デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.388-393(DK030117k) ページ画像

明治五年壬申六月七日(1872年)

是ヨリ先、本年三月以降開拓使ハ百拾万円ノ正金兌換証券ヲ増発センコトヲ正院ニ禀請セシガ、是日栄一大蔵大輔井上馨等ト共ニ之ニ反対シ、新紙幣ヲ貸下グベキ旨ヲ正院ニ答申ス。栄一等ノ意見採用セラレ、正院ハ証券製造ノ代リトシテ新紙幣百拾万円ヲ貸付スル旨ヲ達シ、八月二十二日栄一等ハ開拓次官黒田清隆ト新紙幣貸付ノ約定書ニ調印ス。


■資料

青淵先生伝初稿 第七章三・第七―一〇頁〔大正八―一二年〕(DK030117k-0001)
第3巻 p.388-389 ページ画像

青淵先生伝初稿 第七章三・第七―一〇頁〔大正八―一二年〕
開拓使は曩に正金兌換証券二百五十万円を発行したれども、種々の事情ありて経費尚足らず、明治五年春夏の交、更に百十万円の証券を発行せんことを正院に稟請せり。先生は紙幣頭として極力之に反対し、遂に省議を定め、「元来同使に於て最前証券発行の議は、一時融通の便宜を予謀候より施設致候事にて、既に御入用の額をも按算の上、大小券二百五十万円の高御許可相成、其兌換方法は、同使定額金の中より発行金額三分一の正金を準備に充候上は、其三分の二は既に逋債同様と相成候筋に候得ハ、仮令、交換等も懸念無之候とて、頓に其額を増し候事は難相成筈に有之、殊に右輸送其外にて毀損の券も多数可有之候付、其辺を見込右増額致度との義は、尤以て懸空《(マヽ)》の見解にて、紙幣発行の方法に於ても決して右様の処置可致理は無之候間、夫是推考候へども、右申請の件は先以御差許無之方可然と奉存候」との意見を正院に答申したるに、開拓使は尚固く前議を執り、懇請して已まず、此に
 - 第3巻 p.389 -ページ画像 
於て先生は井上等と議を重ねたる後正院へ、「既に申上候通、不良の徒右証券贋造を謀る者有之哉に相見へ候に付、右製造は御許可不相成、其代りとして右の金高、今般御発行の新紙幣を以て御下げ相成可然奉存候」と答申せしに、正院は先生等の意見を採用し、証券製造の代りとして、新紙幣百十万円を貸付する旨を開拓使に達したり。同年八月二十二日、大蔵省は開拓次官黒田清隆と新紙幣貸付の約定書に調印せしかば、新紙幣は予定以外百十万円の増発を見るに至れり。


明治財政史 第一二巻・第一〇六―一一三頁〔明治三八年二月〕(DK030117k-0002)
第3巻 p.389-393 ページ画像

明治財政史  第一二巻・第一〇六―一一三頁〔明治三八年二月〕
    第三項 開拓使経費補充ノ為ニスル発行
是ヨリ先キ開拓使ハ事業拡張ノ為メ兌換証券弐百五拾万円ノ発行ヲ太政官ニ申請シ、其許可ヲ得テ明治五年一月ヨリ之ヲ発行セシカ同年三月二十七日ニ至リ開拓次官黒田清隆ハ更ニ兌換証券百拾万円ヲ発行センコトヲ正院ニ稟請セリ、共稟請ニ曰ク
