ト施設トニ相応シ、民間資本ヲ以テ之ニ関スル技術並ニ施設ノ改良進歩ヲ企図スルコト
 ロ、右ノ目的達成ノ為、諸外国ノ関係会社又ハ其聯合組織ト提携シ彼我技術並ニ特許権ノ融通ヲ図ルコト
 ハ、無線電信ニ関スル学術技芸ノ進歩ヲ図ル為、政府部内ノ同種施設ト相俟テ外国諸会社トノ連繋ヲ保チツヽ研究機関ノ設置ヲ為シ度キコト
第三、会社事業ノ範囲
 イ、対外無線電信所ノ建設並ニ之ニ附帯スル一切ノ機械的設置ノ請負
 ロ、国内無線電信電話所ノ建設其他之ニ附帯スル一切ノ機械的設備ノ請負
 ハ、無線電信電話ニ関スル機械器具ノ製作及販売
 ニ、対外無線電信所ニ於ケル通信ノ取扱
   (トランスミツシヨン・ビジネス)
   (但此場合政府ノ電信局ト連絡シ政府ノ指揮監督ヲ受クルハ勿論ノ義ナリ)
 ホ、ブロード・カストニヨル無線通信事業
                        以上
  大正十一年六月十四日 日米電信株式会社創立委員総代
 - 第52巻 p.23 -ページ画像 
                  男爵 中島久万吉
                     藤瀬政次郎
                     串田万蔵
    逓信大臣子爵 前田利定閣下
     追而 当会社創立委員ノ氏名別紙煩一覧候
(別紙)
    日米電信株式会社創立委員氏名 (いろは順)
                伊東米次郎《(伊東米治郎)》(日本郵船)
                原富太郎
                堀啓次郎(大阪商船)
                大谷嘉兵衛
                小野英二郎(興銀)
                和田豊治
                金子直吉(鈴木)
                高田釜吉(高田)
             男爵 中島久万吉(古河)
                中田錦吉(住友)
                内田嘉吉
                串田万蔵(三菱)
                山田馬次郎(大倉)
                松方乙彦
                藤瀬政次郎(三井)
             男爵 郷誠之助
                浅野良三(浅野)
                阪野鉄次郎(藤田)
             子爵 渋沢栄一
                末延道成
                  計 二拾名


中外商業新報 第一三〇五四号大正一一年七月一三日 日米電信計画進捗 中島東郷藤瀬三氏の首相訪問 会社創立の委員三十三名決定(DK520004k-0002)
第52巻 p.23-24 ページ画像

中外商業新報  第一三〇五四号大正一一年七月一三日
    日米電信計画進捗
      中島東郷藤瀬三氏の首相訪問
      会社創立の委員三十三名決定
中島久万吉男・東郷安男・藤瀬政次郎の三氏は十二日午前十一時加藤首相を官邸に訪問し、会談約一時間にして退去した、右三氏訪問の用向は日米間
 電信設備 の改善に関するものである。即ち本邦の国際的通信設備が最も貧弱なので有形無形莫大の損失を蒙つて居り、我文化生活上の不利不便頗る大なるものがある。例へば最も迅速を貴ぶ新聞電報に関する点に就て見るも、市俄古・倫敦間が所要時間十五分間一語金一志なるに対し、紐育・東京間が所要時間廿四時間乃至卅時間一語一円九十二銭で、到底比較にならぬ程である、斯の如き状態は決して捨置くべきにあらずとして、昨年来先覚者の間に寄々協議され、前内閣当時高橋首相も大いに之に賛せる次第であつたが、加藤内閣成立により対
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政府との交渉が一時杜絶するに至つた、然るに此事業たるや商業上は勿論、国民文化生活上緊急なるものであるから、内閣の如何によりて左右すべきものにあらずとして同日の
 加藤首相訪問 となつたのである、而して訪問者諸氏は上記の理由を首相に陳述すると共に
 (一)事業完成の暁には英国のマルコニー、独逸のテレフンケン、米国のラヂオ・コーポレーシヨン・オブ・アメリカ、仏国のコムパニー・フランセー・テレグラフヰク・サンフヰーの四大会社の国際協定に加入の諒解を得たる事
 (二)単に米国とのみならず全世界の通信網中に加入する事
 (三)出来得べくんば政府にて着手されたき事、若し政府にして不能ならば、民間資力を以て営利を目的とせず、公共設備社会奉仕の意味に於て日米電信株式会社を設立し、有線及無線の両電線を敷設し度き事
 (四)之に関する米国政府の諒解に就き尽力せられ度き事
等に就き陳述する処あつたが、加藤首相も大いに之を諒とし「目下の処政府が之を一事業として自ら経営すること不可能であるが、民間が会社の組織に着手するに於ては充分の
 後援便宜 を与ふる旨、答ふる所があつた、斯く加藤首相の明答に依りて現内閣の此事業に対する態度が判明を致したが、前記諸氏は尚十三日主務長官の前田逓相を訪問し諒解を求め、会社組織として事業を経営する具体的計画を立つる筈であつて、既に二十名の創立委員及十三名の特別委員に左の諸氏の選定をも済んで居る
   創立委員
 伊東米治郎(日本郵船)・原富太郎・堀啓次郎(大阪商船)・大谷嘉兵衛・小野英二郎(興銀)・和田豊治・金子直吉(鈴木)・高田釜吉(高田)・男爵中島久万吉・中田錦吉(住友)・内田嘉吉・串田万蔵(三菱)・山田馬次郎(大倉)・松方乙彦・藤瀬政次郎(三井)・男爵郷誠之助・浅野良三(浅野)・阪野鉄次郎(藤田)・子爵渋沢栄一末延道成
   特別委員
 逓信技師稲田三之助(逓信省通信局工務課長)・海軍大佐浜野英次郎(海軍省軍令部)・工学博士利根川守三郎(前電気試験所長)・工学博士大井才太郎・牛沢為五郎(逓信省通信局通信事務官)・理学博士山崎直方(東京帝国大学理学部教授)・山本幸男(逓信省管船局登録課長)・逓信技師松橋清助(逓信省通信局)・逓信技師児島牛五郎(逓信省通信局)・工学博士浅野応輔(帝国大学名誉教授)・斎藤正平(東京イー・シー工業株式会社取締役兼技師長)・工学博士男爵斯波忠三郎(東京帝国大学工学部教授)・逓信技師鈴木寿伝次(逓信省通信局)


