デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.16-17(DK030005k) ページ画像

明治四年辛未一月十四日(1871年)

大蔵民部両省府藩県管轄内畑ノ田ト為ルモノ若クハ田ノ畑ト為ルモノ若クハ田地ノ隠占ニ係ル者ヲ点検シテ之ヲ常制ニ帰セシムル方法ヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。


■資料

大蔵省沿革志 租税寮第四・第五―七丁(明治前期 財政経済史料集成 第二巻・第三〇七―三〇八頁〔昭和七年六月〕)(DK030005k-0001)
第3巻 p.16-17 ページ画像

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法令全書 明治四年・第五一頁 太政官 第十八 正月十四日(達)(DK030005k-0002)
第3巻 p.17 ページ画像

法令全書 明治四年・第五一頁
太政官 第十八 正月十四日 (達)       府藩県
近来農間ニ於テ窃ニ空地ヲ開墾シ、又ハ持地ヘ切添作リ取致シ候隠地之類、或ハ荒地起返ヲ不申立、或ハ無願シテ畑田成田畑成及ヒ田畑ヲ屋敷地ニ致シ候類往往有之哉ニ相聞ヘ、不屈ノミナラス銘々持地モ相混シ争論ノ基トモ相成、以之外ノ事ニ付、総テ御釐正可相成筋ニ候得共、従来之弊習一時ニ洗除候様ニモ難相成、其儘打棄置候テハ追々経界紊乱終ニ許多之罪人可出来儀ニ付、府藩県各管庁ニ於テ平常懇篤ニ説諭ヲ加ヘ漸々定制ニ帰シ候様可取計事