デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
3款 東北振興会
■綱文

第56巻 p.196-197(DK560058k) ページ画像

大正6年7月(1917年)

是月発刊ノ雑誌『東北之研究』ニ「東北民奮起の秋」ト題スル、栄一ノ談話掲載セラル。


■資料

東北之研究 第一巻・第一号 大正六年七月 東北民奮起の秋 男爵 渋沢栄一(DK560058k-0001)
第56巻 p.196-197 ページ画像

東北之研究  第一巻・第一号 大正六年七月
    東北民奮起の秋
                  男爵 渋沢栄一
 四年程以前に於て、東北振興会なるものを起し、東北振興の事業に就て種々調査を行つた処が、其結果は東北地方と九州地方とを比較すれば、遺憾ながら前者は後者に比して、すべての点に於て劣つて居ると云ふことを発見した、勿論其割合は数字に依らなければ分らぬけれども、兎に角東北一帯の地方は、全国中最も発達して居ると云はれて居る九州に比し、又は其他の府県に比較しても劣者の位置に立つて居ると云ふのは事実であると思ふ。
 然らば何故に東北地方は他地方に比して劣者の位置に立つて居るかと云へば、種々の理由があつて一概に云ふことは出来ぬけれども、今日東北地方の進歩を害する諸点は、(一)天恵の少いことである、天恵の少いと云ふことは、早冷早寒、屡々風霜の害があつて、且つ一年中の殆んど半分は、同地方一帯は深雪に閉されて居る、従つて労作する期間も比較的短いのである、加ふるに数次襲来する猛烈なる凶作は東北人を精神的・肉体的に畏怖せしめねば已まぬのである、(二)港湾に乏しきこと、概して東北地方は海岸線の曲折に乏しく、従つて注目すべき良港湾の少いのも亦事実である、勿論多少の港湾がないでもないけれども、関西及九州等に比較すれば到底其匹敵でないのは否定すべからざるも亦事実である、此の如き有様であるから往年船川及大船渡其他の築港論を耳にしたこともあつて、又近頃とても青森・大湊等の築港論も聴たこともあつた、東北としては無理もないことであると思ふ、(三)海運の不便なるが如く、陸運も亦不便であると云はねばならぬ、勿論東北地方の鉄道の縦線は割合に能く敷設されて居る、中通りも浜通りも充分に通つて居る様ではあるけれども、横線は現今のところでは未だ不充分である、是等も港湾及築港と共に早晩着手して、一層能く敷設せねばならぬ、是等の諸点は東北地方に取つては、非常なる苦痛と弱点ではあるけれども、東北地方に取つて、尚ほ一つ
 - 第56巻 p.197 -ページ画像 
の重大なる弱点短所とも云ふべきものは、維新の際東北の諸藩は多く賊軍と為つて敗れた、其結果官軍と為つて勝つた方の地方に比して、非常に不利益なる位置に立たざるを得ぬ状態となつた、何となれば戊辰の風雲が治つて、明治の大政となるに及んで土地の制度を定むるに当つても、比較的官軍の多かつた九州・西国地方は大抵の土地は民有地に編入さるゝの便宜も多かつたけれども、賊軍と云はれた諸藩の有せる土地は、大部分官有地となつて了つた、是れは当時の趨勢より見て無理ならぬことであるが、兎に角今日でも九州地方は東北地方に比して民有地の面積の広いと云ふのも事実である、此の如く天然人為の障害は、東北に多いのであるから、東北の進歩は遅々として進まず、関西地方に比して常に劣者の位置にあるのである。
 東北の進歩は遅々として進まざるは、天然及人為の障害に阻害されてあるのは事実なれども、此の障害に圧迫されて進歩することの出来ぬと云ふことは、東北人の一同に顧るべきところである、全体何れの国、如可なる時代の人々でも、其国及地方を興起せしむるためには、非常なる勉強と努力を為すものである、古今東西の歴史に顧れば能く分ることである、然るに今日の東北人は劣者の位置に立ちながら、此の勉強と努力が不足である様に思はるゝのである、今日東北人士は勉強して智恵を出し、努力して勇気を出せば、天に勝ち人に勝つて如何なる難事も成し遂ぐることは出来るのである、云ふまでもなく人類の智識は痩土を変じて肥沃の地となし、不利な状態を変じて有利なる状態と為すことも出来るのである、智恵と勇気の加はる処には何事も成らざることなしと云ふことは、東北人士の一日も忘るべからざるところである、思ふに智恵と勇気から出た事業には根底があつて、能く成功するは、恰も源泉のある泉水の永久に枯渇せざる様なものである、之に反して勉強もなく努力もない事業は、源泉の無い泉水の様であつて、一見すれば水が満々と漲つて、如何にも盛大な様であるけれども旱天久しきに遭遇すれば、遂に枯渇して了ふと云ふことは自然の道理であつて見れば、何事を為すにも智恵と勇気から割出した、満身の力にて事に当れば、多少先天的の弱点があつても、後天的の努力にて之を補充することは出来る、今日東北人士の立つて居る位置は、九州・関西等に比して割の悪いところであつて、誠に気の毒でもあり、且つ同情にも堪えぬ次第でもあるけれども、此の障害に圧倒されて其儘に止むは決して潔しと云ふことは出来ぬ、東北人士も勉強はして居るけれども、今一層一段の勇気を奮ふて、努力勉強せられんことは余の希望するところである。(談)