デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

昭和4年10月22日（1929年）

是ヨリ先、当協会、中華民国ニ於ケル日貨排斥運動ニ関シ、協議ヲ重ヌルトコロアリ、是日、会長栄一ノ名ヲ以テ、太平洋問題調査会第三回会議理事長新渡戸稲造ニ対シ、右問題ヲ会議ノ議題トシテ討議サルルコトヲ提議ス。

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
（謄写版）
（朱印）
親展
拝啓仕候
　　　　幹事会ノ件
来ル廿一日（月曜日）午前十一時ヨリ、当事務所ニ於テ幹事会相開キ度、当日ハ来ル太平洋会議ニ提出サルヽ支那問題ニ関シ至急御相談申上度、御繁用中乍ラ御繰合セ御出席願上候　敬具
　　昭和四年十月十八日
 - 第55巻 p.522 -ページ画像 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　（宛名手書）
　　　　渋沢子爵殿
　追伸
　　前頭太平洋会議開催ノ機会ニ、支那ニ於ケル排日排貨ニ関シ別記ノ如キ案文ニ依リ当会ヨリ提議致度、何卒案文御覧置願上候
　　○右案文ヲ欠クモ、次掲ハ幹事会ヲ経テ提議セル書翰ナリ。

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
　　昭和四年十月二十二日
　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会々長
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　太平洋問題調査会
　　　　第三回会議理事長
　　　　　　新渡戸稲造殿
拝啓
ボーイコツトハ支那ニ於テ二十年ノ歴史ヲ有シ、其ノ対象トナリシ国ハ独リ日本ニ止ラス、英国ノ如キモ近年沙面並ニ長江一帯ニ於テ激烈ナルボーイコツトニ遭遇致居候、唯日本ハ地理的ニモ経済的ニモ政治的ニモ支那トハ最モ密接ナル関係ニ在ル為メ、日本ニ対スルボーイコツトガ最モ頻繁ニシテ、且ツ顕著タルニ過ギズ候
従来支那ニ在リテハ、或ル種ノ対外事件ノ発生シタル場合、之ニ対スル対抗方法トシテボーイコツトヲ利用シ、又外国ニ対シ或ル要求ヲ貫徹セントスル場合ニ、其ノ手段トシテ之ヲ慣用シ居ルモノニ御座候
昨年来ノ日本ニ対スルボーイコツトノ性質ヲ見ルニ当初ハ済南事件ニ対スル抗議トモ見受ケラレ候モ、其ノ後ニ至リ不平等条約撤廃ナル政治的要求ヲ達セントスル手段ニ用ヒラレントスル事明白ト相成申候
本年六月反日会ガ排除不平等条約促進会ト改称セラレタル際、其ノ宣言中ニ「本会ノ会名ハ斯ク改メラレタルモ、本会ノ運動ハ依然従来ト同様ニ進行スルモノニテ、毫モ変更セラレタルニ非ス、凡ソ不平等条約ヲ抛棄スル事ヲ肯ゼザル国家ニ対シテハ、吾人ハ総テ日本帝国主義ニ対抗セルト同様ノ手段ヲ以テ対抗シ、彼等ヲシテ中国国民ノ正当要求ヲ承諾セサルヲ得サラシムルモノナリ………其ノ手段ハ消極的ニハ経済断交ニシテ、積極的ニハ国貨提唱トス云々」ト述ベテ居ルニ徴シテモ分明仕ルベク候
凡ソ一国カ他国ニ対シ要求スベキ事アラバ、彼我政府間ニ交渉セラルベク、若シ適当ナル措置ヲ採ル必要アリトセバ、政府トシテ之ヲ採ルベキモノニシテ、民衆ノ直接行動ヲ許スベキニ非ル事ハ国際ノ通則ニ有之、又国際間ニ抗議ヲ要スル不幸ナル事件発生セバ、政府ニ於テ其ノ手段ヲ採ルヲ当然トシ、仮令民衆ニ於テ其ノ意思ヲ表示スル事ヲ必要ト認ムル場合アリトスルモ、苟モ治安ヲ紊リ国際友好ノ関係ヲ無視スルガ如キ方法ニ依ルヲ得サル事ハ言ヲ俟タサル次第ニ御座候
ボーイコツトノ如キ民衆ノ直接行動ハ、抗議ノ方法タルト要求貫徹ノ手段タルトヲ問ハタ《（ズ）》、法治国ニ於テ許ス可カラザルノミナラズ、国際関係ノ平和親善ヲ危殆ナラシムルモノトシテ排斥セサル可カラスト相
 - 第55巻 p.523 -ページ画像 
信ジ候、従ツテボーイコツトハ政府トシテ十分之ヲ取締ルベキ義務アル事明カニシテ、国民政府ハ由来ボーイコツトヲ愛国運動ト称シテ取締リ得ベカラサルモノト為シ居ルカ如シト雖、吾人ハボーイコツトヲ煽動シ、之カ組織ニ関与シ、之カ活動ヲ指導スルモノハ国民党部ニテ果シテ国民党ト国民政府トカ事実上同一ノ存在ナリトセバ、国民政府ノ此ノ態度ハ甚タ不可解ト言ハサルヲ得ス、今日苟モ法治国ノ政府ニシテ斯ノ如キ民衆ノ直接行動ヲ取締リ得サルモノ、果シテ世界ニ類例ヲ求メ得ベク候哉
昨年来ノボーイコツトニ於テハ、法律上何等ノ権限モ無キ民衆モシクハ民衆ノ団体カ、組織的ニ日本人ノ適法ナル通商ヲ妨害シ、居住営業ノ自由ヲ脅シ、甚シキニ至リテハ日本人ノ貨物ヲ抑留没収シテ、公然掠奪ニ等シキ行為ヲ為シタルニ拘ラズ、国民政府カ之ニ取締リヲ加ヘサリシ為メ、日本人ノ感情ハ非常ニ刺戟サレ、一部ニハ若シ国民政府ガ此ノ暴民ノ暴行ニ対シテ商人ヲ保護スルヲ欲セズ、若シクハ保護スルコト能ハズトセバ、日本人側ニ於テ其ノ適当ト信ズル自衛ノ手段ヲ講ズル外無之ト称ヘ、或ハ報復手段ニ出ヅベシト論ズル者サヘ有之候之ヲ以テ見ルモ、ボーイコツトヲ此ノ上許容スル事ハ、独リ国際関係上不条理ナルノミナラス、国際関係ヲ憂慮スベキ事態ニ導ク危険頗ル多シト信ゼラレ候
蓋シ独立国家ノ間ニハ民衆ノ直接行動ハ許容セラルベキモノニ無之、又国策ノ具トシテノ戦争ガ否認セラルル以上、国策ノ具トシテノボーイコツトヲモ否認セスンバ、国際ノ完全ナル平和ハ期待シ能ハズト思惟仕候
以上ノ理由ニ依リ、本会ハボーイコツトノ問題ヲ今回ノ会議ノ議題トシテ各方面ヨリ解剖討議セラレン事ヲ貴下ニ提議仕ル次第ニ御座候
（下ゲ紙）
［尚本件ニ関スル参考書類ハ追テ御送付可致候

