デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
4款 国立銀行及ビ普通銀行 3. 第五十九国立銀行
■綱文

第5巻 p.269-283(DK050062k) ページ画像

明治10年5月2日(1877年)

青森地方ノ富商資本ヲ合併シテ同地ニ第一国立銀行支店開設ヲ請フ。是日栄一書ヲ青森県官渡辺和威ニ致シテ指示スル所アリ。以後数次ニ亘ツテ懇切ニ銀行創設ニ付キ指導シ、明治十二年一月二十日ヲ以テ弘前第五十九国立銀行開業ス。


■資料

渋沢氏之教書 旧第五十九銀行(DK050062k-0001)
第5巻 p.269-282 ページ画像

渋沢氏之教書 (青森銀行所蔵)   旧第五十九銀行
    目次

 十年五月二日付   県官渡辺和威氏ニ与ヘタルモノ
 十年七月廿七日付  県官二橋元長氏ニ与ヘタルモノ、創立方法大意
 十年七月廿六日付  大道寺松野ノ両発起人ヘ与ヘタルモノ、右同文
 十一年三月十四日付 創立ニ付開業前心得書並金禄公債証書抽籤ニ相当スル価格割合表
 十一年七月廿二日付 公債証書近日下附及創立証書定款等調制注意ヲ促シタル書面
 十一年八月廿五日付 起業公債及盟約外数件
 十一年八月廿七日付 上州前橋ノ銀行ニテ不馴ノ為メ無益ノ手数ヲ致シタルニ付当行ニテモ右様ニセサル旨及創立証書定款ニハ地方官ノ真印ヲ要スルコト等ノ注意ヲ促シタル書面
 十一年九月十九日付 紙幣抵当ノ公債ノ内半額ハ県庁ノ預リ証重役ノ誓詞等其他ノ注意
 十一年十月二日付  渋沢氏仙台ヘ出張留守跡着京セラルヽモ無差支夫々申付置キタルトノ事
           禄券ヲ以テ創立スル前橋館林ノ銀行ノ如キ政府ニテ買上タル直段ト同一ニスヘシト云々謬説ヲ説破スヘキ為メ論文ヲ添ヘタル慇懃ノ書面

 - 第5巻 p.270 -ページ画像 
  (欄外)
  渋沢氏ヨリノ回答
頃日ハ再三御枉駕被下忝奉存候、来嘱御県下青森ヘ当銀行出店之義ハ本日拝晤之節委詳申上候間御了解被下候事とハ奉存候得共、尚御本県御通知之御都合も可為在ニ付爰ニ拝答之要旨を書載仕候間宜敷御執達可被下候、来嘱之概要ハ此度御県下富有之商估協力之上金拾五万円を募集し、右を以第一国立銀行ニ併資すヘきニ付、銀行ハ其株高を増加し、而して青森へ出店を開き、前書株主ニ相成候人々をも使用して、地方之商況を引立、融通便利物産増殖を可相勤云々
右之来請ハ御尤之事ニ候得共、青森地方之者併資ニより既定之株高を増加すると申事ハ、或ハ出来兼可申、殊ニ増株之事は官者へも相相、株主一同も集会協議を要するものニて其手数も可究事義ニ有之、且一地方ニ併資之望人有之候よリ増株ニ及ふと云ふハ理論ニも妥当を得さる事ニ有之候、将又其併資之為メ其地方へ出店を開き候も其出店後之営業ニ於て相応之目途無之上ハ不已得事ニ御座候、而して其併資之上株主と相成り候方々を出店ニ於て使用候等之義ハ今日御約束ハ仕兼候事と奉存候
右之条理ニ付到底来請之通ニ御請ハ申上兼候得共、折角御県下商估ニ於テ集金之見込も相立、且御県ニ於て地方御保護之厚志より御下問も被下候事と奉存候ニ付、左之廉々之通相成候ハヽ或ハ被行可申と存候間、其概要を条記し此拝答ニ宛申候
 一御県下ニて集金之分ハ第一国立銀行増株を望ます只同行株所有之者より御買取被下候ハヽ可然と存候、但、其株之価格ハ壱株ニ付百〇六七円ニ御座候(是ハ当行利益配当ハ年一割四五分ニも相成其上是迄積立金も有之候ニ付、株之直段相進候義ニ候)
一右之都合ニて御県下より多数之株主も出来候ハヽ銀行ハ青森県下ヘ出店を開き可申、尤も其出店之目的ハ米穀荷為替並ニ通常為替貸金等之事務取扱之見込ニ候事
一右出店候《(ニカ)》とて地方之株主ハ果して其出店ニ勤仕候様御取究申候事ハ出来兼候、詰リ役員使用ハ銀行之規則ニより可申、尤も株主たる地方之商人とハ当座貸借勘定又ハ預リ金又ハ為替等便宜之方法ハ相開き可申事
一右之見込ニて出店ハ設立可仕候得共、新規開店之事ニ付、営業ハ寥々たるものと被存、経費収入或ハ相償兼可申歟、故ニ可相成ハ御県出納御用之幾分を此出店ヘ御命被下度候事
   但此出納御用ハ即今三井銀行相勤居候ニ付、敢て之を廃し此出店ヘ御命被下度と申ニハ無之、只出店之際事務実ニ着手之方向も不相立哉と存候間、可成ハ官之御用相願幾分カ常業を得申度奉存候義ニ候事
右之都合ニ相成候ハヽ或ハ御相談行届可申歟、併此拝答とても今日小生壱人ニて御確答申上候訳ニハ参リ兼候間、弥前書廉々之通りニても御望之事ニ候ハヽ其来諭ニ応し尚御協議可仕候、乍去右等之順序相践候よりハ、夫程之集金も出来候ハヽ地方ニ於て一銀行創立候様御世話被成候而ハ如何哉、然時ハ東京其他取引先ハ当方ニ於て充分御世話い
 - 第5巻 p.271 -ページ画像 
たし為替等之御約束もいたし、不及なから営業差支無之様御助力可仕候、右ハ来請外之事ニ候得共併而申上候
 但、もし地方ニ於て新創之運ニも相成候ハヽ其順序及向来取引之都合ハ重立候方々へ飽迄御面話可及ニ付御差出可被下候
右拝答迄如此御座候、何卒令公へも御通し被下何れとも尚御模様次第御垂示可被下候 頓首
  十年五月二日          第一国立銀行頭取
                   渋沢栄一(印)
   青森県
      渡辺和威様

