デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.2.18

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.21-80(DK030011k) ページ画像

明治四年辛未一月(1871年)

大蔵省永田甚七・高崎長右衛門・山路勘助・岩橋万造等ヲシテ廻漕取扱所ヲ設立セシメ、廻漕会社ノ用船一切ヲ引継ギ営業セシム。尋イデ五年十一月同取扱所ヲ解散シテ、日本国郵便蒸気船会社ヲ設立セシム。大蔵大輔井上馨、栄一並ニ駅逓頭前島密等ノ関与スル所ナリ。而シテ栄一ハ明治八年六月解散ニ至ルマデ当社ニ関係セリ。


■資料

郵便蒸気船会社文書 (栄一自筆)(DK030011k-0001)
第3巻 p.21-23 ページ画像

郵便蒸気船会社文書            (渋沢子爵家所蔵)
(栄一自筆)
当郵便蒸気船会社之義ハ、去ル明治二年通商司御建置中同御司之御所轄を以有志之者御誘導相成廻漕会社創立いたし、其資本ハ同しく御所轄之為替会社より貸渡営業仕候処、何分不手馴之業体ニて難破船等之災害も有之、其上財本乏敷候ニ付、為替会社之貸金も返済之目途不相立殆鎖業之姿ニ相成候ニ付、為替会社中聊廻漕事務心得居候者申合、右廻漕会社貸金ニ対し差向所有之船舶を受取、其残金ハ無拠其儘貸据と相成、而して為替会社中ニ於て廻漕事務ハ全く分界相立其引受と相定、仮ニ廻漕取扱所之名目を以廻運之業相営居、其後明治四年中通商司も御廃局○四年七月五日 相成、前書廻漕会社も全閉店いたし廻漕取扱所之方ハ別ニ整然たる約束も無之候得共、多くハ官府之御示諭と御誘導とニよりて微々勉力仕居候得共、元来廻運通船之業ハ国家経済之緊要ニして私共無力無智之輩協同候とて素より担当可致得理無之候より、為替会社へ対し追々負債相嵩、其支償目的も無之、頻ニ困苦罷在候際、明
 - 第3巻 p.22 -ページ画像 
治四年七月ニ至り廃藩置県之義被仰出、従来藩々所有之船舶も尽く御引上相成、随而諸藩より世話有之候廻運之道も相絶し候姿と《(衍カ)》ニ付、御本省ニ於ても御審議被為在、全図之経済上ニ御注目被成候之御趣意を以、同年十二月頃より厚御示諭被成下、右廃藩御引上之船々を年限を定め御貸下相成、且又夫迄為替会社より借入金額も通商司御建置中御掛り官員方より御命令ニ類し候事共も有之候旁詰り為替会社をも御救護被下候訳を以其支消方法も御本省ニ於て御配算被下、前書御貸下之船々を以更ニ社業拡伸之上負債支消も可仕見込ニて、翌明治五年八月中改而日本国郵便蒸気船会社と改称候旨之御許可得、駅逓寮之御所轄ニ属し、拝借之船代年譜上納方法及為替会社へ対し候負償支消之手続其外社中諸規則迄都而御寮之御調査を受、整然定規相設候ニ付、此上ハ社業成立可相成と一同勉力仕候得共、何分御貸下之船々ハ都而廃藩之際修繕等も不行届ニ付、其修覆にも不容易費用相嵩、其上御制定被下候航路往復候にハ縦令積荷乗客不充分ニ候とも日を刻し発着いたし候筈、旁以常ニ費用収入ニ超過し、其後佐賀県下騒擾之際尋而蕃地御出兵等にハ御本省之御指命を以御用船等も差出候得共、乗組船長共未熟ニ付不都合之事共有之候哉、中途より御用船御下命も無之、何分最前之目的之如く社中之殖益も不相見、詰リ得失比較仕兼、其上為替会社へハ前書約定相成候負債之外ニ連々多分之負債も出来いたし、到底此儘営業ハ可仕兼候ニ付、昨七年十二月頃より、為替会社より之負債打切勘弁方を第一国立銀行へ依頼およひ、右等之示談行届候ハヽ、縦令其打切支消之金額ハ外方より借入候とも、其元利返却ハ向後之社益にて引足可申と存込、追々其談判ニ渉り、銀行之紹介を以予メ協議ニおよひ候ニ付、右打切返却可致金額他方借入候様心配仕候得共、是以目途相外れ、更ニ一層之苦難を増候折柄、昨年中蕃地事務ニ付御買入之船々兼而三菱商会へ御委任相成居候ニ付、御省ニ於て全国之通船方法御拡伸可為成訳ニも御坐候哉、右三菱商会へ御委任之船々にて差向神戸長崎上海等へ定日御出船之義御布告相成、且其航路米国郵船会社と其線を同くいたし候ニ付、終ニ相競ふ之勢を生し、神戸長崎之運賃乗客料抔も案外之低価と相成、既ニ衰頽ニ及候当社ハ、尚更営業之目的を失し所詮此上何様苦心候とも素より累年之積債多く、其上可相募之財本ハ無之、未熟不能之社力を以此通運之大業を官府と拮抗可致之理万々と無之ニ付、断念閉社候外有之間敷と奉存、其段駅逓頭殿へも申立、且是迄之手続ハ前書縷陳之次第ニ付此閉社ニ付而ハ何分之御救助被下、社中之船舶其外共通価外之割増を以て御買上被成下、社中之者ハ勿論第一債主為替会社へ対し其損毛を相滅し候様仕度と当年三月中右御買上可相願価格概算をも駅逓頭殿之手を経御本省へ上達之処、四月中ニ至り駅逓頭殿之口達にハ、右御買上ハ、出格之御寛典を以御許容可被下候得共価格ハ金三拾五万円ならてハ御下渡相成兼候との事ニ付、尚熟考候得共、何分前書為替会社之負債ハ前後ニて、金八拾万円余之巨額ニ有之其上社中無余儀失金も拾弐三万円余有之、加之株金之高拾八万円余ニ候間、之を合算して百拾四五万円之高と相成、如何とも解社之方法不相立ニ付、更社中熟議之上右之段駅逓頭殿へ申立候処、種々御而覚悟有之候ニ付、社中一同之損毛ハ素より銘々之不能ニ根し候義と兼
 - 第3巻 p.23 -ページ画像 
説諭もも仕候ニ付、更ニ其価格を減し、別紙調書之通相願度義ニ御坐候、就而ハ是迄之情状と即今之苦難とを御汲量被下、何卒時価之当否ハ不被為問候而別紙申上候通御買上之段御聞届之程奉願候、幸ニ右御許可被下候ハヽ社中一同集会之上各其損毛之部分も相定、且為替会社へも相頼格別之勘弁方を受、先以紛争等にハ不立至様解社可仕と奉存候間偏ニ御垂憐之上御仁恕之御沙汰奉懇候也
    明治八年五月 日
   ○右栄一起草ニ成レル買上願書ハ後掲松方家文書ノ買上願書ノ草稿ナルベシ。


川崎正蔵 (山本実彦著) 第九四―九五頁 〔大正七年九月〕(DK030011k-0002)
第3巻 p.23-24 ページ画像

川崎正蔵 (山本実彦著) 第九四―九五頁 〔大正七年九月〕
○上略 明治二年、太平洋汽船の我儘なる振舞に憤慨して、我政府は政府干渉の下に、東京霊岸島と、大阪中の島に回漕会社を組織し、専ら京阪間の貨物輸送に任ずることゝせるが、該会社は通商司の所管に属し各藩の依託船舶を運用するにあり。其組織は依然半官半民の形式を以て、活動を開始せり。然るに経営者其人を得ざる為、明治四年、会社は拾弐万円の負債を生じ、遂に閉社するの止むなきに立至り、折角の企画も水泡に帰したり。此事件は決して単純なる一会社の浮沈と同視すること能はず、何となれば、背後に政府が後楯となり居たるを以て也。回漕会社閉鎖は、一面に於て国権の威信にも関係する問題なるのみならず、其反動として、太平洋汽船会社は、勢威隆々として、向ふ所敵なく、我航海業者を圧迫して、沿岸航海迄、彼等の掌中に把渥せらるゝ状態に立至れり。玆に於て乎、政府は驚愕度を失して、謀議数十回を重ね、遂に回漕会社の復活を図らんとし、前島密男を主任とし自分や、岩橋万造等為替会社関係者と鳩首謀議する所ありしが、其の結果として、四年五月《(正)》、政府の補助を厚くして、吹島四郎兵衛等《(吹田四郎兵衛)》をして新に回漕取扱所を設立せしめ、回漕会社の用船一切を無償にして引継がしめて、営業を開始せしめたり。而して其実体は当年の為替会社なりき。其年八月《(五)》、回漕取扱所を、日本郵便蒸汽船会社と改称し、同《(四)》年十一月《(七)》、廃藩置県の事あるや、各藩の所有汽船を引上げて、之を同会社に貸下げ、大蔵省よりは六十万円の補助金を下附す可き予約を与へ、一般貨客の運送以外、貢米輸送、郵便物運搬の義務に任ぜしめ、資金は為替会社に於て融通し、大蔵省は前島駅逓頭を主任官とし、自分及岩橋万造、高崎長右衛門、山路勘助、片岡庄兵衛《(片行庄兵衛)》、永田甚七等をして計画経営せしむ。然るに明治七年小野組の瓦解するに際し、為替会社は非常なる影響を受け、曩に郵便蒸汽船会社に貸附たる四十万円の催促を為したるが同社は六十万円補助交付の予約のみにて、容易に下附の運びに至らず、然も競争者としては、実力あり勢威ある三菱会社の出現せしことゝ、明治七年征台役に御用船たる能はざりし等の原因の為め、明治九年に及び、会社は遂に解散するの止むなきに立至れり。是より先き、岩崎弥太郎は、土佐藩所有船管理の任に在るを利用し、三艘の汽船を借受けて、九十九商会と称し、東京、大阪高知間の海運に従事しつゝありしが、其活躍隆々として海運界を圧し、日本郵便蒸汽船会社の一大勁敵たるに至れり。而も郵便蒸汽船会社は之と対
 - 第3巻 p.24 -ページ画像 
抗するの人材なく、意気なく、資力なかりしを以て、此上は両者の合併に依りて、既得権を擁護するの消極説を生じ、正式に重役会を開きて、合併の方法を講じ、委員を設けて九十九商会《(三菱)》に交渉する所ありしも、九十九商会は意気已に郵便蒸汽船会社を呑み、同社は早晩根本的に崩壊す可きものと信じて、眼中に同社なく、殊に経営不振の会社と合併するを断乎として拒絶するに至れり。郵便蒸汽船会社側にては、将に破産の運命を見んとして、意気沮喪し、思案投首の体なりしが、此形勢を看取したる川崎翁は、斯くては両社が太平洋汽船の活躍に圧迫され、漁夫の利は却つて外人側に帰するを憂慮するの余り、百方調停の労を執り、両社にして合併する能はずんば、九十九商会に於て、郵便蒸汽船会社を買収する策を樹つ可し、然らずんば、兄弟墻に鬩ぎて、共倒れの外なからんと、熱誠を波瀝して勧説せしも、勝ち誇れる九十九商会側にては、其議に耳を仮さずして、終に協調破裂となれり。

  ○右ノ一文ハ栄一ガ著者山本実彦ニ語レル談話筆記ナリ。文中多少ノ誤リアリ。
  ○文中吹島四郎兵衛トアルハ吹田四郎兵衛ノ誤リニシテ、名ハ久則、三井家ノ使用人タルト共ニ当時通商司権正ノ官職ニ在リ。
  ○廻漕取扱所並郵便蒸気船会社ノ始末ニ付前掲栄一自筆草稿買上願書ヲ参照ノコト。
  ○廻漕会社ヲ解散シ廻漕取扱所ヲ設立セシメタルモ、同所ハ資本乏シキ上ニ老朽船ノ修繕費ハ意外ニ嵩ミ、到底収支相償ハザル状態ナルニ鑑ミ、政府当局者ハ明治四年七月廃藩置県ノ断行ニヨリ諸藩ヨリ引揚ゲタル船舶ヲ貸下ゲ廻漕取扱所ノ規模拡大ヲ図ラントス。是ヨリ先版籍奉還ノ結果、静岡藩外二三藩ヨリ若干ノ所有船ノ献納アリシ上、廃藩置県ニヨリ旧諸藩ノ汽船七十一隻ヲ大蔵省ニ接収シ駅逓寮ノ所管スル所トナリタリ。然ルニ廃藩置県ノ結果、旧藩ニ代リ廻漕業ヲ為スノ必要アリ、又地租貢納ノ全国化ト共ニ従来ノ規模ニ於ケル海運ヲ以テシテハ其ノ要求ヲ満スニ足ラズ、運送規模ノ拡大ガ要請セラレ、之ガ為メ駅逓寮所管トナレル旧藩引揚船舶ヲ運用セシムルノ方策ヲ建テタリ。就中貢米輸送ノ便ニ利セントセシコトハ後掲諸資料ニ依リテ知ラル。之ヲ以テ郵便蒸気船会社設立ノ起因トナス。


鴻爪痕 (前島弥発行) 追懐録第二七―二八頁〔大正九年四月〕 男爵 渋沢栄一君談(DK030011k-0003)
第3巻 p.24-25 ページ画像

鴻爪痕 (前島弥発行) 追懐録第二七―二八頁〔大正九年四月〕
                 男爵 渋沢栄一君談
○上略
それからもう一つ、モツと前に郵便蒸汽船会社といふものを造りました。是は何でも私は大蔵省に居る時分でなかつたか知らぬと思ふ。此事に就ては前島さんは矢張大分主張して力を入れた、それは斯う云ふことであつた。是れは御話が戻りますが、改正係でどうしても地租を改正しなければならぬ、米を以て租税を取つて居つてはいかぬ、金で取るようにしなければならぬ。さうすればどうしても米の運搬を宜くしてやらなければ農民が困る、廻米の方法を付けなければいけない。今のやうな千石船が一番大きいのでは迚もいけない、海運を善くしようと云ふならば蒸汽船の外ない、蒸汽船をやらう、それには幸に廃藩置県で諸藩から取つた船があるから、此船に依つて一つ蒸汽船会社を起さうでないかと云ふので作つた。それは船に関係の近い人で高崎長
 - 第3巻 p.25 -ページ画像 
右衛門とか、山路勘助とか、岩橋万蔵《(マヽ)》とか云ふ様な人がありまして会社を組立つたやうに思ひます。其事に就ては前島さんが寧ろ首唱者で私は其相談に応ずると云ふ位で、甚だ必要だと思つて其事が成立したやうに考へて居ります。故に海運に就ては寧ろ前島さんは私よりは先輩で、早く海運の完全な働きをせねばいかぬと云ふことは明治早々から余程着目されて、私共は寧ろ教へられた。○下略


世外侯事歴 維新財政談 下・第三七七頁 〔大正一〇年九月〕(DK030011k-0004)
第3巻 p.25 ページ画像

世外侯事歴 維新財政談 下・第三七七頁 〔大正一〇年九月〕
井上侯 金納にしたのは、大分後だらう。まだお互の居る時あたりは、皆米で取つて、其米を売る。
渋沢男 閣下あれを何とか言はれて、金で納めさせる趣向をあの時の政策としてやつたのを私は覚えて居る。どう云ふ方法だつたか覚えて居りませぬが。○中略
井上侯 それから陸奥が入つてから、物品で税を取り居るやつをとうとう。
渋沢男 あれは陸奥さんの論であつた、けれども閣下が頻りに物品税ぢやいかぬ、金税にしなければいかぬから、一つ金納法に定めやうぢやないかと云つて希望金納にしてやつた。米でも宜しい、其代りに運送法を付けてやらなければいかぬ。運送法を付けぬでやると、地方の米が廉くなつて尚ほ農民が苦むから、是非運送法を付けてやらなければならぬと、私にやかましく言はれて、前島さんに相談して、郵便蒸気会社を作つた。それはなかなか貴い話で、余程お考があつた訳なんです。所謂経済上の意見なんです。


渋沢栄一 書翰 井上馨宛明治五年二月一九日(DK030011k-0005)
第3巻 p.25 ページ画像

渋沢栄一 書翰 井上馨宛明治五年二月一九日 (井上侯爵家所蔵)
(別筆)
以手簡申上候、然者郵便回漕社之儀、明朝迄ニ御決定相成候様致度候
○中略
  申二月十九日
                     渋沢栄一
  井上大輔殿
   ○文意ハ郵便蒸気船会社設立ノ事ナラン。即チ此頃ヨリ企画アリタルヲ知ルベシ。


青淵先生六十年史 第一巻・第八七三―八七五頁 〔明治三三年二月〕(DK030011k-0006)
第3巻 p.25-26 ページ画像

青淵先生六十年史 第一巻・第八七三―八七五頁〔明治三三年二月〕
  郵便蒸汽船会社
郵便蒸汽船会社ハ明治四年七月藩制廃止ニ付諸藩ヨリ引上タル汽船ヲ以テ一ノ運輸会社ヲ起シ、之ニ其以前通商司ノ保護ニヨリテ起シタル廻漕会社ノ事業振ハサルニ付其事業ヲ併セタルモノナリ、其目的ハ一般運輸ノ便ヲ開カントスルニアリト雖モ、就中青淵先生ノ着目シタルハ当時ハ未タ米納ノ制ナルヲ以テ貢米輸送ノ便利ヲ計ラントスルニアリ、同社ノ資金ハ為替会社ヲシテ融通セシメ、岩橋万造、高崎長左衛門《(高崎長右衛門)》、山路勘助等ヲ会社ノ重役トシ、大蔵省ニ於テハ前島密ヲ主任官トシテ同社ニ関スル事務ヲ掌ラシメタリ
 - 第3巻 p.26 -ページ画像 
郵便蒸汽船会社ノ起ルヤ、之レト同時ニ三菱汽船会社モ亦其業ヲ起シタリ、該会社ハ岩崎弥太郎ノ経営スル所ニシテ、土佐藩ノ汽船ヲ元トシテ始メタルモノナリ、明治七年台湾征討ノ役外国汽船会社ハ局外中立ヲ守リ、軍事輸送ヲ拒絶シ、政府大ニ困却セル際三菱汽船会社ハ奮テ之ヲ請負ヒ、頗ル評判ヲ博シタリ、当時政府ハ数艘ノ汽船ヲ購入シテ同社ニ付与セリ、此ニ於テ同社ノ勢力大ニ加ハリタリ、郵便蒸汽船会社ハ経営宜ヲ得サルカ上ニ、斯ノ如キ強敵現ハレタルヲ以テ終ニ否運ニ陥リ解散セリ、三菱汽船会社ハ其事業ヲ併呑シテ愈々勢力ヲ加ヘタリ、此ニ於テ当時政府中ノ有力者大久保利通、大隈重信等ハ大ニ望ヲ三菱社ニ属シ、益々之ヲ保護シテ我国沿海航海業ノ勢力ヲ回復センコトヲ企図シ、米国太平海郵便汽船会社《(洋)》トノ競争ヲ起サシメ、其結果同社カ横浜神戸長崎上海間ノ定期航海ニ用ヒタル「ニユーヨルク」号「コスタリカ」号「子バダ」号等五艘ノ汽船ヲ政府ニ於テ買上、之ヲ三菱社ニ交付シ、同定期航路ヲ譲受シメ、大ニ我邦航海業ノ勢力ヲ拡張セリ、明治十年西南ノ役起ルヤ三菱社ハ軍事輸送上非常ノ功労アリ、従テ亦非常ノ利益ヲ得タリ、同役ノ終ルヤ同社ハ軍用ノ為メ増加シタル船舶ノ内ヲ以テ北海道ノ定期航海ヲ開キ、益々航海業ヲ盛ニシ、政府ヨリ定期航海ニ付テ保護金ヲ受クルノ外、従来政府ヨリノ貸金ハ年賦ノ年限ヲ延ヘ、之ヲ一割利引法ヲ以テ一時ニ皆済スルノ特典ヲ得、基礎頗ル鞏固トナリ、我邦ノ汽船航海業ハ殆ト同社特占ノ姿トナレリ政府ノ干渉ニヨリテ成立チタル廻漕会社及郵便蒸汽船会社ハ、何レモ失敗ヲ以テ終リタリト雖モ、政府ノ目的ハ全ク三菱会社ノ興隆ニヨリテ達シタリト云フヘシ○下略


