デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.3-5(DK030002k) ページ画像

明治四年辛未一月五日(1871年)

太政官令シテ神社仏寺ノ領有地ヲ還納セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。


■資料

大蔵省沿革志 租税寮第四・第二―三丁(明治前期 財政経済史料集成 第二巻・第三〇六頁〔昭和七年六月〕)(DK030002k-0001)
第3巻 p.3-4 ページ画像

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法令全書 明治四年・第五―六頁 太政官 第四 正月五日(布)(DK030002k-0002)
第3巻 p.4-5 ページ画像

法令全書 明治四年・第五―六頁
太政官 第四 正月五日     (布)
諸国社寺由緒ノ有無ニ不拘、朱印地除地等従前之通被下置候処、各藩版籍奉還之末社寺ノミ土地人民私有ノ姿ニ相成不相当ノ事ニ付今度社寺領現在ノ境内ヲ除ノ外一般上知被 仰付、追テ相当禄制被相定更ニ廩米ヲ以テ可下賜事
 但当午年収納ハ従前之通被下候事
一領知ノ外ニ旧政府並領主等ヨリ米金寄附ノ分依旧貫当午年迄被下候向モ有之候処、来未年ヨリ被止候事
  但家禄ノ内ヲ以テ寄附致候儀ハ別段ノ事
一上知ノ田畑百姓持地ニ無之、社寺ニテ直作或ハ小作ニ預ケ有之分年貢諸役百姓並相勤ルニ於テハ、従前ノ通社寺ニテ所持致シ不苦候事
  但地所ニ関係ノ事務ハ村役人差図可致事
右之通被 仰出候条、府藩県ニ於テ管内ノ社寺ヘ可相達候事
今度社寺領一般上知ノ儀、別紙ノ通被 仰出候ニ付、是迄支配致候府藩県ヘ土地更ニ管轄被 仰付候事
  但高帳ハ追テ可相渡事
一禄制御改革ニ付テハ、元有禄之社寺ニテ是迄召仕候譜代ノ家来共、三代以上元給禄高、二代以下勤年数、二十ケ年以上五ケ年以上譜代新規抱等ノ差別ヲナシ、管轄府藩県ニ於テ人名取調可差出事
  但一季抱ノ分ハ不及差出事
 - 第3巻 p.5 -ページ画像 
右之通相達候事(庚午十二月可相達分ヲ是日発令相成ニ付此処ヘ挿入ス)