集会日時通知表 大正一一年(DK520004k-0003)
第52巻 p.24-25 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年     (渋沢子爵家所蔵)
四月六日 木 午後三時 内田嘉吉氏来約(兜町)
  ○中略。
 - 第52巻 p.25 -ページ画像 
五月廿四日 水 正午 日米電信会社創立委員会(日本工業クラブ)但多少遅刻ノ事ヲ断リタリ
  ○中略。
五月廿七日 土 午前十一半時 日米電信会社ノ件(日本クラブ)
  ○中略。
七月卅一日 月 午前十半時 日米電信会社創立委員会(工業クラブ)
  ○中略。
九月廿三日 土 午後一半時 東郷安・渋沢義一両氏来約(兜町)


渋沢栄一 日記 大正一二年(DK520004k-0004)
第52巻 p.25 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月三十日 曇 寒
○上略 午後二時工業倶楽部ニ抵リ、海底電信会社創設ノ要件ヲ議ス、内田嘉吉・中島久万吉二氏及東郷安氏等ヨリ詳細ナル説明アリ、終ニ内田・中島氏等ト共ニ政府当局ニ交渉ノ事ト定ム○下略
  ○此年三月七日ヨリ年末マデノ栄一日記ヲ欠ク。


国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0005)
第52巻 p.25-28 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
        日米電信株式会社創立事務所編  大正一二年七月
                     (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
(ゴム印)
大正拾弐年弐月参日   日米電信株式会社創立事務所
  ○対外遠距離無線電信事業民営に関する陳述
一、帝国の対外通信施設は無線電信も海底電信も何れも甚だ不備不足で、之が為め公私各方面共に大なる不自由を感じて居ることは、今更冗言の要なき処である、仍て政府は此両通信に対し何等か新施設を為すべき必要に迫られて居るのであるが、政費多端の折柄容易に其要望を実現し能はざる事情である
一、海外との通信施設が便利になれば独り国内官民一般の好都合であるのみならず、国際関係の円滑を期する上に於ても多大の便宜があるべきは言を俟たない処である
一、従つて不幸にして此国家的要望が、政府の財政の都合で近く実現し能はざる場合には、民間資本家側は此公共事業の速成の為微力を致し度いと云ふ希望により、日米電信会社の事業が生れたのである
一、然るに日米間海底線布設に関しては米国内の官民の意嚮が一定しない為、之れと決定的の相談を為す能はず、目下双方に於て引続き考慮中である
一、無線計画は日本国内丈けの関係であるから、政府の計画さへ決定すれば之が実現には差支ないのである
一、而して之を官営とするか、民営とするかは意見の岐るゝ処であるが、吾人は日本内地に於ける通信事業の現況に鑑み、且つ世界各国の現情を詳細に研究したる結果、我国も亦たとへ財政上官営となし得る余裕ある場合に於ても、猶且つ国策上民営会社を必要とする結論に達して居るのである
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一、然らば何が故に民営論を可とするのであるか、夫れには大凡次の理由を挙げて見たい
 (A)無線事業は汎世界的の性質を有し、事業の範囲は単に或一国内に局限せらるべきものでない、従つて他国の同業者と常に密接なる関係を保ち、通信運用上は勿論技術の進歩発達に就ても互に提携し協同するに非ずんば、到底円滑なる通信の交換が出来ないのみならず、今日の日本の如く遥に世界の進歩に後くるゝ怨があるのである、此意味に於て政府自体其衝に当るよりも、民間会社が其間に介在して外国官民と接触の任に当る方が、国家的見地よりして非常に便利であることは今や世界共通の政策として殆ど疑を容れぬ処である、英のマルコニ会社、仏のゼネラル無線会社、独のテレフンケン会社、米のラヂオ会社等皆何れも同一形式に出でゝ居るのは決して偶然のことではないのである、殊に最近仏国にありては、官設ボルドウ大無線局の遠距離通信を特に民間会社の経営に移せしめたるが如き事例さへあるのである
 (B)他面財政上より見てこゝ数年間は何人が見ても政府財政に充分の余裕があるべしとは思はれない、よし十二年度予算に継続費の一部が計上せられても、今後の財政事情並に四囲の現況に照し、五箇年計画が延びるとも短縮される望はない
   「註」 大正十二年度逓信省予算中新要求費に於て、大無線局新設費五箇年継続九百万円の内百万円を計上す
   然るに民営であれば資本の集まる限り、又技術関係の許す範囲内で仕事は及ぶ丈け早く完成して、一日も速に実際の運用に資することが出来るのである、加ふるに目下外国会社との関係は極めて円満で、日本に私設会社が出現する場合には出来る限りの便宜を計るべく種々の申込が輻湊して居る際であるから、尚更好都合の時機である
 (C)更に無線電信に関する技術の進歩は各国共極めて迅速にして真に端倪すべからざるものがある、従つて又特許品の数頗る多きに上つて居る、若し是等の特許発明が各国に於て鎖国的に取扱はるれば、世界の無線の進歩が著しく阻害せられる訳である、反之、若し各国共真に科学の発達、文明の進歩延いては人類の幸福の為めに互に協同連繋の歩調を保つことが出来れば、研究上の冗費を省き能率を高め、無線事業の発展に資すること頗る多大なるべきは敢て言を俟たぬ処である、而して諸外国会社又は政府と斯の如き便宜の協調を保つには、是非共基礎鞏固なる民間会社の存立を必要とするのである