青淵先生伝初稿 第二五章・第一―二頁〔大正八―一二年〕(DK030011k-0007)
第3巻 p.26 ページ画像

青淵先生伝初稿 第二五章・第一―二頁〔大正八―一二年〕
  第二十五章 海運業
海国を以て鳴る我国も、維新の際に於ける海運は極めて微々たるものなりき。当時運輸業者の中には、洋式の船舶を用ゐる者なきにあらずといへども、概しては脆弱なる和船のみなりしかば、神戸開港三十年史上ノ四八五 我国の航海業は米国太平洋汽船会社の手に在り、外人の力に頼りて、横浜・神戸・長崎より上海方面に渉れる定期航海をなしたりき。政府之を遺憾とし、国民に洋船の所有を奨励し、保護干渉を加へて斯業の発達を促さんとし、明治二年十二月、旨を廻船問屋・飛脚問屋・運送問屋等に下して、回漕会社を起さしむ。回漕会社は、大蔵省通商司に隷属せる半官半民の会社にして、東京 霊岸島 大阪 中ノ島 間に定期航海を開き専ら両地の旅客及び貨物の運搬をなせるが、明治四年八月日本国郵便蒸汽船会社と改称し、大蔵省書類六二ノ四七頁による、同書類一五ノ八八には大日本と冠せり 政府保護の下に漸次航路を拡張せり。此時先生大蔵省にあり、其奨励画策に力を尽せる一人なりき。


世外井上公伝 第二巻 第四四八―四五〇頁 〔昭和八年一二月〕(DK030011k-0008)
第3巻 p.26-27 ページ画像

世外井上公伝 第二巻 第四四八―四五〇頁〔昭和八年一二月〕
 政府は海運業を民間事業に移したので、為替会社に関係してゐた岩橋万造・山路勘助等は新たに回漕取扱所を設立し、諸藩から引上げた五汽船を以て四年正月から東京・大阪の間に定期航海を始め、更に石巻・函館等までも新航路を開いて一般の運輸を取扱ひ、事業稍々見る
 - 第3巻 p.27 -ページ画像 
べきものがあつた。その後五年八月に回漕取扱所長高崎長左衛門《(高崎長右衛門)》が大蔵省に出願し、大蔵大輔であつた公に対して、官の保護を得て大いに斯業に尽したいとの趣旨を願出でたので、公も海運業の発展を希望してゐたので之を許し、日本政府郵便蒸気船会社を起させた。即ち同社開業のため、公が八月二十七日附を以て正院に左の如く伺出でた。
   旧県々より引揚候船々之内、旧廻漕取扱所へ貸渡し、従前同所ニ属する船々と組合せ寰海各港え往復之一線可相開積を以、同所頭取共へ説諭および、別紙之通数部之規則書を以、更ニ日本政府郵便蒸気船会社開業之儀願出取調候処、猶不充分之廉々不尠候得共、別ニ不都合之儀も無之ニ付、申立之通致准允候。就而は左之通一般え御布告被下度、此段御届旁相伺候也 大蔵省文書
 然るに正院では、大蔵省が独断を以て会社名を允許したことに議論が生じ、これがため公及び渋沢少輔事務取扱も進退伺を出すまでに至つたが、九月二十五日附で正院及び史官に宛てて提出 会社名に日本政府と冠せるを日本国と改削せしめて事落著し、十一月三日を以て指令が出た。それで大蔵省では各藩から引揚げた汽船を貸下げ、これ等の修繕料の名義にて、六拾万両の補助をもした。併し大体に諸藩の汽船は老朽船であつたから、修繕しても余り役には立たなかつた。それはともあれ日本郵便蒸気船会社は公等の保護を受けて、我が国海運業を開拓すべく大なる抱負を以て起つたことは、こゝに特筆しておく要があらう。この会社は五年から八年に亘つて、米国人経営の太平洋汽船会社と猛烈な競争を続け終に惨敗の憂目を見、八年九月二十日に閉社の已むなきに至つたものである。
  ○右書ニ云フ九月二十五日付正院並ビニ史官宛提出ノ井上馨及栄一ノ進退伺ハ世外井上侯伝編簒所ニ其出典ヲ質問セルモ不明、太政官日誌、太政類典ニモ載セズ。(太政類典ハ内閣記録課ノ調査報告ニ依ル)
  ○上掲資料ニ見ラルヽ如ク廻漕取扱所ハ政府ノ誘導ニ依リ為替会社大株主三井組ノ手代吹田四郎兵衛ヲ主タル発起者トシ、之ニ為替会社中ニ於テ廻漕業ノ心得アル岩橋万造・山路勘助等幹部トナリテ、政府保護ノ下ニ四年正月旧廻漕会社ノ船舶並ニ業務一切ヲ引継ギ同所ヲ組織セリ。旧廻漕会社ニ対スル貸金ノ引当トシテ為替会社ハ同社所有ノ船舶ヲ引継ギタルモ、廻漕事務ニ分界ヲ設ケ廻漕取扱所ヲ別個ノ経営体トス。後出栄一起草ノ郵便蒸気船会社船舶買上願書ヲ見ヨ。


鴻爪痕 (前島弥発行) 自叙伝 第一〇八―一一〇頁〔大正九年四月〕 大日本帝国郵便蒸汽船会社の創立(DK030011k-0009)
第3巻 p.27-28 ページ画像

鴻爪痕 (前島弥発行) 自叙伝 第一〇八―一一〇頁〔大正九年四月〕
  大日本帝国郵便蒸汽船会社の創立
余は元来商船の事に就ては国の発展上及防備上重大の関係を有するものなれば、政府は大に之を勧奨し且能ふべき限りを尽して保護の途を講ぜんことを冀ひ、若し其人無くんば自ら当りて掌理するも可なりと思ひ居りしに、政府は維新の際より通商司を新置し、其配下に廻漕会社を設けて之を管理すると共に一般の商船(西洋形)を管理する方針を採れるを以て我希望の幾分達せられたるを喜びたり。然るに該司の成績挙らざるより、廻漕会社も萎靡没落の姿となり、随て商船の業も亦不振の極に陥り、慨歎之を久しうするものありしが、折柄渋沢氏は廃藩の砌り大蔵省へ引上げたる汽船と廻漕会社及《(取扱所)》び之に附属せる船舶を合
 - 第3巻 p.28 -ページ画像 
して一の会社を新設し、大に航路を開きたし、足下之が管理の任に当りては如何との相談を申込めり。是れ明治四年十二月の事なり。右の如き失望に陥り居たる際なれば、余は双手を挙げて之を賛賞し、我が積年の冀望を披瀝し、且つ私に幾分の経験ある事などを話し、而して其新設会社は大日本帝国郵便蒸汽船会社として駅逓寮の管理と為し、米国の如く郵便海運の用に供し、之を端緒として是より漸次に起るべき商船事務は総て同寮の所管とすべしと陳べたるに、同氏は之に対して甚だ満足の意を表し、井上大輔も亦頗る賛成し、談は速に決したり。当時職務章程立案中なるを以て海陸運輸の一項を之に明記し、専任する事となりたり。斯の事務は明治五年一月初旬、余が長崎より帰るや直に着手する事とし、後に社長たりし高崎長右衛門、取締役たりし岩橋万造、山路勘助等に組織其他諸般に関する指揮命令を下せり。然るに彼等の無能なる、該事業は成立せしも遂に全く不振に終了せり。


外編 大蔵省沿革志 駅逓寮第二 第二二丁(明治前期 財政経済史料集成 第三巻・第二三六頁〔昭和九年五月〕)(DK030011k-0010)
第3巻 p.28 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

逓信事業史 第六巻・第七七九―七八〇頁〔昭和一六年二月〕(DK030011k-0011)
第3巻 p.28 ページ画像

逓信事業史 第六巻・第七七九―七八〇頁〔昭和一六年二月〕
 回漕取扱所は回漕会社と同様、政府所有船の貸付を受けて運用し、其の営業資金の融通は為換会社が之に当つたから、稍々経営に耐へ得たが、間も無く大い其の振興を計らざるべからずとなし、政府に請願する所あり、政府之を容れて、明治五年八月其の名称を日本帝国郵便蒸気船会社《(衍)》と改め、同時に従来借入運用中の政府船及廃藩置県に依つて献納された諸藩の船舶を永年賦にて払下げを受くることに更改し一歩民営の態形に進むに至つた。併し他面に於いては郵便物及全国貢米の運送方を特約された外、大蔵省より経営資金六十万円下附の約束を受けて(会計法改正のため本項は実現せず)東京、大阪間定期航海及函館石巻間不定期航海を遵守し、別に補助金年額六千円を受けて沖縄航路を命ぜらるる等、政府干与の色彩は不相変強く、其の社旗社章紅書日字旗の如き、太政官より布告さるるの状であつた。
 余事ながら、当時に於いて沖縄航路の命令開始せられたのは、今日より見て稍々奇異の観があるが、其の頃未だ琉球諸島の所属明瞭でなく、我国及清国の両者に対し首鼠両端を持するの態度を執つてゐたに原因するもので、之が招撫には定期航路を開いて彼我の交情を密接ならしむるに如かずとの見地に依るのである。云はば国策航路たりし次第で当時の状勢知るべしである。大蔵省に於いては前島密主任官として郵便蒸気船会社の事務を掌り、官民協力して努力したが、運航の船舶に老朽船多くして経費過夥に上り、且つ強敵三菱会社の擡頭或はパシフイツク・メール会社の圧迫等に遭ふて業績不振を極め、回漕会社の覆轍を踏むに至つた。


日本郵船株式会社五十年史 第三―四頁〔昭和一〇年一二月〕(DK030011k-0012)
第3巻 p.28-29 ページ画像

日本郵船株式会社五十年史 第三―四頁〔昭和一〇年一二月〕
 - 第3巻 p.29 -ページ画像 
 廻漕会社と廻漕取扱所 明治新政府は三年正月其監督の下に廻漕会社を東京霊岸島に創設し、政府所有船陽春・長鯨を下渡して、郵便物の逓送及び旅客貨物運搬の為め、毎月三回一の日を以て東京・大阪の双方発船、横浜・神戸寄港の定期航海を開始せしめたり。然るに二百余年間海に背きたる応報は猝かに免るべくもなく、此新事業に対し経営の任に適するの人材なく、僅に一年にして解散の止むなきに至りたり。是に於て政府は、四年正月更に廻漕取扱所を創立し、前期廻漕会社の船舶及び業務を継承せしめたり。
 日本国郵便蒸気船会社 斯る間に、四年七月維新大業の結実たる廃藩置県断行の事あり、当時政府に於て各藩の藩債を引受けたるを以て、其藩債に係れる船舶は総て之を国有と為し大蔵省に収め、駅逓寮をして之を管轄せしむることとなれり。是に於て政府は、五年八月新に日本国郵便蒸気発船会社を創設し、前記廻漕取扱所の業務を拡張し、其所有船舶千里丸以下十数艘(本章第二節第二款中船舶表参照)を代価弐拾五万円・永年賦償還の方法を以て払下げ、東京・大阪間の定期航海、函館・石ノ巻間の不定期航海を開かしめ、外に年額六千円の補助金を以て沖縄航海を命じ、尚ほ全国貢米輸送を命ぜり。然るに該社使用の船舶多くは老朽に属し、加ふるに当時邦人の海技未熟の為め、甲板部にも機関部にも内外人を併用せる結果失費又頗る多く、且つ同業三菱会社の漸く盛なるに及び忽ち経営困難に陥りたり。越えて八年六月政府は同社の請願を容れ、其船舶を買上げて之を解散せり。


逓信史要 明治文化全集・二三巻・第五五九頁〔昭和五年七月〕(DK030011k-0013)
第3巻 p.29 ページ画像

逓信史要 明治文化全集・二三巻・第五五九頁〔昭和五年七月〕
○上略 廻漕会社ハ四年正月ヲ以テ廻漕取扱所ニ合併ス、而シテ回漕取扱所《(マヽ)》ノ変セシモノ是レ日本国郵便蒸気船会社タリ ○下略


外編 大蔵省沿革志 駅逓寮第二・第二三丁(明治前期 財政経済史料集成 第三巻 第三三七頁 〔昭和九年五月〕)(DK030011k-0014)
第3巻 p.29-30 ページ画像

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法規分類大全 第一編 運輸門十 第三八―五六頁(DK030011k-0015)
第3巻 p.30-31 ページ画像

法規分類大全 第一編 運輸門十 第三八―五六頁
大蔵省ヘ達 五年十一月三日
日本国郵便蒸汽船会社伺之通御許可相成候付テハ右会社規則中司法省ニ関係之廉モ有之候ニ付、追テ規則書類写一通同省ヘ可被差廻、此段相達置候也
  大蔵省伺 五年八月二十七日
 旧県県ヨリ引揚候船船ノ内、旧廻漕取扱所ヘ貸渡シ、従前同所ニ属スル船船ト組合セ、寰海各港ヘ往復ノ一線可相開積ヲ以、同所頭取共ヘ説諭ヲヨヒ、別紙ノ通数部ノ規則書ヲ以、更ニ日本政府郵便蒸汽船会社開業ノ儀願出取調候処、猶不充分ノ廉廉不尠候ヘ共、別ニ不都合ノ儀モ無之ニ付、申立ノ通致准允候、就テハ左ノ通一般ヘ御布告被下度、此段御届旁相伺申候也
   指令 五年十一月三日
伺之通
  大蔵省伺 五年十月十七日
 此頃旧回漕取扱所ノ者共更ニ開業ノ会社ヘ准允致シ候名称ニ冠スル日本政府ノ文字ハ、蒸汽船会社ノ種類ヲ示ス形容詞ニモ無之、又日本政府ノ蒸汽船会社ト申儀ニモ無之、全ク郵便ノ性質ヲ著ス形容詞ニシテ、日本政府郵便ノ蒸汽船会社ト申語句、即チ日本政府ノ郵便ヲ運送スル蒸汽船会社ト云フ意ニ有之、西洋国国ニモ是等ノ例格多分有之候得ハ、決シテ内外ノ人民之ヲ日本政府所有之郵便蒸汽船会社ト誤リ認ルノ恐有之間敷ト存シ候ヘトモ、御達ノ趣モ有之候ニ付猶替称ノ儀勘考仕候所、極テ世人ノ誤見無之様、句読ノ病ヲ相除キ、且其本意ニ相達シ候ニハ、日本政府ノ郵便ヲ運送スルト言ハス、所謂共和政治国郵便等ノ例ヲ照シ、日本帝国ノ郵便ヲ運送スルノ儀ヲ以テ、政府ノ文字ヲ帝国ニ変シ、日本帝国郵便蒸汽船会社ト名称為致可然哉ト存候、右御差支ノ儀無之候ハ、更ニ准允ノ令ヲ被降、且先般伺ノ通其旨一般ヘ御布告被下度、此段相伺申候也
  指令 五年十一月三日
伺之通
 但日本国郵便蒸汽船会社ト名称可為致事
  左院意見 五年十月二十二日
 郵便会社ノ儀ハ、組合会社ノ者政府ノ物品及内外人民ノ物品ヲモ運輸イタシ候儀ニテ、政府ハ之ヲ保護スルノミニ候ヘハ、右規則中ノ名称其他左ノ通改称イタシ度候
 郵便会社名称ノ儀日本国郵便会社ト改メ、規則中会社主務ノ者ヲ指シテ議長某ト称シ候ヲ社長某ト改メ、其他日本政府何何トアル政府ノ字及ヒ公印トアル公ノ字ヲ除キ、大蔵省ノ命ヲ奉シ云云ノ命ノ字ハ令ト改メ候方可然存候、其他異存無之候也
 史官ヨリ大蔵省ヘ達 五年十一月三日
 会社名称ハ日本国郵便蒸汽船会社ト被相定、会社規則中日本政府例
 - 第3巻 p.31 -ページ画像 
ニトアル政府ノ字及ヒ公印トアル公ノ字ヲ除キ、大蔵省ノ命ヲ奉シ云云トアル命ノ字ヲ令ノ字ニ相改候ニ付、別冊規則書ヘ朱書致シ置候、付テハ其通相改候様御達済ノ上、別冊ハ御差戻シ被下度、此段申入候也
  追テ別冊御差戻被下候ハヽ、昨日写御差出シ相成候様申入置候処、御差出シニ不及候、此段為念申添候也
  (別冊)
  ○別冊八冊ノ代リニ渋沢子爵家所蔵本ヲ次ニ掲ゲタルガ、会社名称ガ日本政府トナリヲルヲ以テ、政府ニ提出セルモノナルベシト推察セラル。法規分類大全ニ掲ゲラルヽモノトノ相違ハ名称ホカ僅少ニシテ、骨子ニ於テ同一ナリ。


