2019年3月29日作成
1876年佐久間貞一らは活版印刷の秀英舎を設立、渋沢栄一の援助で製紙会社東京分社印刷工場の印刷機械を借用して操業しました。第一国立銀行内にあったこの東京分社印刷工場は後に独立し、星野錫らの発起で東京印刷となりました。
※図に記載している名称や変遷等は、予告なく修正・変更および他の図へ移転する場合があります。
は渋沢栄一が直接かかわった会社・団体、はその後身会社・団体を表わします。