デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

1編 在郷及ビ仕官時代

1部 在郷時代

2章 青年志士時代
■綱文

第1巻 p.229(DK010012k) ページ画像

文久二年壬戌二月(1862年)

長男市太郎生マル、夭ス。


■資料

はゝその落葉 (穂積歌子著) 巻の一・第四丁〔明治三三年〕(DK010012k-0001)
第1巻 p.229 ページ画像

はゝその落葉(穂積歌子著)  巻の一・第四丁〔明治三三年〕
文久二年の春二月我兄君生れ給ひ。御名を市太郎となん名附け給ひける。其年の秋の頃いづこの村も痳疹の流行いとはげしく。中の家にても我大人母君はさらなり。奴婢等まで残りなく病み臥して。すくよかなるは只我祖父母の君たちばかりなりけり。この時兄君もまた同じ症にて重くなやませ給ひけれど。さる折からなりければはかばかしうみとりする事すらかなはで。八月十一日終にあへなく身まかり給ひけり。
されは後に子等がかりそめのいたづきありても直ちに医師むかふるにつけて。市太郎こそ便なきものなりけれ。と云ひ出で給ふ事しばしばなりき。かゝりしかば此秋は誰が袖もいと露けきに。いとゞ時雨のふりそひて冬の始より我曾祖父君老病になやませ給ひ。十一月十一日はかなくうせさせ給ひけり。病の床につかせ給ひし頃。母君は御身のつかれ猶いえさせ給はざりけれども。いとまめやかに御病をみとらせ給ひけりとぞ。


青淵先生子孫一覧(DK010012k-0002)
第1巻 p.229 ページ画像

青淵先生子孫一覧
渋沢栄一―――市太郎《(長男)》
   母ハ前配尾高氏、文久二年二月 日生、同年八月十一日逝、長男ナリ。