日本政府郵便蒸気船会社定款(DK030011k-0016)
第3巻 p.31-33 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社定款        (渋沢子爵家所蔵)
広ク海運ノ便ヲ起シ速ニ郵便ノ用ヲ達シ交際ノ諠通商ノ利ヲ厚フセンヲ謀リ玆ニ会同ノ者大蔵省ノ准允ヲ以テ会社創立ノ事ヲ決シ左ノ条件ヲ議定セリ
  第一条
当会社ハ日本政府郵便蒸気船会社ト名号シ郵便運漕ヲ以テ本業ト致シ候事
  第二条
当会社ニ属スル諸船ハ皆其用ニ随テ日本政府郵便蒸気船会社ノ蒸気船或ハ郵便附属船ト号シ何国何地ニ碇泊スルトモ又航海運用中タリ共都テ之ヲ称号スヘキ事
  第三条
当会社ハ駅逓寮ノ管轄ニシテ社中之規則取扱之方法会計之簿冊等常ニ同寮ノ監護検閲ヲ受ヘシト雖モ社中ノ者ノ身分ハ地方官ノ所轄ニシテ其身家ニ起ル一切ノ事且会社ニ生スル紛議ト雖モ其裁判ハ管轄地方庁ニ願フヘキ事
  第四条
郵便運送ノ事ハ全ク駅逓寮ノ指図ニ随ヒ且各港発着ノ時其港ニ在ル郵便役所或ハ郵便取扱所ノ郵便嚢ヲ請取渡ノ順叙ヲ最モ厳正ニスヘキ事
  第五条
政府ノ御用物並兵隊ノ運漕ハ平常非常ニ拘ハラス奉令次第会社ノ都合ヲ計ラス相勤ヘシト雖モ別ニ一船ヲ発出スルカ或ハ定日有之郵便船ノ日割ヲ変スルカ或ハ其定日ノ船ヲ他日ニ転シ之ヲ勤ムルニ於テハ駅逓寮ノ官印有之指令書ヲ得ルニアラサレハ何等至急ノ御用ト雖モ之ヲ奉スヘカラサル事
  第六条
行客並積荷ノ運賃ヲ定メ或ハ之ヲ変更スルハ必駅逓寮ノ撿査ヲ得テ後之ヲ極ムヘキ事
  第七条
日本政府郵便蒸気船会社ト刻スル壱箇ノ公印ヲ製シ公ノ申牒或ハ契約書其他ノ文書ニ至迄会社ノ名ヲ以テ証スル書類ハ一切之ヲ用ユヘシ但大坂其他ノ分社ニ於テモ各其公印ヲ製シテ元社同様ニ致スヘキ事
  第八条
 - 第3巻 p.32 -ページ画像 
当会社ノ株主中ヨリ入札法ヲ以テ頭取副頭取各一名ヲ撰挙シ三年ヲ以テ勤仕ノ期ト成スヘシ尤社中ノ望ニ因リテハ幾期ヲ重テ勤ムルモ妨無之事
  但副頭取ハ会社之都合ヲ以テ二名若クハ三四名ヲ命スヘシ然ル時ハ第一等第二等第三等ト区別シ以テ其階級ヲ立ヘキ事
  第九条
別ニ社中ノ公選ヲ以テ議長一名ヲ薦挙シ一年ヲ以テ当職ノ期ト成スヘシト雖モ社中ノ公選最モ多ク其人ニ属スル時ハ幾期モ重テ其職ニ当テヘキ事
  第十条
凡テ社中ノ衆議ヲ決スル時ハ社中三分二以上ノ同説ニ従フヘシ若シ議論両岐ニ分レ其異同数モ亦等分ナル時ハ議長ノ同意スル方ヲ採テ之ヲ決定スヘキ事
  第十一条
会議ノ節其論説異同ノ数ヲ定ムルハ株主ノ人員ニ管セス其株金ノ員数ヲ以テスヘシ故ニ五百円ノ一株ヲ所持スル者ヨリ五千金ヲ出シテ十株ヲ所持スル者九倍ノ権利有之事
  第十二条
社中ノ会議ハ春秋両度ト定メ某月某日某地ニ於テ其席ヲ開ク旨ヲ報知スヘシ尤大事ヲ決スルトキハ臨時ノ会議ヲ開クヘキ事
  第十三条
会議ノ節自身出席シ難キ者ハ委任書ヲ以テ同社ノ者ニ名代ヲ託スヘシ自ラ出席セス又名代ヲ命セサル者ハ決議ノ後其事ヲ可否論弁スヘカラス又自身出席シ或ハ名代ヲ命スル共決議ノ後ニ至リ再度異論ヲ起スヘカラサル事
  第十四条
議長ハ会社ノ役人ヲ摂スルヲ得ス会社ノ役人ハ議長ヲ兼ヌヘカラス尤評議有之時議員ニ列スルコトハ妨無之事
  第十五条
成規有之会社ノ常務ハ頭取之ヲ専断執行スヘク小事ト雖モ新ニ規則ヲ定メ事業ヲ起シ且其成規ヲ改正変更スルハ社中ノ合議ニ於テ決スヘキ事
  第十六条
会社ノ都合事務ノ模様ヲ計リ手代其他ノ役々ヲ撰挙シ且其事務ヲ分課スルハ頭取専執ノ権ニ可有之事
  第十七条
社中ノ者此定款ニ背キ或ハ議定スル会社ノ諸規則ニ遵ハサル事有之時ハ議長ト頭取合議ノ上其罪科ヲ社中ニ明告シテ速ニ会社ヲ脱セシメ且其科ニヨリ相当ノ贖金ヲ命スヘキ事
  第十八条
若シ会社ノ役人此定款ニ悖リ或ハ会社ノ諸規則ニ違ヒ或ハ当然ノ事務ヲ怠リ或ハ私欲ノ所業有之時ハ社中ノ衆議ニ従テ之ヲ糺正シ之ヲ譴責シ或ハ之ニ贖金ヲ命シ其者当職年期中タリトモ速ニ之ヲ免シ且速ニ其代人ヲ撰ヘキ事
 - 第3巻 p.33 -ページ画像 
  第十九条
社中一切ノ者隠ニ定款其他諸規則ニ背キ奸偽ノ所行有之ヲ偵知スル時ハ速ニ其由ヲ会社ヘ明告シ決シテ之ヲ看過シ或ハ之ヲ覆フヘカラサル事
  第二十条
総テ社中ノ者其株金ヲ私ニ譲リ渡スハ勿論仮令一時ノ融通ヲ以テ質入書入引当物等ニ致スト雖モ必ス正副頭取ノ公認ヲ得ルニアラサレハ肆ニ之ヲ成スヘカラス若シ之ヲ犯ス時ハ相当ノ贖金ヲ命スヘキ事
  第二十一条
万一規則ヲ犯シ株証文ヲ二重或ハ三重ニ質入書引当等ニ差出シ他日此議ニ付紛争ヲ生スルトモ会社ニ於テハ決シテ之ヲ関知セス元ヨリ之ヲ弁償スヘカラサル事
  第二十二条
万一頭取社中ト紛争ヲ生スル時ハ双方ヨリ社外ノ者二名以上ヲ撰ミテ取扱人トシ其衆説ニ就テ之ヲ判定セシムヘシ若其取扱人之ヲ了解シ能ハサル時ハ其次第ヲ詳記シテ官裁ヲ仰キ此定款ト議定ノ規則ニ就テ公正ノ裁決ヲ可受事
  第二十三条
此定款ハ社中ノ集議ニ依テ何時ニテモ改正スルヲ得ヘシ尤其改正ノ条款ハ必駅逓寮ノ公認ヲ受ヘキ事
右ノ条件社中一同可遵守旨各箇手書ノ姓名実印ヲ調シ候事相違無之候也
  明治五壬申年八月
            議長
              永田甚七
            頭取
              高崎長右衛門
            副頭取
              山路勘助
            二等副頭取
              岩橋万造
右郵便蒸気船会社定款ハ二通ニ認メ其一通ハ御撿印ノ上之ヲ会社ニ蔵シ此一通ヲ奉呈シテ他日ノ保証ニ供シ候也

右正ニ承認候事
  明治五壬申八月十日     駅逓頭 前島密


日本政府郵便蒸気船会社条約書(DK030011k-0017)
第3巻 p.33-36 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社条約書       (渋沢子爵家所蔵)
下ニ記名スル駅逓頭ハ大蔵省ノ命ヲ奉シ会社ノ頭取副頭取ハ社中一同ノ総代トシテ本月本日左ノ条件ヲ決議シ約定候事
  第一条
一御貸下船号帳ト題スル一部ノ簿冊ヲ製シ置、既ニ御下渡ノ船々並ニ将来御渡シ可相成船々、並ニ是ニ相属シ候御下ケ金ヲモ悉皆相記シ大尾ニ至リテ其合計ヲ御貸下金総額ト相定可申事
  第二条
 - 第3巻 p.34 -ページ画像 
一此度ノ御貸下蒸気船並会社ニ於テ従前運用致来候蒸気船共都テ此条約期限中ハ、運用並碇泊中共何ノ地ヲ不論日本政府郵便蒸気船ト相称可申事
  第三条
一御貸下船々中風帆船並各港ニ相用候蔵船ハ、右同断郵便蒸気船附属風帆船或ハ蔵船ト相称可申事
  第四条
一右御貸下船々ノ儀ハ其筋ニ明ナル御国人並西洋人共公詮ヲ以テ毎船附属品ニ至ル迄正価相定可申事
  第五条
一右船号帳ニ記載スル総金額ハ無利息ニテ一ケ年据置、拾五ケ年賦ニ返納相定、来癸酉年ヨリ乙亥年迄年々金 ツヽ無相違返納可致尤右船々ノ内難破有之節ハ返納年賦ノ高ハ会社ノ資本取扱条令第三条ノ通処分ノ上改正可相成候事
  第六条
一右年賦期限中不慮ノ損失有之其年ノ金額返納難致節ハ会社ノ簿冊駅逓寮ノ撿閲其他ノ撿査ヲ経テ事実相違無之上ハ其損失ノ模様ニ応シ或ハ何分或ハ皆高其年ノ返納宥免相成年賦ノ期限一ケ年差延可申事
  第七条
一不慮ノ損失再度ニ及ヒ候節モ同断相違無之上ハ再度ノ延期可相成、然シ三度ニ及候節ハ別段ノ詮議可相成事
  第八条
一年賦ノ期限差延有之候中余計ノ利益有之節ハ、先年ノ不納相償ヒ正当ノ期限ニ可復事
  第九条
一損失有之御貸下年賦金其年全ク返納難致節ハ、為替会社出金ノ利息モ払方不相成、尤分合ノ不納有之節ハ其分合ニ随ヒ右出金ノ利息可相払事
  第十条
一不慮ノ損失打続キ会社潰転分散等ノ節ハ、会社会計法第十二条第十三条並資本取扱条令第五条ノ通処分可相成若シ亦会社ノ事故有之解社ニ及候節ハ、会計法第十一条ノ通取扱可致事
  第十一条
一別冊船号帳ニ相記シ候船々ノ中難破有之候節ハ、会社資本取扱条令第三条第四条ノ通リ可取扱事
  但難破ノ蹤跡不正ニシテ会社ノ条理明ラカナラサル時ハ別段ノ詮議可有之事
  第十二条
一会社ノ諸会計帳ハ駅逓寮ヨリ臨時ニ撿閲可致、其他往復文書等会社ノ事務ニ関スル書類ハ毫モ隠秘スル事無之、同寮ノ閲見ニ可供事
  第十三条
一都テ会社ノ蒸気船繋泊ノ地ニ於テ出船期日相定次第、其地ニ在ノ郵便役所或ハ郵便取扱所エ其定日及ヒ刻限トモ相届可申事
  第十四条
 - 第3巻 p.35 -ページ画像 
一風波ノ時ヲ除クノ外定日ノ刻限ヨリ格別ノ事故無之以上ハ出帆ノ遅滞半日ヲ過ヘカラス、若シ事故有之延日致候節ハ其段前以テ其地郵便役所或ハ郵便取扱所エ可相届、若シ等閑ニシ置郵便発逓ノ時限ヲ誤ル時ハ相当ノ罰金可有之事
  第十五条
一各地共出帆刻限迄ニ、其地ノ郵便役所或ハ郵便取扱所ヨリ郵便嚢ヲ其会社或ハ会社出張所エ差出可申間、請取証書相渡シ、屹度其船エ積入可申事
  第十六条
一各地ヘ着船ノ節ハ先第一ニ積入有之郵便嚢ヲ其地ノ郵便役所或ハ郵便取扱所エ相届ケ、請取証書可申受、若シ是ヲ陸揚ケ不致以前旅客或ハ他ノ荷物ヲ陸揚ケ致シ、或ハ是ヲ不届以前他ノ品物ヲ何レヘナリ共相届候節ハ、破約毎ニ金五百円ノ科料可有之事
  第十七条
一郵便嚢取扱方ハ船中会計役ノ務トス、故ニ濡レ損シ或ハ盗難等有之節ハ其者ノ越度ニシテ、其時ノ次第ニヨツテ相当ノ科料可有之、且会社ヨリモ如斯粗漏ノ者ヲ使用シタルニ因テ此不束ヲ生セシ科料ヲ可払事
  第十八条
一郵便嚢幾箇有之候共合シテ目方百貫目迄ハ無賃ニテ運漕可致、是ヨリ以上ノ目方ハ会社定式ノ賃銭可相払事
  第十九条
一何レノ地ニ於テモ郵便切手無之書状並新聞紙ハ一切取扱不相成旨船中乗組ノ者エ不洩様可申渡、若シ私ニ賃銭ヲ請取窃ニ取扱候者ハ、壱通毎ニ金弐拾五円ツヽノ科料可有之事
  但シ送状或ハ添状ノ類ハ限外ノ事
  第二十条
一臨時御用物ノ運漕有之節ハ、何レノ地ニテモ繋泊相成候海ニ候ハヽ何時ニテモ会社船々ノ内ヲ繰合セ、元ヨリ会社ノ都合ヲ不論御用相勤可申、尤荷物ノ多寡ニ不関其船一艘借切ノ運賃至当ニ御下ケ可相成事
  第二十一条
一平常非常ニ拘ハラス兵隊並兵什ノ運送有之節モ同様御用可相勤、尤非常運兵ノ節ハ砲丸不達ノ土地ニ可限事
  第二十二条
一万一非常運兵ノ節砲丸等ニテ破船候歟或ハ掠奪ニ罹リ候歟ノ節ハ、御貸下船ノ内タリ共別段ノ訳ヲ以テ相当ノ船代金御下渡相成尋常難破船ノ例ニ従フヘカラス、且其船乗組ノ者ヘハ手負夫々ニ相当ノ御手当可有之事
  第二十三条
一平常ノ時兵隊運送ノ船賃ハ二十五人以上ハ定額ノ一割引、五十人以上ハ定額ノ二割引、七十五人以上ハ二割半、百人以上ハ三割、二百人以上ハ四割引、兵器兵什ノ運送ハ総テ定額ノ通リ運賃可払事
  第二十四条
 - 第3巻 p.36 -ページ画像 
一此条約ハ当壬申年ヨリ二十ケ年ヲ以テ期限トス、尤其尾年ニ至リ猶此条約ヲ続候時ハ更ニ書面ヲ可造事
  第二十五条
一条約期限中改正スヘキ条件有之節ハ、双方ノ商議ヲ尽シ一致ノ上ニ可決事
  第二十六条
一此条約書同文言ヲ以テ本書二通外ニ写一枚、都合三枚ニ作リ、駅逓寮ノ官印並会社ノ公印及駅逓頭会社頭取ノ手書実印ヲ以テ之ヲ証シ且前書ノ件々正ニ承知ノ趣為替会社ノ頭取共手書実印ヲ以テ之ヲ証シ、一通ハ駅逓寮他ノ一通ハ郵便蒸気船会社エ蔵シ、写ハ為替会社ヘ相渡候条相違無之候事
  明治五壬申年八月
                駅逓頭 前島密
                  頭取
                   高崎長右衛門
                  一等副頭取
                   高井房太郎名代
                     山路勘助
                  二等副頭取
                     岩橋万造
前書御条約当会社エ相関候件々正ニ承知仕候段私共手書実印ヲ以テ証シ候条相違無御坐候事
                 為替会社
                  総頭取
                   三井次郎右衛門名代
                     永田甚七
                   小野善助名代
                     行岡荘兵衛《(行岡庄兵衛)》
                   島田八郎左衛門名代
                     藤田東四郎
                   田中治郎左衛門名代
                     前川由兵衛
                   小津清左衛門名代
                     大市彦蔵
                   下村正太郎名代
                     野口治郎兵衛


日本政府郵便蒸気船会社之資本取扱条令(DK030011k-0018)
第3巻 p.36-38 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社之資本取扱条令
                     (渋沢子爵家所蔵)
  第一条
一金
  是ハ現今別冊船号帳ニ記載スル大蔵省ヨリ御貸下船々代金
   但追々御渡相成候ニ随ヒ船号並代金ヲ記シ、結局ニ至テ後総金高ヲ玆ニ記載スヘシトス
一金
  是ハ右同帳ニ記載スル為替会社ヨリ貸渡船々代金、並同船修繕料合高
 - 第3巻 p.37 -ページ画像 
一金
  是ハ為替会社ヨリ差出候当会社之公舗土蔵其外器械類等別冊ニ記載スル代金ノ合高
一金
  是ハ別冊株金出高帳ニ記載スル株主ヨリ差出候株金高
右ハ合計 円ハ明治五壬申年 月 日郵便蒸気船会社ノ名号ヲ定メ開業候時ノ資本ニシテ之ヲ弁済スルノ方法左ノ如シ
  第二条
一大蔵省ヨリ御貸下船代金ハ無利息ニテ壱ケ年据置、十五ケ年賦ノ定ニシテ、当壬申年ハ返納金無之、来癸酉ヨリ毎年 円宛返納致シ乙亥ニ至リ皆返納ノ積リ、尤会社ニ損失有之其年年賦金返納致シカタキ時ハ、延期壱年ツヽ両度迄ハ御差許、三度ニ及候時ハ別段ノ詮議ノ次第ニ由リテ更ニ弁納可致事
  第三条
一前ニ掲ル船号帳ニ記載ノ船々ニ難破有之候節ハ、其難破ノ船代金ヲ大蔵省ト為替会社ノ総金額ニ割合、大蔵省ノ分ハ同省エ可返納金額中ヨリ之ヲ減シ候余リヲ以約条ノ年限ニ割合、更ニ年賦ノ高ヲ定メテ返納可致事
  但再三破船ノ難有之時モ、皆此例ヲ以取扱可申事
  第四条
一右難破船代金大蔵省エ属スル部分ハ不定年賦ノ法ニシテ当会社会計法第二残高資本総額ノ壱割以上ニ及フ時ハ其利益ノ百分二、壱割以下五分以上ノ利益ナレハ其益金ノ百分一ヲ上納シテ其代金ヲ弁償スヘシ、若其利益資本ノ五分ニ満サル時ハ其年ノ返納無之事
  第五条
一万一難破船ノ多キヲ以テ当会社頽敗ノ時ハ、其難破船ノ代金大蔵省ニ属スル部分ハ全同省ノ損亡ト相成候事
  第六条
一為替会社ヨリ貸渡船代金ハ返済ノ期限ヲ定メス、別紙当会社法ニ記シ候第二残高ヲ同会社エ分配シ、合計此船代金ノ総額ニ満ルヲ返済金ノ極度トシ夫レ迄ハ世上普通ノ利息ヲ払ヘキノ約束ヲナセリ、故ニ現今ハ年壱割ノ利息ヲ払ヒ、又他日ニ至リ普通ノ金利低下セハ随テ之ヲ低下スヘシ、尤万一右第二残高ノ分配合計船代金ノ総額ニ満タサル以前難船ノ故ヲ以テ当会社頽滅候時ハ、為替会社ニ属スル共難破船ノ代金ハ全損亡ト相成ヘキ事
  第七条
一為替会社ヨリ差出候会社ノ公舗並土蔵其外諸器類ノ代金ハ尋常ノ株金ト認メ、即チ同会社ハ当会社何株ノ持主トシテ之ヲ他ノ株金ト一同ニ取扱ヘキ事
  第八条
一都テ株金ハ当会社諸般ノ運用ニ供スルヲ以テ是ヨリ生スル利益ハ別紙会計法ニ照シテ其出金高ニ割合之ヲ受取ヘシ、勿論別段利息無之若シ又損失有之時ハ各出金ノ高ニ割合倶ニ其損失ヲ受ヘシトス、故ニ他年解社ノ時幾何之積金又幾艘ノ船幾多ノ器械有之トモ、之ニ関
 - 第3巻 p.38 -ページ画像 
スル借財之ナキ以上ハ皆此株主ノ所有ニシテ其株金ノ出高ニ応シ平等ノ分配致ヘキ者トス、然レトモ若シ難事損失有之会社廃頽ニ及フ時ハ株金並積金ヲ以テ製造或ハ買入タル一切ノ器物ヲ売却シテ諸借財主エ分散スヘキ事
  但自是入社ノ株主出金高モ皆同般ノ事
右ハ本月本日社中会同協議ヲ以相決シ、駅逓寮並為替会社ノ承認ヲ得候条現今別社ノ者ハ言ニ及ハス将来入社ノ株主モ皆能ク此旨確守可致事
  明治五壬申年八月
                  頭取
                    高崎長右衛門
                  一等副頭取
                    山路勘助
                  二等副頭取
                    岩橋万造
右之件々正ニ承知候也
右正ニ承認候事
  明治五壬申八月十日     駅逓頭 前島密
   ○資本取扱条令第一条ノ政府貸下船々代金ハ、後出「御払下船及買入船元代価並修復金計算書」ニヨレバ二十五万四千六百十一円七十六銭七厘五毛、為替会社ヨリ貸渡船々代金並同船修繕料及ビ敷地家屋器械等ハ、後出「明治八年中総計算見積書」ニヨレバ約三十八万円(十七ケ年賦割済金二万二千三百四十三円九十四銭)株主差出金ハ、後出「御買上奉願候金額」ニヨレバ十八万八千円ト推定セラル。


