【社会公共事業】
社会福祉A〔社会事業〕

2019年3月29日作成 / 2021年4月16日改訂

江戸町会所、東京営繕会議所の生活困窮者救済事業を引き継いで1872年設立された東京会議所附設の養育院で、渋沢栄一は事務長となりました。後に院長となり、亡くなるまで養育院の事業に心をくだきました。栄一はまた慈善救済事業統制のため1903年設立された中央慈善協会の会長となりました。

変遷図

行政より社会福祉Cへ社会福祉Cへ

※図に記載している名称や変遷等は、予告なく修正・変更および他の図へ移転する場合があります。

会社名・団体名一覧

は渋沢栄一が直接かかわった会社・団体、はその後身会社・団体を表わします。

会社名・団体名 名称使用年 渋沢栄一の関わり
養育院 1872〜1876 事務長
東京府養育院 1876〜1890 院長
東京市養育院 1890〜1943 委員長、院長
東京都養育院 1943〜2000
東京都養育院附属病院 1947~1972
東京都養育院附属病院 1972〜1986
東京都老人総合研究所 1972〜1981
(財)東京都老人総合研究所 1981〜2002
東京都老人医療センター 1986〜2009
(財)東京都高齢者研究・福祉振興財団東京都老人総合研究所 2002〜2009
(地独)東京都健康長寿医療センター 2009〜
日本慈善同盟会 1903〜1903
中央慈善協会 1903〜1921 会長
社会事業協会 1921〜1924 会長
(財)中央社会事業協会 1924〜1947 会長、理事
日本社会事業連盟 1945?〜1947
全日本民生委員連盟 1946〜1951
恩賜財団同胞援護会 1946〜1951
(財)日本社会事業協会 1947〜1951
(財)中央社会福祉協議会 1951〜1952
(福)全国社会福祉協議会連合会 1952〜1955
(福)全国社会福祉協議会 1955〜