 (D)日米電信会社が今日計画しつゝある民営事業は、主義に於ては依然官営を尊重するものである、即ち明治政府以来国内通信事業に関し伝統的に因襲し来れる通信権政府専掌の主義を暫く対外通信にも及ぼすとして、たとへ会社が無線局を建設するも、之による通信は政府の管制下に運用せられ、通信権は政府依然之を専掌し、会社は単に其運用に関する技術の一部丈けを取扱
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ふに過ぎぬ、換言すれば会社は局の建設と設備とを完成し、其局内部限りの運用に当るのである、而して政府の電信局が受理したる対外通信並に外国より感受すべき通信の幾部分を発受するに止まるのである、恰も目下独逸に於てテレフンケン会社と政府とが実行して居ると同じ様にやらうとするのである、彼の英米等の如く通信事業全部を民間に於て営まんとするものとは大に趣を異にし、単に政府通信施設の補助機関たらんとするに止まるのである
 (E)更に国防上の見地から、平時にありては及ぶ限り斯種軍需工業の発達を奨励助長し、之が工作能力の伸展に努め、一旦有事の日に於て直に軍用に徴発し管制するは、経済的国防計画として最も策の得たものである、況んや今次の海軍縮小に当り、海軍当局は自から進んで従来造兵廠にて作業に従事したる無線電信機械の製造を民間に委ぬるに決したるが如き、軍事当局者としては極めて理解ある態度に出でられたる以上、民間に於ても亦之に策応し、軍事当局の要求に応ずるに足る確固たる事業を起すことは、現下最も緊急なる国家的要務であると信ぜられる
一、然るに政府は、既に大正十二年度予算作成に際し、逓信省の原案(五箇年継続総額参千万円五大無線局建設費)を査定したる結果二局建設費(対欧洲及対殖民地局、五箇年継続、総額九百万円)丈けを認め、他の三大局の建設を民間会社に委ぬることに決したのである
一、会社は昨年十一月予算案決定の前後に於て、逓信・大蔵両当局より内交渉を受けたる処に基き種々協議の結果
 (A)政府は会社をして単に局の建設のみに任ぜしめ、出来の上全部之を借上げんことを希望するも、元来会社の計画は政府と協力し政府事業の及ばざる処、不便を感ずる場合に於て忠実なる補佐機関たらんと欲するにあるが故、単り局の建設のみに止まらず局内の諸施設を最新最鋭のものとなし(政府事業にありては予算関係上無線電信の如き急激なる発展をなしつゝある事業の進歩、変転に伴ふこと頗る困難である)且つ其局丈けの運用並に保持に任ぜんとするのである
   「註」 五箇年の継続事業で無線局を建設すれば、五箇年後の完成期には已に数年前の旧式局が出来上る訳である、夫れ程目今の無線事業の進歩は急速である
 (B)逓信当局は運用を民間会社の手に委ぬるは秘密確保其他の事由により到底許容し難しと主張するも、近時無電機械の発達は殆ど総べて機械的方法により発受せらるゝが故、決して取締の困難を感ずるが如き性質のものではない、まして会社の希望する運用の範囲は単に民設局の内部丈けに限り何等他との接触が出来ぬ場所である
 (C)尚此計画は一般民間事業に比し甚だ独立性に乏しき仕事であり且つ国際関係上並に国防上速成を要する事業であるから、其収支計算の如きも政府より一定の保証を与へられるに非ざれば、
 - 第52巻 p.28 -ページ画像 
到底充分なる資本を誘引する能はざる次第である、換言すれば計画は尋常市井の一般営利事業とは根本的に其撰を異にし、全く政府の通信施設の補助機関たる国家奉仕の使命を荷つて立つ性質のものである、此点に於ても彼の英米等の如く通信事業を全く自由なる民業として縦横の手腕を振はしむる国の事情とは大に異るものがあるのである         (了)


国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0006)
第52巻 p.28 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
         日米電信株式会社創立事務所編  大正一二年七月
                      (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    ○「対外無線局に関する政府の内示案」に対し大正十二年二月二十日当社より政府に回答したるもの
一、対外無線局の民設を認むること
二、右は先以て資本金凡そ(壱千万)円以上の会社を設置し、追て必要に応じ増資すること
三、会社は其の資本金の半額以上及議決権の過半数が帝国臣民に属するものたること
四、会社の業務範囲左の如し
  (1)政府との協定により無線局(中央電信局との連絡装置を含む)を建設すること
  (2)会社は之を保守及運転し且改良すること
  (3)電報の伝送は中央電信局に於て政府直接運用すること
  (4)外国又は外国会社と交信及料金に関し取極めを為すことは、政府に関するものは政府に於て、外国会社に関するものは会社に於て之れに当ること、但何れの場合に於ても決定前双方より下協議をなすこと
五、会社の設置すべき局は凡そ左の通り予定すること
  (1)対極東局(支那・西比利亜)(凡そ百キロ)
  (2)対印度南洋局(印度・比律賓・香港・濠洲・南米)(凡そ三百キロ)
  (3)対加奈陀及北米局(凡そ五百キロ)
    但(3)の対米局より着手し(1)及(2)に関しては更に協議の上着手すること
六、会社に対しては左の報償をなすこと
   発受有料語数に対し日本に帰属する料金の十分の九
七、保守運転及改良に関し政府は必要に応じ会社に指示すること
八、建設工事の著手及落成期限は政府の許可を受くること
九、許可の有効期間は三十年とすること
一〇、政府は必要に応じ何時にても買収することを得ること、但買収の方法に関しては地方鉄道法第三十一条及第三十二条を準用す
一一、参考調書
  ○右ハ謄写ヲ朱字ニテ訂正シアリ。ココニハソノ訂正セルモノヲ収ム。