  当申年ヨリ弥々北海道開拓諸業大挙取懸リ可申、付テハ功費大凡一箇年参百万円ヲ見積リ、尤モ来酉年迄モ同様ノ儀ニ付、去未十一月中大蔵省ヘモ商議ノ上三井組ヘ条約相立、定額其外ノ内ヨリ新貨幣八拾参万参千参百参拾円ヲ準備ニ致シ、右ニ三倍弐百五拾万円ノ預リ手形拾円以下六種製造、引換方等ハ都テ三井組ニ委任為取扱申度旨奉伺候処、伺ノ通被仰付、即右方法大蔵省共決議三井組条約結定仕リ、製造取懸リ其後御届ノ上当春ヨリ発行シ、今月末ニハ最早全数製造竣功ノ手筈ニ御座候、付テハ北海道ノ儀元ヨリ漁蜑樵夫ノ窮民多ニテ大券融通ハ尤鮮少、但シ小券ニ至リテハ独リ其軽便ヲ悦フノミナラス人々之ヲ珍重シ、即今ノ形情競テ正金ヲ以テ券ニ易ヘ只其寡キヲ怨ムニ至レリ、元来右手形引換期限モ十年ノ後ニ有之、且内外運輸ノ際及ヒ島中東西転致、迚モ舸船ナラテハ弁シ不申ノ地ニ候得ハ自然水火ノ禍ニ罹リ、消尽ノ高必ス見込ヨリハ嵩候事ニ奉予察候、旁々以テ今度前製造券ノ四割高ヲ見込、猶又五拾銭以下ノ小券百万円程引続キ増製、前例ノ通右百万円ノ三分一即参拾参万参千参百参拾円新紙幣ヲ以テ準備仕置申度、然ルトキハ上下便益ヲ得テ開拓功業モ一層ノ力ヲ用フルヲ得甚御都合宜敷事ト奉存候、小券ノ儀ハ前陳仕候通ノ情態ニ候得ハ期限内下民ヨリ引換願出候様ノ儀断然無之、尤引換方法ハ定額内及追々開墾成功ノ模様ニ随ヒ租税ノ高モ増シ可申候得ハ如何様共繰合仕、期年ニ及ヒ政府ノ御煩累ヲ生シ候様ノ儀決シテ不仕候間御詮議ノ上御許容被成下度、御沙汰次第大蔵省トモ猶又談判仕三井組条約等去冬ノ例ニ照準シ確定可仕候、依之此段至急相伺候也
正院ハ之ヲ大蔵省ニ下シ其意見ヲ諮訽セシニ同省ハ同年四月五日左ノ如ク答申セリ
  開拓使ヨリ小券百万円増製ノ儀ニ付、黒田次官陳弁ノ書類共御下ケ相成見込可申出旨御下問ノ趣恭承篤ト勘考仕候処、右小券北地一般流通ノ便益相成、即今ハ人民ノ信ヲ得、決シテ正金引換等ノ懸念モ無之トノ情状ハ次官申立ノ通ニ可有之候得共、元来同使ニ
 - 第3巻 p.390 -ページ画像 
於テ最前証券発行ノ儀ハ一時融通ノ便益ヲ予謀候ヨリ施設致候事ニテ、既ニ御入用ノ額ヲモ按算ノ上大小券弐百五拾万円ノ高御許可相成、其兌換方法ハ同使定額金ノ内ヨリ発行金額三分一ノ正金ヲ準備ニ充テ候上ハ、其三分二ハ既ニ逋債同様ト相成候筋ニ候ヘハ仮令交換等モ懸念無之候トテ頓ニ其額ヲ増シ候事ハ難相成筈ニ有之、殊ニ右輸送其外ニテ毀損ノ券モ多数可有之候ニ付、其辺ヲ見込右増額致度トノ儀ハ尤以テ懸空之見解ニテ紙幣発行ノ方法ニ於テモ決シテ右様ノ処置可致理ハ無之候間、夫是推考候ヘトモ右申請ノ件ハ先以御差許無之方可然奉存候此段御答申上候也
右ノ答申ニ依リ正院ハ開拓使ノ稟請ヲ拒絶セシニ、同使ハ更ニ同年五月二十七日ヲ以テ左ノ稟請書ヲ提出シ、切ニ之カ許可ヲ請ヘリ