 ア印(欄外)
拝啓、昨日ハ御枉駕之処失敬之至ニ候、今朝も御過訪被下候由、且明日之邦船ニて御帰県之御都合ニて永田甚七へ御申聞之趣敬承仕候、就而ハ大道寺君外御壱名ハ暫時御滞在ニ付百事両君へ可申上との御事是又欽承仕候、併昨日申上候概要開陳候義ハ明日御携帯之方却而御都合かと奉察候間、匆卒之執筆なれとも別紙相認候間進呈仕候、不文其意を了し兼候辺ハ宜御推読可被下候、但、大意ハ昨日拝晤之要旨ニ異リ不申積ニ御座候
大道寺君へも此書面ハ跡ニてさし上可申且当銀行之体載及他ニ御参考之書類ハ夫々御披露之心得ニ付夫是相済候ハヽ両氏とても一ト先御帰県ニて更ニ御集議決定之都合を為し弥以取究候ハヽ其約束書(一同連名之誓約書様之もの)ニても御持参ニて御依頼被下候ハヽ別紙廉書ニ認入候役員さし出方ハ応命之積ニ御座候、宜御措置可被下候
山田令公ヘハ別ニ書状に差立候宜御霍声奉頼候、辰下炎熱折角御自愛専一ニ被成候様奉願候
 右申上度匆々頓首
  七月廿七日             渋沢栄一(印)
    二橋元長様
         梧右
  青森県下銀行創立方法大意(栄一筆)(第一国立銀行用紙)
青森県下士族相連合シテ其下付セラルヘキ禄券ヲ輯集シ、之ヲシテ東京第一国立銀行ニ合本シ、以テ其家産ヲ固確ナラシメント欲スルノ考案ハ頗ル妥当ノ見解ニシテ、愚ハ甚タ其企望ヲ称賛ス、何トナレハ今士族諸君ノ其家資ヲ立ルハ之レヲ禄券ニ因ラサルヲ得ス、而シテ其禄券ヲ維持スルハ銀行ノ業ニ如クモノナシ、且其独立起業ヲ謀ラスシテ既ニ成立スルモノニ附和スルモ、生熟地ヲ殊ニスルヲ以テ得失ノ大ニ異ナルアルヲ察知シタルナリ
然リ而シテ愚ハ之ヲ称賛シテ之レニ同スル能ハサルハ第一国立銀行ノ此請求ヲ肯首ス可ラサル理由ヲ有スルヲ以テナリ、今試ニ其要ヲ略叙セハ、第一国立銀行ハ其資本ヲ以テ既ニ四年ノ営業ヲ為スニ未タ其資本額ノ不足ヲ覚エス、而シテ其実験ト練磨トニヨリテ聊カ稠衆ノ信任ヲ徴スルハ決テ資本ノ多キニ由ラスシテ勉力ノ篤キニ帰ス、然則今日敢テ欲望セサルノ資本額ヲ増シテ既ニ成ルノ実利ヲ分ツハ銀行株主等
 - 第5巻 p.272 -ページ画像 
ノ之ヲ肯首セサル所ナラン
故ニ其輯集スル禄券ヲ以テ第一国立銀行ニ合本シ、其増株ヲ為サシムルハ前ノ理由ヲ以テ之レヲ強ユヘカラサレハ、或ハ其禄券ヲ第一銀行ニ売却シテ得ル所ノ金ヲ以テ其株式ヲ買取スルモ亦以テ第一銀行株主タルヲ得ベシ、然リト云トモ禄券売買ノコトハ今日政府ノ許可セサル所タレハ、之ヲ銀行ヘ売却スルモ或ハ其允許ヲ得カタカラン、而シテ其禄券ト株式トノ売買受授ニ於ルモ其価格ヲ定ムルニ当リテ多少難地ナシト云フ可ラス
