第1巻 p.92-94 (DK010003k-0001) | 雨夜譚 巻之一・第三―七丁〔明治二〇年〕 |
第1巻 p.94 (DK010003k-0002) | 竜門雑誌 第三〇四号・第四二―四四頁〔大正二年九月〕 【青淵先生懐旧談】 |
第1巻 p.94-97 (DK010003k-0003) | 竜門雑誌 第三〇七号・第四二―四六頁〔大正二年一二月〕 【青淵先生懐旧談】 |
第1巻 p.97 (DK010003k-0004) | 御口授青淵先生諸伝記正誤控 第一二頁〔昭和五―六年〕 |
第1巻 p.97 (DK010003k-0005) | 御口授青淵先生諸伝記正誤控 第七頁〔昭和五―六年〕 |
第1巻 p.97-98 (DK010003k-0006) | 御口授青淵先生諸伝記正誤控 第一八五頁〔昭和五―六年〕 |
第1巻 p.98 (DK010003k-0007) | 竜門雑誌 第四五六号・第九五―九六頁〔大正一五年九月〕 国家的にも個人的にも大切なる蚕糸業 |
第1巻 p.98-99 (DK010003k-0008) | 市河晴子筆記 |
第1巻 p.100 (DK010003k-0009) | 竜門雑誌 第三〇五号・第三〇―三一頁〔大正二年一〇月〕 【上毛に対する懐旧と希望】 |
第1巻 p.100 (DK010003k-0010) | 竜門雑誌 第五四〇号・第一〇頁〔昭和八年一一月〕 【一村の興隆と自治的精神】 |
第1巻 p.100 (DK010003k-0011) | 御口授青淵先生諸伝記正誤控 第四〇頁〔昭和五―六年〕 |
第1巻 p.100 (DK010003k-0012) | 竜門雑誌 第二八二号・第二二―二三頁〔明治四四年一一月〕 【実業教育の今昔】 |
第1巻 p.101 (DK010003k-0013) | 雨夜譚会談話筆記 上・第六―八頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕 |
第1巻 p.101 (DK010003k-0014) | 雨夜譚会談話筆記 下・第六七二―六七三頁〔昭和二年一一月―昭和五年七月〕 |
第1巻 p.101-102 (DK010003k-0015) | 雨夜譚会談話筆記 下・第七五五―七五七頁〔昭和二年一一月―昭和五年七月〕 |
第1巻 p.102 (DK010003k-0016) | 過眼触耳即記(尾高淳忠稿)[尾高惇忠稿か?] |
第1巻 p.102-103 (DK010003k-0017) | 竜門雑誌 第五九六号・第一〇―一一頁〔昭和一三年五月〕 寿杖を頂きて(伊藤半次郎) |
第1巻 p.103-106 (DK010003k-0018) | 伊藤半次郎(松宇)氏談話 |
第1巻 p.106-112 (DK010003k-0019) | 高地茂左衛門宛藍玉通(嘉永五年以降) |
第1巻 p.112-113 (DK010003k-0020) | 藍玉通帳の事 塩川啓之助氏談 |
第1巻 p.113-117 (DK010003k-0021) | 紺屋兼吉宛藍玉通 (安政三年以降) |
第1巻 p.117-121 (DK010003k-0022) | 手塚弥右衛門宛藍玉通(明治二年以降) |
第1巻 p.121 (DK010003k-0023) | 竜門雑誌 第三五〇号・第八八―八九頁〔大正六年七月〕 【上略五月十四日に出掛けて…】 |
第1巻 p.121-123 (DK010003k-0024) | 上田郷友会月報 第六二〇号・第一五―一七頁〔昭和一三年九月〕 渋沢翁と紺屋手塚の老婆(柴崎新一) |
第1巻 p.123-125 (DK010003k-0025) | 上田と渋沢子爵 【伊藤伝兵衛(上田市長); 柴崎新一(元上田市助役); 手塚弥右衛門】 |
第1巻 p.125-130 (DK010003k-0026) | 金森平助宛藍玉通 (安政四年以降) |
第1巻 p.130-131 (DK010003k-0027) | 渋沢さんの藍玉通について「金森屋 飯島重晴氏談 柴崎新一氏談」 |
第1巻 p.131-132 (DK010003k-0028) | 渋沢さんとの取引 田口磯右衛門氏談 |
第1巻 p.132-138 (DK010003k-0029) | 神林常五郎宛藍玉通 (元治元年以降) |
第1巻 p.138-140 (DK010003k-0030) | 上田郷友会月報 第六一九号・第五―七頁〔昭和十三年八月〕 渋沢栄一翁青年時代 藍玉販売に矢沢へ来る(柴崎新一) |
第1巻 p.140 (DK010003k-0031) | 藍玉送状 |
第1巻 p.140 (DK010003k-0032) | 藍玉請取 |
第1巻 p.140-144 (DK010003k-0033) | 〔参考〕竜門雑誌 第六〇三号・第一―五頁〔昭和一三年一二月〕 青淵先生直筆の藍玉通(一)(土屋喬雄) |
第1巻 p.144-152 (DK010003k-0034) | 〔参考〕竜門雑誌 第六〇四号・第一―一四頁〔昭和一四年一月〕 青淵先生直筆の藍玉通(二)(土屋喬雄) |
第1巻 p.152-158 (DK010003k-0035) | 〔参考〕橘屋甚平宛藍玉通 (安政四年以降) |
第1巻 p.158-160 (DK010003k-0036) | 〔参考〕竜門雑誌 第六三二号・第二―四頁〔昭和一六年五月〕 滝沢家所蔵渋沢家藍玉通について(土屋喬雄) |
第1巻 p.160-164 (DK010003k-0037) | 〔参考〕紺屋喜右衛門宛藍玉通(嘉永五年以降) |
第1巻 p.164-165 (DK010003k-0038) | 〔参考〕竜門雑誌 第二〇四号・第八―九頁〔明治三八年五月〕 ○戦争と経済 |
第1巻 p.165-166 (DK010003k-0039) | 〔参考〕総長ト外国人トノ談話筆記集 【○上略 私が丁度十四の時、其時は嘉永六年で、…】 |
第1巻 p.166-167 (DK010003k-0040) | 〔参考〕竜門雑誌 第二九六号・第一八頁〔大正二年一月〕 新年所感(青淵先生) |
第1巻 p.167 (DK010003k-0041) | 〔参考〕竜門雑誌 第三〇一号・第一六頁〔大正二年六月〕 日米国交の今昔(青淵先生) |
第1巻 p.168 (DK010003k-0042) | 〔参考〕竜門雑誌 第二八七号・第三七頁〔明治四五年四月〕 白木屋呉服店講話会に於て(青淵先生) |
第1巻 p.168 (DK010003k-0043) | 〔参考〕竜門雑誌 第三一七号・第七一頁〔大正三年一〇月〕 ●三越の開店式 |