日本政府郵便蒸気船会社会計之法(DK030011k-0019)
第3巻 p.38-40 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社会計之法 (渋沢子爵家所蔵)
  第一条
一運賃総額ノ内
  百分ノ五   荷物取次所世話人手数料
         船舶ニ属スル諸費ヲ除ノ外会社諸務役
  百分ノ五   員其他ノ俸金並ニ公舗修繕向其他会社   頭取請負
         ノ常務ニ属スル一切ノ費用共
  百分ノ六   発港ノ節荷物積込艀下船賃及人足賃共一式 艀下方請負
  百分ノ六   着港ノ節右同断             同請負
  百分ノ三   諸荷物口訳ケ捌方諸入費         荷捌方請負
  百分ノ六   荷物濡痛損シ候節弁償金為手当      船長並ニ荷捌方組合請負
  合計三十壱分ヲ引去
  残而
    六拾九分    運賃実高トス
右運賃実高ノ金額中ヨリ、各船船長ヲ初器械方水火夫ノ者末々ニ到迄俸金及運用碇泊中ノ諸費、並ニ各船体及ヒ機械尋常ノ小修繕金五百円以下ノ費ヲ除キ去リ、其残高ヲ第一残高トナシ、其内ヨリ
  大蔵省御貸下金年賦其年之返納ヲ引去為替会社貸渡金其年之利息ヲ引去
  右之二口ヲ引去其残高ヲ第二残高トス
  但此高資本額之壱割以上之時ハ之ヲ百分シテ
 - 第3巻 p.39 -ページ画像 
 ○其四拾分ヲ難破船有之節代船買入並古船ヲ廃シ候節新船買入之予備トシテ之ヲ第一積金ト称ス
 ○其二拾分ヲ蒸気機関大破之修繕並蒸気鑵入換之為メ之ヲ第二積金ト称ス
 ○其七分ヲ為替会社エ船代金為返済分配スヘキ高トシ之ヲ第一分配金トス
 ○其三十三分ハ全ク社中之利益ニシテ株金之高ニ応シテ分配スヘキ者トシ之ヲ第二分配金トス
  但大蔵省エ難破船代金上納之事有時ハ此百分二ヲ引去ヘシトス
  第二条
一第二残高資本総金額之一割未満五分以上之時ハ此残高ヲ百分シテ
 ○其五十分ヲ第一積金トス
 ○其二十五分ヲ第二積金トス
 ○其五分ヲ第一分配金トス
 ○其二十分ヲ第二分配金トス
  但前条之事アル時ハ此百分ノ一ヲ大蔵省エ上納スヘキ事
  第三条
一第二残高資本総金額之五分以下二分以上之時ハ之ヲ百分シテ
 ○其五十五分ヲ第一積金トス
 ○其三十五分ヲ第二積金トス
 ○其一分ヲ第一分配金トス
 ○其九分ヲ第二分配金トス
  第四条
一第二残高資本総金額之二分以下ナル時ハ之ヲ百分シテ
 ○其六十分ヲ第一積金トス
 ○其四十分ヲ第二積金トス
  但第一第二之分配金ハ皆無之事
  第五条
一大蔵省之年賦ヲ皆納シ或ハ為替会社之元金ヲ弁償シ、或ハ第一第二之積金二拾万円ニ及フ時ハ前条分賦之法ヲ改正シ更ニ適宜之算ヲ立ヘキ事
  第六条
一第一第二之積金ハ別途ニ之ヲ計算シ、其目途之経費ニ支給スル外ハ其残高ヲ為替会社或ハ確実ナル銀行等エ預ケテ相当之利息ヲ請取リ年々之ヲ増殖セシムヘキ事
  第七条
一第一第二之積立金二拾万円ニ及フ之後其年之所得少キ時ハ第一ノ積金ヲ積立サルモ第二ノ積金ヲ可積立事
  第八条
一損失有之第一残高ノ返納或ハ歩合ヲ以テ減納シ或ハ皆不納ノ時ト雖モ第一第二之積金ハ相当ニ可積立、尤此積金現数二十五万円ニ及ハハ第一残高者可成丈ケ減納スヘカラサル事
  第九条
一会社ニ所得無ク第一残高些少ニシテ大蔵省ノ年賦金歩合ヲ以減納之
 - 第3巻 p.40 -ページ画像 
節ハ為替会社之利息モ其割合ヲ以払方ヲ減少スヘシ、若シ大損失ニ而右年賦金皆不納之節ハ為替会社之利息モ不払事
  第十条
一損失有之大蔵省之年賦返納不相成、且為替会社之利息モ払カタキ時ハ株主ノ分配金ハ一切無之事
  第十一条
一事故有之、社中一同協議之上解社之節ハ船々並会社ニ属スル一切之品物ヲ売却シ、其代金ト第一第二之積金ヲ合セ大蔵省並為替会社エ無損失様弁償致スヘシ、若シ右之金高ヲ以テ猶不足之節ハ株主等出金之高ニ応シ相当之割合ヲ以更ニ出金シテ之ヲ承弁スヘシ、若シ又総テ弁償之後余金有之候ハヽ株主一同其出金之高ニ応シテ正当之割合可致事
  第十二条
一万一会社分散ニ及フ時大蔵省ノ年賦為替会社之借金返済未満ノ時ハ株主一同ヨリ出金有之株金損耗ハ勿論会社ニ属スル一切之品物ヲ売却シ、其代価ヲ以テ尋常之分散公法ニ可処事
  第十三条
一頭取等之取扱ヲリ大損失ヲ生シ会社分散之時ハ、会社ニ属スル船々器類其外一切ヲ売却シ、且正副頭取其他枢要之地ニ任スル役員モ皆其証拠金ヲ不残出シテ其分散金ノ内ニ可相允、若シ又頭取等不正之処置アリテ会社大損失ヲ生シ、或ハ分散ノ場合ニ及フ時ハ其当身之証拠金ヲ出スハ勿論財産ヲ尽シテ其損失ヲ償ハシメ、或ハ其分散之数ニ可允事
一此会計法ハ唯当会社之目途ヲ立ヘキ概算ナレハ、実際ニ方リテ施行之時隠妥ナラサル事有ラハ幾度モ官之許可ヲ得テ之ヲ改正スヘキ事右者現今会社ニ列スル株主一同協合之上取極候也
 明治五壬申年八月
                  頭取
                    高崎長右衛門
                  一等副頭取
                    山路勘助
                  二等副頭取
                    岩橋万造
右正ニ承認候事
 明治五壬申八月十日 駅逓頭 前島密


日本政府郵便蒸気船会社申合常則(DK030011k-0020)
第3巻 p.40-43 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社申合常則 (渋沢子爵家所蔵)
  第一則
 当会社ノ株金ハ五百円ヲ以テ壱箇トス、故社中七百五拾円ヲ出ス者ハ壱株半ノ持主、千円ヲ出ス者ハ二株ノ持主ニシテ、乃チ五千円ヲ出ス者ハ拾株ノ持主ト称スヘキ故ヘ、五百円以下ヲ出ス者ハ当会社ノ株主タルヲ得ス、又五百円以上ヲ出ス者モ平素ノ行状社中ニ列スヘカラサル者ハ之ヲ拒ミ株主ト為ヘカラス、若シ一旦株主ト成タリ共之ヲ脱社セシムヘキ事
  但別ニ罪無ク唯平素ノ行状社中ニ列スヘキ者ニアラサルヲ以テ脱
 - 第3巻 p.41 -ページ画像 
社セシムル時ハ、其株金ハ返スヘシ、然レトモ其年株金ニ生スル利益ハ一切分与セサル事
  第二則
 船舶或ハ船具器械類其他倉庫及ヒ都テ会社必用ノ物品ヲ以テ入社ヲ請フ者有之トキハ、社中合議ノ上何等ノ物品ト雖モ其公価ヲ定メ、コレヲ社中エ買入レ其価ヲ以テ何箇ノ株主トナスヘキ事
  第三則
 都テ株主ノ出金高ハ会社ノ本帳ニ相記シ、是ニ割判シタル株証文ヲ其出金主エ渡スヘシ、一旦本帳エ記載シテ株証文ヲ請取ル上ハ仮令何等ノ事有トモ春秋両度会議ノ節其事由詳細申出テ、社中ノ協同ヲ得サルニ於テハ脱社並其本金ヲ請取リ戻スヲ得ヘカラサル事
  第四則
 株主自分ノ都合ニ寄リ其株証文ヲ何等ノ価ヲ以テ他ニ売渡シ、或ハ譲渡ストモ勝手タルヘシ、然レトモ其節ハ其旨会社エ届出、其証文ヲ書替ヘキハ勿論、何等ノ価ニテ買受ケタリトモ其原証文ノ金高ヲ以書替ヘシ、且買請譲受人其書替タル株証文ヲ受取ル上ハ、正シキ会社ノ株主ト成ルヘシト雖モ、其買主或ハ譲受主ノ人品ニ依リテハ之ヲ拒ムヘキノ権利ヲ会社ニ有スヘキ事
  第五則
 株主ノ内ニ家財分散ニ及フコトアルトキハ其株証文ヲ公売スヘシ、若シ買受入ノナキ時ハ社中会議シ、其公価ヲ立テ之ヲ駅逓寮及社外ノ人三名以上ニ質シテ確定シ会社第一ノ積金ヲ以テ是ヲ贖ヘシ、然レトモ第一ノ積金之ヲ贖ヘキノ数ニ充タサルトキハ、其公価ヲ以テ一人或ハ数人ニテ之ヲ買受ケ、或ハ総社中ニテ各箇其株金高ニ応シ出金シテ之ヲ買取ヘキ事
  第六則
 当会社ノ議長頭取副頭取ト成ヘキ者ハ、少クトモ当会社五株以上ノ持主ニシテ、其他枢要ノ任ニ当ル者ハ必壱株以上ノ所持人ニ限ルヘシ、尤其者無株タリトモ実直ニシテ当会社弐株以上ノ持主ヨリ確実ノ引受之アルニ於テハ之ヲ命スル場合モ可有之事
  第七則
 正副頭取ハ勤役中証拠金トシテ三千円、其他ノ要地ニ任スル者ハ其任スル所ノ大小ニ随ヒ金二百円以上千五百円迄ノ正金、或ハ政府ノ公債証券ヲ会社エ差出シ、正副頭取ノ分ハ其本人ト会社ノ両名ヲ以認タル証書ニ駅逓寮ノ撿印ヲ受、其他ノ分ハ其本人ト会社トノ両名ニテ認タル証書エ頭取ノ撿印ヲ以テ確実ナル銀行ヘ預ケ置、何レモ其三方ノ証印無之迄ハ決シテ渡ヘカラサル旨約定致ヘシ、尤其証拠金ニ生スル利息ハ差出人ノ所有タルヘキ事
  第八則
 正副頭取ニ奸偽私欲ノ所為之アル時ハ社中合議ノ上駅逓寮エ伺ノ上其証拠金ヲ取揚且相当ノ贖金ヲ命スヘシ、其他ノ者ヲ処置スル時ハ社中ト頭取ト合議ノ上其証拠金ヲ取揚且相当ノ償ヲ命スヘキ事
  第九則
 何等ノ損失有之、会社ノ不都合相生シ候共其事由明瞭ニシテ頭取並
 - 第3巻 p.42 -ページ画像 
枢要ノ地ニ任スル諸役員ノ不束ヨリ生スルニ非レハ、其証配拠金ハ取揚ヘカラサル事
  第十則
 新ニ公舗造営シ、或ハ倉庫等ヲ建築シ、或ハ一時ニ多量ノ石炭ヲ買入、或ハ炭坑ノ約条ヲナスハ臨時社中ノ集議ヲ以テ之ヲ決シ、且新ニ船ヲ買入、或ハ製造シ、或ハ蒸気鑵入換トノ節ハ仮令第一第二ノ積金ヲ以テ之ニ支給シ得ル共、必社中ノ合議ニ決スヘキ事
  第十一則
 船長其他ノ仕官会計書記等会社並船船ニ使用スル一切ノ者ハ、内外人ニ拘ラス皆頭取ヨリ其進退黜陟ヲナスヘシ、尤頭取欠員ノ時或ハ分社エ出張ノ節ハ副頭取ニテ之ヲ命スヘキ事
  第十二則
 船長並一等運用方一等機械方ハ其筋ニ於テ吟味ヲ受、免許状ヲ所持スル者ニ限ルヘシ、又新ニ船ヲ買入、或ハ之ヲ製造スル時ハ必海軍仕官並造船寮且熟練ノ西洋人ニ撿査ヲ得テ後会社ノ使用ニ供スヘキ事
  第十三則
 其筋ノ者ヲ出シテ各地ノ分社出張所等事務ノ勤怠会計ノ精否ヲ撿シ、且諸船ノ掃除修繕ノ模様器械ノ完否ヲ監視セシムヘキ事
  第十四則
 諸帳面ノ製方並書載ノ法ハ都テ頭取ノ考案ニ随ヒ其式ヲ一ニシ、殊ニ金銀ノ出納並請取渡及諸入費ノ計算ハ最モ厳粛ノ製ヲ設ケ、且後証ト成ヘキ諸簿冊並請取書其他会社ノ往復文書ニ至ル迄皆年月部類ヲ分テ之ヲ会社ニ蔵スヘキ事
  第十五則
 会計帳ハ最モ書載ヲ明瞭ニシ、常ニ駅逓寮其他政府適任ノ士官並社中ノ者且社中ニ関係スル者ノ撿閲シ易キ様ニ致ヘシ、又訊問ノ事アラハ明了之ヲ説明スヘキ事
  第十六則
 会社事務ノ摸様会計ノ都合損益ノ多少且諸船航海発着ノ次第等緊要ノ件ハ明細ニ書記シテ時々駅逓寮エ報知シ、且之ヲ新聞紙ニ掲テ世上ニ公告スヘキ事
  第十七則
 会社ノ費用ハ勉テ之ヲ省略シ、社中一同質素ヲ旨トシ、会合ノ時ト雖モ飲食ノ奢靡ヲ禁シ、極テ会社ノ目的ヲ盛大ニ達セシムヘキ事
  第十八則
 当社運漕ノ荷物取次所或ハ取扱ノ者ハ、必社中タルヲ得ヘシトス、故ニ一株以上ノ所持主ニ非サレハ之ヲ許サヽル事
  第十九則
 実際施行ノ際ニ方リ此規則ヲ改正増補スル事ハ、社中協同ノ上常ニ妨ケ之ナシ然トモ之ヲ改正増補セハ必駅逓寮ノ承認ヲ稟ヘキ事
 右ノ常則現今会社ニ列スル株主共同合議ノ上確定候条、今後会社ニ列スル株主共其身其子孫及後見人代理人其他一切此会社ニ関係スル者皆能之ニ遵準シテ毫モ乖戻スヘカラサル事
 - 第3巻 p.43 -ページ画像 
  明治五壬申年 月 日      株主
右正ニ承認候事
 明治五壬申八月十日    駅逓頭 前島密


日本政府郵便蒸気船並荷物積入規則(DK030011k-0021)
第3巻 p.43-45 ページ画像

日本政府郵便蒸気船並荷物積入規則 (渋沢子爵家所蔵)
一荷物ハ充物堅固ニ箇李造リ可有之、且箇物毎ニ宿所姓名等充分委鋪認メタル絵府ヲ附ケ、或ハ其箇物エ認ラルヘシ、若シ荷造リ粗糙《(マヽ)》ナルヨリ破損等有之、又名前ノ記シ方委シカラサルヨリ紛失等有之候共、会社ヨリ弁償不致事
一金銀宝石其他高価ノ品ヲ入レタル荷物ハ別段精敷其品書ヲ差出サレ且会社定式ノ増運賃ヲ払ハルヘシ、若シ其儀無之高価ノ品ヲ荒荷トシテ差出サレ候節ハ、紛失破損或ハ濡湿等ノ事有之会社ヨリ弁金差出候トモ荒荷ノ割合ヲ以テ可償事
一箇物ハ出帆前日中ニ積入候ニ付其日ニ至リ持参ノ分ハ総テ相断申ヘシ、尤乗客ノ手廻リ荷物並小包物ノ類ハ出帆前三時迄ニ持参ノ分ハ差支ナク積入可申事
  但自分ノ費用ヲ以テ艀船相雇本船エ直ニ持参ノ分ハ此限ニ無之事
一手廻荷物ハ積目録手板等モ無之ニ付、其所持主ニテ紛失損傷無之様御用心可被成、尤危難負有之分ハ会社ヨリ別段ノ取扱致スヘキ事
一木箱並筵包ノ類ハ、仮令乗客ノ手廻リ荷物ニテモ決シテ船室エ積入候儀ハ堅相禁候事
一格外重量ノ品並長大ノ物ハ別段之示談無之以上ハ積入不申事
一荷物ノ運賃ハ会社ノ河岸庫ヨリ着港ノ河岸庫迄ノ定ニシテ、陸地運送ノ賃銭ハ荷主ヨリ差出スヘキ事
一火薬並製薬類ノ火ヲ発スヘキ水液酒醤油脂ノ類船及ヒ他ノ荷物ヲ損害スヘキ危険ノ品ハ別段ノ手当ナクシテ積入ノ儀ハ堅禁止致シ候、若シ荷主ヨリ其品柄ノ報知無之積入ノ節万一是カ為メニ損害ヲ生シ候ハヽ、其荷主是ヲ弁償ハ勿論且相当罰金取立ヘキ事
一風波或ハ余義ナキ難事ニテ航海ノ時日延淹致シ、是カ為メニ荷主エ損失出来候トモ会社ヨリ之ヲ弁償不致事
右之件々駅逓寮之許可ヲ蒙リ相定候間、毎条承知之上荷物御積入可被下事
   日本政府郵便蒸気船会社
                頭取
一乗船ノ御方ハ其御身分貴賤御用柄ノ軽重ニ拘ハラス乗船切手ノ等級ニ随テ其位置ニ御就ナサレ、上中下等互ニ混雑セサル様御銘々御心掛可被成事
一此乗船切手ノ賃金ハ、航海中ノ食料、給仕小遣ノ給料、並定量ノ手廻リ荷物運賃、且上中等ノ分臥室並蒲団フランケツトノ損料ヲモ相籠候事
  但下等ノ方モ別段損料御払ヒナシ下サレ候ハヽ、蒲団等ノ手当可致事
   附自身食物御持参或ハ御不快等ニテ船中ノ食物御用ヒ無之且手
 - 第3巻 p.44 -ページ画像 
廻荷物ノ量目軽少ニテモ全ク御持参無之候共、別段其代料ノ減方ハ不致事
一手廻荷物ハ上等壱人ニ付目方拾貫目、中等ハ七貫五百目、下等ハ五貫目迄、子供ハ其等ニ随ヒ手荷物本量ノ半高ニ限リ、其大サハ弐尺立方積ニ可限、是ヨリ以上ハ荷物之割合ヲ以運賃可請取事
  但手提革袋之類、過重過大ニアラサレハ無賃之事
一三歳以下ノ乳児ハ別段船賃ヲ申受ス、三歳以上拾歳迄ノ子供ハ其等級切手料之半高申受ヘキ事
一乗船ノ儀御申入ノ節上等中等ノ分ハ約定金トシテ其賃ノ半金高御払可被成、若シ其金御払無之時ハ出帆ニ差掛リ御断申ヘク儀モ可有之候、尤下等エ御乗替ノ儀ハ何時ニテモ多人数ニサヘ無之候ハヽ差支無之事
一已ニ御払込相成候乗船切手料、並約定金証書ハ六ケ月ノ間当会社ノ船々エハ何レモ流用相成候間、他日御用ヒナサレ候トモ又他人エ御売渡ナサレ候トモ御勝手之事
一乗船切手ハ船中ニ於テ会計役エ御渡可被成、万一切手紛失致シ候ハハ改テ会計役ヨリ他ノ切手御買取ナサルヘキ事
  但紛失ノ切手ハ番号ノ印有之候ニ付、充分探索行届候様其世話致ヘキ事
一船中ニテ切手買取候時ハ、定価二割増ニ候事
一往返切手ハ定価ヨリ壱割減ニテ可差出、尤是ハ六ケ月限リノ定ニ付其後ニ至リ候ハヽ全ク用立サルモノト相成候事
一出帆刻限三時前迄ニ会社ヨリ乗客ノ為メニ艀船差出候間、其時刻迄ニ御乗組ナサルヘシ、是ヨリ後レ候分ハ御銘々費用ヲ以テ艀船御雇ナサルヘキ事
一犬猫ノ類ハ食物ノ料ヲ除キ壱頭ニ付金壱円宛ノ運賃遠近ニ拘ハラス御払ヒ可被成、尤航海中ハ料理人ノ守護ニ附シ、決テ船室ノ内エ連レ込候儀ハ不相成候、且航海中病死致シ候共会社並船中ノ者ヨリ償等ハ差出サヽル事、室ニ於テ煙草等ヲモ相用候儀ハ堅ク禁止致シ候事
一乗合ノ内何様ノ失礼有之候共、御当人ヨリ直ニ咎メ、或ハ口論ニ及ハス其旨船長エ御談当然ノ処置可被成、若シ相対ニテ喧嘩争論ニ及ハレ候節ハ、理非ニ拘ハラス双方ヨリ乗船規則ヲ破リタル科料ヲ取立ヘキ事
一給仕小遣ノ者使令ニ供セス、或ハ無礼ノ所行有之候ハヽ、船中会計役エ其旨御談可被成、其外乗込水夫等ニ無礼ノ次第有之候ハヽ、船長並当番士官エ御談可被成、必ス自身之ヲ咎メ或ハ打擲之ナキ様可被成事
一各港碇泊ノ節、船長ノ免許之ナク上陸ハ決シテ不相成、郵便逓送御用ヲ以テ主務ト致シ候ニ付、最モ出入ノ時刻ヲ厳ニシ候間、仮令船長ノ免許アリテ上陸致サレ候トモ、出帆ノ刻限ニ後レ候時ハ決シテ待合セ不致事
  但右ノ場合ニテハ其人ノ船賃損失ト相成ヘキ事
一風波或ハ余儀ナキ難事ニテ航海ノ時日延引致シ、是カ為メニ何様ノ
 - 第3巻 p.45 -ページ画像 
損失乗船ノ方エ出来候共会社ヨリ之ヲ償ヒ候儀ハ不致事
右ノ件々駅逓寮之許可ヲ蒙リ相定候間、毎条御承知之上御乗船可被下事
    日本政府郵便蒸気船会社
                 頭取
右正ニ承認候事
 明治五壬申八月十日      駅逓頭 前島密


