デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.181-183(DK030060k) ページ画像

明治四年辛未六月二十日(1871年)

東京府平民に編入セラレンコトヲ弁官ニ願出デ允許セラル。


■資料

東京府平民籍編入願(DK030060k-0001)
第3巻 p.181-182 ページ画像

東京府平民籍編入願          (渋沢子爵家所蔵)
                   私義一作己巳年十一月五日
租税正拝 命以後、全戸引纏め当府下へ移住いたし奉職罷在候ニ付、此度一般戸籍編製之御法被 仰出候ニ付而は、御定則之通東京府下に入籍相成候様仕度、尤も静岡藩に於ては従来私随身之家禄も有之候処、追々方今之御時体を奉恐察候に、奉事之職務無之して徒らに食禄を拝受いたし候も実に恐懼之次第と奉存、既に当春同藩へ相伺、右家禄ハ奉還いたし居候義にも有之候間、何卒当府下に於て平民籍に編入被成下、向来自営之道相立候様仕度、此段其筋へ御沙汰相成候様奉願候也
  辛未六月廿日          大蔵権大丞 渋沢栄一
 - 第3巻 p.182 -ページ画像 
   弁官
    御中
              静岡藩士族
               大蔵権大丞 渋沢栄一
                 妻     ちよ
                 長女    うた
                 次女    こと
                 三女    いと
自明治二己巳年十月静岡藩開業方ヘ被雇入候ニ付同居厄介ノ当節民部省庶務小佑奉職罷在候 妻ノ実兄 尾高淳忠[尾高惇忠]
              湯島天神中坂下居住
               大蔵権大丞 渋沢栄一
              岩鼻県管轄
               武蔵国秩父郡大野村
自明治二己巳年十一月奉公ノ為メ寄留 百姓 大村昇
                同 国同郡同村
自同年同月奉公ノ為メ寄留      同  柴崎角次郎
              同  管轄
               武蔵国榛沢郡深谷宿
自明治三庚午年二月洋学修行ニ付寄留 医生 福岡健良
              半原藩管轄
               武蔵国榛沢郡下手計村
                  百姓市川安太郎三女
自明治三庚午年八月奉公ノ為メ寄留          こよ
               右傭主
                湯島天神中坂下
                 大蔵権大丞 渋沢栄一
(別紙)
               右之外
                     別当壱人
                     中間壱人
                     下女三人
                     乳母壱人
               〆男女六人は東京府下より雇入候ニ付名前相略申候也
(別紙)
                     尾高惇忠
巳年十月十六日
 静岡藩に於て開業方手附被申付
庚午四月十日於東京
 監督権少佑拝命
同七月十日
 監督少佑ニ転任
分省後
 庶務少佑と成
                      健良
庚午二月廿二日来
                      こよ
同八月三日来
   ○右ハ栄一自筆ナリ。
 - 第3巻 p.183 -ページ画像 


青淵先生伝初稿 第七章一・第六一頁〔大正八―一二年〕(DK030060k-0002)
第3巻 p.183 ページ画像

青淵先生伝初稿 第七章一・第六一頁〔大正八―一二年〕
四年四月戸籍法の制定あるや、六月上書して、籍を東京に移し且平民籍に編入せられんことを請ひて許さる、静岡藩士たりし先生は、これより東京府平民となれり。後ち静岡藩にては金二百両を先生に贈りて出仕中の功労に報いたり。
   ○明治四年一月二十一日ノ条ヲ参照スベシ。