デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
3節 其他ノ外国
8款 日本移民協会
■綱文

第55巻 p.660-663(DK550129k) ページ画像

大正10年8月1日(1921年)

是日栄一、東京商科大学講堂ニ於テ開カレタル、
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当協会夏期講習会特別講演会ニ出席シ、「国際道徳の高調」ト題シ講演ス。


■資料

集会日時通知表 大正一〇年(DK550129k-0001)
第55巻 p.661 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
八月一日 月 午前八―十時 日本移民協会夏期講習会特別講演会
               (東京商科大学講堂)


竜門雑誌 第三九九号・第七八頁大正一〇年八月 ○太平洋問題講演(DK550129k-0002)
第55巻 p.661 ページ画像

竜門雑誌  第三九九号・第七八頁大正一〇年八月
○太平洋問題講演 大隈侯爵を会長とする日本移民協会にては、八月一日より向ふ一週間、一橋商科大学講堂に於て夏期講習会を催することゝなりし由なるが、其第一日には特別講演として大隈侯・青淵先生・阪谷男・添田博士等の太平洋問題に関する講演あり、聴衆堂に溢れ極めて盛会を呈したる由。
 因に青淵先生当日の講演は別項本欄に掲載し置きたり。


竜門雑誌 第三九九号・第一三―一六頁大正一〇年八月 ○国際道徳の高調 青淵先生(DK550129k-0003)
第55巻 p.661-663 ページ画像

竜門雑誌  第三九九号・第一三―一六頁大正一〇年八月
    ○国際道徳の高調
                     青淵先生
本篇は八月一日一橋東京商科大学講堂に於て開催せる、日本移民協会講演会に於ける青淵先生の演説大要にして、四月七・八日両日のやまと新聞に掲載せるものなり。(編者識)
      上
△今や 米国の提唱に係る太平洋会議なるものが、華盛頓に開催されようとして、頗る世人の視聴を聳動して居るが、或ものは此会議によつて直に太平洋上平和を実現し得べしとなし、之に向つて大なる期待をなしてをる、然るに又他の人々は、是れ全く列国利益争奪の修羅場を出現するに終るべしと称して、杞憂を抱いて居る、斯くの如く物論囂々として其の帰一する所を知らない有様であるが、兎に角軍備制限にせよ、又太平洋問題にせよ、少くとも
△列国 の使臣が一堂の中に相会して、公衆環視の中に公明正大なる議論を闘はせ、各国の要求を隔意なく吐露し合ひ、以て陰に禍心を抱蔵し、爪牙を磨き合ふ様な陰険又危険なる態度方法を一掃しようと云ふ事は、決して悪いことでないのみならず、寧ろ大に歓迎すべきである、吾等は此意味に於て今度の会議に賛成する事を惜まない、乍併会議に蒞む所の委員にしても、又其後楯となる国民にしても、玆に最も大切なる注意がある、夫れは何れの国も皆同じであるが、即ち国際
△道徳 を重んぜよと云ふ事である、先づ会議に蒞む前に、各国は此点に反しない様に大に覚悟しなければならんと云ふのである、吾輩は今度の会議の成功するのも、然らざるのも、一に此精神の厚薄に因由する者である事を信じて疑はないのである、即ち会合する人々が、皆自国さへ好ければ夫れでよい、他国は甚麼に苦しんでも構はないと云ふ様な、不都合な心を把持して居るならば、开は幾度会合しても、又如何に夫れに長年月を費しても、決して其効を収め得べきものではない、真の同情を以て、そして各国相互に援け合ひ、与に倶に手を携へ
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て世の中に処し、以て幸福を受けて行かうと云ふ
△和衷 協同の心、即ち国際間の道徳精神が、強烈に各国民の心中に燃えてゐるのでなければ、到底世界の平和などを実現する事は出来ない、之は個人の場合について見れば良く判る事で、近所近辺の交際でも、他人の迷惑などには更に頓着せず、自分許りが得手勝手の振舞ひをなし、強慾非道の行動を擅にすれば、必ずや其周囲の人々から爪弾きされ、忌弾されて、寂しい無援孤立の境遇に陥り、四方八方から冷眼白眼を以て酬いられ、遂には全く立つ瀬のない姿に沈み行くものである、此は一村にしても一国にしても、或は又、世界列国の間に押し拡めて考へても、其間に大小の差はあるけれども