日本政府郵便蒸気船会社運賃之定並荷物取扱内規則(DK030011k-0022)
第3巻 p.45-47 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社運賃之定並荷物取扱内規則
                  (渋沢子爵家所蔵)
  第一則
別紙各地運賃表ニ記載ノ定メハ駅逓寮ノ准允ヲ稟テ現今当然ノ者ナリトス、然レトモ他日物価ノ高低傭夫ノ俸給等一般ノ変更有之時ハ随テ増減可有之事
  第二則
行客ノ船賃中ニハ航海中ノ食料並乗船規則ニ記載スル手廻荷物及ヒ手提類ノ運賃ヲモ算入ス、然レトモ航海中自身食料ヲ齎シ手廻リ荷物ハ定量以下ヲ持参シ、或ハ持参無之トモ定額之船賃ハ減少不致事
  第三則
行客乗込之員数壱組十人以上ハ本途運賃之五分、二十五人以上ハ七分五厘、五十人以上ハ壱割、七十五人以上ハ壱割五分、百人以上ハ二割、二百人以上ハ三割之引方可致事
  第四則
碇泊中之入費ハ一日壱噸ニ付拾弐銭半ト相定、政府其外何レエ雇船相成候トモ前以荷物等積卸シ、日限ノ外先方ノ都合ヲ以滞船致サセ候節ハ、右割合ヲ以入費金請取ヘク旨ヲ可約定事
  第五則
各地世話人エハ十人以下ニテモ行客壱人ニ付金壱分宛、荷物ノ運賃ハ多少ニ限ラス其運賃ノ五分宛、世話料トシテ会社ヨリ払フヘキ事
  第六則
政府ノ士官並兵隊ノ運送ハ駅逓寮御条約ノ通引方致シ、一艘御借切ノ節ハ其時ニ臨ミ別段ノ御条約致スヘキ事
  第七則
航海中風波等ノ為メニ先方着港ノ期日延引致シ、其故ヲ以テ行客其他ノ損失ヲ生シ候トモ、会社ヨリ是ヲ弁償セス、又船中何等ノ危難有之候トモ危難請合無之者ハ一切会社ヨリ償ヒ不致事
  第八則
荷物ハ都テ荷造リ方厳重ニシテ封印有之、且箇中ノ品書及宿所姓名有之者ニ限ヘシ、若シ粗漏ノ荷物造リ、或ハ宿所姓名之ナキ品ニ候ハヽ何様ノ荷物タリトモ会社エ受取ヘカラス、万一是ヲ受取候節ハ破損或ハ紛失等有之候トモ決シテ弁償不致事
  第九則
高価ノ品物運送賃ハ荒荷運賃三割増ノ定ニ付、若シ荒物ノ内エ高価ノ品ヲ封入シテ其品書ヲ附ケス、且荒荷ノ運賃ノミ払ヒ有之時ハ仮令濡
 - 第3巻 p.46 -ページ画像 
レ損シ有之候トモ、荒荷ノ割合ヲ以弁金可致事
  第十則
荷物ノ運賃ハ積出地会社ノ河岸庫ヨリ積入地ノ河岸庫迄ノ定ニ付、都テ其場所ニ於テ荷主ト請取渡致スヘキ事
  第十一則
会社ノ荷物庫ヨリ艀下船エ積出ノ節、荷物毎ニ番号ヲ記シ、艀下ケ船ヨリ本船エ積渡ノ節ヨリ又本船ヨリ艀下船エ積渡シ、艀下ヨリ荷庫エ相渡候節迄都テ其番号ヲ以帳合致スヘキ事
  第十二則
諸荷物ヲ会社エ請取候節ハ、其封印ヲ改メ、荷造リノ精粗ヲ撿査シ、送状ノ品書ニ照シ、会社ノ本帳並請取書及写トモ夫々式ノ如ク可取扱事
  第十三則
蔵所ヨリ本船エ積入候節ハ、蔵出シ人足艀下船賃本船エ積込人足賃トモ、艀下方ノ者エ運賃金高百分ノ六ヲ以テ請負致サセ候事
  第十四則
着港ノ節本船ヨリ艀下船賃並積移人足荷物配リ所迄ノ陸上ケ人足賃トモ、是亦艀下方ノ者エ運賃金百分ノ六ヲ以テ請負致サセ候事
  第十五則
荷物口訳ケ捌方等ニ至迄其運賃金高百分ノ三ヲ以テ其取扱人エ為請負候事
  第十六則
米糖雑穀ノ荷捌料ハ運賃高百分ノ一ヲ以取扱ノ者エ請負致サセヘキ事
  第十七則
荷物配リ並届ケ方ノ節会社ノ蔵所ヨリ届先迄ノ車力賃ハ其届先ヨリ受取ヘシ、尤遠近ニテ賃銭割方左ノ通
  蔵所ヨリ拾町以内  荷物目方七貫目以下ヲ一人持ト想定賃銭百五拾文
  同所ヨリ弐拾町以内 賃銭三百文
  右ノ割合ヲ以拾町毎ニ百五拾文宛相増候事
   但坂路ノ分本文三割増ノ事
  第十八則
本船入津ノ節ハ、荷捌方ノ者、荷物送リ状手板ヲ会社ニテ受取、本船エ出張致シ、其送リ状ニ記載スル総員数ヲ引合、艀下船エ積移シ終リテ後上陸致シ、荷捌所ニ於テ送リ状ノ通リ届方相済セ、先方ノ受取書残ラス会社エ相納申ヘキ事
 但雨天暴風ノ外ハ五日限ニ取扱済セヘキ事
  第十九則
届先取運賃ハ荷捌方ノ者ヨリ引受ケ請取方致スヘシ、尤引受候上ハ先方ノ遅速ニ拘ハラス入港十日ノ間ニ会社ヘ皆納致スヘキ事
  第二十則
荷捌方請負致シ候者ハ、倉庫所持致シ身元慥成者ニ限ヘシ、且会社申合規則ニ随ヒ相当ノ証拠金差出サセ、万一荷捌方ニ付不都合ノ儀有之候節ハ、罰金或ハ弁金致サセヘキ事
  第二十一則
 - 第3巻 p.47 -ページ画像 
艀下船請負モ艀下船七艘以上所持致シ候身元慥成者エ請負ハセ、且前条ノ通証拠金差出サセヘキ事
  第二十二則
為替金ヲ貸渡候荷物ハ会社ヘ預リ置、為替金請取候上ニテ其荷物ヲ渡シ或ハ届方致スヘキ事
  第二十三則
荷物濡レ損シ、並紛失ノ取締請負ハ運賃金高百分ノ六ヲ以テ船中乗組ノ者ト荷捌方ノ者ト組合ノ上請負セ候事
  但荷捌所ヨリ其積所エ壱人出張致シ、荷物品書封印番号等相調、出発ノ送リ状ト引合破損等ノ有無撿査シ、損シ荷物ハ蔵所エ相戻シ、決テ之ヲ積入申ヘカラサル事
  船中於テモ同断、着船ノ砌番号並封印品書番相改、艀下船ヲ以テ荷捌所エ陸上ケ致シ候事
  艀下船中ニ於テ濡レ損シ、或ハ紛失等有之候節ハ、艀下船請負ノ者ヨリ弁金致スヘキ事
右之条件会議ヲ以決定致シ、且駅逓寮ノ公認ヲ相受候条此事ニ関係候者屹度違犯アルヘカラサル事
  明治五壬申年八月
                  頭取
                    高崎長右衛門
                  一等副頭取
                    山路勘助
                  二等副頭取
                    岩橋万造
右正ニ承認候事
  明治五壬申八月十日   駅逓頭 前島密


日本政府郵便蒸気船会社職務章程(DK030011k-0023)
第3巻 p.47-50 ページ画像

日本政府郵便蒸気船会社職務章程    (渋沢子爵家所蔵)
   庶務部
一頭取
  会社諸般ノ事務ヲ総判シ、及ヒ船長其他諸役員等会社ニ使役スル一切ノ者ヲ進退黜陟シ、且其任ヲ分テ課スルコトヲ掌ル
  凡ソ成規アルノ事ハ総テ専執施行シテ後之ヲ社中ニ報知セシム、会社ノ業社中ノ事ニ付大件アリテ会議ヲ要スルトキハ常ニ議員ヲ集合スルヲ得ヘシ
  会社ノ事業ニ付テ公法ヲ犯ス者アラハ、官ニ対シテ其責ニ任シ、且会社ノ事業ノ挙不挙ハ専ラ其責ニ当ルヘシ
一副頭取
  職務頭取ニ亜ク、頭取不在ノ節、及ヒ分社ヘ出張ノトキハ職務全ク頭取ニ同シトス
一会社監督役
  頭取以下諸役員ノ所務ヲ監察シ、殊ニ会計ノ当否出納ノ正否ヲ監督ス
  正副頭取ニ非違アル時ハ其事ヲ詳ニシテ之ヲ社中ニ明告シ、是カ罰黜ヲ会議セシメ、其他ノ役員ニ非違アルトキハ之ヲ正副頭取ニ
 - 第3巻 p.48 -ページ画像 
告ケ、之ヲ社中ニ報シテ罰黜ヲナサシム
  各地ノ分社ニ出張シテ事務ノ精否会計簿冊ノ正不正ヲ撿閲ス
一各船監察役
  船長以下ノ勤怠運用機関者ノ優劣ヲ察シ、船体機関諸器械ノ完全スルヤ否ヲ按シ、航海並碇泊中ノ運用動作ヲ撿ス
  船客接待ノ模様荷物積卸ノ順序ヲ監督ス
  船長ノ罪アルハ之ヲ糺弾シテ頭取ニ明告シテ其罰黜ヲ為サシメ、其以下ノ罪アルハ之ヲ船長ニ督シテ其処分ヲナサシム
  船体及ヒ機関鑵子ノ腐朽、且他ノ器械ノ欠乏アラハ直チニ之ヲ頭取ニ報知シテ之ヲ修繕補備セシム
一重立書記役
  会社一切ノ文書記録及往復ノ事ヲ掌ル
  会社ノ名印ヲ保持シ凡テ此名印ヲ以テ証スルノ文書ハ皆此撿閲ヲ経ヘシトス、故ニ正副頭取ト雖モ此共同ヲ得ルニアラサレハ□ニ名印ヲ用ユヘカラス
  会社ニ属スル簿書及ヒ往復文書ノ類、都テ後証ニ備フヘキモノハ年月部類ヲ分テ之ヲ蔵スヘシ
  正副頭取不在ノトキ金銀出納ヲ除クノ外尋常ノ小事ハ之ヲ代理スヘシ、出納ノ事ト雖モ代理ノ権ヲ得ル者ハ唯此任ニ限ルヘシ
一二等書記役
  職掌重立書記役ニ亜ク、重立書記不在ノトキハ職掌全ク同シトス
一重立出納役
  金銀出納ヲ掌ル、金銀ヲ出スハ必其入用ノ正否、計算ノ当否ヲ正算シ、且頭取ノ証印ヲ取テノ後ニアラサレハ之ヲ許サス、又正副頭取ト雖モ此任ノ証印ヲ得サレハ決シテ之ヲ出スヘカラス
  金銀ヲ納ムル時モ其計算ノ当否ヲ正シ之ヲ本帳ニ記シテ頭取ノ証印ヲ得ヘシ、正副頭取ト雖モ此任ノ正算ヲ経且証印ナケレハ之ヲ納ムヘカラス
  其日ノ会計ハ其日ニ卒ヘ、其月ノ会計ハ翌月五日ヲ限リテ整算スヘシ
  毎三月ニ各地ノ分社出張所及ヒ他ノ合併ノ会社ト会計ヲ精算シ、四ケ月目ノ晦日限リ会計簿冊ヲ浄書シテ頭取ノ証印ヲ得、之ヲ社中ニ明告シ且世上ヘモ公報スヘシ
  諸会計簿冊ハ常ニ政府正任ノ士官及社中ノ撿閲ニ供スヘキタメ、其体裁ヲ斉一ニシ其記載ヲ整粛ナラシムヘシ
  会計ニ属スル諸簿冊及書附類ノ後証トナスヘキ者ハ、重立書記ニ附シテ之ヲ蔵セシムヘシ
一二等出納役
  職掌重立出納役ニ亜ク、重立出納役不在ノトキハ職掌是ニ同シトス
一三等四等及ヒ五等手代ヲ分課スルコト左ノ如シ
  三等四等書記役
  三等四等出納役
  公務掛
 - 第3巻 p.49 -ページ画像 
  往復掛
  修繕掛
  石炭油掛
  蔵所掛
  荷物集方
  荷物捌方
  筆者
  小買物方
    船務部
一船長
  全船諸般ノ事務ヲ総括シ、乗組総員ノ進退黜陟ヲ司ル
  発船ノ期日ヲ命シ、且各船ノ要務ヲ整頓セシム
  航海ノ針路ヲ令シ、且着港ノ時投錨ノ地位ヲ定ム
  航海日誌ヲ詳記シテ運用中諸般ノ事皆其蹤跡ヲ明ニス
  船中ノ掃除全数ノ器械ヲ撿査シテ腐朽破廃ノ患ナカラシム
  乗組ノ者ニ不正アラハ其責ニ当リ是ヲ弁償ス
  船中ノ事務挙ラサルトキハ独リ其責ニ任スヘシ
一一等運用方
  船長ニ次テ船中ノ事務ヲ総判シ、且船長ヲ助テ航海ノ針路投錨ノ地位ヲ定ム
  荷物積卸ノ順序ヲ命ス
  次役ヲ督シテ各其分課ヲ司ラシム、船長不在ノ時ハ全ク其職掌ヲ摂行ス
一二等運用方
  一等士官ノ指令ヲ請ケ其分課ノ職ヲ司ル、甲板上ノ当番ヲ勤メ水夫小頭ニ令シテ諸帆ノ運転ヲ司ル
一三等運用方
  職務二等運用方ニ同シ
一準三等荷物取締方
  荷物積卸ノ撿査ヲナシ、積入口ノ締リヲ附ケ、其鍵ヲ一等士官エ渡シ運用中其取締ヲ為ス
一水夫小頭
  運用方ノ令ヲ請ケテ水夫エ指図ヲナシ、且水夫ノ取締ヲ司ル
一一等器械方
  機関一切ノ事ヲ総裁ス
  機器運転ノ要領ヲ監ス
  運用中並碇泊中トモ器械ノ掃除ヲ撿査シテ腐朽ノ患ナカラシム、石炭及油脂等ノ要品欠乏ノ事ナカラシム、次官ヲ督シテ当番ヲ勤シム
一二等器械方
  一等器械方ノ命ヲ受ケテ当番ヲ勤メ火夫小頭エ令シテ火度ヲ適宜ニシ、且油脂ノ澆方怠ルコトナカラシム
一三等器械方
  職務二等器械方ニ同シ
 - 第3巻 p.50 -ページ画像 
一火夫小頭
  器械方ノ命ヲ受ケ火夫エ指図ヲナシ、且火夫ノ取締ヲ司ル
一会計役
  船中会計ノ諸務ヲ司ル
  郵便行嚢請取渡且防護ノ事ヲ司ル、賄方小頭ヲ督シテ其職ヲ奉セシム、旅客乗船切手ヲ集テ会社エ差出ス、積荷目録ニ照シテ手板帳ヲ製作ス、乗込人員ニ応シテ薪水食料ヲ適宜ニシ欠乏ノ患ナカラシム
一賄方小頭
  会計役ノ令ヲ受ケ、給仕人料理人其外小遣等ニ差図ヲナシ、且取締方ヲ司ル
右之件々職員相定候事
 明治五壬申年八月
                  議長
                    永田甚七
                  頭取
                    高崎長右衛門
                  一等副頭取
                    山路勘助
                  二等副頭取
                    岩橋万造
右正ニ承認候事
 明治五壬申八月十日      駅逓頭 前島密


松方家文書(DK030011k-0024)
第3巻 p.50-51 ページ画像

松方家文書                (大蔵省所蔵)
当会社之儀者、旧通商司廻漕会社ト東京為替会社之関係ニ根拠し、大蔵御省之御誘導ニ而成立仕、不材不能之私共ニ而困《(固)》ヨリ其社務担当難致ハ不竢論次第ニ御座候処、自ラ其力ヲモ不相量、一ニ御保護ニ依頼シテ従事勉励仕候得共、何分業上不熟之致ス所、兎角得失不相償、殊ニ御払下船々ニおゐてハ何レモ巨額之修繕費ヲ要シ、其他ノ事故ニ因テ損失累月相重リ、終ニ三菱商社ヘ御委托相成候大蔵御省御管船ヲ以中外之航通御取開相成候より一般之運賃非常ニ下落シ、亦船之収入遥ニ出費ニ相超候場合相成、従来為替会社より引受候負債並同社より別種之借財且其利息ノ滞リ共ニテ八拾万円余之巨額相成、其他之負債も拾万円余ニ相及ひ、所詮此夥大之負債ヲ以財本乏敷未熟不能之社力ニ而は此航運之事業ヲ官府ト拮抗永続可致之理万々無之而已歟、已ニ即今廃滅之実況ニ立至候ニ付、当初立会以来厚キ御示諭之御意ニ不達何共以て奉恐入候得共、閉社仕候ヨリ外手段無之存候折柄、大蔵御省おゐて御買上被下置候哉之御趣意も承り候ニ付、何卒御救助ノ思食ヲ以当社一切之所有物金五十万円余ヲ以テ御買上被下度旨先般奉歎願候処、格別之御寛典を以三十五万円ニ御買上被下置候様御口達、且段々ノ厚キ御説諭も有之候ニ付、必至ト節減之見込相立、御払下船ニハ其儘返納仕、為替会社之負債ハ第一国立銀行ノ取扱ヲ以テ現金二十五万円ニテ打切消却之協議致し、且社中之株金ハ起立之分ハ元金江対シ五分一
 - 第3巻 p.51 -ページ画像 
其他ハ三分一ニ減少之積ヲ以決算仕候処、別紙訳書之通リ金三拾八万五千円ト相成候間、実ニ歎願仕候モ恐多奉存候得共、当社根拠以来之事状ト即今之苦難トヲ御汲量被下置、尚一層之御寛典ヲ以時価ヲ不被為問別紙品書之通リ風帆船三艘ヲ除キ当社一切之所有品ヲ金弐拾五万五千円ニテ御買上、且返納之船々修繕費及附属備用品代価共一切ノ代価拾三万円ヲ御下ケ被成下候御積ヲ以前書三拾八万五千円ニテ御買上被下置候様其御筋江御懇請被成下度、右様御処分被下置候ハヽ敢テ論争等ヲ不相生、無事ニ解社可仕ト奉存候間、偏ニ御垂憐之上御仁恕之御沙汰奉悃願候 以上
一金三拾八万五千円也    御買上奉願候金高
  此遣訳
 一金拾万千円也      当借金
   是ハ解社候節ハ是非共返済仕度金高ニ御座候
    但内金五千円ハ小野組ニ可返済分ニテ即今大蔵省御年賦願出候之分
 一〃三万四千円也     株金減少高
   是ハ総株金高拾八万八千円之処起立株金ハ元高之五分一他ノ株金ハ其三分一ニ減少致候金高ニ御座候
 一〃弐拾五万円也     為替会社負債消却高
   是ハ負債総高八拾万円余ニ対シ打切消却之金高ニ御座候
 右之通ニ御座候


外編 大蔵省沿革志 駅逓寮第二・第二六丁(明治前期 財政経済史料集成 第三巻・第二三八頁〔昭和九年五月〕)(DK030011k-0025)
第3巻 p.51 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

法令全書 明治五年・第六九一頁 大蔵省第百五十二号(十月十七日)(DK030011k-0026)
第3巻 p.51 ページ画像

法令全書 明治五年・第六九一頁
大蔵省第百五十二号 (十月十七日)
各地方収入ノ貢米大廻運漕ノ儀、当壬申ヨリ来甲戌迄三ケ年ノ間郵便蒸気船会社ヘ委任致シ候条、各地方官於テ其旨可相心得此段更ニ相達候事


外編 大蔵省沿革志 駅逓寮第二・第二八―二九丁(明治前期 財政経済史料集成 第三巻・第二三九頁〔昭和九年五月〕)(DK030011k-0027)
第3巻 p.51 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

法令全書 明治五年・第二二〇―二二一頁 太政官第三百二十九号(十一月三日)(布)(DK030011k-0028)
第3巻 p.51-52 ページ画像

法令全書 明治五年・第二二〇―二二一頁
太政官第三百二十九号 (十一月三日) (布)
日本国郵便蒸気船会社ノ船々、別紙ノ旗章ヲ以御国内各港ヘ郵便物運送候条此段相達候事
 - 第3巻 p.52 -ページ画像 
(印ハ赤) 郵便蒸気船会社 旗章


