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『竜門雑誌』第334号(竜門社, 1916.03)p.88-90

◎処世と論語

青淵先生

本篇は雑誌「博愛」記者が青淵先生を訪うて標題に就て先生の意見を問はれたるものなるべく、本年一月十日発行の同誌上に掲載せるものなり(編者識)

 昔、菅原道真は和魂漢才といふことを言つた。これは面白いこと〻思ふ。それに対して私は常に士魂商才といふことを唱道するのである。和魂漢才とは日本人は日本の特有なる日本魂と云ふものを根底としなけれど[ば]ならぬが、然し支那は国も古るし文化も早く開けて孔子、孟子の如き聖人賢者を出して居るくらゐであるから政治方面、文学方面其他に於て日本より一日の長がある。それ故漢土の文物学者をも修得して才芸を養はなければならぬと云ふ意味であつて、其の漢土の文物学問は書物も沢山あるけれども孔子の言行を記した論語が中心となつて居るのである。それは尚書、詩経、周礼、儀礼などの禹湯文武周公の事を書いた書物もあるけれども、それとても矢張孔子の編纂したものと伝へられあるから、漢学と言へば、孔子の学、孔子が中心となつて居るのである。其の孔子の言行を書いた論語であるから、菅公も大に之れを愛誦し、応神天皇の朝に百済の王仁が献上した論語千字文の朝廷に伝へられたのを筆写して伊勢の太廟に献じたのが世に管[菅]本論語といつて現存して居るのである。

 士魂商才と云ふのも同様の意義で、人間の世の中に立つには武士的精神の必要であることは無論であるが、然し武士的精神のみに偏して商才と云ふものが無ければ経済の上から自滅を招くやうになる故に士魂にして商才が無ければならぬ。其の士魂を養ふには書物といふ上からは沢山あるけれども、矢張論語は最も士魂養成の根底となるものと思ふ。それならば商才はどうかと云ふに、商才も論語に於て充分養へると云ふのである。道徳上の書物と商才とは何の関係が無いやうであるけれども、其の商才と云ふものも元々道徳を以て根底としたものであつて道徳と離れた不道徳、詐瞞浮華軽佻の商才は所謂小才子小利口であつて决して真の商才では無い。故に商才は道徳と離るべからざる者とすれば、道徳の書たる論語に依つて養へるわけである。また人の世に処するの道はなか〳〵至難のものであるけれども論語を熟読玩味して往けば大に覚る所があるのである。故に私は平生孔子の教を尊信すると同時に論語を処世の金科玉条として常に座右から離したことは無い。

 我邦でも賢人豪傑が沢山居る。其中で最も戦争が上手であり、処世の道が巧であつたのは徳川家康公である。処世の道が巧みなればこそ多くの英雄豪傑を威服して十五代の覇業を開らき、二百余年間人々が安眠高枕することの出来たのは実に偉とすべきである。夫故処世の巧みな家康公であるから、種々の訓言を遺されて居る。彼の『神君遺訓』なども我々処世の道を実に能く説かれて居る。而して其の『神君遺訓』を私が論語と照合して見たのに実に符節を合するが如くであつて矢張大部分は論語から出たものだと云ふことが分つた、たとへば『人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し』とあるのは、論語の『士不可以不弘毅任重[而]道遠、仁以為己任不亦重乎、死而後已不亦遠乎』とある曾子の言葉と寔に合つて居る。

 また『己れを責めて人を予むるな』は、『己欲立[而]立人己欲達而達人』と云ふ句の意を採られたのである。また『及ばざるは過ぎたるより勝れり』と云ふのは、例の『過猶不及』と孔子が教へられたのと一致して居る。『堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思へ』は[『]克己復礼[』]の意である。『人は唯身の程を知れ、草の葉の露も重きは落つるものかな』は分に安んずることである。『不自由を常と思へば不足なし、心に望み起らば困窮したる時を思ひ出すべし』『勝つこと計りを知りて負くることを知らざれば害其身に至る』とある[、]此意味の言葉は論語の各章に屡次繰返して説いてある。次に公が処世に巧みであつたこと、三百余年の大偉業を開かれたことは大抵論語から来て居るのべ[で]ある。

 世の人は漢学の教ゆる所は禅譲討伐を是認して居るから我が国体に合しないと云ふが、そは一を知つて二を知らざる説である。孔子の[『]聞韶曰尽美亦尽善聞武曰尽美未尽善[』]とあるのを見ても明らかであつて、韶と云ふ音楽は尭舜のことを述べたので、兎に角尭は舜の徳を悦んで位を譲つたのである。故にそのことを歌つた音楽は実に善美を尽くして居る。然るに武と云ふ楽は武王のことを歌つたので、たとへ武王は徳があつたにせよ兵力を以て革命を起し位に登つたのであるから、従つて其の音楽も善を尽くさないと言つて居られる。孔子の意では革命と云ふことは望ましいものでないと云ふことが充分に看ることが出来る。何でも人を論ずるには其の時代と云ふものを考へなければならぬ。孔子は周の代の人であるから、充分に露骨に周代の悪しきことを論ずることが出来ないから、美を尽せり未だ善を尽さずと云ふやうに婉曲に言つて居るのである。不幸にして孔夫子は日本の様な万世一系の国体を見もせず知りもしなかつたからであるが、若し日本に生れ又は日本に来て万世一系の我が国体を見聞したならば、どの位賛嘆したか知れまい。韶を聞いて美を尽くし善を尽くせりと誉めた所では無い。それ以上の称賛尊敬の意を表したに違ひ無い。世人が孔子の学を論ずるには能く孔子の精神を探り所謂眼光紙背に徹する底の大活眼を以て之れを見なければ皮相に流れる恐があるのである。

 故に私は人の世に処せんとして道を誤まらざらんとするには先論語を熟読せよといふものである。現今世の進歩に従つて欧米各国から新らしい学説が這人[入]つて来るけれども、其の新らしいと云ふのは我々から見れば矢張り古いもので既に東洋で数千年前に言つて居ることと同一のものを唯言葉の言ひ廻しを旨くして居るに過ぎぬと思はれるものが多い。欧米諸国の日進月歩の新らしいものを研究するのも必要であるけれども、東洋古来の古るいもののうちにも棄て難い立派なもの〻あることを忘れてはならぬ。

士魂商才(処世と信条)

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