△道理 は全く同じである、而して此方面から今回の会議を見るに、果して亜米利加は国際道徳の精神によつて、真に各国相互の為めに、世界共存の高遠なる趣旨によつて、此会議の招集を提議して来たのであらうか、そして此国際道徳を何処迄も実現しようと言ふ熱烈なる勇気と、真摯なる態度とを執つて渝らざる意気込みがあるであらうか、又日英仏伊及び支那等の参列国は、国際道徳上より此提唱に賛同し、此の根本観念を衷心に懐抱して、而して此の会議に臨まんとするのであらうか、吾々は今玆に猥りに他を忖度する事を欲しない、其如何は之を
△今後 の彼等の行動に徴すれば、自ら分明なるべしと思ふからである、唯だ吾々は孰れの国も此国際道徳に拠るに非ざれば、隔意なき会商が出来得ないと云ふ事に深く意を潜めて、そして互に正当なる自国の要求を提出し、他の参加国は皆心を空うして其所説を傾聴し、深き同情を以て其国の立場を考察し、然る後譲るべきを譲り、反省せしむべきは反省させる様にしたいと思ふのである
      下
△叙上 の如く列国が皆私心を放擲して、相互に敬愛する道徳的立場で会議したならば、太平洋の難問題も、恰かも南北洋の氷山が温かき日の光りに照らされて太洋の浪の間に間に雲散霧消するやうに解決されて了ふだらうと思ふ、由来欧米各国は、其個人間に於ける道徳思想には大い推称に値するものがある、或は汽車電車の乗り降りの際の如き、或は婦女子に対する礼儀の如き、或は人を訪問する際の時間の正しき如き、又は憐むべき人々に対する同情の如き、其他公会の場合に於ける礼譲や公共物に対する観念の如き、到底我国人の及ばざる所なりと言はれて居る
△然る に彼等が一朝他国に対し、他民族に対する時は全く別人の如き態度に変じ、残忍暴虐到らざるなき野性を発現するのが常である、這は世界戦争の際に於ける彼等の行動に就て見ても、又は黒人等に対する彼等の冷酷執拗なる行動を以て見ても能く判る事である、之は文明国民として、又先進国民として、誠に彼等の為めに惜しむべき所である、然らば我国民は何うかと云ふに、時間を正しく守らないとか、公衆の場所に喧騒するとか、公共物に対する観念が乏しいとか、或は又不正直なる商人が多いとか、個人間には幾多非難さるゝ点が多いが国民として一団となつて他国に対する場合には、比較的
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△道徳 的である様に思はれる、我国は他国に対する時には、遠慮深く、謙遜で、正直で、正義である、万事消極的なりと言はるゝ丈け、夫れ丈け、他国の或ものゝ如く積極的に、露骨に、赤裸々に、不遠慮に、不正不義の横車を押し通さうとはしないのである、併し我国の斯かる行動も、真に国際道徳の大本に立脚して自制したのによるか、或は又力足らずして止むなく他国の迷惑になる様な事を仕出かさなかつたのか、开は大に
△反省 しなければならぬ所である、但し既往の詮議立ては無用である、吾々は将来世界の文明国民として、互に幸福なる生存を継続し、真実に泰平を謳歌しようと欲するならば、世界孰の国民も、全く衷心より一家一郷一県一国にあつて他人と交際する如く、世界各国と交際するに当つても、相互扶助の精神によつて、相頼り相援けなければならぬのである
勿論国に強弱あり、大小あり、国民の勤惰に等差あり、天産の豊富各相異るものあれば、其間に優勝劣敗の自然の数を免れる事は出来ないが、併しながら
△弱肉 強食は決して今後は許す可らざる事である、即ち強は弱を扶け、弱は強に頼る事、恰も兄弟姉妹の如くなるを得て、初めて世界永遠の平和を期し得べきではなからうか、されば先づ今回の太平洋会議に当つては、我が国民は他国に率先して国際道徳を高調しなければならぬ、そして又其の実行の任に当らなければならぬ、是れ我国の負ふべき新なる大使命である、使節たる人々は勿論、国民も亦此心を以て諸問題を攻究し批判せねばならぬ、即ち将来太平洋の平和を図らんとせば、力を以て他国を凌ぐに非ず、言語に依つて説服するにもあらず此国際道徳の精神によつて、他国をして
△自然 に化せしむるのが最も必要な事である、吾輩は国際道徳を以て日本国民の声となし、之を太平洋会議に勇敢に高調して貰ひたいと思ふのである
而して之に依つて太平洋の波をして、真にその名の示すが如き泰平の海たることを得しめたいと思ふのである



〔参考〕集会日時通知表 大正一一年(DK550129k-0004)
第55巻 p.663 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
七月廿五日 火 午前九時 日本移民協会ニ於テ御講演ノ筈(商科大学講堂)