 - 第52巻 p.29 -ページ画像 

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0007)
第52巻 p.29 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
         日米電信株式会社創立事務所編  大正一二年七月
                      (渋沢子爵家所爵)
(謄写版)
(ゴム印)
大正拾弐年参月参日
    国際無線電信民営ニ関スル追願
対外無線電信所民営ノ儀ニ関シテハ、曩ニ大正十一年六月十四日附願書ヲ以委曲及申請候処、猶最近諸外国ニ於ル民営無線電信機関発達ノ現情ニ伴ヒ、吾邦亦之ニ応スルノ施設ヲ急務トスヘク奉存候間、更ニ追願ノ趣旨ニ依リ、左記ノ事項ニ関シ重而奉煩清鑑候也
一、帝国ノ国際無線電信ニ関スル一切ノ施設ハ、之ヲ民間ノ経営ニ委ヌルノ国策ヲ決定セラレ度事
二、政府ノ既設ニ係ル対外無線電信機関ハ、総テ之ヲ当会社ニ貸下ケ又ハ譲渡セラレ度事
三、政府ノ計画中ニ係ル未成局所ノ設置ハ其計画ニ応シ総テ之ヲ当会社ニ引継カレ度事
四、対外無線電信事業ハ総テ政府ノ命令ニ遵フテ施設スヘク、収益未必ニ属スルカ故ニ、会社創立ノ時ヨリ若干年間、払込資本金額ニ対シ年利率八歩ニ達スルマテ、政府ニ於テ利益金配当ノ補給ヲセラレ度事 以上
  大正拾弐年参月参日 日米電信株式会社創立委員総代
                    内田嘉吉
                 男爵 東郷安
                    藤瀬政次郎
                 男爵 中島久万吉
    逓信大臣子爵 前田利定閣下


国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0008)
第52巻 p.29-31 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
        日米電信株式会社創立事務所編  大正一二年七月
                     (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
(朱印)

    国際無線電信民営ニ関スル申請
曩ニ大正八年八月六日附、同九年一月十五日附並ニ同十一年六月十四日附ヲ以テ、日米電信株式会社事業計劃ニ関スル申請書ヲ提出致置候処、今般別紙目論見書ノ通リ事業ノ計劃並ニ収支予算ヲ定メ、重テ及申請候間何卒御清鑑相煩度奉願上候也
  大正拾弐年参月拾五日
           東京市京橋区日吉町十四番地
             日米電信株式会社発起人総代
                    串田万蔵印
                    藤瀬政次郎印
                 男爵 中島久万吉印
    逓信大臣子爵 前田利定閣下
 - 第52巻 p.30 -ページ画像 
(別紙)
    目論見書要項
一、会社ハ政府ノ国際無線電信施設ニ関スル計画ニ従ヒ、概要左ノ事業ヲ営マントス
  (一)会社ハ先ツ対米第二局ヲ建設シタル上、更ニ政府トノ協議ニヨリ順次他ノ局ノ建設ニ従事セントス
  (二)会社ハ先ツ以テ資本金壱千弐百万円ヲ以テ起業ニ着手スルコト
  (三)対外無線電信事業ハ政府ノ命令ニ遵フテ施設スヘク、収益未必ニ属スルカ故ニ、会社創立ノ時ヨリ若干年間、払込資本金額ニ対シ年利率八歩ニ達スルマテ、政府ニ於テ利益金配当ノ補給ヲセラレタキコト
  (四)会社ハ政府ヨリ対米第二局ニ於テ取扱ヒタル電報料金ノ本邦収得分ニ、十分ノ九ヲ乗シタル金額ノ交付ヲ受ケタキコト
  (五)会社ハ政府ヨリ少クモ対米無指定発信電報ノ二分ノ一ノ取扱ノ保障ヲ受ケタキコト
  (六)会社ハ政府トノ協定ニ依リ無線局設備一切ヲ建設シ、之ヲ保守運転改良スルコト(中央電信局トノ連絡装置ヲ含ム)
二、計算要項
  (一)対米第二局建設費調及之ニ関スル一切ノ調書(別冊附属書類第一号ノ一及二参照)
  (二)会社資本金払込計画(別冊附属書類第二号参照)
  (三)会社収支計算及其ノ基礎
   (イ)収入計算表(別冊附属書類第三号ノ一参照)
   (ロ)支出計算表(同第三号ノ二参照)
  (四)料金収入分割々合ノ根拠(同第四号書類参照)
  (五)維持費調(同第五号書類参照)
  (六)政府ヨリ補給ヲ受クヘキ金額ノ見込書(同第六号書類参照)
                          以上
  ○(一)対米第二局建設費及之ニ関スル一切ノ調書中附属書類第一号ノ一略ス。
(表紙)