是ニ於テ愚ハ暫ラク前ノ二項ヲ閣キ玆ニ其独立起業ヲ慫慂セサルヲ得ス、然リ而シテ之ヲ独立起業スルニ於テ士族諸君ノ深ク注意セサル可ラサルモノアリ、今夫レ禄券ヲ集合シテ銀行ヲ創立スルハ素ヨリ其家資ヲ固確スルニ在リト云トモ、凡ソ銀行ノ業タル貸借ノ間ニ介シ其利便ヲ勉メ、其融通ヲ賛シテ以テ自ラ利スルモノナレハ実ニ貨財ノ枢軸ニシテ得失ノ門関タリ、故ニモシ其銀行者ノ謬見ヲ以テ貸借ヲ濫ニスルアラハ一朝其資本ヲ蕩尽スルモ亦知ル可ラス、苟モ然ラハ其家資ヲ固確セント欲スルモノハ却テ之ヲ擲却スルモノタラン、曰ク然ラハ如何シテ可ナラン、宜ク練熟ノ営業者ヲ得其規矩ヲ厳正ニシテ歩々序ヲ進ムルヨリ他策ナカルヘシ、是レ実ニ愚ノ常ニ今ノ銀行創立者ニ顧慮スル所ニシテ、乃チ此来請ニ応シテ敢テ忌憚セスシテ不祥ノ一言ヲ呈シ士族諸君ノ戒心ヲ乞フ所ナリ、依テ独立起業ノ順序ヲ略記シテ諸君ノ参考ニ供ス
    第一
  銀行創立ヲ企望スル士族諸君ハ、各其禄券ヲ集合シ、其金額拾万円タラハ之ヲ七割ト看做シ、七万円ノ併資銀行トシテ其創立ノ願請ヲ為スヘシ、但此願請ハ一同連名ニテモ重立タル人々ニテモ可ナラン、尤モ併資額ハ前ニ協議決定ノ方ヲ可トス
    第二
  右ノ都合ニテハ準備金ナキ姿ナレトモ、是レハ計算上ニ於テ其禄券ノ余額ヲ(全額中十分二ニ当ルモノヲ云フ)該銀行ニ買入ルノ方法ニシテ、仮ニ他ノ既成銀行ニ依頼シ暫ク通貨ヲ借リ入レ、追テ該社幣ヲ以テ之レヲ支消スル手続ニテ差支ナカルヘシ、但此創立ニ付テ地方商賈ノ通貨ヲ以テ加入スルモノアレハ更ニ恰好ノコトタルヘシ
    第三
  右創立ノ許可ヲ得禄券モ亦下付セラルヽ時ニ際セハ第一国立銀行ヨリ簿記計算及金銀監定ニ熟スル役員両三名ヲ仮用シテ一切ノ事務ヲ調理セシムヘシ、但此仮用人員ハ永クトモ両季間位タルヘシ
    第四
  創立後下付セラルヽ社幣ハ其十分二位ヲ地方融通ノ為メニ備ヘ置キ、其八分ハ悉ク他ノ確実ナル銀行ニ預ケ金トナスへシ
    第五
  右預ケ金ノコトハ事務練熟ノ間万一ノ失敗ヲ予防スル方法タレハ概ネ二年間位ヲ目的トシ定期ノ約束ヲ為スヘシ
    第六
 - 第5巻 p.273 -ページ画像 
  地方為替ノ便ヲ開クハ未熟中モ要用タレハ東京其他ノ取引アル地方ヘハコルレスポンテンスヲ開設スヘシ
    第七
  地方ニ於テ商賈ノ利便ヲ達スル為メ当座貸借ノ方法ヲ開キ小切手発行ノ制ヲ設クルモ亦要用タルヘシ
    第八
  向来此銀行ノ頭領ニ任スル人ヲ養成スル為メ此銀行株主中ニテ篤実堅固ニシテ怜悧ナル少年両三人ヲ撰ミ自費ヲ以テ第一国立銀行ニ修業セシムヘシ、但其人ハ追テ当務ニ堪ユル時ハ第一銀行ヨリモ給料ヲ与フヘシ
    第九
  青森県ノ為替御用ハ三井銀行之レヲ拝命スレトモ、モシ便宜ヲ得ハ、第一国立銀行ハ之レニ代テ其支局ヲ置キ、為替ノ事務ヲ担任スヘシ
    第十
  右ノ便宜ヲ得ハ第一銀行支局ノ役員ハ常ニ地方新立ノ銀行ヲ補賛シ、地方荷為替(米穀其他ノ物品)等ノコトハ連携シテ之ヲ開クヲ得ヘシ、但此第一銀行ノ支局ハ地方銀行ニ於テ万般ノコトニ練達スルニ於テハ之ヲ廃シテ引揚クルモ亦易々タルヘシ
