デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.510-514(DK030128k) ページ画像

明治五年壬申八月十三日(1872年)

太政官、大蔵省及開拓使正金兌換証券ノ内一円・五円・十円等裏面糊附ノ小印紙ヘ更ニ何円ノ名称ヲ加印セシメ、古金銀預証券ヘモ同様加印セシムルコト、並ニ五十銭・二十銭・十銭ノ小券ハ追々新紙幣ヲ以テ交換ス可キコト、ヲ布告ス。栄一大蔵大輔井上馨等ト共ニ之ニ与ル。


■資料

青淵先生伝初稿 第七章三・第一―六頁〔大正八―一二年〕(DK030128k-0001)
第3巻 p.510-511 ページ画像

青淵先生伝初稿 第七章三・第一―六頁〔大正八―一二年〕
大蔵省兌換証券は、原来新貨幣若しくは二分金を以て交換せらるべきものなりしに、財政不如意の結果、一旦回収せる証券をも再び発行するの有様なりしが、明治五年六月金庫準備金制度の定めらるゝや、同規則の第三条に、「此準備金は証券 三井組に取扱はせて発行せる大蔵省兌換証券六百八十万円を云ふ の兌換を負担すべきに付、人民の望に従ひ、庫中より出して証券の引換を為すべし、但し租税其外の公納に収入する証券は其儘常用に繰込み、別に引換を要せざるべし」とあるにより、準備金を以て永く此証券の引換を負担せしめ、所謂新貨鋳造の高に応じて漸次回収するの方法を廃せしかば、爾来証券の回収は新貨幣の鋳造と何等の関係もなきものとなれり。 準備金の事は下文参照 加ふるに此証券は開拓使兌換証券と共に其製造精緻ならず、且つ両証券の裏面に貼附したる印紙は、証券の各種を通じて形色を同じくせるが故に、小位証券の印紙を剥取して大位の贋札に移貼し以て偽用を謀る者あるに至れり。此に於て先生は井上等と相謀りて、五円以下の証券に各其数位を表はせる小印を加押し、其弊を防ぐに決したれども、尚安んぜず、更に新紙幣を以て之と交換するの策を按じたり。同年七月十三日大蔵省より正院への伺に、大蔵省及び開拓使にて発行せる兌換証券の印紙を剥取りて偽券に使用する者あり、之が予防の為に五円以下の小券には検印を加ふることゝなし、既に裁可を得たれども、なほ熟慮するに大位の証券は概ね富家に集まること故、兌換を請ふ者多かるべし、されど五十銭以下に至りては専ら賤民傭夫の手に渡り、流通転廻して貯蓄する者少ければ仮令検印を加へんとするも到底行はれざるや明なり。然るに独逸国に注文せる新紙幣一億万円の中、五千万円は既に到著し、他の五千万円も亦程なく到著せんとす、新紙幣は官省札及び藩札と交換すべきものなるが、其総額八千五百万円を控除するも尚千五百万円の残額あり、故に此千五百万円の中にて五十銭以下の兌換証券に交換せば益々政府の為に便利なるべし」と。政府之を許し、八月十三日に至り、「大蔵省及び開拓使正金兌換証券の中、十円・五円・一円等裏面糊附の小印紙へ別紙雛形の通り更に何円の名称を加印せしめ、並に大阪造幣寮発行の古金銀預証券へも同様加印せしむべければ、疑念なく通用すべし、且つ五十銭・二十銭・十銭の小券は追々御都合により春来発行の新紙幣を以て交換すべく、其場所・日限等は追て達すべき事」と布達したり、これ実に両種の兌換証券を不換紙幣に変ぜしむるの発端なり。而して先生が大蔵省
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を去れる後数年、明治八年一月に至り、太政官布告第三号を以て両証券及び官省札の通用期限を定め、且つ悉く皆新紙幣と交換する旨を公示するに及び、此に始めて新紙幣は官省札と非に公然たる不換紙幣となり、政府は之が為に九百余万円の新紙幣を発行するに至れるが、其遠因は玆に存せるなり。


明治貨政考要 中編 第六五―七〇頁(明治前期 財政経済史料集成 第一三巻・第一九二―一九四頁〔昭和九年七月〕)(DK030128k-0002)
第3巻 p.511-514 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

法令全書 明治五年・第一七三頁 太政官 第二百二十三号 八月十三日(布)(DK030128k-0003)
第3巻 p.514 ページ画像

法令全書  明治五年・第一七三頁
太政官 第二百二十三号 八月十三日 (布)
昨年来発行ノ為換座三井組ト記載有之大蔵省及開拓使正金兌換証券ノ内、一円五円十円等裏面糊附ノ小印紙ヘ別紙雛形ノ通更ニ何円ノ名称ヲ加印セシメ、並ニ大阪造幣寮発行ノ古金銀預証券ヘモ同様加印セシメ候条聊無疑念通用可致、且五十銭二十銭十銭ノ小券ハ追々御都合ニヨリ春来発行ノ新紙幣ヲ以交換可相成ニ付、其場所日限等ハ追テ可相達事
(別紙雛形) 十円 五円 壱円