デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.543(DK030135k) ページ画像

明治五年壬申十月十六日(1872年)

長男篤二生ル。


■資料

青淵先生子孫一覧(DK030135k-0001)
第3巻 p.543 ページ画像

青淵先生子孫一覧
     長男
 渋沢栄一―篤二
  母ハ前配尾高氏、明治五年十月十六日生、昭和七年十月六日逝、実ハ二男ナリ、妻ハ橋本実梁庶子敦子


はゝその落葉 (穂積歌子著) 巻の一・第十九丁 〔明治三三年〕(DK030135k-0002)
第3巻 p.543 ページ画像

はゝその落葉 (穂積歌子著) 巻の一・第十九丁 〔明治三三年〕
よろこびとかなしミとハかたみがはりにめぐり来て。あざなへる縄の如しとかや世のことわざハ偽ならで。ことし冬の始十月十六日母君にハ又御子あげさせ給ひぬ。こたびは年頃の御望の如く。いとたくましき男児なりけれバ。大人の御よろこび一方ならず。常に口馴らし給へる。言忠信行篤敬雖蛮貊之国行矣。と云へる古語の一字を取り篤二と名づけ給ひけり。此折わらはより祖母君が御許に此事つげまひらせけるに。このめでたき便りを歌子が筆の跡に見る事のうれしさよ。とていといとをさなき書きぶりをも。こよなうめでよろこばせ給ひけりとぞ。いかにうれしくおぼし給ひけん。やがて東京に出でおハしまして稚児かきいだかせ給ひ。あはれせめて今一とせ御齢の長からましかば。わこが愛らしきこのさまを見給ふべかりしものをとて。御よろこびに付けても祖父君が上云ひ出で給ひて。御袖をしぼらせ給ひけり。