右新創ニ付テノ要件愚案開陳仕候也
                   第一国立銀行頭取
  明治十年七月廿六日         渋沢栄一
    青森県
     銀行創立発起諸君 貴下
ア印(欄外)               (第一国立銀行用紙)
○本文ハ前書ノ写シ、ココニハ略ス。
                 (第一国立銀行用紙)栄一代筆
  青森国立銀行創立ニ付開業前心得書
第一 銀行ノ株式ハ拾万円以上ノ銀行ハ一株百円又ハ五拾円ヲ以テ定ムルコト銀行条例ニ明文アレハ、両様ノ内何レニ定ムルモ株主ノ随意ナリ、然レトモ禄券ヲ以テ創立スルモノナレハ、一株百円ト定ムル時ハ、金禄証書ノ内下付高ニ従ツテ多少ノ端数ヲ生シテ不都合ナルニ付、一株五拾円ト定メ、譬ヘハ禄券高五百円(七朱利附)ノモノハ七株トナシ、残余ノ端数(七朱利ノモノ百円ヲ代価七拾壱円五拾銭ト定ムレハ七円五拾銭ノ剰余)ハ切捨テ、其剰余価額ヲ本人ニ仕払ヒ、又券高弐百円ノモノハ百四拾円余ナルニ付、正金拾円未満ノ高ヲ出金セシメテ三株ノ持主ト定ムルノ算則トナシ置キ、而シテ持株ノ増減ハ本人ノ望ニ任スヘシ
    但シ本文切捨テタル端数ノ公債ハ其代価ヲ通貨ヲ以テ本人ニ仕払フ故ニ其公債ハ銀行買持ノ品トナルナリ
第二 禄券価額ハ当時市中売買ノ相場定メ難ク、第拾五国立銀行ヨリ大蔵省ヘ紙幣抵当トシテ納メタル価額ハ五朱利五拾五円、六朱利六拾三円、七朱利七拾壱円ノ割合ナリト雖モ之ハ紙幣抵当之
 - 第5巻 p.274 -ページ画像 
代価ナルニ付一概ニ準拠スルニ及ハサルヘシ、故ニ其価額ハ株主一同之決議ヲ以テ適当ノ代価ニ定ムヘキモノトス、然レ共禄券ヲ以テ加入スルモノト現金ヲ以テ加入スルモノトアル時ハ、其平準ヲ立ツルコト肝要ナレハ、別紙ノ算法ヲ熟思シ、六朱利ノモノ六拾弐円、七朱利ノモノ七拾壱円五拾銭ノ割ニ定ムル方至当ナルヘシ
第三 銀行之資本弐拾万円ナレハ禄券ニテ実価拾六万円、準備正金ニテ四万円ヲ要スルコトナリト雖モ、禄券ヲ以テ創立スル銀行ハ多クハ準備金ノ割合丈ケ正金ヲ得難カルヘシ、万一正金ハ相集ラサルモ到底禄券ニテ実価弐拾万円集合相成レハ、毫モ正金ノ加入ハアラサルモ準備金ノ操合セハ計算上ヨリ出来得ヘキコトナリトス
第四 此銀行ハ禄券ヲ以テ成立スルモノナルニ付、取締役ハ士族中ニ於テ世人ノ信用モ探ク名望モアル輩ニシテ、篤実温和ナル性質ノモノ五名ヲ撰挙シ、其内ヨリ頭取ヲ撰立スヘシ
    但其所持ノ株数ハ六拾株(百円ナレハ三拾株)所持スルコト勿論ナルヘシ
第五 此取締役ニ撰定サレタル五名ハ上任ノ時ニ当リ左ニ記載スル三項ハ必ス相誓テ悖戻セサル旨ノ盟約書ノ如キモノヲ製シ、各株主連名印ノ書面ヲ受取リ置クヘシ