法令全書 明治五年・第七〇〇―七〇四頁 大蔵省第百六十七号(十一月十七日)(DK030011k-0029)
第3巻 p.52-54 ページ画像

法令全書 明治五年・第七〇〇―七〇四頁
大蔵省第百六十七号 (十一月十七日)
各地方貢米大廻運漕船難破ノ節ハ、別紙約定書ニ照準、小廻運漕船ノ分ハ庚午布告ニ照準交渉不致様取計可申此段相達候事
  (別紙)
    貢米運漕約条
御国内各港ニ於テ収入ノ貢米大廻運漕ノ儀ハ都テ郵便蒸気船会社ヘ委任相成候ニ付、駅逓頭ハ大蔵卿之命ヲ奉シ、下ニ記スル会社之頭取副頭取ト左ノ条件ヲ約定セリ
第一条 貢米運送ハ一切会社ニ属スル西洋形帆走船ヲ用フルヲ本旨トス、然共現今右船数少クシテ其目的ニ達セサルヲ以、郵便蒸気船会社貢米運送予備組ト名号スル東国西国北国三組ノ日本形帆前船ヲ、年々運送スヘキ貢米之多寡ニ応シテ適宜ニ為組合、右西洋形帆走船ト取交セ運送ノ儀ヲ許容セリ、尤其組合船々之規則並其船持主ト会社トノ約定向等都テ当寮ノ検閲ヲ経テ公正至当ニ可致事
第二条 右予備組之船々ハ新造ヨリ七ケ年中ノモノ、並七ケ年ニ至リ大修繕総釘締ヲナシタル後三年中ノモノニシテ、勿論船材堅牢縄具碇等ノ器械充全之分ニ可限事
第三条 右組合之船々、毎年九月限リ其船並附属器械ノ総代価ヲ組合外之者ニ為積、且其船主ト会社ト是ニ一致セハ是ヲ其船本年ノ公価ト定メ、且其船号並公価及ヒ持主乗組沖船頭之姓名共一箇ノ簿冊ニ記載シテ当寮ヘ可届置事
第四条 大蔵省之都合ニ寄リ臨時蒸気船ヲ以急速運漕ノ命有之時ハ、会社ノ都合ヲ論セス何時ニテモ其地現在之船ヲ以其命ヲ可奉、然共定期アル郵便蒸気船ヲ是ニ使用スル時ハ、別ニ其事ヲ申請シテ指令ヲ可乞事
第五条 貢米運漕ノ都合ト会社ノ指シ繰ニ依リテ社外ノ西洋形船並組合外之日本形帆前船ヲ使用ノ節トイヘトモ、其使用中ハ都テ会社中ノモノト見傚シ、一切会社之所轄船ト同般ニ取扱、是ニ生スル万端ノ事件皆会社ニ於テ可引受事
第六条 総テ船々ハ老熟優等之船頭並水夫ヲ為乗組、且会社ヨリ実直ナル手代ヲ上乗為致、運漕ノ取締ヲナシ、航海日記ヲ仔細ニ為記、極テ貢米損失之患ヲ可防方法ヲ可令尽事
第七条 各地ニ於テ貢米船積ノ節及ヒ之ヲ御蔵納之節、請取渡ノ方法順序並欠減容捨米之定ハ、従前貢米請取渡規則之通相心得可申、若シ更正之件アラハ其年十一月限リ会社ヘ相達シ可申事
第八条 此委任中ハ、年々七月晦日限リ本年可運漕貢米高之大凡見込ヲ以、若干之金額運賃前借トシテ御貸下可相成ニ付、現在ノ引当物
 - 第3巻 p.53 -ページ画像 
歟正実ナル返済引受証人ヲ可差出事
第九条 右年限中毎年十二月十五日ヲ限リ運漕スヘキ各地之貢米高並積入積廻ノ地名及ヒ積取ノ期限ヲ略定シテ可達ニ付非常ノ事故有之ニアラサレハ其期ヲ不違様運漕ノ手配可致若シ其手配不充分ヨリ其期限ヲ誤リ違ヘ政府之損失ヲ生スル時ハ其損失ヲ会社ニ償シムヘキ事
第十条 右同断十二月十五日限会社ヨリ運賃ノ見込蒸気船西洋形帆前船及ヒ日本形帆前船ト三等ニ区分シ且航海ノ難易ト里程ノ遠近トニ随ヒ多寡ヲ立テ明細書ヲ以可申出米価其他ノ商量ヲ取リ、不相当ニ無之上ハ同月廿五日限大蔵卿之決ヲ乞テ之ヲ本年ノ運賃額ト可定事
第十一条 前条ノ通リ十二月廿五日限本年之運賃額ヲ定ムル之同日第九条ニ記セシ略定之貢米運漕高ニ照シテ総運賃ヲ概算シ、其内ヨリ七月晦日ノ前借金ヲ引去リ、其余ヲ四分シテ其一分ヲ相渡シ其他之三分ハ二月五月ノ両晦日及ヒ運漕皆済ノ上精算之節御渡可相成事
第十二条 本年可廻漕貢米之数多分ニシテ会社之船々並予備組合ノ船船ヲ以運漕難相成節ハ、別ニ雇船可致ニ付、其別雇船ヲ以運漕スル石数之運賃半高其命令ノ下ルノ同時御貸渡可相成事
第十三条 貢米船積之節並御蔵納之節、貢米請取渡規則ニ記載之通リ従前官費ノ分ハ官ヨリ支給シ、郡方入用ノ分ハ会社ニ於テ之ヲ支給スヘキ事
第十四条 第八条ノ前借有之ニ付、貢米積入之場所ヘ差向候途中並碇泊中共空船之時ハ勿論積入候後航海中及ヒ碇泊ノ時トイヘトモ、其船破損或ハ皆破或ハ覆没之難有之候共、第十五十七十八三ケ条ニ記載之外政府ヨリ御手当米金等一切不被下、且政府ヘ御損失不相掛様都テ会社ヨリ弁ヘ可キ事
第十五条 貢米積入之後皆破或ハ覆没ニ及ヒ、船材其外其船ニ属スル一物モ不残流失致シ候時ハ、其積入之貢米ハ政府之御損失可相成、然共風波ノ難ニテ刎捨米致シ候時、並皆濡大小沢手米相成候ニ付其𦛟痛ヲ可防タメ入札払ノ節相生シ候損失ノ金高ヲ其船ニ積入レタル貢米ト同種同品ノ米ヲ可積納地之価ヲ以算シ其総金高ト第三条ニ記ス其船之代価共割合政府ト会社ニ可分賦、又刎捨米等無之積入之貢米安全有之候共船体破損有之節ハ其修繕料之金高ヲ如前積入之貢米金高ト船代価ニ割合双方ヘ分賦可致事
第十六条 刎捨米並修繕料共地方役人之浦状或ハ確実之証書無之ニ於テハ、前条之分配政府ヘ引受等不相成儀ハ勿論、其次第ニ寄リテハ厳重ノ御咎或ハ罰金可有之事
第十七条 厄難ニテ船体破潰貢米流失致シ候節乗組船頭水夫等私有ノ手道具ヲ除キ一物タリ共存在致シ候ハヽ之ヲ入札払致シ、其払代之内ヨリ此厄難ニ就テ生スル諸雑費ヲ引去其余ヲ積入貢米之全金高ト其船之代価ニ等分シ、其幾分ヲ政府ニ納メ他ノ幾分ヲ会社ヘ可渡事
第十八条 難船之故ヲ以刎捨或ハ流失致シ候分ハ其運賃不被下、又沢手米等之故ニ寄リ何レノ地ニテ歟御払相成候ハヽ、其積出之地ヨリ其御払ノ地迄之運賃ヲ被下、又難破之地ヨリ流余之貢米ヲ積納之地迄運漕致シ候ハヽ、其運漕高之運賃ヲ積出セシ地ヨリノ割合ヲ以被
 - 第3巻 p.54 -ページ画像 
下、又大沢手皆濡米相成候トモ全積高ヲ運漕致シ候ハヽ、皆高運賃被下候事
  但大小沢手皆濡色付等ニ就テ生スル損失ハ第十五条ノ通リタルヘキ事
第十九条 難船之故ニ無之、或ハ難船之故ニ候共、浦状之確証無之分ハ皆濡大小沢手並色付米之処分ハ貢米請取規則第十八条之通リ可相心得事
第二十条 貢米為積取空船相廻リ候途中ニ於テ其船難破致シ候節ハ、最モ速ニ代船相廻シ、其段当寮ヘ相届可申、若シ其旨不相届且代船不相廻ヨリ積取之期限ヲ過リ候節ハ、第九条之如ク是ニ生スル政府之損失会社ニテ弁償可致、又積取候後ノ航海中難破等之事故アラハ其段同様速ニ当寮ヘ届出処分ノ指令ヲ可奉事
第二十一条 貢米外国輸出之事ハ別ニ商議之上其時々適宜ノ約定可致事
第二十二条 此委任年限中大蔵省ハ其都合ヲ以他ノ会社又ハ商会社ヘ貢米運送之事ヲ不可命、尤当会社不正有之、或ハ不正ノ事ヲ謀リ、或ハ不当之運賃ヲ申立、又此約定之条件ヲ履行セサル時ハ此委任ヲ免シ、且相当之御咎且科料ヲモ可被申付事
第二十三条 此約定ハ当壬申ヨリ来ル甲戌迄三ケ年間貢米運漕委任之間ヲ以テ期限トス、尤其後ニ至リ猶此約定ヲ続ル時ハ更ニ約条書ヲ可造事
此約定書ハ同文言ヲ以二通ニ認メ、駅逓寮之官印並会社之公印ヲ捺シ且双方之手書実印ヲ以テ之ヲ証シ、其一通ハ駅逓寮、他ノ一通ハ郵便蒸気船会社二蔵シ候事
 壬申十月十三日
寮印       駅逓頭 前島密 印
会社印          頭取
                      高崎長右衛門 印
                    一等副頭取
                      高井房太郎名代
                       山路勘助 印


法規分類大全 第一編・運輸門十一 第三四六頁(DK030011k-0030)
第3巻 p.54 ページ画像

法規分類大全 第一編・運輸門十一 第三四六頁
致遠丸
  噸数三百十三噸二分八釐          回漕取扱所
   ○廻漕取扱所々有ノ船舶ハ右船外ニ廻漕会社ノ船舶ヲ引継ギタレバ廻漕丸・廻運丸・貫効丸・昌栄九・長鯨丸・千歳丸・千里丸等アリタリト見ルベシ


海事史料叢書 第二〇巻・第一五九―一六五頁〔昭和六年七月〕(DK030011k-0031)
第3巻 p.54-57 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

海事史料叢書 第二〇巻・第一六九―一七五頁〔昭和六年七月〕(DK030011k-0032)
第3巻 p.57-60 ページ画像

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渋沢子爵家所蔵文書 【御買上奉願候金額/御買上奉願候金額/為換会社借貸勘定調書】(DK030011k-0033)
第3巻 p.60-61 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
    ○
   御買上奉願候金額
一金三拾五万円也
 右は別紙会社処有船之内大有丸並風帆船三艘ヲ除ク外倉庫家屋並ニ附属物品悉皆御買上奉願候金額
一金壱万八千円也
 右は今般大有丸御買上代金五万円之内ニ而三万弐千円御引去相成現時御下ケ金之分
 合計金三拾六万八千円也
   右之内
一金拾弐万四千円也
右は即今之負債消却之金額
一金五万四千百〇七円也
 此公債証券高九万六千六百十九円六十四銭三厘
                  但百円ニ付五十六円割
 外ニ風帆船三艘 但竜王丸 立田丸 致遠丸
右は総株金拾八万八千円江割当候分別紙之通リニ御座候 ○別紙欠
一金拾八万九千八百九十三円也
 外ニ
  金三万弐千円也 但 大有丸御買上金之内ヨリ三万弐千円大蔵省ニ御引去之分今般悉皆御買上更ニ解社仕候ニ付出格之御憐愍ヲ以本高被下様奉懇願候
 二口合計
  金弐拾弐万千八百九十三円也
 右は為替会社負債消却之金額
  ○
 御買上奉願候金額
一金三拾五万円也
 右は別紙会社処有船舶之内風帆船三艘ヲ除之外倉庫家屋並附属物品悉皆御買上奉願候金額
   右之内
   一金拾弐万四千円也
   右は即今之負債消却之金額
   一金五万四千百〇七円也
 - 第3巻 p.61 -ページ画像 
   此公債証券高九万六千六百十九円
           六十四銭三厘 百円ニ付
                    五十六円割
   外ニ
    風帆船 三艘   但竜王丸 立田丸 致遠丸
   右は総株金拾八万八千円ヨリ割当候別紙之通リ御坐候
   一金拾七万千八百九十三円也
   右は為替会社負債消却之金額
  合計金額前書之通リ御座候也
     ○
    為換会社借貸勘定調書
一金四拾三万円也           郵便蒸気船会社貸
一金三拾七万九千八百四拾七円     必取立可相成見込


逓信事業史 第六巻・第七八七頁〔昭和一六年二月〕(DK030011k-0034)
第3巻 p.61 ページ画像

逓信事業史 第六巻・第七八七頁〔昭和一六年二月〕
○上略 明治八年以降三菱会社が無償払下を受けた政府船舶は、左の如くである。
 征台の役に関係するもの 汽船十三隻 代価百五十七万六千八百弗
 郵便蒸気船会社関係のもの 汽船十八隻 ※代価三十二万五千円
  ※此の代価は郵便蒸気船会社へ支払の買上代金にして、船舶代価として、正確ならず。


(三菱会社) 社誌 第一号・第二六三頁 十五日○七年九月(DK030011k-0035)
第3巻 p.61 ページ画像

(三菱会社) 社誌 第一号・第二六三頁
    十五日○七年九月
大阪支店連日郵便蒸気船会社ト競ヒ大ニ東航船客ヲ募リ是日捷報ヲ伝フ
  〔大阪来翰〕
  九月十五日於大阪浜政弘ヨリ石川○七財 川田○小一郎 両管事中呈机下ニ
  一○上略 此ノ頃西国ヨリ頻リ上京之人数上坂今日迄ハ悉ク奪ヒ取勝利ヲ得申候、追追百人登リ可申由手ヲ廻シ相待耳ニ御座候、過日已来郵便○郵便蒸気船会社 ヨリ手ヲ入候費不鮮趣相聞気味能キコト御座候兼而郵便之内会計ハ常ニ御見抜ニ相成居候ヘトモ実ハ外聞宜候処忝モ日勢御高徳輝キ、其上三艦之唱所謂竜之翼ヲ添候勢ニ而人望日ニ増長之様ニ相覚申候、アワレ成哉敵船空船同様ニ御座候ヨシ此之段一応入御耳置申候○下略


郵便蒸気船会社文書(DK030011k-0036)
第3巻 p.61-74 ページ画像

郵便蒸気船会社文書           (渋沢子爵家所蔵)
 明治六年中計算
 金三千五百七拾五円三拾八銭弐厘   実運賃ヨリ諸入費仕払不足
  外ニ
  八万五千百八拾九円三拾四銭七厘  臨時修繕入費
  弐万弐千四百四拾円弐拾三銭弐厘  臨時修繕中月給
  三万弐千〇五拾六円三拾七銭五厘  諸向ヨリ借入金利子既済分
  四万三千四百六拾七円七拾九銭   為替会社ヨリ借入金利子未済分
 - 第3巻 p.62 -ページ画像 
 合金拾八万六千七百弐拾九円拾弐銭六厘 不足

      明治七年六月迄半季分計算
残七万六千九百七拾六円弐拾壱銭四厘 七年六月迄半季計算実運賃ヨリ諸入費仕払残金
  内
  弐万三千四百九拾円       為換会社ヨリ借用弐拾六万千円ノ利息
  弐千六百四拾七円五拾七銭七厘  諸向臨時借入金利息
 小以金弐万六千百三拾七円五拾七銭七厘
第一残高 五万八百三拾八円六拾三銭七厘
  内
  八千百三拾五円四拾六銭三厘   大蔵省年賦半年分
  弐万千五百円          為換会社定額金利息
 小以金弐万九千六百三拾五円四拾六銭三厘
第二残高 弐万千弐百〇三円拾七銭四厘
  内
  壱万弐千七百弐拾壱円九拾銭四厘 第一積金
  八千四百八拾壱円弐拾七銭    第二積金
    差引出入ナシ
第一積金 壱万弐千七百弐拾壱円九拾銭四厘
第二積金 八千四百八拾壱円弐拾七銭
  内
  五万七千五百五拾八円七拾五銭八厘 臨時修復金第二積金ヨリ可仕払分
第二積金差引不足 四万九千七拾七円四拾八銭八厘
第一積金有高 壱万弐千七百弐拾壱円九拾銭四厘
第二積金不足 四万九千〇七拾七円四拾八銭八厘
第一第二積金合計 不足三万六千三百五拾五円五拾八銭四厘

  明治七年中各船運賃高及諸入費平均計算書
                          大有丸

図表を画像で表示明治七年中各船運賃高及諸入費平均計算書

                           大有丸 東京大阪往復   明治七年中十九航海平均一航海ニ割合計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年間三十航海見積計算 運賃        弐千百六拾円九十六銭            六万四千八百廿八円八十銭 分合        六百六十九円九拾銭             弐万九十六円六十二銭 月給        三百九拾五円四十三銭            壱万千七百九十六円 石炭        三百四拾円三十壱銭             壱万弐百九円三十銭 小修復       六拾四円四拾銭               千九百三拾円 運用器械品     九拾八円九十六銭              二千九百六十八円八十銭 航海入費      百廿九円廿六銭               三千八百七十八円八十銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費ヲ去益金  四百六拾弐円六十九銭    壱万三千九百四拾六円九十八銭 



                          千里丸

図表を画像で表示--

 東京大阪往復   明治七年中十一航海平均一航海割合計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年間三十航海見積計算 運賃        三千六百廿八円七十四銭          拾万八千八百六十二円廿銭 分合        千百廿四円九拾銭             三万三千七百四十七円廿八銭 月給        七百六十壱円六十壱銭           壱万八千六百三十六円 石炭        八百三十九円六十三銭           弐万五千百八十八円九十銭  以下p.63 ページ画像  小修復       百三拾三円六拾九銭            四千拾円七拾銭 運用器械品     百三十九円廿八銭             四千百七十八円四十銭 航海入費      百三十九円六十銭             四千百八拾八円 運賃高ヨリ分合以下諸入費ヲ引去益金  四百九十壱円三銭    壱万八千九百十二円三十二銭 



                          青竜丸

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 東京大阪往復   明治七年中五航海平均一航海ニ割合計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年間三十航海見積計算 運賃        千八百六十三円十九銭           五万五千八百九十五円七十銭 分合        五百七十七円五十九銭           壱万七千三百廿七円六十六銭 月給        四百五十三円廿四銭            八千八百八拾円 石炭        三百七十七円五銭             壱万千三百十壱円五十銭 小修復       百五十六円三銭              四千六百八十円九拾銭 運用器械品     六拾八円四十三銭             弐千五拾弐円九十銭 航海入費      百廿七円廿壱銭              三千八百十六円三十銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費引去益金  百三円六十四銭      七千八百廿六円四拾四銭 



                          黄竜丸

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 東京大阪往復   明治七年中七航海平均一航海ニ割合セ計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年間三十航海見積計算 運賃        弐千七百四十円廿八銭            八万弐千弐百八円四拾銭 分合        八百四拾九円四拾八銭            弐万五千四百八十四円四拾銭 月給        四百五十弐円七十九銭            壱万四千六百四拾円 石炭        四百七拾七円七十五銭            壱万四千三百三拾弐円五拾銭 小修復       拾三円五十三銭               四百五円五拾銭 運用器械品     百三拾四円七拾八銭             四千四拾弐円四拾銭 航海入費      百四拾弐円八拾八銭             四千弐百八拾六円四拾銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費ヲ引去リ益金  六百六拾九円〇七銭   壱万九千拾六円八拾銭 



                          赤竜丸

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 東京函館往復   明治七年中各船航海割合ヲ平均シ一航海見積計算   壱ケ年間ニ十二航海往復見積計算 運賃        四千三百三拾円廿銭                五万千九百六十弐円四十銭 分合        千三百四拾弐円三拾六銭              壱万六千百八円三拾四銭 月給        千円                       壱万弐千円 石炭        千三百九拾壱円三十六銭              壱万六千六百九拾六円三十弐銭 小修復       八拾八円拾七銭                  千五拾八円四銭 運用器械品     百三拾四円〇四銭                 千六百八円八拾四銭 航海入費      九拾八円五拾弐銭                 千百八十七円四銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費引去リ益金  弐百七十五円三拾五銭      三千三百三円八十二銭 