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
拝啓
今般万国工業会議ニ出席上京中ノ民国側出席者五十三氏ノ為メニ、対支関係六団体聯合ニテ
来ル十一月二日午後六時、帝国ホテルニテ、一行ノ歓迎晩餐会相催シ候事ニ相成候間、御承知置願候
　　昭和四年十月廿八日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　会長　渋沢子爵殿

日華実業協会第九回会務報告書　　第一〇―一四頁　昭和四年一二月刊
　○第九回会務報告
　　　　一、幹事会記録（昭和三年十二月下旬以降）
○上略
　　○十月十日、芳沢公使招待晩餐会ヲ催セリ。
　　○十月廿一日正午、事務所ニテ開会
 - 第55巻 p.524 -ページ画像 
一、来ル廿八日ヨリ京都ニ於テ開催ノ第三回太平洋問題調査会ニ、本会々長名ヲ以テ、同調査会理事長宛、支那ニ於ケル排日運動ニ関シ別項提議ヲ為スコトヲ申合セタリ。
一、右ニ関連シ、支那ニ於ケル排日運動ニ関スル諸材料ヲ至急取纏メ印刷ニ付シ、参考資料トシテ同調査会ニ提出ノ事トセリ。
一、上海日本商工会議所米里会頭出席シ、最近ノ南京政府ノ財政状態及今次ノ河南地方動乱ニ関シ、情報報告ヲ聴取セリ。
　　○招待会
一、十一月二日午後六時、万国工業会議ニ出席ノ支那側代表六十名ヲ他ノ対支関係諸団体ト聯合ニテ招待、晩餐会ヲ催セリ。
　　○十一月十一日ニ正午、事務所ニテ幹事会開会
一、今回ノ太平洋問題調査会ニ於ケル支那問題ノ討議ニ関シ、同会ニ出席ノ船津幹事ヨリ、報告ヲ聴取セリ。
一、支那ニ於ケル外貨排斥運動調書ヲ印刷ノ上会員一般ニ配布セル旨報告。
一、支那ニ於ケル各国ノ投資及事業ニ関スル調書ヲ印刷ノ上会員ニ配付スルコトトセリ。
一、青島ニ於ケル邦人工場罷業ニ関スル調査ヲ関係方面ニ配布セリ。
　　○十一月十八日正午、事務所ニテ開会
一、太平洋問題調査会ニ於ケル支那問題ニ関シ、前幹事会ノ継続会ヲ開キ、長野朗氏ヨリ報告ヲ聴取セリ。
○中略
　　　　四、支那ニ於ケル日貨排斥運動ノ調査ニ関シ第三回太平洋問題調査会ニ提案
十月廿八日ヨリ京都ニ於テ開催サレシ第三回太平洋問題調査会ニ対シ支那ニ於ケル日貨排斥運動ニ関シ左記提案○前掲新渡戸宛書翰内容ト同ジニツキ略スヲ為セリ。
○下略