    第一 株主ハ其株金ヲ抵当トシテ此銀行ニ借用金ヲ望ミ、或ハ其身ノ困厄等ヲ以テ別段ノ救護ヲ要求スヘカラサル事
        但銀行ヨリ信用シテ貸附スルハ例外タルヘシ
    第二 株主ハ銀行ノ業務ヲ当任者ニ托スル以上ハ必ス之ヲ決行セシメ其間ニ疑念ヲ加ヘサル事
        但了解シ難キコトハ其人ニ就テ丁寧ニ之レヲ諮詢スルハ勿論タリ
    第三 株主ハ其身ノ修業ヲ口実トシテ銀行ニ向ヒ使用ヲ要求シ又ハ見習勤仕等ヲ求メサル事
        但銀行ヨリ望ミテ之ヲ使用スルハ論ヲ俟タス
第六 創立許可之上ハ速カニ取締役ヲ撰挙シ、右人員ノ中ニテ少シク銀行実際上ニ心掛ケアルモノ、及ヒ性質温良ニシテ筆算ニ志アル壮年之者壱両人ヲ東京第一国立銀行ニ差越シテ、開業前ノ手続並ニ簿記法練習ヲ受クヘシ
第七 創立証書ハ条例掲載ノ通リ、銀行定款ハ条例中掲載アリト雖モ或ハ闕文之行有之ニ付、大概別紙ノ躰裁ニ准シ調製スヘシ
    但シ創立証書銀行定款差出方時限ハ禄券下付ノ後九十日間ニ差出スヘシ、且証書定款トモ三通ツヽ差出スヘキ旨条例中掲示サレタリト雖モ、当今銀行ハ大蔵卿ノ直轄ニ帰シ、紙幣頭ノ手ヲ離レタルニ付、二通ツヽニテ宜敷旨ナリ、尤モ右ニ付奥書文例モ改マリタリ
第八 銀行ノ印章及必用之簿冊等ハ取締役一定、出京ノ節第一国立銀行ニ於テ其注文向等差支ナキ様世話致スヘシ
 - 第5巻 p.275 -ページ画像 
第九 商業繁閙ノ際ニハ銀行紙幣ト他ノ金札トノ間ニ或ハ差違ヲ生センカヲ憂フ、故ニ初年ニ於テ他ノ銀行ニ托シテ勉メテ遠隔ノ地ニ於テ其発行紙幣ヲ流通セシメテ其患ヲ予謀スヘシ
第十 銀行開業セハ直ニ地券又ハ製作所又ハ他ノ物品ヲ以テ借用金ヲ望ムモノ多々ナルヘシ、然レ共創業ノ際之レニ応スル時ハ其練熟セサルヨリ必ス後累ヲ引起スヘシ
第十一 故ニ此銀行ノ実勢ハ専ラ地方出産米ノ荷為替ヲ以テシ、且傍ラ通常為替及定期当座ノ預リ金ヲ為シ、而シテ貸金ハ公債証書抵当又ハ米穀抵当之外ハ先ツ取扱ハサルモノトスヘシ
第十二 銀行営業ニ就テ尤モ其確実ヲ徴スルニハ予メ其創業ノ際ニ於テ資金運用ノ目途ヲ立テ、之レニ由テ両三季ノ業ヲ試験シ、漸ク事務ニ習達シテ随テ其業ヲ拡伸スルニ有リ、殊ニ此銀行ノ如キハ株主中本業熟練ノ人ニ乏シケレハ普通該業ニ通暁セル教授役ヲ招請シテ其指揮ニ従ツテ執行スヘシ
    但シ此教授役ニ相当スルモノヲ見出スコト容易ニ出来得ベキ事ニアラサレトモ、已ニ第一国立銀行ハ特別ノ依頼ヲ受ケ居ルヲ以テ可成丈ケ尽力シテ其人ヲ得ンコトヲ勉ムヘシ
  明治十一年三月十四日
                第一国立銀行頭取
                         (渋沢印)
                    渋沢栄一 
   青森銀行
    発起人御中
      金禄公債証書抽籤ニ相当スル価格割合表

