【社会公共事業】
保健・医療〔社会事業〕

2019年3月29日作成

渋沢栄一は西南戦争傷病者救護のため佐野常民らの創立した博愛社の社員となりました。また栄一は、高木兼寛ら設立の東京慈恵医院、R.B.トイスラー設立の聖路加病院、信徒総代を務める金竜山浅草寺の開設した浅草寺救護所、皇室下賜金により設立された恩賜財団済生会など、様々な医療施設に関わりました。

変遷図

寺院・仏教より

会社名・団体名一覧

は渋沢栄一が直接かかわった会社・団体、はその後身会社・団体を表わします。

会社名・団体名 名称使用年 渋沢栄一の関わり
博愛社 1877〜1887 社員、議員
日本赤十字社 1887〜1901 常議員
(社)日本赤十字社 1901〜1952 存続斡旋、式典出席
日本赤十字社 1952〜
有志共立東京病院 1882〜1887
東京慈恵医院 1887〜1907 相談役、委員長
(社)東京慈恵会 1907〜2012 理事、副会長
(公社)東京慈恵会 2012〜
愛恵病院 1890〜1896
築地病院 1896〜1902
聖路加病院 1902〜1917 評議員会副会長、会計監督
聖路加国際病院 1917〜1943 評議員長
大東亜中央病院 1943〜1945
聖路加国際病院 1945〜
浅草寺診療所 1910〜1910
浅草寺救護所 1910〜1937 浅草寺信徒総代、浅草寺病院賛助会特別会員、評議員
浅草寺医療院 1937〜1948
浅草寺病院 1948〜1952
(福)浅草寺病院 1952〜
恩賜財団済生会 1911〜1949 寄付金募集世話人、顧問、評議員
(財)済生会 1949〜1952
(福)恩賜財団済生会 1952〜