  北海道開拓諸業当申年ヨリ大挙取懸リ、其功費本年大凡参百万円ノ積ニテ定額年割渡ノ外、大蔵省ヨリ百四拾五万円借入、請込其他高三分一ノ準備金ヲ存シテ十箇年限ノ証券弐百五拾万円、此内五拾万円ハ引換座三井組ヘ渡シ候残リ当使ニ於テ発行融通御許可ニモ相成、尚明酉年ノ施設入費モ多数ノ予算ニ候得共、自ラ下手緩急ノ順序モ有之候故、其功費ノ内本年百拾八万円ハ人民融通ノ為貸出置候、然ル処当三月中東京丸沈没、若干ノ物品ヲ失亡シ且過日彼地ヘ出張仕候処現業ノ手順ニ於テ至急ニ不能不著手ノ廉モ多々出来、去迚一旦貸出候金突然引上候様ニテハ信義ヲ失シ、大ニ人気ニモ関係可仕、因テハ貸付高百拾八万円ノ内五分一ハ三箇年限、余ハ五箇年目ニテ皆納為致右ヲ引当ノ楯トシ証券百拾万円更ニ製造発行候様被仰付度、尤右貸付金返納ノ節、高三分二ハ当使発行ノ証券ニ限リ、余一分ハ外一般ノ金楮幣ニテ可相納旨申達置、其納還ノ高ニ別口ヨリ足シ合ヒ、則右発行高百拾万円ノ五分一ハ三箇年限其余ハ五箇年目ニ全数焼捨可申、最前御許可高ノ証券トハ全ク異ニシテ、貸付金代リ融通ノ姿ニテ五箇年ノ間発行引揚方ニ至リテハ貸付金其儘引当ニ相成居候ニ付、聊カ御掛念ノ儀無御座、元来最前御許可ノ証券発行後北地一般流通ノ便ハ勿論人民ノ信仰ヲ得、其軽便ヲ喜テ之ヲ珍重シ、即今ノ形情正金ヲ齎テ券ニ換ヘ、其小券ニ於テハ流布ノ寡キヲ恨ニ至レリ、然ル処前段貸付金三分二厘ハ是非当使ノ証券ヲ以テ返納候様申達置候ヘハ、愈々以テ其証券ノ権位ヲ増シ、無論人民ノ手ヨリ好テ証券ヲ他ノ貨幣ニ引換候儀願出候様ノ事ハ断然無之、殊ニ右百拾万円ハ聊モ大蔵省ノ御煩累ニ関セスシテ五箇年ノ融通、随テ開拓ノ事業夫レ丈ニ相暢ヒ、傍ラ貸付金ハ人民ノ手ニ融通ノ益ヲ被ラシメ、又至当ノ利子ヲ生シ、上下ノ間共ニ其便益ヲ占メ、東京丸沈没ノ失貨ヲモ相補ヒ、且現地上今明年ノ経営方法手順通リ夫々行届可申候条、証券百拾万円壱円以下ノ小札ニテ製造、前記ノ年限発行ノ儀御允許被成下度尤先般証券増製云々奉伺置候得共此度北海道出張ノ上各地巡検仕候処尚一層現地ノ情実モ有之候ニ付此段更ニ方法相立奉伺候也
是亦正院ハ大蔵省ニ諮問セシニ同省ハ同年六月七日左ノ如ク答申セリ
  別紙北海道開拓使伺書ノ趣熟考仕候処、兼テ同使ヘ御許可ノ証券
 - 第3巻 p.391 -ページ画像 
高ノ内、本年百拾八万円人民融通ノ為メ貸出有之候、折柄東京丸不慮ノ沈没ニテ若干ノ物品失亡セシメ、且黒田開拓次官北地巡検現業手順ノ緩急等、実際研究ノ上申立候趣事実不得已次第ニテ、右貸付候百拾八万円ヲ資本ト致候儀故、全ク増造ノ儀ニハ無之候間旁々伺ノ通リ百拾万円証券製造御許可相成御不都合ノ儀モ有之間敷、然ルニ此程既ニ申上候通不良ノ徒右証券贋造ヲ謀ルモノ有之哉ニ相見候ニ付、右製造ハ御許可不相成、其代リトシテ右ノ金高今般御発行ノ新紙幣ヲ以テ、御下ケ相成可然奉存候、尤同使ニ右ノ通御達相成候ニ付テハ、右金高返納方及貸付高取立断截等ノ儀ニ付テハ、当省ト同使ノ際ニ確乎タル約定取結置候テハ難相成候間、其旨同使ヘ御達相成候様致度、依テ同使ヘノ御達案(略)相添此段申上候