図表を画像で表示金禄公債証書抽籤ニ相当スル価格割合表

 当籤年度          五朱            六朱            七朱 三十年       五十二円八十六銭五厘四   六十弐円廿九銭弐厘三    七十一円七十一銭九厘三 二十九年      五十三円十五銭二厘     六十弐円五十二銭一厘五   七十一円八拾九銭一厘弐 二十八年      五十三円四十六銭七厘弐   六十弐円七十七銭三厘七   七十弐円〇八銭〇三 二十七年      五十三円八十壱銭三厘九   六十三円〇五銭壱厘壱    七十弐円弐拾八銭八厘三 二十六年      五十四円十九銭五厘三    六十三円三十五銭六厘弐   七十弐円五十一銭七厘弐 二十五年      五十四円六十一銭四厘八   六十三円六十九銭八厘    七十弐円七十六銭八厘九 二十四年      五十五円〇七銭六厘三    六十四円〇六銭壱厘     七十三円〇四銭五厘八 二十三年      五十五円五十八銭三厘九   六十四円四十六銭七厘一   七十三円三十五銭〇四 二十二年      五十六円十四銭弐厘三    六十四円九十壱銭三厘八   七十三円六十八銭五厘四 二十一年      五十六円七十五銭六厘五   六十五円四十銭五厘弐    七十四円〇五銭三厘九 二十年       五十七円四十三銭弐厘三   六十五円九十四銭五厘七   七十四円四十五銭九厘四 十九年       五十八円十七銭五厘四    六十六円五十四銭〇三    七十四円九十銭五厘三 十八年       五十八円九十九銭二厘九   六十七円十九銭四厘三    七十五円三十九五厘九《(銭脱)》 十七年       五十九円八十九銭二厘二   六十七円九拾壱銭三厘八   七十五円九十三銭五厘五 十六年       六十円八十八銭一厘四    六十八円七十銭五厘弐    七十六円五十弐銭九厘一 十五年       六十壱円九十六銭九厘六   六十九円五十七銭五厘七   七十七円十八銭一厘九 十四年       六十三円十六銭六厘五    七十円五十三銭二厘弐    七十七円九十銭〇〇一 十三年       六十四円四十八銭三厘弐   七十一円五十八銭六厘五   七十八円六十九銭〇壱 十弐年       六十五円九十三銭一厘五   七十弐円七十四銭五厘弐   七十九円五十五銭九厘一 十壱年       六十七円五十弐銭四厘七   七十四円〇壱銭九厘七    八十円五拾壱銭五厘壱 十年        六十九円二十七銭七厘一   七十五円四十弐銭一厘七   八十壱円五十六銭六厘六 九年        七十一円二十銭四厘八    七十六円九十六銭三厘九   八十弐円七十弐銭三厘三 八年        七十三円三十弐銭五厘三   七十八円六十六銭〇三    八十三円九十九銭五六 七年        七十五円六十五銭七厘八   八十円五十弐銭六厘三    八十五円三十九銭五厘弐 六年        七十八円二十二銭三厘六   八十弐円五十七銭八厘九   八十六円九十三銭四厘七 五年        八十一円〇四銭六厘     八十四円八十三銭六厘八   八十八円六十弐銭八厘弐 四年        八十四円十五銭〇六     八十七円三十弐銭〇五    九十円四十九銭壱厘 三年        八十七円五十六銭五厘七   九十円〇五銭弐厘六     九十弐円五十四銭〇一 二年        九十壱円三十弐銭弐厘三   九十三円〇五銭七厘八毛   九十四円七十九銭四一 初年        九十五円四十五銭四厘五   九十六円三十六銭三厘六   九十七円廿七銭三厘五 一ケ年分利足ト合高 百五円           百五円九十九銭九厘九    百七円〇〇〇八毛 



 - 第5巻 p.276 -ページ画像 
  但シ此ノ比較法ハ三十年目ニ当籤トナルヘシト仮定スルトキハ三十年ノ下ノ高ヲ初年ノ買入額トシ、二十年目ニ当籤トナルベシト仮定セハ二十年ノ下ノ高ヲ以テ初年ノ買入額トナストキハ年ヲ逐テ其価ノ増加スルヲ看ルベシ
今仮リニ此公債証書弐拾五枚ツヽヲ所有シテ年々一枚ツヽ抽籤ニ当ルトセハ、其買入代価モ高下ヲ生スヘシ、而シテ之ヲ平均スルトキハ

