【実業・経済】
築港〔商工業:建設〕

2019年3月29日作成 / 2020年7月30日改訂

渋沢栄一らの支援を受け事業展開していた浅野総一郎は東京湾に近代的な港の建築を計画し、1908年埋立事業を出願して鶴見埋立組合を設立しました。栄一はこの他東北から九州に至る各地の築港会社の設立を支援しました。

変遷図

水産業Bより

※図に記載している名称や変遷等は、予告なく修正・変更および他の図へ移転する場合があります。

会社名・団体名一覧

は渋沢栄一が直接かかわった会社・団体、はその後身会社・団体を表わします。

会社名・団体名 名称使用年 渋沢栄一の関わり
野蒜築港会社 1878〜1878 開発計画
門司築港会社 1889~1899 相談役
若松築港会社 1889〜1893 株主、相談役
若松築港(株) 1893〜1965 株主、相談役
東洋浚渫(株) 1896〜? 株主
大船渡築港鉄道(株) 1906〜? 創立委員長
鶴見埋立組合 1908〜1914 協力
関門架橋(株) 1911〜1911 設立出願
鶴見埋築(株) 1914〜1920 発起人
東京湾埋立(株) 1920〜1944 発起人に渋沢同族(株)増田明六
港湾工業(株) 1932〜1944
東亜港湾工業(株) 1944〜1973
(株)留岡組 1952〜1973
若築建設(株) 1965〜
東亜建設工業(株) 1973〜