   民設国際無線電信ニ関スル建設費

    附属書類第壱号ノ二

    ○対米無線電信局設計大要
本局ノ通達距離約四千五百哩ニシテ、送信局ニハ「ターボゼネレーター」ヲ設備シ、之ニヨリ五百キロ電動発電機ヲ運転シ、高サ約二百米突ノ鉄塔六基ニ架設セラレタル逆L型空中線ニ持続振動電流ヲ発生セシメ、受信局ニハ指向式受信装置ヲ設備シ、二重通信ヲ行フモノトス中央電信局ニテ直接送受ヲ行フ為メ、中央電信局ト此等送信局及受信局トヲ連絡スル操縦線及打合せ電話線トシテ、架空線ヲ新設スルモノトス
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    ○無線電信施設費
一金八百万円也
      内訳
 一金参百六拾弐万九千八百六拾円也  機械材料費  第1号表
 一金参拾六万弐千七百円也      工事費    第2号表
 一金弐百拾壱万壱千七百円也     営繕費    第3号表
 一金九拾弐万九千円也        陸線費    第4号表
 一金八万八千六拾円也        工事用旅費  第5号表
 一金拾弐万円也           創立費    第6号表
 一金四万円也            海外出張費  第7号表
 一金四拾万四千参百弐拾円也     俸給費    第8号表
 一金壱万四千百円也         技手養成費  第9号表
 一金拾万円也            試験費    第10号表
 一金弐拾万弐百六拾円也       予備費
○下略
  ○(二)会社資本金払込計画以下略ス。


集会日時通知表 大正一二年(DK520004k-0009)
第52巻 p.31 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
二月十六日 金 午後三時 日米海底電線ノ件(工業クラブ)
  ○中略。
三月六日  火 午後三時 日米電信会社ノ件(日本工業クラブ)
  ○中略。
三月十四日 水 午後四時 日米電信会社ノ件(工業クラブ)
  ○中略。
三月廿七日 火 午後四時 日米電信会社創立委員会(日本工業クラブ)



〔参考〕国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類 日米電信株式会社創立事務所編 大正一二年七月(DK520004k-0010)
第52巻 p.31-36 ページ画像

国際無線電信民営計画ニ関スル参考書類
        日米電信株式会社創立事務所編  大正一二年七月
                     (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
(表紙)

(朱印)
 (秘)
  軍事上より見たる
    民営無線電信事業
      ……無線電信通信事業の民営助長に就而……
                (大正十二年一月)