図表を画像で表示--

     五朱           六朱          七朱  六拾壱円弐拾七銭弐厘   六拾九円〇壱銭八厘   七十六円七拾六銭三厘五毛 



               (栄一筆)(第一国立銀行便牋、於東京)
  明治十一年七月廿二日
(欄外)
一翰啓上仕候陳者金録公債証書御下附頃合之義内々其筋《(禄)》ヘ御摸様相伺候処、近日之内県地江御差立可相成趣ニ伝承仕候間、此段御含迄内々申進候間、創立証書及定款等之御製調夫々御手繰相成居候方ト存候、右申進度如此御座候 已上
                   第一国立銀行頭取
                      渋沢栄一
    青森銀行 大道寺繁禎様
               (栄一筆)(第一国立銀行便牋、於東京)
  明治十一年八月廿五日
(欄外)
本月十四日附之御状相達し拝見仕候、時下残暑難凌候処各位愈御清適奉賀候、陳は兼而御依頼有之候貴行簿記人員ハ、過頃大道寺君御出京之節御同伴相成候今村源三郎子ヲ以て該員ニ御充て可被成御見込之由拝承仕候、御同人之義ニ付遠藤氏にも承り合せ候処、今村子ハ簿記方御適任なる由ニ付誠ニ以て御好都合之事と奉存候、右ニ付当方に於て手都合之義ハ先ツ見合置可申旨拝承仕候
嘗て御忠告申上候取締役ト株主トノ間之三項ノ盟約ハ御集合之節無違議御結約相成候趣、本業御確立之基と奉慶賀候
起業公債額面五万円御引受之義ハ曾而御約束いたし置候処、今回金禄公債証書御下附相成候ニ付追而売買御許可相成候上ハ金禄公債之相場低下可致ト見込候ニ付起業之方ハ先ツ見合被成度趣来諭拝承仕候、当方に於てハ固より貴行之御都合次第にて差支無之候得共、愚按にハ仮令金禄公債売買御許可相成候とても望之人も多分ニ有之候事ニ付低価にてハ売却人も有之間敷必す騰貴可致奉候、左候得は今日ニ於て起業公債御買入置被成候方後日ニ至リ御都合ニ相成可申奉存候、加之起業公債ハ御承知之通リ格別呼高ニ超過いたし候ニ付、四割已上之割減しニ相成可申左候へハ五万円之御引受も三万円程ニ相減し可申候間此高丈ケハ御買入之方と奉存候、乍併貴方之御都合ニより御望ミ無之候ハハ其段無御遠慮御申越可被下候、金禄公債証書も追々御下附相成候ニ付禄券を以て創立いたし候銀行ハ創立証書定款等ヲ頻リニ申達いたし
 - 第5巻 p.277 -ページ画像 
由ニ付貴方に於ても可成速ニ御調理順次御運置成候様希望仕候、前橋館林等之銀行も即今調整中にて須藤か同処へ出張中ニ御座候
右之段拝答申上度如此御座候也
                      渋沢栄一
    大道寺繁禎様
    芹川高正様
    松野幹様
    蒲田昌清様
    横嶋彦八様
(別筆)
  九月三日午後三時到着
             (栄一代筆)(第一国立銀行便牋、於東京)
    明治十一年八月廿七日
一翰致啓上候、陳者創立証書銀行定款御差出方之義ニ付過日之御来書ニ対し不取敢去ル廿五日附ヲ以テ貴答差出置候後所用有之上州前橋表江出張いたし同所銀行創設之形況ヲ聞知候ニ其不馴之ため無益ニ手ヲ費し候哉ニ被存貴行之義も如何歟ト甚タ感触ヲ引起シ候ニ付念之ため次之件々ヲ御注意申上候
一創立証書第五条株主之姓名ハ株高之順次ニ従ヒ御記載有之へく又末段株主連名印之義モ前同様ニ御記載相成度候
一銀行定款ノ奥書ハ大蔵省江納附スル方ハ左之通
  右……国立銀行定款ハ之ヲ二通ニ認メ本紙一通ヲ上呈シ、他ノ一通ハ同文言ニテ慥ニ之ヲ銀行ニ蔵メ置キ候、仍テ其証拠トシテ私共自ラ姓名ヲ記シ調印致シ候也
    年 月 日        ……国立銀行支配人
                      誰某印
                 同 頭取
                       誰某印
     大蔵卿大隈重信殿
  又銀行江蔵メ置クヘキ分ハ奥書左之通
  右ハ……国立銀行定款本紙ノ正写ニシテ其本紙ハ規則ノ通リ之ヲ大蔵省ヘ差上候、仍テ其証拠トシテ私共自ラ姓名ヲ記シ調印致シ候也
    年月日        ……国立銀行頭取
                      誰某印
