デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

3章 静岡藩仕官時代
■綱文

第2巻 p.179-184(DK020009k) ページ画像

明治二年己巳八月二十七日(1869年)

是ヨリ先、商法会所ヲ改革シ、常平倉ヲ設立セントノ議アリ。栄一意見書ヲ提出シテ容レラレ、是月二十五日会計掛付常平倉掛ヲ命ゼラレ中士ト心得可シト達セラレガ、是日商法会所ヲ廃止ス。


■資料

常平倉御取建一件留(DK020009k-0001)
第2巻 p.179-180 ページ画像

常平倉御取建一件留         (萩原太郎次郎氏所蔵)
(付箋)
巳八月廿五日一翁侯御下ケ
                   渋沢篤太郎江
此度商法会所御廃止、常平倉御取建ニ付、御場所之儀は静岡商法会所相用可申、尤清水湊之方は出張と相心得、両所共都而其方へ取扱被命候間、委細之儀は猶取調可被申聞候
                   渋沢篤太郎江
会計掛付常平倉掛被命中士と可被相心得候
 - 第2巻 p.180 -ページ画像 
                   渋沢篤太郎江
俸金是迄之通被下、座順之儀は政事庁付書記次と可被心得候


常平倉御取建一件留(DK020009k-0002)
第2巻 p.180 ページ画像

常平倉御取建一件留         (萩原太郎次郎氏所蔵)
萩原鶴夫様 貴下 渋沢篤太郎
拝啓昨日は光臨之処宝台院江罷出不在不得面晤失敬之至ニ候、偖生も漸東京表御用済帰岡いたし候、追々御時勢も御変更夫是致改革せすんはあるへからす事共も可有之哉存ち候付、御内話申上度儀有之候間、今夕御操合御越有之様いたし度、宮崎へも御通御同伴奉待候 匆々
    八月廿五日
順廻 早々御順達可被降候
廻状を以得御意候、然は商法会所之儀御廃止、常平倉と御唱替相成、渋沢様御掛り役被命、是迄之御掛り様方不残御役御免、尤諸向御調済迄は御詰合之事ニ御座候、右之段詰合之もの心得を以御通達申上候
                             以上
    巳八月廿七日
                   商法局詰合
                     御用達
    北村様
    萩原様
    勝間田様
    野崎様
    宮崎様
    野呂様
    馬場様
    小川様
    和田様
    多良様