                          玄竜丸

図表を画像で表示--

 大阪琉球鹿児島往復   明治七年中各船航海ノ割合ヲ平均シ一航海見積計算   一ケ年間ニ六航海往復見積計算 運賃           七千五百円                     四万五千円 分合           弐千三百廿五円                   壱万三千九百五拾円 月給           千九百円                      壱万千四百円 石炭           弐千七百五拾壱円六拾九銭              壱万弐千弐百廿六円拾四銭 小修復          三拾七円六拾九銭                  千百廿四円四拾六銭 運用器械品        百五拾九円六十七銭八厘               九百五拾八円六銭八厘 航海入費         七百廿八円五十八銭四厘               四千三百七拾壱円五十銭四厘 運賃高ヨリ分合以下諸入費引去リ益金  百六拾壱円六拾三銭八厘         九百六十九円八十弐銭八厘 



                          猶竜丸

図表を画像で表示--

 大阪長崎往復   明治七年中各船航海ノ割合ヲ平均シ一航海見積計算   一ケ年ニ廿四航海往復見積計算 運賃        弐千百九拾六円                   五万弐千七百四円 分合        六百八十円七十六銭                 壱万六千三百三十八円廿四銭  以下p.64 ページ画像  月給        四百六拾五円                    壱万千百六拾円 石炭        四百廿弐円五拾銭                  壱万百四拾円 小修復       九拾五円                      弐千弐百八拾円 運用器械品     百六弐五円                     三千九百六拾円 航海入費      六十七円五十銭                   千六百弐拾円 運賃高ヨリ分合以下諸入費ヲ引去益金                   七千弐百五円七拾六銭 



                          成妙丸

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 東京勢州往復   明治七年中十八航海平均一航海割合計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年三十航海見積計算 運賃        七百八拾八円四拾七銭           弐万三千六百五十四円拾銭 分合        弐百四拾四円四拾弐銭           七千三百三千弐円七拾七銭 月給        百三拾弐円                三千九百六拾円 石炭        三百拾円七拾銭              九千三百廿壱円 小修復       六拾円三拾九銭              千八百拾壱円七拾銭 運用器械品     五拾三円拾六銭              千五百九拾四円八拾銭 航海入費      五拾円五拾弐銭              千五百拾五円六拾銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費ヲ引去リ損金  六拾弐円七拾弐銭   千八百八拾壱円七拾七銭 



                          錫懐丸

図表を画像で表示--

 東京勢州往復   明治七年中十航海平均一航海ニ割合セ計算   一ケ月二航海半ト見積一ケ年三十航海見積計算 運賃        八百拾円拾七銭               弐万四千三百五円拾銭 分合        弐百五拾壱円拾五銭             七千五百三拾四円五拾八銭 月給        百三拾弐円                 三千九円六拾円 石炭        弐百五拾弐円廿弐銭             七千五百六拾九円六十銭 小修復       四拾八円六拾九銭              千四百六十円七弐銭 運用機械品     四拾七円七拾銭               千四百三拾壱円 航海入費      四拾円七拾壱銭               千弐百廿壱円三拾銭 運賃高ヨリ分合以下諸入費引去益金  三拾七円六拾銭       千百廿七円九拾弐銭 



  明治八年中総計算見積書
    各船往復運賃計算平均割出
 明治八年中総概算
一金五拾万九千四百弐拾円七拾銭       明治八年中運賃総高
    内
  金拾五万七千九百廿円拾九銭       定例分合運賃総額ノ百分ノ三十一
  金九万六千四百三拾弐円         大有丸外九艘月給高
  金拾壱万六千九百九拾五円廿六銭     石炭代〆高
  金壱万八千七百六拾四円四拾銭      小修復入費〆高
  金弐万弐千七百九拾五円廿銭八厘     運用器械品買入高
  金弐万六千八拾四円九拾四銭四厘     航海入費〆高
小以金四拾三万八千九百九拾弐円〇〇弐厘
引残益金七万四百廿八円六拾八銭八厘
一金六千円        明光丸船貸料
一金六千円        琉球行ニ付駅逓寮ヨリ当八年中御下ケ金可相成分
一金三千円        浪花丸船貸料
一金八千円        風帆船四艘船貸料
合計金九万三千四百廿八円六拾九銭八厘
   内仕払
 - 第3巻 p.65 -ページ画像 
一金壱万六千弐百七拾円九拾弐銭六厘    大蔵省
  但猶竜丸外拾四艘御払下ケ代年賦金
一金三千二百四拾円三拾銭         駅逓寮
  但貢米運賃前借金貢糖運賃差継相願有之候節返納金
一金弐万弐千三百四拾三円九拾四銭     為替会社
  但拾七ケ年賦割済金
一金壱万八千九百九拾弐円三拾五銭     為替会社
  但右年賦金明治八年分利足
一金七千八百八拾壱円           撃船入費《(繋)》
  但万里丸外五艘船中月給金
小以金六万八千七百弐拾八円五拾壱銭六厘
 差引
 金弐万四千七百円拾八銭弐厘       過金
    但此金を以各船臨時修復手当見込
   外ニ
    金四千弐百弐拾壱円
     但有功丸千秋丸岡田丸売払候後本月給費用金等相減可申事
    金弐千五百円
     但天祥丸航海益鹿児島より可受取見込

 各船往復運賃計算書
    各船往復運賃計算書
            東京大阪往復一ケ年三拾航海見積 大有丸
一運賃金六万四千八百廿八円八拾銭
   内
  金五万八百八拾壱円八拾弐銭   諸入費高
 計
  金壱万三千九百四拾六円九拾八銭   益金
            同         千里丸
一運賃金拾万八千八百六拾弐円廿銭
   内
  金八万九千九百四拾九円廿八銭    諸入費高
 計
  金壱万八千九百拾弐円三拾弐銭    益金
            同         青竜丸
一運賃金五万五千八百九拾五円七拾銭
   内
  金四万八千六拾九円廿六銭    諸入費高
 計
  金七千八百廿六円四拾四銭     益金
            同         黄竜丸
一運賃金八万弐千弐百八円四拾銭
   内
  金六万三千百九拾壱円六拾銭   諸入費高
 - 第3巻 p.66 -ページ画像 
 計
  金壱万九千〇拾六円八拾銭     益金
            東京函舘往復壱ケ年十二航海見積 赤竜丸
一運賃金五万千九百六拾弐円四拾銭
   内
  金四万八千六百五拾八円五拾八銭
 計
  金三千三百三円八拾弐銭      益金
            東京琉球往復一ケ年六航海見積 玄竜丸
一運賃金四万五千円
   内
  金四万四千三拾円拾七銭弐厘   諸入費高
 計
  金九百六拾九円八拾弐銭八厘   益金
            大阪長崎往復一ケ年廿四航海見積 猶竜丸
一運賃金五万弐千七百四円
   内
  金四万五千四百九拾八円廿四銭   諸入費高
 計
  金七千弐百五円七拾六銭   益金
            東京勢州往復一ケ年三十航海見積 成妙丸
一運賃金弐万三千六百五拾四円拾銭
   内
  金弐万五千五百三拾五円八拾七銭  諸入費高
 計
  金千八百八拾壱円七拾七銭   損金
            同        錫懐丸
一運賃金弐万四千三百五円拾銭
 内
  金弐万三千百七拾七円拾八銭   諸入費高
 計
  金千百弐拾七円九拾弐銭   益金
運賃惣計金五拾万九千四百廿円七拾銭
諸費惣計金四拾三万八千九百九拾弐円〇〇弐厘
益金惣計金七万弐千三百拾円四拾六銭八厘
   内
  金千八百八拾壱円七拾七銭   航海積金
益金差引
  金七万四百弐拾八円六拾九銭八厘   全益
 撃船入費見積書《(繋)》
一金三千円            万里丸
  但月給壱ケ月弐百五拾円内宛
一金三千円            有功丸
 - 第3巻 p.67 -ページ画像 
  但右同断
一金三百六拾円      倉庫船 延年丸
  但月給一ケ月三拾円内宛
一金三百円        倉庫船 速鳥丸
  但月給一ケ月弐拾五円内宛
一金百八拾円           千秋丸
  但月給一ケ月拾五円宛
一金千四拾壱円          岡田丸
  但月給一ケ月八拾六円七拾五銭内宛
 合金七千八百八拾壱円
  外ニ
    海運丸
    快鷹丸
右小蒸気弐艘計算ハ別後之事
 (附箋栄一筆)
  「此計算書ハ四月廿七日川崎正蔵持参丁寧承及候得共何分充全之見込無之ニ付信用いたし兼候義申聞尚五月二日前島駅逓頭へ其段申出弥表向書面ニて是迄竹内綱其外引合之手続をも取調取計振伺出可申哉と相伺候処同人ニ於て考案も有之由ニ付暫時見合呉候様との事ニ付先五七日見合置可申事」

   損益計算
第壱 京阪
 実運賃弐万九千九百廿七円八十銭七厘
 費用 三万弐千八百六拾円三十九銭八厘
損金弐千九百三拾弐円五十九銭壱厘
第二 勢州
 実運賃四千八百八拾四円六十六銭五厘
 費用 六千六百五拾壱円四十六銭五厘
損金千七百六十六円八十銭
第三 以西
 実運賃壱万千弐百廿八円五十七銭
 費用 九千九百六拾九円拾九銭八厘
益金千弐百五十九円三十七銭弐厘
第四 函館
 実運賃壱万〇〇四拾弐円八十九銭五厘
 費用 八千三百拾六円九十三銭七厘
益金千七百廿五円九十五銭八厘
明光丸貸料壱ケ月五百円ツヽ
 益金千五百円
風帆四艘貸料壱ケ月六百円ツヽ
 益金千八百円
合計
 損金四千六百九十九円三十九銭壱厘
 - 第3巻 p.68 -ページ画像 
 益金六千弐百八拾五円三十三銭
損益差引              [川崎印]
 益金千五百八拾五円九十三銭九厘  (高崎印) (松本印)

    計算見積書
  本年七月ヨリ十二月迄六ケ月間益立並消費減少計総括
一金弐万千九百円也      航海益立金
  内
  金六千円         千里丸黄竜丸青竜丸三艘益立金但一ケ月合益千円ツヽ
  金六千九百円       玄竜丸猶竜丸弐艘益立金但一ケ月合益千百五十円ツヽ
  金四千八百円       赤竜丸一艘益立金但一ケ月合益立八百円ツヽ
  金六百円         錫懐丸成妙丸二艘益立金但一ケ月合益百円ツヽ
  金三千六百円       風帆船四艘分益立金但一ケ月合益六百円ツヽ
   小以此一ケ月分益立金三千六百五拾円ツヽ
  右益立金ハ従来之通乗組人及石炭等総テ減費不致処ニテ全ク益立金ト相成候計算ナリ
一金壱万千百五十円       船々不用之西洋人九名減少ノ給料合高
  但壱ケ月千九百廿五円 給金高
一金壱万六百九拾六円三十二銭  石炭減少高
  此石炭弐百九十七万千弐百斤   但 壱万斤ニ付平均三十六円替
  右一ケ月四十九万五千二百斤ツヽ焚捨高減少シテ六ケ月分石炭高ナリ
一金弐千五百円         八艘之船舶買物代金一艘ニ付月々五十円以内減少ス
  但是迄会社之不都合ヨリ自然買物代払方遅延ニ及ヒ候ニ付買物代自然高価ニ相成候儀間々有之候ニ付以来買物代払方其時々相払候ハヽ必ス一割或ハ一割五分方代価引下買入出来可申事
一金弐千五百円          右同断塗薬等形容ニナルヘキケ所修営ヲ除ク一艘ニ付月々五十円以内減少
  但大工仕事及鍛冶職料共右同断減少方可相成候事
一金三千円           明光丸船貸料
 益立減少 総計
   金五万千七百四拾六円三十二銭
   外ニ 金壱万円      五月六月 二ケ月分益金
 合金六万千七百四十六円三十弐銭
  内可払金額
 金壱万六千弐百七十円九十二銭六厘     大蔵省
 金弐万弐千三百四十三円九十四銭      為替会社
 金壱万八千九百九十二円三十五銭      右同断
 小以金五万七千六百七円廿一銭六厘
差引 金四千百三十九円拾銭四厘       益金
  蒸気船九艘並風帆船四艘ヲ以
  運転スル一ケ月全益計算見積
    東京大阪 往復船三艘
 - 第3巻 p.69 -ページ画像 
                  蒸気 千里丸
                  蒸気 黄竜丸
                  蒸気 青竜丸
右三艘ハ京阪定往復船トス、両地之間荷物多寡及運賃之高低其時宜ニ依リテハ常備三艘之内ヲ以一艘或ハ二艘双方之都合ヲ計リ、適宜之場所二可差向事
     平均一ケ月
      全益    金千円也
    大阪ヨリ長崎鹿児島琉球之間往復船 二艘
                蒸気 玄竜丸
                蒸気 猶竜丸
     平均一ケ月
      全益        金千百五十円也
    東京函館 往復船一艘
                蒸気 赤竜丸
     平均一ケ月
      全益        金八百円也
    東京勢州 往復船二艘
                蒸気 錫懐丸
                蒸気 成妙丸
    平均一ケ月
     全益         金百円也
                風帆 致遠丸
                風帆 竜応丸
                風帆 立田丸
                風帆 駿相丸
     平均一ケ月貸切
       全益       金六百円也
    船貸料一ケ月金五百円  蒸気 明光丸
全益合  金四千百五拾円也

    六艘ノ蒸気船ヨリ乗組西洋人不用向ヲ減省スル月給金額
千里丸  二等運転司一人  月給  百廿五円
黄竜丸  二等機械司一人  同   百五十円
青竜丸  運転司長一人   同   弐百五十円
玄竜丸  運転司長一人二等機械司一人 同 弐百五十円百五十円
猶竜丸  運転司長一人   同   弐百五十円
赤竜丸  同一人      同   弐百五十円
 外ニ  西洋人二人    同   五百円
 一ケ月
   給金
    合千九百弐拾五円也

    八艘之蒸気船舶ヨリ石炭消費減少高
千里丸 京阪一往復神戸横浜寄港四昼夜ノ積リ
 - 第3巻 p.70 -ページ画像 
  但是迄 平均一昼夜石炭六万斤ノ消費此廿四万斤
 改正 一昼夜石炭五万斤焚一往復消費高廿万斤
  此壱ケ月二航海半ト見テ十万斤減省ス
黄竜丸 京阪一往復神戸横浜寄港四昼夜半積リ
  但是迄 平均一昼夜石炭三万五千斤消費此十五万五千斤
 改正 一昼夜石炭三万斤焚一往復消費高十三万五千斤
  此一ケ月二航海半ト見テ五万斤減省ス
青竜丸 京阪一往復神戸横浜寄港四昼夜半積
  但是迄 平均一昼夜石炭三万斤消費此十三万五千斤
 改正 一昼夜石炭弐万斤焚一往復消費高九万斤
  此壱ケ月二航海半ト見テ十一万弐千五百斤減省
玄竜丸 大阪ヨリ神戸鹿児島大島琉球之間往復 十四昼夜ト積リ
  但是迄 平均一昼夜石炭三万斤消費此四十二万斤
 改正 一昼夜石炭二万五千斤焚一往復消費高三十五万斤
  此一ケ月半ニテ一往復トシテ一ケ月ニ割合四万六千七百斤減省
猶竜丸 大阪ヨリ神戸下関博多長崎肥後鹿児島ノ間 往復六昼夜ノ積リ
  但是迄 平均一昼夜石炭二万八千斤消費此十六万八千斤
 改正 一昼夜石炭二万五千斤焚一往復消費高十五万斤
  此一ケ月二航海ト見テ壱万八千斤減省《(マヽ)》
赤竜丸 東京石之巻函館一往復八昼夜之積リ
  但是迄 平均一昼夜石炭四万斤消費此三十二万斤
 改正 一昼夜石炭二万五千斤焚一往復消費二十万斤
  此一ケ月一航海ト見テ十弐万斤減省ス
錫懐丸 東京勢州一往復三昼夜積リ
  但是迄 平均一昼夜石炭一万八千斤消費此五万四千斤
 改正 一昼夜石炭一万五千斤焚一往復消費四万五千斤
  此一ケ月二航海ト見テ一万八千斤減省ス
成妙丸 右同断
  但是迄 平均一昼夜石炭弐万弐千斤消費此六万六千斤
 改正 一昼夜石炭弐万斤焚一往復消費六万斤
  此壱ケ月二航海ト見テ六千斤減省《(マヽ)》ス
一ケ月総計
 石炭高弐百五十万千斤    是迄之焚捨高
 改正高弐百万五千八百斤   自今消費高
差引
  四拾九万五千弐百斤    減省高

  八年中六ケ月間益立及減少方計算見込ヲ以九年中益立計算見積書
一金四万二千六百円也        蒸気船九艘益金
一金七千弐百円也          風帆船四艘益金
 - 第3巻 p.71 -ページ画像 
一金弐万二千三百円也        西洋人乗組減省月給合高
一金弐万千三百九十二円六十四銭   石炭減省高
  此石炭五百九十四万二千四百斤   但平均三十六円替
一金五千円也            船々買物代減少高
一金五千円也            船々塗薬其他形容ニナルヘキケ所減少高
益立
減省
 合高
  金拾万三千四百九拾弐円六拾四銭也
   内可払金額
  金一万六千弐百七十円九十二銭六リ  大蔵省
  金二万二千三百四十三円九十四銭   為替会社
  金一万八千九百九十二円三十五銭   右同断
  金二万五千円            各船臨時修復手当金
  小金八万弐千六百七円廿壱銭六リ
 残金
   弐万八百八十五円四十弐銭四厘
右之通り                           (高崎印)
  明治八年四月廿八日 郵便蒸気船会社 [印] [川崎之印]