正院ハ右大蔵省ノ意見ヲ採用シ、証券製造ノ代リトシテ新紙幣百拾万円ヲ貸付スル旨ヲ開拓使ニ令達セリ、是レ新紙幣カ当初発行ノ目的外ニ使用セラレタル濫觴トス、又大蔵省ノ答申ニ於テ前後全ク其趣ヲ異ニシ、即チ始ニ於テハ全然開拓使ノ見解ヲ排斥シタルニ拘ハラス、其後ニ於テハ開拓使ノ稟請ヲ事実不得已モノナリトシ、又其増製ヲ増製ニアラストシ、唯其贋造ノ恐アルカ為メ証券増発ノ代リニ新紙幣ヲ貸付スルノ意見ヲ答申シタルカ如キ、前後撞著ノ甚シキモノト謂ハサルヘカラス、蓋シ是レ当時ニ在リテハ事情万不得已モノアリシニ依ルナルヘシ
而シテ右新紙幣ノ銷却方ニ付テハ、同年八月二十二日省使両長官ノ間ニ締結シタル条款ニ従ヒ、之ヲ履行スルコトヽセリ其条款左ノ如シ
    大蔵省開拓使約定書
 今度開拓使ヘ新紙幣百拾万円貸渡ノ儀ニ付、大蔵省開拓使ト取結ヒタル約定件々左ノ如シ
第一条 昨辛未年開拓使ニ於テ北海道開墾ノ経費等ヲ予算シ、十箇年流通ノ正金兌換証券発行ノ際、施設方法ノ緩急ヲ忖度シ、其券壱百拾八万円ヲ下民ヘ貸付セシ処至急不下手ヲ得サルノ事故到来ニ付、今度政府ノ決議ヲ以テ新紙幣拾円以下ノ名称ノ者壱百拾万円ヲ貸渡シタリ、即其各札ノ割合ハ左ノ如シ
 五円札   弐拾万円
 壱円札   四拾万円
 半円札   参拾万円
 弐拾銭札  拾万円
 拾銭札   拾万円
第二条 右高ノ新紙幣ハ昨年同使発行貸付証券壱百拾八万円ノ代トシテ貸付タルモノナレハ、辛未年ヨリ十箇年目金貨或ハ新紙幣ヲ以テ大蔵省ヘ上納スヘシ、故ニ大蔵省ニテハ同使ヘ渡スヘキ十箇年目ノ定額金ヲ右上納抵当ニ充テ、其返納相済サレハ渡方ヲ押ヘテ差引ヲ付クルトモ、開拓使ニ於テ少モ異論ヲ生セサルヘシ
第三条 第一条壱百拾万円ノ高ハ、開拓使ニ於テ下民ニ貸渡タル壱百拾八万円ノ代トシテ貸渡スモノナレハ、右高ハ決シテ同使ニ於テ再度下民ヘ貸付スル等ノ事アルヘカラス、若右等ノ事アル時
 - 第3巻 p.392 -ページ画像 
ハ、直ニ大蔵省ニ於テ其抵償トシテ同使ヘ渡スヘキ定額金ノ内ヨリ相当ノ高ヲ押ヘ差引ヲ付クヘキナリ
第四条 開拓使ニ於テハ既ニ下民ヘ貸付タル証券壱百拾八万円ノ代トシテ、前条高ノ新紙幣ヲ発行スル以上ハ辛未年ヨリ三箇年限リ来癸酉年中ニ其貸付タル証券高ノ三分ノ一ヲ取立、他ノ三分ノ二ハ五箇年限リ乙亥年中ニ、取立ツヘシ
第五条 前条貸付高ヲ三箇年目ト五箇年目ニ取立タル時、其中ヨリ今度貸渡タル金額相当ノ証券ヲ、大蔵省開拓使ノ各長官立合十分ノ満足ヲ得タル上ニテ規則通リノ手続ヲ以テ断截ノ上焼捨ニ付シ以テ再度流通ノ途ヲ断ツヘシ