    ○無線電信通信事業の民営助長に就而
戦時通信に対する要求は、直接軍事行動に関する軍隊相互間の味方通信の完璧而已に止まらず、這般の欧州大戦の実蹟が遺訓せし如く、実に左の重要事項を完成せざるべからず
 (イ)敵の軍事通信の聴取及解読
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 (ロ)敵の軍隊の方向所在の測定探知
 (ハ)敵の宣伝通信の聴取及対応宣伝
 (ニ)諜報蒐集に対する通信系路の完備
 (ホ)外交経済通信の完備
然るに我国通信機関は従来各種の事変ある毎に、軍隊相互間の味方通信すら的確に実施し得る域に達し居らず、況して前記各号に対しては殆ど其機関皆無と称するも敢て過言にあらず、即ち
(イ)敵の通信傍受に充当すべき受信局の余裕なし
(ロ)敵の艦艇の所在行動を測定探知すべき無線電信方向探知所は、我領土沿岸に其影を認めず、大戦中英国が其本国沿岸に二十数箇所の方向探知所を施設し、之により独国艦艇の所在行動を測定探知し、海洋作戦の実施に偉大の効果を歛めたるが如き、或は地中海方面に建設の方向探知所が独墺潜水艦の追及撃破に貢献したるが如き、実に斯種無電所の実戦上須要欠くべからざる適例なり、加之欧米各国は戦時航海船舶の位置測定に通用し、航海の安全を保つことに顕著なる効果を挙げ来たれり
斯の如く平戦時を通じ須要欠くべからざる斯種無電所を有せざるは施設上の一大欠陥なり
(ハ)欧州大戦中英独が莫大の資を投じて戦時宣伝に努力し、英国が遂に宣伝戦に於て勝ち、独国をして其国内より破綻せしむるの偉業を奏したるは其因尠からざるも、独国が実施の宣伝手段を詳にし、常に其曩を利用し、独国をして宣伝戦に施す術なからしめたるは其効果大なりしものなり、而して独国の宣伝を常に詳にせしは、英国「マ社」無線電信所が悉く敵無線通信の傍受に努力し、戦時中実に数千万語を聴取して之を宣伝省に報告せしに因るものなり、現状にて黙過せば戦時我国の宣伝戦の不利は既に自明せり
(ニ)諜報蒐集の適否が作戦の実施に至大の影響を及ぼすは絮説を要せざる所なり、然るに現時世界各方面に対する我国の諜報通信系路は、悉く第三国の通信系に倚頼を要する悲境に在り、斯通信系路の完成は単に戦時諜報の必要而已ならず、平時の経済戦に於ても亦肝要欠くべからざるものなり、僅一時間の通信の遅速が数百万円の資財を左右せし既往の実証を顧みれば思半に過くるものあらむ、斯諜報通信系経路構成の第一要件は、所要国と直接連絡を完備するに在り、世界通信界の現状に於ては之を無線電信連絡に依るを安価にして容易なり、国家通信政策上速に完備するの歩を進むるにあらずば、遠からずして欧米の通信網の為めに圧せらるゝに至るべし
又情報の蒐集宣伝の実施に欠くべからざるは、大戦中英国の「ルーター」米国の「共同」「合同」「国際」独国の「ウオルフ」の各通信社が実施実証せし如く、大規模の世界的通信社なり、斯種事業は民営にして甫めて国際的に発達を期し得べきものにして、現今世界到る所の通信社なるもの、政府の直営を見ざるは実に是が為めなり、我国には目下小規模のもの四箇あり、将来此四民営通信事業を助長せしむること肝要なると共に、是等と直接間接に融合して情報蒐集の実果を挙げんと欲せば、諜報通信系路開拓の事業は之を民営とするを最も肝要とす
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以上述べたる如く、我国戦時通信に対する不備欠陥は至大にして寒心に堪へざるものなり、之を欧米各国の通信機関の整備に対比するに、我国は其列後に坐すること殆ど十年の久しきに在り
元来無線電信を実戦に適用せし世界的先導者は我海軍にして、而も無線電信の根本的革命の一とも称すべき、地絡綜の効果に対する重要なる実験は「マルコニー」の発表に先ち我国電気学者の実施せし所なり
斯の如く無線電信通信出現の当初に於て、我国は実用者として世界の卒先者たりしに拘はらず、日露戦争以来十数年間に欧米のものに遅くるゝこと甚しく、遂に彼等の末流に而已謳歌するの窮状に至れり
斯の如く戦時通信に対し大欠陥を曝露し、且通信の実施及通信工業は欧米の末流を汲む窮況に沈淪するに至りし原因を考覈するに左の如し
(一)官民共に平戦時を通し通信機関の整否が国家・国民に及ぼす影響を痛切に感ぜざりしこと
(二)前号に依り通信機関の整備を等閑に附したる結果、通信器械に需要の途なく従て通信工業の発達を促進せしめざりしこと
(三)通信の政府専掌主義が法規若くは予算の関係等の為め、世界的通信の大勢に順応すべき大障碍となりしこと
然るに欧洲大戦以来世界の国際的関係は甚しく複雑にして且接近し来たり、事々物々昔日の光輝ある孤立なる語を許さざる情況となり、外交・経済・軍事皆世界的に通信の敏活確実を要すること切実となりしを以て、欧米各国は戦前より比較的通信機関を整備しありしにも拘らず、戦後の世界的趨勢に鑑み、一層其世界的自国通信系の開拓に熱中し、駸々として其驥足を延し、英米仏共に着々其通信権を東洋に確立せんとするは、華府会議の経過、旧独線処分問題討議に於ける列国の態度より推敲するも明なり、而して其実行手段は大戦の結果変遷せる現代思潮を善用し、平和促進・文化開発の美名の下に皆等しく民営をして施行せしめつゝあり、国家を代表すべき政府が直営せずして、民営を以て其通信政策の貫徹を図るは、思潮の善用と共に最も平和的に国際的通信経路を開拓獲得する捷路なり、加之民営の発達は其国民に通信の実果を理解せしむるに最も便なるを以て、通信機関の活用及其施設の需要を大ならしむるものなり、需要の増加は供給力の増加を要求す、而して供給力に対する増加要求は、直ちに其製産工業能力の発達を促進せしむるものなり、斯の如く通信工業能力の発達に依り自給自足の途を得、然る後甫めて国際的に諸外国に対し通信の実質問題に於て輸贏を争ひ得るに至る而已、又斯通信工業能力の発達と共に事業が民営なる時は、通信機器に対する研究発達は官営のものに比し刺戟せらるゝこと遥に大なるを以て、通信機器の進歩発達を来たさしむること亦大なり、而して此研究と工業能力とは互に相倚り相俟て益々発達を促すものなり、唯此現象は民営に於て之を期待すること容易にして、政府直営に於て得ること至難なるは、欧米諸国の通信事業経営の歴史が実証する所なり、英国の「マ社」仏国の「F・S・R社」独国の「テレフンケン」及「ローレンツ社」米の「ラヂオ社」の如き、世界無線電信界を風靡せんとするものは皆悉く民営にして、政府専掌に
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して斯の如き発達をなせしものを観ず
之れ英米独仏の各国が世界的に其通信政策を完徹するに民営の発達を助長奨励せる所以なり、頃者北京三井無線電信所の三国共同経営問題に関し其歩を進めつゝあるも、元来此窮状に瀕せしは我国通信工業能力の微々たると、対米通信経路なき為に外ならず、又仮りに三国共同経営成立するものと仮定し、其後に於ける支那に対する通信事業は、我国今日の通信工業能力を以てする時は幾何ならずして欧米の薬籠中のものと化すに至るべし
今や無線電信通信機の発達は世界到る所に到達するの域に進みしを以て、近き将来に於て我国と南米諸国との直接連絡或は欧洲方面との直接連絡を開始するに至るべき情勢に在り、此情勢に処し政府事業として著々通信系路を開拓し得べき哉否や、従来の経過が示せる如く、政府直営は忽ち国際間の猜疑問題となり、延て利権争奪の念より国際外交問題に転化し、遂に其成立を得ること至難なり、加之南米方面に対しては、英米独仏の民営会社合同して其通信連絡を期せんとしつゝある現状なるを以て、益々政府事業として成立困難なり、故に民営事業を助長し、之を欧米各国のものと提携せしめ、速に世界各国と我国との直接通信連絡の経路を獲得するの素地を得ること、我国通信政策上焦盾の急務なり