常平倉御取建一件留(DK020009k-0003)
第2巻 p.180-182 ページ画像

常平倉御取建一件留         (萩原太郎次郎氏所蔵)
(朱書)
明治二巳年八月
巳八月廿八日伺済
 一翁殿
  商法会所御廃止常平倉御取建之儀ニ付取扱振相伺候書付
                    渋沢篤太郎
(朱書)
大久保一翁殿御書入
 藩上之利を不計諸民乃益を主とすへき事
 一時の盛大を望ます永久を主とすへき事
 - 第2巻 p.181 -ページ画像 
 此度商法会所御廃止常平倉御取建ニ付而は、是迄会所ニ而御遣廻し相成候会所元金并拝借紙幣之内、御勘定所より引渡相成居候分共都而清算之上諸帳面相添会所より請取之、常平倉之元ニ相立、時宜ニ随ひ糴糶売買いたし、貯蓄穀相殖候様取扱可仕奉存候
一会所元金之分ハ全従前諸局之仕上残金を取纏候金類ニ付、是は御家より常平倉江御差加穀相成候筋ニいたし、年々利穀相殖候様取扱可仕拝借紙幣之分ハ御遣廻相成候元高を以常平倉ニ而引請、返納方取扱向可仕、尤是迄御遣廻相成候中相場之差ニ而相減居候分ハ、末年ニ至候ハヽ常平倉ニ於いても相応之利穀積立可相成候間、右ニ而相償候様可取扱奉存候
一是迄会所差加金として出金致候者ハ、此度改而相達し受取戻を望候者へハ御定之通下戻し、其儘差加置度分ハ常平倉差加積穀ニいたし利穀相殖候様可取扱奉存候
一常平倉御場処ハ静岡清水共是迄之商法会所可相用ニ付而は、是迄会所おいて取建候納屋并破損所御修覆等遣払仕上帳を以引継いたし、向後破損取繕并新規倉庫取建度儀等有之候ハヽ、常平倉ニ而取扱仕払相立候様可仕奉存候
一常平倉ハ凶荒之際細民饌食之預備ニ候得は、地利に随ひ物価之低昂を見計ひ、糴糶之宜を得不申候而は常平被相行申間敷奉存候間、土人之内ニ而能義理明弁にして私利に趨らさる者共御撰挙之上、大綱目之外ハ都而御委任相成《(朱書)以下一翁殿御書入》「永世変更無之と申事主張ニテハ都却《(マヽ)》而徒法ニ候良法ニ候ハヽ自然永続可致事ニ候」真ニ国人と持久永続候様之良法相立候様仕度、依之別紙取扱御用達之者共取調差上候間早々御下知被成下置度奉存候
一右取扱御用達共之内、唯売事而已相心得、私利経営候様之者共も有之候得共、前条常平之法相行候ニ付而ハ御管轄地之儀ハ従来他方之糴米を仰候処別而去年中より人員も相増し候儀ニ付、此上共米穀其外之品共諸方之相場を較量いたし、時々多分之輸入無之而は常平之法難相立奉存候間、右売事手馴候者共は其筋へ相用ひ為取扱候ハヽ御用便ニ相成且ハ其者共之私利を営候防にも相成、一挙両得之儀と奉存候
一常平倉取扱方之儀ハ別紙見込書を以概略奉申上候得共、素より土地人民江適宜候処必要之儀ニ付瑣細之取扱は尚御用達共被 命候上ニ而篤と承糺し、時情に投し候様取調可申上奉存候
一是迄会所おいて取扱来候売買品其他諸御貸付金等取纒方之儀は夫々期限も有之候ニ付、其振合に随ひ取始末相付候様仕度、尤慥成引宛品有之候分及産物元入金肥し物御貸附等之儀ニおいては常平倉おいても融通いたし遣候方可然奉存候間、右等は是迄之手続ニ取扱可申奉存候
一常平倉ニ而積立相成候利穀之儀ハ、年々清算之上取扱諸入用臨時諸普請手当金を引去、其余益金高之分割を以取扱之者給分に被下、尚相残候高ハ元穀江差加候様仕度、尤右之外拝借之紙幣之分ハ、御定之通年々高之壱割宛返納ニ付、元高相減候得共、利益穀年々相殖候間、末年ニ至候ハヽ莫大之積穀出来候様可相成奉存候
 - 第2巻 p.182 -ページ画像 
一右は差向候廉々奉伺候、尚時情取調之上追々可申上奉存候 以上
    巳八月 渋沢篤太郎
    〔欄外記事〕
    (朱書)
    一翁殿御書入
     平常米価等強テ直下ノ俗見無之時ハ輸入可有之事ニ候


(商法会所) 日記 明治二己巳年 従七月(DK020009k-0004)
第2巻 p.182 ページ画像

(商法会所) 日記 明治二己巳年 従七月 (萩原太郎次郎氏所蔵)
    八月廿三日 陰
一懸一同出勤いたす
一米屋和吉麦安三百両御貸附元利返納相成ル
一請所村治兵衛塩行宛拝借相成居候所、上納方差支候趣を以猶月延返納趣相願候所、廉々不都合も有之候間を以申談、利金仮預りニ而弐拾六両預置候事
一小栗尚三殿少参事会計掛
 宜下候事
  但御勘定方下役共一同其外話向役々御廃止相成候勤番組江身分ニ応し階級有之候事
    八月廿四日 雨蒸気甚
一尚三殿御出勤御渡
御勘定御廃止ニ付、是迄商法会所掛如何相心得可申哉、一翁殿江相伺候処、掛り之者は是迄之通相勤候様被申聞候
    八月廿五日 甲子休朝暴風雨終日雨
    八月廿六日 晴
一昨廿五日渋沢篤太郎江御書取御下ケ
商法会所御廃止、静岡常平倉御取建ニ付、場所は是迄之処相用、清水湊之方は出張と相心得両所共其方江取扱被 命委細は猶取調可被申聞候
一昨廿五日田中彦八、服部平八郎会計方被 命
一大六手代良助江楮幣三百六拾五両御貸附相成ル
一文久銭百貫文渋沢篤太郎江渡ス
一米屋和吉日歩金九百両書替相成、利金拾壱両壱分請取相済
    八月廿七日
一小四郎直一郎柳三江も会計方被命候事
一黒沢謙蔵儀西番組被命ニ付、静岡奉行江引続取扱候様早々申遣し候事
一大黒屋六左衛門江日歩御貸附千弐百両返納相成候事
一金六拾四両三分永拾四文六歩九リ、締元伊兵衛江返納済
一矢村坂本平島会計方被 命
    八月廿八日 雨
一懸一同出勤
一無記事