  但開拓使ニ於テ大蔵省ヘ可差出、貨品ハ貸付金取立ノ内、可成丈ケ同使発行ノ証券ヲ以テスルト雖モ、其期限ニ臨ミ不足スル分ハ大蔵省発行証券並新紙幣ヲ以テスヘシ、右貨幣ヲ以テスルトキハ大蔵省ニ於テ相当ノ証券ト交換シ、本条ノ手続ヲ以テ断截焼捨ニ付スヘシ、斯ノ如ク順序ヲ以テ開拓使ヨリ皆済ニ及フトモ大蔵省ニテ一時証券取纏メ、兼テ断截ノ期遅々スト雖モ、同使ニ於テハ右貨幣ヲ相備フル以上ハ開拓使発行ノ証券引換残券世上ヘ流通スルノ内拾万円ヲ除クノ外ハ、大蔵省開拓使ニ代リ期年ヲ追テ引揚クヘシ
第六条 開拓使発行証券総高弐百五拾万円ノ内百拾万円ハ前条断截ノ廉ヘ充テ、追々引揚ケ且五拾銭以下百参拾万円ハ大蔵省ヨリ新紙幣ヲ以テ引換置、十箇年後開拓使ヨリ新貨幣ヲ以テ返納ノ約定ナル故、全ク拾万円ハ十箇年ノ後開拓使ニ於テ引揚ケ大蔵省ヘ断截ヲ乞フヘシ
第七条 右貸付方壱百拾八万円ヲ三箇年乃至五箇年目ニ取立断截焼捨ニ付ス時ハ、開拓使ハ其都度々々右証券ニ附属スル三分一ノ準備金ヲ三井組ヨリ取戻シテ同使ノ用ニ供給スル事勝手タルヘシ、若シ開拓使三箇年目ト五箇年目トニ於テ貸付高取立ヲ怠リタルトキハ、大蔵省ヨリ其定額金ヲ押フヘケレハ同使此場合ニ至ルモ毫モ異論ナカルヘシ
第八条 此紙幣ハ昨年開拓使ヨリ発行セル所ノ証券トハ其類ヲ異ニスルモノナレハ、其製造押印或ハ発行等ノ手続ヲ致ス等ノ経費ハ、悉皆之ヲ大蔵省ヨリ弁給スレハ同使ヨリハ少モ払ハサルヘシ、亦発行高三分ノ一ノ準備金ヲモ備フヘカラス、同使ノ印章ヲモ加押スヘカラサルナリ
第九条 右ノ条々ハ即今ノ事情ニ随テ取極メタル者ナレハ、若シ従来ノ有様ニ由リ改正ヲ要スルコトアルトキハ、大蔵省開拓使ノ各長官立合協議互ニ十分ノ満足ヲ得タル上ニテ改正スルコトモアルヘシ
 右保証ノ為メ大蔵省開拓使各長官立会ノ上眼前ニ於テ其名ヲ記シ且調印スル者也
   壬申八月二十二日    大蔵大輔 井上馨
               開拓次官 黒田清隆
               従五位  上野景範
 - 第3巻 p.393 -ページ画像 
               従五位  渋沢栄一
右ノ条款ニ依レハ開拓使ハ明治四年ヨリ同六年ニ至ル三年間ヲ限リ、其人民ヘ貸付タル証券百拾八万円ノ三分一ヲ引揚ケ、他ノ三分ノ二ハ五年以内、即チ明治八年中ニ悉皆之ヲ引揚ケ、其内ヨリ新紙幣ノ貸付高ニ相当スル員額ヲ取テ断截焼棄ニ付シ、以テ之ヲ銷却スルノ方法ナリ、右開拓使ハ之ニ拠リテ、明治六年十二月迄ニ参拾六万六千六百四拾円ヲ返納セシメ、同八年十二月ハ既ニ証券交換済ノ後ナリシニ依リ新紙幣ヲ以テ六拾万参千参百六拾円ヲ返納シ、残額拾参万円ハ同九年三月ニ至リ之ヲ返納シ、全ク其銷却ヲ結了セリ、故ニ開拓使経費ノ補充トシテ発行セシ百拾万円ノ新紙幣ハ、之ヲ単ニ新紙幣トシテ見ルトキハ、永ク流通シタリト雖モ之ヲ開拓使兌換証券ノ代表物トシテ見ルトキハ、明治四年ノ初ヨリ漸次其流通高ヲ減少シ、同九年ノ初ニ至リ遂ニ皆無ニ帰シタルノ実アリト謂フコトヲ得ヘシ