    御払下船及買入船元代価並修復金計算書
                    郵便蒸気船会社
一金壱万五千円也 蒸気猶竜丸元代価
 一金七千六百〇六円八拾六銭壱厘     明治五年中修復金
 一金三千三百八拾八円八拾七銭五厘      同六年中修復金
 一金壱万四千弐百五拾八円六拾五銭五厘    同七年十一月迄修復金
合計金四万〇弐百五拾四円三拾九銭壱厘
一金五万三千円 蒸気玄竜丸元代価
 一金五千弐百九拾壱円五拾七銭壱厘      明治五年中修復金
 一金三千八百弐拾弐円九拾五銭五厘      同六年中修復金
 一金壱万五百拾四円五拾四銭六厘       同七年十一月迄修復金
 右金壱万九千六百弐拾九円〇七銭弐厘
合計金七万弐千六百弐拾九円〇七銭弐厘
一金三万円 蒸気赤竜丸元代価
 一弐千三百五拾四円七拾壱銭四厘       明治五年中修復金
 一金千七百八拾八円弐拾七銭五厘       同六年中修復金
 一金八千〇九拾五円拾七銭九厘        同七年十一月迄修復金
 右金壱万弐千弐百三拾八円拾六銭八厘
合計金四万弐千弐百三拾八円拾六銭八厘
一金九千百九拾円六銭七厘五毛 蒸気天祥丸元代価
 但洋銀九千四百弗壱弗ニ付五拾八銭六分六厘替
 一金四拾五円                明治五年中修復金
 - 第3巻 p.72 -ページ画像 
 一金八千七百弐拾円六拾七銭         同六年中修復金
 一金四拾七円五拾銭             同七年中修復金
 右金八千八百拾三円拾七銭
合計金壱万八千三円弐拾三銭七厘五毛
一金壱万弐千円 蒸気錫懐丸元価
 一金百弐拾五円三拾七銭七厘         明治四年中修復金
 一金千四百五拾六円弐銭六厘         同五年中修復金
 一金五千百四拾壱円拾弐銭五厘        同七年十一月迄修復金
 右金六千七百弐拾弐円五拾弐銭八厘
合計金壱万八千七百弐拾弐円五拾弐銭八厘
一金八千円 蒸気成妙丸元代価
 一金九百弐拾弐円三拾弐銭五厘        明治五年中修復金
 一金壱万三千弐百八拾弐円七拾銭弐厘     同六年中修復金
 一金三千四百八拾七円七拾四銭八厘      同七年十一月迄修復金
 右金壱万七千六百九拾弐円七拾七銭五厘
合計金弐万五千六百九拾弐円七拾七銭五厘
一金三万弐千円 蒸気青竜丸元代価
 一金千百七円五拾八銭弐厘          明治五年中修復金
 一金壱万六千八百六拾八円七拾七銭九厘    同六年中修復金
 一金六百五拾六円壱銭九厘          同七年十一月迄修復金
 右金壱万八千六百三拾弐円三拾八銭
合計金五万六百三拾弐円三拾八銭
一金五万円 蒸気万里丸元代価
 一金九千五百弐拾四円六銭六厘        明治四年中修復金
 一金八千九百五拾壱円拾六銭弐厘       同五年中修復金
 一金三千五百九拾三円三拾二銭九厘      同六年中修復金
 一金八千四百八拾四円六拾八銭壱厘      同七年中修復金
 右金三万〇五百五拾三円弐拾三銭八厘
合計金八万〇五百五拾三円弐拾三銭八厘
一金壱万千七百三拾弐円 蒸気浪花丸元代価
 但洋銀壱万弐千弗壱弗ニ付五拾八銭六分六厘替
 一金八千八百六拾弐円六拾七銭壱厘      明治六年中修復金
 右
合計金弐万五百九拾四円六拾七銭壱厘
一金弐千六百三拾九円七拾銭 蒸気千秋丸元代価
 但洋銀弐千七百弗壱弗ニ付五拾八銭六分六厘替
一金三百五拾円      風帆速鳥丸元代価
一金七百円        風帆玄鳥丸元代価
一金壱万八千円      蒸気海運丸元代価
一金七千円        蒸気快鷹丸元代価
一金五千円        蒸気延年丸元代価
 - 第3巻 p.73 -ページ画像 
惣計金四拾万三千拾円拾六銭壱厘五毛
 内訳 金弐拾五万四千六百拾壱円七拾六銭七厘五毛 船元代金
    金拾四万八千三百九拾八円三拾九銭四厘 修復金
一洋銀拾三万弗 蒸気千里丸元代価
 一金壱万七百拾七円三拾八銭八厘     明治四年中修復金
 一金六千八百六円七拾八銭六厘      同五年中右同断
 一金六千六百九円拾銭弐厘        同六年中右同断
 一金壱万三千九百四拾八円九拾八銭弐厘  同七年中右同断
 右金三万八千八拾弐円弐拾五銭八厘
合計 洋銀拾三万弗
   金三万八千八拾弐円弐拾五銭八厘
一金六万五千円 蒸気黄竜丸元代価
 一金七千七百五拾八円四拾五銭弐厘    明治五年中修復金
 一金四千弐百四拾五円弐拾七銭三厘    同六年中右同断
 一金 明治七年一月より大修復金計算出来ふ可くに付過日書かえ事 同七年中右同断
 右金壱万弐千三円七拾六銭五厘《(マヽ)》
合計金七万七千三円七拾六銭五厘《(マヽ)》
一金七万円 蒸気有功丸元代価
 一金四千三百六円六拾壱銭五厘      明治四年中修復金
 一金千四百三円拾五銭三厘        同五年中右同断
 一金五千弐百三拾八円五拾九銭六厘    同六年中右同断
 一金七千八百七拾壱円八拾五銭七厘    同七年十一月迄右同断
 右金壱万八千八百弐拾円弐拾弐銭壱厘
合計金八万八千八百弐拾円弐拾弐銭壱厘
一金七万円 蒸気明光丸元代価
 一金八千八百四拾円八拾四銭       明治四年中修復金
 一金六千七百六拾六円五拾銭六厘     同五年中修復金
 一金壱万五千八百九拾五円拾七厘弐厘《(銭)》 同六年中修復金
 一金千九百三拾七円三拾壱銭三厘     同七年中修復金
 右金三万三千四百三拾九円八拾三銭壱厘
合計金拾万三千四百三拾九円八拾三銭壱厘
一金四万弐千円 蒸気大有丸元代価
 一金三拾六円六拾壱銭壱厘        明治五年中修復金
 一金弐千百三拾四円壱銭九厘       同六年中右同断
 一金七千百九拾六円四拾五銭四厘     同七年中右同断
 右金九千三百六拾七円〇八銭四厘
合計金五万千三百六拾七円八銭四厘
一金壱万五千円 風帆致遠丸元代価
 一金四千九百拾弐円拾七銭七厘
 一金八千八拾壱円七拾七銭五厘
 - 第3巻 p.74 -ページ画像 
 一金五百弐拾壱円九拾九銭七厘
 右金壱万三千五百拾五円九拾四銭九厘
合計金弐万八千五百拾五円九拾四銭九厘
一洋銀三千弗 風帆駿走丸元代価
 一金千四百六拾八円五拾銭弐厘      明治七年中修復金
 右
合計金 洋銀三千弗
    千四百六拾八円五拾銭弐厘
一金壱万弐千円 風帆立田丸元代価
 一金千三百六拾六円拾銭四厘       明治七年中修復金
 右
合計金壱万三千三百六拾六円拾銭四厘
一金壱万四千円 風帆竜応丸元代価
 一金七百三拾四円九拾弐銭        明治七年中修復金
 右
合計金壱万四千七百三拾四円九拾弐銭
惣計
 洋銀拾三万三千弗
 金四拾壱万四千七百九拾八円六拾三銭四厘
  内訳
   中洋銀拾三万三千弗
   金弐拾八万九千円 船元代価
   金拾弐万八千七百九拾八円六拾三銭四厘 修復金
  此外
    明治七年黄竜丸修復金相掛有候
惣合計
 洋銀拾三万三千弗
 金八拾壱万七千八百八円七拾九銭五厘五毛
   内
   洋銀拾三万三千弗
   金五拾四万三千六百拾壱円七拾六銭七厘五毛 船元代金
   金弐拾七万七千百九拾七円弐銭八厘 修復金


荘田平五郎 (宿利重一著) 第一九―二〇頁〔昭和七年七月〕(DK030011k-0037)
第3巻 p.74-75 ページ画像

荘田平五郎 (宿利重一著)第一九―二〇頁〔昭和七年七月〕
○上略 此之節廻漕モ大分見込宜敷候。只今大蔵省之ヒイキノ日本郵便会社ト我三ツ川商会ト双方必至之角力ナリ。郵便会社ハ元大蔵省之船ヲ十五六艘十五ケ年賦之割払ヲ以引受、大日本郵便蒸汽船会社ト政府之威勢ヲ借リ、勢甚暴猛之処、我三ツ川ハ極々内之規約厳重ニ堅メ、内外之人望ヲ取リ候ヲ目的ト致シ、川田等を指揮シ、昨年来頻ニ角立接戦之処、是之節大阪、東京之人望ハ不及申、元天下之人皆我三ツ川之強盛ヲ知リヒタト我商会依頼ナリ。是之節段々ト船を増加ヘ、三ツ川船当時八艘之蒸気アリ。追々ト尚モ増加之事ニ注意し、日々強大ニ赴クノ勢アリ、不日、郵便之廻漕社衝破致シ候ヘバ、天下只我レ廻漕全権ナリ。過日九十九之名号を廃し、三ツ川ト致候ヘ共、是ハ我不好、此度三菱商会ト相改候。○下略
 - 第3巻 p.75 -ページ画像 
  ○右ハ明治六年四月十九日岩崎弥太郎ヨリ在米岩崎弥之助ニ宛テタル書翰ノ一節ナリ。


大隈重信関係文書 第二・第四〇九頁 〔昭和八年八月〕 大隈重信書翰西郷従道宛 明治七年七月二十二日(DK030011k-0038)
第3巻 p.75 ページ画像

大隈重信関係文書 第二・第四〇九頁〔昭和八年八月〕
  大隈重信書翰西郷従道宛 明治七年七月二十二日
近日ノ形勢ニ付テハ船舶ノ用最第一ニ有之海運ノ道障碍有之候テハ百事相伸ビカネ候間、今般別紙ノ通リ相伺三大臣以下決判相成、幸此節良質ノ大汽船横浜在港ニ付、本日御雇英人ブロオン出張掛合中ニ有之候、右伺ノ通リ三艘 東京丸(米商船ニユーヨーク号)・金川丸(英商船マタラス号)・東海丸(英商船アカンザ号) 買収相成候ヘハ余程便利相助可申存候、此段為御心得申進候也
    七年七月廿ニ日
                    大隈蕃地事務局長官
     西郷事務都督殿
 追テ本件汽船買収相成候上ハ、明光丸有功丸猶竜丸トモ御用相解候筈ニ候間、為御心得申添候也


(前島密) 書翰 渋沢栄一宛(明治七年)八月二六日(DK030011k-0039)
第3巻 p.75 ページ画像

(前島密) 書翰 渋沢栄一宛(明治七年)八月二六日 (渋沢子爵家所蔵)
過日ハ御懇書被下忝拝読仕候、早速拝答可申上之処、公私取込罷在乍思疎闊恐縮仕候、蒸気船会社改革之儀ニ付而ハ厚御配慮被下候趣、尚可然御裁理、且将来之成立ヲも御教示被成度相願候、実は此儀ニ付野生之不行届歟会社ニ人無キカ為メカ或ハ時勢之然らしむる所歟、此度政府買上之船ハ他の会社へ御預相成候ナドニテ、了知致シ兼候事共有之候故、一日昇堂御明按ヲも奉伺度存罷在候
駅逓寮預金手数料之儀ニ付御申越之趣拝承仕候、右は既ニ本省江伺中ニ有之候間、近日相済可申と存候、然ルニ五拾万円弐千分一ニ而は壱ケ年僅ニ弐百五拾円と相成候、右ニ而御満足ニ有之候哉、過少之様ニも存候得共、先生之御按算ナレハ決して御如才もアル間敷と本省江其通り差出置候得共、若シ誤算も有之候ハヽ御申越被下度改正可仕候 今認メ中再思スレハ、誤算ニ无キコトヲ知ル 昨今は甚涼気相成候ニ付、少シ十日之菊之様ニ有之候得共、大坂江注文致し置候西瓜少々到着仕候ニ付、猶少しなから献上仕候、幸ニ暑日あらは被食上候様奉願候
老閣よりハ先日結構ナル御品沢山御贈被下難有拝受仕候、何レ拝芝之折御礼可申上候
    八月廿六日
                      前島密拝
  渋沢栄一様
   ○征台役ニ際シ国内船ノミニテハ到底軍用ヲ充スニ足ラザリシ為メ、政府ハ外国船ヲ購入スルコトヽナリ、合計百五十七万六千八百弗ヲ投ジテ汽船十三隻ヲ整ヘタリ。爰ニ於テ三菱商会ノ岩崎弥太郎ハ政府ニ建白書ヲ呈シ、其等船舶ノ受托ニ預リ軍用輸送ニ当ランコトヲ願出デタリ。仍テ大久保内務卿及ビ大隈大蔵卿ハ此請ヲ容レ、政府ハ購入船全部ヲ三菱商会ニ下附シタリ。前島駅逓頭ノ「此度政府買上之船ハ他の会社ヘ御預相成」ト記セルハ上述ノ事情ヲ指スモノナラン。
   ○前掲大隈重信書翰ハ右外国船買上ニ付、郵便蒸気船会社ノ軍用船三艘解役トナルヲ明ラカニス。
 - 第3巻 p.76 -ページ画像 

渋沢栄一 書翰 侯爵大隈重信宛(八年)三月六日(DK030011k-0040)
第3巻 p.76 ページ画像

渋沢栄一 書翰 侯爵大隈重信宛(八年)三月六日 (大隈侯爵家所蔵)
○上略
郵船会社御処分之処何れ前島より書面にて可申上候、併御決定之処ハ一応小生へも御示命之程奉祈候
○中略
    三月六日                渋沢栄一
   大隈大蔵卿閣下


(前島密) 書翰 渋沢栄一宛 ○(八年)三月六日(DK030011k-0041)
第3巻 p.76 ページ画像

(前島密) 書翰 渋沢栄一宛 (渋沢子爵家所蔵)
 ○(八年)三月六日
昨日は卑稿御添削之大斧ヲ被降、難有仕合、本日浄書之上明日頃伊達公江差出候心得ニ御坐候、尤集会之儀は如貴命老台御帰京之上と相心得可申候、右御礼耳 草々不具
    三月六日                前島密
                          再拝
  渋沢老台々下
汽船会社之儀は昨日漸竹内より見込之原按相示し候次第故甚延引罷成候然し精々相促し速ニ処分相成候様可仕候此段も亦御請迄 草々不一
   ○竹内綱ハ大蔵省六等出任。

(前島密) 書翰 渋沢栄一宛 ○(八年)三月一八日(DK030011k-0042)
第3巻 p.76 ページ画像

 ○(八年)三月一八日
益御清迪ニ而御勝顔相成候段奉慶賀候、陳は鉄道建築之儀は本日伊達老公之話しに廿七日浅草茅町徳川邸ニ而集会之積ニ付老台ニも御入被下候様致し度旨御坐候、然し資金募集ハ甚困難之容子相見候
汽船会社願請之条は大隈氏之見ニ拝借金ハ甚六ケ敷趣、愈政府之見込一定候上は買上と可相成哉ニ有之候、然し是亦其一定之期何れにあるやハ即今之景況ニ難相分事ニ御坐候、明日頃は郷氏江面会候筈ニ付、猶篤と子り合詳細報知可申上、先は御下書之報迄 草々頓首
    三月十八日               前島密拝
  渋沢老台閣下
 明後頃は参上寸時拝謁相願可申心得ニ御坐候

(前島密) 書翰 渋沢栄一宛 ○(八年)四月二一日(DK030011k-0043)
第3巻 p.76 ページ画像

 ○(八年)四月二一日
一昨日大隈卿御宅ニ而先生並竹内子を待上候処、御両所共御入無之ニ付、同卿及郷熊谷両氏と対話之次第は所詮三拾五万円ニ而者社中之者共之折合六ケ敷小生ニも而押是ニ而解散為致共難申、殊ニ同人等は竹内子之考按ニ反し、兎ニ角保続致し度見込之様子ニ付、先つ愚察するに此儀は不整之評議と被思候、然し愈不整と見込之暁は無拠社中之見積通り保存之一段ニ曲ても押附候外有之間敷、而して政府は其年賦等を責て愈保立之効を為立可申筈、然シ為替会社ニ而何様申出候哉、是は渋沢先生之御高按ヲ承知致さねは不相分、故ニ先生之御高按ヲ伺候上ニ而何事も取極可申と唯政府一部分之内談ヲ話し置候迄ニ有之候、右は昨日之尊書ニ少々行違候様ニ存し候間、一寸申上置候、何れ明日拝光之上縷々可申上候 草々頓首
    四月廿一日               前島密拝
  渋沢老台々下
 - 第3巻 p.77 -ページ画像 

(前島密) 書翰 渋沢栄一宛 ○(八年)五月一四日(DK030011k-0044)
第3巻 p.77 ページ画像

 ○(八年)五月一四日
小生儀明日大阪江出張之事ニ唯今取極候、就而は汽船会社処分之件ニ付明朝九時より十時迄之間ニ寸時拝光相願候間、御操合御在宅被下度相願上候也
    五月十四日
                        前島密拝
   渋沢君 梧下
 明朝銀行江可罷出候間、本文御在宅と認候得共在宅ヲ願候儀ニハ無之候


渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(八年)六月四日(DK030011k-0045)
第3巻 p.77 ページ画像

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(八年)六月四日 (大隈侯爵家所蔵)
昨夕御様子奉伺候処横須賀御越之由、弥小生ハ今朝発途仕候、暫時不奉拝晤候得共折角御自愛専一ニ奉祈候、偖一事申上候ハ此度郵便汽船会社御処分相成候にハ米四番之分も先方之内情ニよりて御買入相成大体之障碍を脱去候方向後之通船局御更張之御為と奉存候、就而米四番船之様子承り候に、随分内情困弊之様相聞候間、自然御買上之御見込ニ候ハヽ随而其御方法も御調御坐候様奉祈候、右ハ拾四番アルビンより被申聞候内情ニ付、追而御含にも可相成と不取敢申上候
華族鉄道之義ハ何卒御垂憐之上御評議被下度候、委細ハ伊藤卿へも申立置候、右出立之際申上度 勿々頓首
    六月四日                渋沢栄一
   大隈閣下


(熊谷武五郎) 書翰 渋沢栄一宛(八年)(DK030011k-0046)
第3巻 p.77 ページ画像

(熊谷武五郎) 書翰 渋沢栄一宛(八年) (渋沢子爵家所蔵)
昨夜ハ終ニ雑話甚タ失敬奉恐入候、併し是も親交中と御海寛御他言ハ堅く被下間敷奉存候
○中略
一郵便船一件此も御早く御結局、尤可然其内乗り倒しと申様之儀有之候テハ銀行之損失、則為替会社之障と相成可申カ、ナニセ是ハ前島氏本気ニ相成候半テハ不済次第、此辺ハ尤老閣御考御注意之イル処ト奉存候、今日之処ニテハ此運転ハトモカク只々眼前金サヘ差出し候ヘハ誰ニテも喰付候様ノ情況ニ相見ヘ申候、尚老婆心ナカラ一語申上候
右要事のみ御覧後丙丁 早々稽首
   十七日
                        熊谷
  渋沢老閣
   ○熊谷武五郎ハ当時大蔵大丞ニシテ記録頭ヲ兼任ス。


旧藩外国逋処分録[旧藩外国逋債処分録](明治前期 財政経済史料集成 第九巻〔明治九年五月〕)(DK030011k-0047)
第3巻 p.77-78 ページ画像

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〔参考〕無類保護 三菱会社内幕秘聞録 〔明治一五年一二月〕 ○第三―四頁(DK030011k-0048)
第3巻 p.78-79 ページ画像

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〔参考〕無類保護 三菱会社内幕秘聞録 〔明治一五年一二月〕 ○第七八―八〇頁(DK030011k-0049)
第3巻 p.79 ページ画像

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〔参考〕海事史料叢書 第二〇巻・解題第五頁 〔昭和六年七月〕(DK030011k-0050)
第3巻 p.79 ページ画像

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〔参考〕鴻爪痕 (前島弥発行) 追懐録・第三四―三五頁〔大正九年四月〕 三 塚原周造君談(DK030011k-0051)
第3巻 p.79-80 ページ画像

鴻爪痕 (前島弥発行) 追懐録・第三四―三五頁〔大正九年四月〕
  三   塚原周造君談
○上略 廃藩置県の結果、これ迄各大名が持つてゐた軍艦の古は政府が取上げる事となつて其船の引上げ方の役廻りを言ひつけられた。○中略船は集めたが政府にはどうすると云ふ見込もない、廻漕会社なるものが出来たけれども直に破産して仕舞つた。そこで前島男が見込を立つて郵便蒸汽船会社と云ふものを造る事にして高崎長右衛門、岩橋万造、山路勘助といふ人に海運の事をさせた、其他は船乗りで旧幕時代の古手を用ひて兎に角船を動かした。一体此船と云ふものは、晩年三菱で使はれて死んだグラバの世話で各藩が買入れたものであります。○中略 其グラバといふ男は、帆前船或は蒸汽船の古い腰抜になつたのを日本の各藩に売付けるのを商売にして居たので、各藩の船は皆グラバから買つたものであります。○中略 こんな来歴附きの船でありますから、それを引上げて見た所が三十艘ばかりありましたけれども役に立つ船はない。それを以て前島男が郵便蒸汽船会社を造つたが、どうも行きやう
 - 第3巻 p.80 -ページ画像 
がない。○中略 郵便蒸汽船会社は、一年半ばかり仕事をさせる間に恰度三十六七万円ばかり損失を起した。其時分としては中々大きい金でありましたから、政府が是を処分してやるより外に仕方がなくなつたのであります。結局政府が三十六七万円の損失を補つて解散させることとなつたのであります。
○下略


〔参考〕佐々木勇之助氏談話(DK030011k-0052)
第3巻 p.80 ページ画像

佐々木勇之助氏談話
                    於第一銀行
                    昭和一六年三月一三日
                    (筆記 高橋善十郎)
  郵便蒸気船会社と青淵先生との関係について
 先生は郵便蒸気船会社の事について御世話しましたが、社長その他役員にはなられなかつたと思ひます。
 為替会社の始末も第一国立銀行で引受け、処理せられたやうに覚えてゐます。為替会社の負債があつた郵便蒸気船会社をも第一国立銀行で引受けたものと思はれます。