渋沢栄一伝稿本 第六章・第五九―六六頁〔大正八―一二年〕(DK020009k-0005)
第2巻 p.182-184 ページ画像

渋沢栄一伝稿本 第六章・第五九―六六頁〔大正八―一二年〕
是より先き明治二年正月、薩長土肥四藩より藩籍奉還の上表あり、諸
 - 第2巻 p.183 -ページ画像 
大名の之に傚ふ者多く、六月十七日勅して其請を許し、未だ請はざる者には特に奉還を命じ、諸大名の版籍を悉く朝廷に収めて、全国の王臣、王土たるの実を明ならしめたり、其各藩主をば新に藩知事に任命し、暫く旧によりて政治を行はしめたれども、封建割拠の形勢は此に至りて廃せり、商法会所の組織変更の議は正に起れるなり。されば組織変更の必要は、一部用達の不正行為に原因せりといへども、版籍奉還の挙が此変更を決行せしむるに好機会を与へたるに似たり。坂本柳左衛門の書翰に、「版籍奉還の一条片付きし上ならでは、会所の処置もむづかしかるべし」といへるを思ひ合すれば、政治上の大変革に伴ひて藩内の一商社を改革するは、誠に機会を得たるものならん。
此時大久保一翁の改意見は、知藩事附属の常平倉とか社倉とかいふ名義に改めて、其事務をば商人に託し、之が総轄の任は藩中より官選せば可ならんといふにありて、大体に於て商法会所掛の人々も同意見なりしかば、先生も賛同して、遂に常平倉なる名称に定まりしものゝ如し、「商法会所御廃止、常平倉御取建之儀、御内意に付、愚存取調相伺候書付」と題し、左の如き意見を述べたり
二十四日呈出
 一商法会所の用達等は、温故知新の明なく、旧習に因循して、会所設立の意に背くの行為なきにあらず、されば今回常平倉開設の上は、用達の人選に尤も心を用ゐ、大体の制規を設けたる後、事業の経営は彼等に委任すへし。
 二常平の目的は物価を均平するにあれば、用達等の意志によりて相場の変動を生せしめざる様にすること肝要なり、宜しく常平倉取扱方心得及び其取扱ふべき品類の定限を設くべし。
 三常平倉に関する事務取扱は、一切之を用達に委任すべきも、其統一を図るが為に、藩士中才幹ある者を選びて社長となし、総理の任に当らしむべし。
 四従来商法会所にて取扱へる売買貸品貸附金等は、総べて清算の上常平倉へ引継ぐべし。
 五商法会所開設以来、かねて伺済の振合を以て、従前諸局の残金を取纏め、之を以て元金となし、時価にて正米を購ひ、常平倉の元穀となすと共に、かねて勘定所より会所へ交付し流用運転せる紙幣は之を常平倉に引継ぎ、諸品の売買及び農商への貸附金に充つべし。
 六会所の差加金は、之が下附を望む者へは、規則に従ひて払戻し、旧の如く差加へ置きたしと思ふ者あらば、其望に任せ、常平倉の経営は専ら之を用達等に委ね、藩府にては大綱のみを総管し、微細の事務には干渉することを避くべし。
 七常平倉の設立につきては、地利を第一とせざるべからず、然るに駿河にては清水港最も其所を得たれば、従来同港にありし納屋・仮会所等は、其儘常倉社中へ引継ぎ、又静岡に於ては紺屋町の会所を以て之に充つべし。
 八常平倉の用達等は、其身元に応じ分限調を差出さしめ、又勤務中破産する者ありとも、社中一体の引請たるべしとの事も、予め請書を差出さしめ置くべし。
 - 第2巻 p.184 -ページ画像 
 九用達は藩の人選にて命ずること然るべけれども、更に人選にて命ぜられし用達等の推挙せる者をも併せて任用すべし、されば最初の人選は小人数たるを可とす。
 十商法会所の積金は元金の高へ加へ、常平倉積穀を購ふべし。
かくて大体に於て先生の意見は採用せられ、九月商法会所の廃止と共に常平倉の設立を見たり。
商法会所はかくて廃止せられたるが、其存立中の成績を一瞥するに、資本総額金二十九万四千七百十七両・永五十二文五分四厘に対して、金八万五千六百五十一両三分・永二百三十一文二厘の利益を挙げ、金千四百両一分・永二百四十三文九分一厘・金札四両三分一朱の積立金を為せるは、誠に好成績なりといふべし。