デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
15節 倉庫
1款 渋沢倉庫株式会社
■綱文

第53巻 p.525-527(DK530098k) ページ画像

昭和4年10月(1929年)

是月初旬、東京砂糖取引所ノ当会社ニ対スル指定倉庫取消問題起ル。栄一、之ヲ憂慮シ、当会社営業部長林弥一郎ヲ招致シテ、事情ヲ聴取ス。


■資料

渋沢倉庫株式会社三十年小史 利倉久吉編 第二二一―二二八頁昭和六年九月刊(DK530098k-0001)
第53巻 p.525-527 ページ画像

渋沢倉庫株式会社三十年小史 利倉久吉編  第二二一―二二八頁昭和六年九月刊
 ○渋沢倉庫株式会社時代
    六八 東京砂糖取引所に於ける指定倉庫取消問題
○上略
 昭和四年十月初旬、同取引所○東京砂糖取引所評議員会は突如多数決により渋沢倉庫は空証券を発行せりとの理由を以て指定倉庫の取消を決議し表面の手続はなすに至らざりも、其旨新聞記者に漏らしたるため、各新聞は商況相場表欄に掲載するに至りたり。
 抑も倉庫会社に対し空証券を発行せりと言ふが如き、不穏なる言辞を発し得る場合は、証券所持人に於て其証券を倉庫会社に提示せし際他に理由なくして倉庫会社は其証券記載の貨物引渡しに応ぜざりし場合に限る筈なり。然るに砂糖取引所評議員連中は、或者に対する取引上作戦の失敗より来れる感情問題に、当然なる正面攻撃をなす能はずして見当違ひなる側面攻撃より、所謂坊主が憎くて袈裟に及ぶ類ひに漏れず、遂に其余憤を或者の取引せる倉庫会社、即ち当倉庫は空券を発行せり。故に指定倉庫を除名すべしと、感情に委せて自己独断の理
 - 第53巻 p.526 -ページ画像 
由を新聞記者に対し喋々するに至る。玆に於て何等かの出来事を待ちつゝある記者連中は、得たりとばかり其相手方に対し何等事実正否の探査を遂げむとする意向もなく、直ちに片言の速報を以て之れ快とするに至る、所謂一犬虚に吠へて万犬実を伝ふるに至るとの諺は此辺を言ふなるべし。斯くして社会木鐸の自任者も、一種無差別なる宣伝掛に化したる趨勢を悲しむものなり。
 玆に於て当倉庫の立場を釈明するには、既往に遡りて古き事情を説明する必要あり、前項に或者と称したるは、当会社の寄託者大日本製糖株式会社なり、同社は創立以来の寄託者なりしのみならず、其前身なる日本精製糖株式会社と、尚其前身なる鈴木藤三郎なる人が、小名木川砂村に於て日本に始めて洋式製糖を試みたる鈴木製糖部時代より引続きたる寄託者にして、其大日本製糖株式会社時代(以下日糖と略称す)に於て、砂糖貿易商組合より当倉庫へ保管砂糖に対する毎月末に於ける商標別及記号別の出入並に残高個数の報告を求められたり、現行全国的に統計資料として発表せる毎月末に於ける個数及金額の保管残高報告以外に、別種の報告を望まれたる場合は、京浜同業者協議の上其応否を決することになり居れるを以て、其協議に附したるに、此種の報告は一応各寄託者の承認を要するものと決し、各倉庫は各寄託者の承認を受けて報告することゝなれり。然る処、当倉庫寄託者の内日糖のみは、右報告の承認に応ぜざりしを以て、日糖分を除きたる他会社分のみ報告し来りたり。其後同組合より再三日糖分の報告希望を申出たるも、其都度日糖は応諾の場合に至らざりしにより、同組合は直接日糖へ交渉の末、遂に日糖より直接同組合へ報告することゝなりたるものゝ如し、故に此報告に対し当倉庫は何等干与する処なかりしなり。
 されば日糖に於て多年直接倉庫よりの報告を嫌避せし末、同組合の強請に不得已自社より報告することに妥協するに至りたる経路を考察すれば、其報告する数字に何等かのアヤのあるべきは必然の傾向なるべく、敢て推測に難からず、亦同組合も最初より其辺に予期する処ありたるものゝ如くなりし。
 昭和四年三・四月頃より、分蜜糖は市場に横溢の傾向ありたれば、各製糖会社は市価の維持策として、各自手持高の内若干数量の制限を設けて、其制限内の数量に対し精製糖原料に使用する以外は、市場に売出さゞる協定をなし、之を棚上糖と称したり。九月末に至り第一期棚上糖処分協議に際し、各社の棚上数量を調査するため各倉庫の保管証券を其席上に提示せり。然る処日糖より提出せし当倉庫の証券面個数は、予て日糖より直接砂糖貿易商組合へ報告せる残高個数より約五千個の超過ある事を発見し、俄然空券発行の声を高調するに至りたり
(日糖は東京に於ては当倉庫の外住友倉庫及帝国倉庫にも寄託す)
○中略 両者は多年深刻なる感情上の疎隔を来し居りて、貿易商側は何等か復仇の機会を覬覦せる際なりしを以て、日糖に反目する取引所評議員の多数は、好機乗ずべしと、見当違ひなる空券問題の声を殊更大にして、卑劣なる指定倉庫除名と言ふが如き側面攻撃に癇癪玉を爆発せしめたるに過ぎず、敵は本能寺を遂行し能はずして、児戯に等しき豆
 - 第53巻 p.527 -ページ画像 
鉄砲に途上の鳩を威嚇するに止まる、鳩こそ迷惑至極ならむ、所謂江戸の仇を長崎で討つ類ひなるべし。
 奈何に新聞に大声嫉呼せしむるも、事実上の空券問題にあらず。且之に関聯して起りし除名沙汰の如き一種の脅迫に過ぎず、故に新聞に対する反駁記事も大人気なき次第なれば、豆鉄砲に驚きたる鳩は泰然自若として屋上に形勢を観望せると同一の態度を可とせしも、当倉庫の名義上より、事情不明瞭裡にある子爵家一門の驚愕懸念は一通りにあらず、又鬼面人を脅かして得意然たる側面攻撃者の狙ひ処も此辺にありたるものなるべし。
 砂糖商に取引関係多き第一銀行に於ては同取引所内に出張所を置く関係もありて、内部に於て斡旋尽力せらるゝ処尠なからず。折柄家父の喪により帰省中なりし営業部長の急ぎ帰京せると、又旅行中なりし日糖側評議員の帰京斡旋もありて、同月下旬に至り無事解決を告ぐるに至りたり。○下略


中外商業新報 昭和四年一〇月二四日 黒水晶(DK530098k-0002)
第53巻 p.527 ページ画像

中外商業新報  昭和四年一〇月二四日
黒水晶
東京砂糖取引所の渋沢倉庫除名といふことは、信用を第一とする倉庫にとつては致命的の傷手で、これについては老子爵も太く心配し、倉庫の林君を飛鳥山の自邸に呼びつけて大目玉だつたとのことだが、これを聞いた取引所の面々「老子爵を煩はしては気の毒だから、あれは取消さうぢやないか」と、すつかりくだけて来た、隠蔽主の日糖があやまつても、きかなかつた取引所の面々も、渋沢さんと聞いては態度緩和、人徳といふものはえらいものだと専らの評判