大正九年一月二十八日在米大使館付武官よりの来電(別紙参照)に指示する如く、米国民営会社は東洋に其通信連絡の対手局を求むること切なるものありたり、当時我国に於て夙に対外通信機関の整備を急促せしめたりせば、支那上海米無線電信局問題も未然に防止し、且我通信政策の貫徹を容易ならしめたりしならん、既往を論ずるも及ばずと雖も、将来我国通信政策を貫徹せざるべからざるに、今日の如く徒らに荏苒遅々として通信機関の整備、通信工業能力の一大発展を得しめざる時は、再三既往の苦痛失敗の轍を踏襲し、遂に明治初年と等しく対外通信は殆ど欧米各国の為めに壟断せらるゝの悲境に沈淪せざるべからず、各国は大戦の苦痛に厭き平和を唱道し軍備制限に着手しつゝあるも、科学の進歩は各種の方面に其形態を変更して軍備を充実せしめんとす、十年間の軍備制限を標榜せる華府会議の決議も、其満了の幕を開く時は呉常の科学的変化あるを予期せざるべからず、即ち今日優秀と思考する通信機関も、或は既に旧式不便の古機に化したる現象を呈するやも計り難し、故に各国平和休養の幕に軍備の充実を蔽ふ間斯術に対する諸般の研究を積まざるべからず、然らざれば依然として欧米の末流に而已謳歌耽溺の境を脱する能はずして、僅か十年の将来に於て用兵の命脈たる通信の大欠陥を更に曝露し、作戦実施に著しく障碍を惹起するに至るべし、又経済戦・外交戦皆其禍に坐せざるものなし

斯く観じ来たれば我国は国防上の見地に於ても、亦平和経済戦の見地よりするも、対外通信経路を速に開拓し、其通信工業能力を勃興せしめ、其研究機関を整備すること国家通信政策上焦眉の急務にして、実
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に一日の偸安遅延を許さざるものなり、而して其整備実行の急進は世界の趨勢の現状より見るも亦過去の経歴より考覈するも、政府専掌主義の到底貫徹し得ざる所にして、民営事業の奨励助長に依り甫めて其貫徹を期待し得べき而已、国民外交なる語は単に外交の一端に止まらず、対外事項に関しては悉く国民の協力を要す、徒らに官民間に牆壁を構ふるは愚なり、戦時国力の全部を挙げて利用せんとする、今日の出師準備計画の根本の方針に対しては特に然り、要は各方面に於て民力を発展せしめ、政府は之を善用し国祉を増進すべき国策を行ふを肝要とす、豈通信而已ならん哉、而して通信の民営は軍事上の見地に於て左記条件により許容するを可とす
    ○無線電信通信認許条件
(一)通信は対外国通信及本国・殖民地間等の比較的遠距離通信(対船舶通信を含まず)に側定すること
(二)無線電信所の建設位置、電信機の種類、送信勢力等は新設若くは改造の都度政府の認可を受くること
(三)通信の管制は政府の指示に拠るべきこと
(四)会社の無線電信所は戦時事変の際徴発令の適用を受くること
(五)会社の無線電信所の経営運用は一切本邦人を使用すること
(六)政府にて無線電信所買収の必要を認むる場合には、会社は政府の求めに応ずること
「別紙」
  大正九年十月           華盛頓局発
        二十八日午後三時十分  海軍省着
                     在米大使館附武官
    海軍次官
 第百四十九番電報の一(暗号)
通信会議一行とスケネクタデーに赴きたる際、コーポレーシヨン・オブ・アメリカ(以下米国無線会社と称す)社長ナリー及副社長アレキサンダーソン(高周波発電機発明者)と談話の要項左の如し
(一)米国無線会社は来る十二月中に、布哇無線電信局に三百キロ、ア式発電機の装備を完成し、東洋方面との通信を開始せんとするの理由を以て、唯一の相手局たる原ノ町電信局の完成期日を追窮し来り、我逓信省側の言ふ所に依れば来年三月完成の予定なるも、芝浦製作所に於ける発電機の完成夫迄には甚覚束なしとのことなりしこと、兎に角来年三月中に完成の予定なりと答へたるに
(二)彼は芝浦製作所が四百キロワツト以上のア式発電機を最初の試みとして製作するに就き頗る疑惑を懐くものゝ如く、該発電機完成予定より手間取る如き場合には、御希望ならばG・E会社の既成品を芝浦製作所に送り日本政府に納入し、成績如何の便宜も取計ふべし、要は一日も早く東洋方面の通信連絡を完全にし度
(三)尚彼は我国に於てア式を装備せらるゝ際、発受空中線容量の計画及其隔縁法極めて重要なれば、我既定計画の詳細を示さるゝに於ては必要なる忠告をなすべく、高速度発受信装置其他一切の設備をも提供すべく、亦取扱者の如きも相当の交換条件の下にならば、当方に
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派遣せられ養成方取計ふべしと(続く)
           ○
  大正九年十月           華盛頓発
        二十八日午前十時四十分  海軍省着
                     在米大使館附武官
    海軍次官
 第百四十九番電報の二(暗号)
(四)最後に彼は目下日本局の完成荏苒延期するが如き場合には、本社は独力にて東洋と通信連絡の方法を講ずべしと
(五)第四項は一種の威嚇なれども、日本が一日逃れを云ひつゝある間に該会社の大資本と大製造力とを以て支那辺に相手局を建設せられたる場合には、磐城局は全く除物となるを予想せざるべからず
(六)依りて磐城局の完成の来年三月確実にして、空中線其他の計画に於て高速度発受信装置並に其取扱方に於ても、米国人の助言を容るゝ必要無しとの確信あらば格別なれども、左もなければ此際先方の提案に応じ、幾多の経験あるA氏の助言を容るゝこと極めて有利なりと私考せらる
(七)本件影山氏にも詳細を話、氏よりも逓信省に電報ある筈なり、至急逓信省と御打合せの上方針を決定せられ、此際米国無線会社との握手を必要とせらるゝならば、影山一行の帰朝迄に一切の協議を纏めしめらるゝこと最便宜と認む。



〔参考〕太平洋に於ける日本の経済的発展 服部文四郎講演笠原小十郎編 第七―一〇頁大正一二年四月刊(DK520004k-0011)
第52巻 p.36-38 ページ画像

太平洋に於ける日本の経済的発展 服部文四郎講演笠原小十郎編
                      第七―一〇頁大正一二年四月刊
    二、汎太平洋商業会議の重要問題
 併し太平洋会議で最も重要なものといふのは、僅に三つしかなかつた。其三つはどういふ事であるかといふと、第一は通信機関の問題である。通信機関といふのは、殊に日本と亜米利加との問題が主たるもので、御承知の通り亜米利加と日本との間には海底電線が一本あるのである。是は直接に皆さんにも関係して居る。皆さんが亜米利加に材木を註文なさるとか、或は亜米利加の材木の相場を御聞きになる時には、日米間には電線が一本しかないから、中々迅速に行かない。其上に日米間の電信料は相当に高い。迅速に行かない上に高く付く、是は明かな不便であるる。而してこれは商売に関係する材木の話でありますが、其他日本と亜米利加との間に色々な問題があつて、亜米利加の国民の意思と、日本の国民の意思とが疎通して居れば、日米間の問題も相当諒解せられますが、電信料が高い、通信が長くかゝる。日本の七千万の人間と亜米利加の一億の人間が電線一本だけで交通する。一億七千万の口が唯だ一本の線に引掛つて居るといふ訳ですから、色々の点に於て誤解を招いたり、或は意思の疏通を欠いたりする。殊に此商業上の取引に於て不便が甚だしい。同時に新聞の通信其他に不便が多い。是は何うしても何とかしなければならぬ問題であります。随つて此太平洋の海底電線を増設しなければならぬといふことは、太平洋
 - 第52巻 p.37 -ページ画像 
沿岸諸国の大体に於て痛切に感じて居る所である。然るに兎に角電線を引張るにしても、日本と亜米利加といふことになりますが、海の中に電線を引張りました所で、横浜の近く迄亜米利加の会社が持つて来ても、横浜に揚げるといふことは、日本の領土でありますから、無暗に許す訳には行かぬ。其れと反対に日本で桑港の近辺まで電線を引張つて行つても、亜米利加の陸地に揚げることは、亜米利加の主権に属する処で、さう勝手には出来ない。若し仮りに日本が電線を桑港に上陸させて通信を自由に独占するといふことになれば、日本には甚だ都合の好い事でありますが、米国は勿論之れを好まない。殊に戦争の場合とか、事変の場合には通信機関は甚だ重要なものでありますので、之れを一国の力で抑へるといふことは中々容易なことではない。そこで非常に必要は感じて居るが、扨、どうするかといふことになると、余程むづかしい。現在一本在るのは、太平洋のグアムといふ島迄来てそこから日本迄の間が日本のものになつて居る。もう一本増設するに就てはどうしたら宜いか。次には有線の代りに近来無線が大層有力なるものとなつた。之れを造るにはどうするか。所が玆に困つた問題はさういふ事業は、亜米利加では民間の会社がすることになつて居る。然るに日本では通信業は一切政府の独占でございます。向ふは民設、此方は官設である。一体亜米利加は通信業でも交通でも、何でも殆んど民間でやることになつて居ります。随つて早い話が、電話の如きも今必要だとあれば、其会社に電話を引いて呉れと云つてやれば、直ぐ明日にでも引いて呉れるといふやうな訳です。然るに日本ではそれが官設であるから、政府に御願ひしなければならぬ。御願しても通常では十数年も待たねばならぬから、今度は急設と云ふ事になる。之を買はうと思ふと千円も千五百円もする、急設でも五百二十円かゝる。実に馬鹿気た話ですが、制度が違ふから致し方がない。さて、太平洋の通信機関のことですが、結局必要な事であることは明瞭な事でありますから、先づ日本と亜米利加が資本を出して、即ち合同的に電線を敷設したら宜かろう、同時に是からは海底の電線も必要だけれども、無線電信がきくやうになるから、無線電信を斯う云ふ会社に経営させるが宜らう、斯う云ふ大体の決議をした訳であります。是は大変重要な問題でありまして、結局日米合同と云ふ事になつたのであります。併しさう決した所で政府がそれを許さぬといふことになると、何の役にも立たぬ。無論出発しまする前に政府当局者の意嚮も聞いて参りましたが、どうも日本は、今政府では行政整理をしなければならぬといふ訳で、初めは政府がやる積りであつたが、場合に依つては民間会社に許しても宜いといふ意思も多少分つて居りましたから、さういふ決議に加はつたのであります。是は御承知であるかどうか知りませぬが、最近に於きまして渋沢子爵のシンジケート、是が亜米利加の会社と合同して、此事業に当ることに進行中であります。従て此の問題は決定しますと同時に、それが直に現在実行の期に這入るといふ訳で、今度の商業会議の大変効果のあつた一つの事と思ひます。
○下略
  ○右ハ大正十一年十月ニ催サレタル汎太平洋商業会議ニ、日本民間代表者ト
 - 第52巻 p.38 -ページ画像 
シテ出席シタル経済学博士服部文四郎ガ、大正十二年三月二日、東京木材市場株式会社内ニ催サレタル、木映会第九回講演会ニ於テナセル講演ノ速記録ノ一部ナリ。
  ○本資料第三十三巻所収「日米関係委員会」大正十一年十月十日ノ条並ニ第三十四巻所収「日米関係委員会」大正十二年三月六日ノ条参照。