                 同支配人
                      誰某印
右之通定款奥書二様ニテ頭取支配人連名ノ位置モ各別ノ体裁ニ可認事ニ候得共、株主連名印ノ順序ハ株高ノ順次ニ従ヒ証書定款トモ左行シテ登録スル事ニ有之候
一金禄公債証書之価格ハ兼テ御談示いたし置候代価積リヲ以テ御計算可相成事ニ付、譬ヘハ三百円ノ七朱利附証書ヲ以テ一株五拾円ノ株主たるもの右公債証書ヲ持参スル時ハ百六拾四円余ノ正金ヲ渡スカ、又ハ小額ノ証書ヲ以テ残額ヲ返却可致ハ当然之事ニ候得共、売買公許無
 - 第5巻 p.278 -ページ画像 
之間ハ右様之取扱ハ難致、銀行課ニ於テモ其取扱難相成甚タ迷惑いたし候ニ付、売買差許サレ候迄ノ間ハ右三百円ノ証券ヲ代価五拾円ニテ買受候躰ニいたし置、追テ売買之禁解ケ候ハヽ其節真正之価格(即チ兼テ及御協議置候価格割合)ニ照シ正金又ハ公債証書ヲ以テ差引計算いたし候手続ニ御取計相成度候
一銀行創立ニ付差出候抵当ハ先金額之半を以県庁へ差上、其御預リ証書を御持参ニて御出京相成候ハヽ銀行課ハ夫ニて相済可申、尤創立前ニ於て県庁より一応御検査も可有之筈ニ付夫是不都合なく御取扱可被成候
前条之件々詳細ニ御了解相成精々御注意之上創立証書及銀行定款トモ両通ツヽ御製裁右持参ニテ御出京有之候様いたし度存候、此段得貴意度如此御座候 以上
  明治十一年八月廿七日        渋沢栄一(印)
    大道寺繁禎様
    芹川高正様
    松野幹様
    蒲田昌清様
    横島彦八様
             (栄一筆)(第一国立銀行便牋、於東京)
(欄外別筆)
九月三十日到着、来三号
   (欄外)
    明治十一年九月十九日
本月五日附之御状相達し拝見仕候、時下新涼相催候処各位益御清康奉賀候、陳は貴行創立証書定款等御調製方も追々御運ニ相成最早株主方之御調印も大概相済候由拝承仕候、且禄券も御下附相成候ニ付書写等ニ御取掛リ相成四五日中にハ御受取済之御手操ニ相成候由是亦拝承仕候、右公債全ク御書替済ニ相成候義ニ候ハヽ其証書御持参相成紙幣抵当ノ為メ出納局ヘ御納被成候ハ勿論差支無之候得共、銀行課之方ハ県庁之御預リ証書にても相済候間、今より書替之為メニ時日を御費し相成候様ノ事なれハ、先状よりも申上候通リ全額ノ凡半を以て県庁へ御差出被成其受取証書御持参にて御出京可被下候
又創立証書並ニ取締役ノ誓詞等ハ夫々御調成之上県庁之奥書を受ケ御持参可被成候
定款ハ別段地方官ノ奥書を受ルニ不及候間、先状より申上候通リ頭取支配人ノ奥書を加ヘ上任報告も共ニ御持参可被成候
右創立証書定款誓詞並ニ上任報告等御差出相成候上開業免状御下附之手続ニ御座候間左様御承知可被下候、尤も創立前県庁より一応御検査も可有之筈ニ付夫是不都合なく御取扱可被成候
昨日貴行より電報を以て金禄公債八十弐円ニ御定相成候ニ付てハ、株主トノ約束価格も可改哉、又紙幣抵当ノ価格も御改正相成候哉之旨御問合相成候ニ付、弊行より左ノ通り電報を以て御答申上候
  金禄公債価格定メラレタレド抵当価格ハ別ナリ、株主トノ約束ハ改ムルニ及ハス
右之通リ電報仕候間御承知被下候事と奉存候ヘ共、一体右之価格を大
 - 第5巻 p.279 -ページ画像 
蔵省ニ於テ御定め相成候ハ不相当ノ相場を以て奸商ニ買収セラルヽ者も御保護被為在候為メニ御設ケ相成候事なるハ右之御布達にても明瞭と存候故ニ株主より銀行へ御引受相成候公債証書ハ右等之割合に不関矢張先般御打合申上置候価格割合にて御定め相成候方と奉存候、且紙幣抵当之価格も即今伺中ニ御座候へ共、多分ハ御買上之相場より四五円劣リ位ニ相成可申候と推察仕候、乍併株主方に於て右御買上ケ之御布達を御一覧被成候時、銀行之株金ニ入金いたし候分も大蔵省御買上相場にて譲渡し度旨申出候ハ必上之事と奉存候間、其節にハ左之理由ニ基き精々御説明可被成候 仮令ハ七朱利付之公債証書を七十一円五十銭にて銀行へ買入候時ハ公債証書より生スル利足のミにして年々既ニ九歩八厘之利を得ルニ当ル、然ルニ若し之を八十弐円にて買取候時ハ其利足ハ八歩五厘ニ過きず、而して此利益ハ多きも少きも株主之領収スル所なれハ到底株主之損益ハ同一之計算と相成、而して若し八十弐円之相場を以て銀行へ買取候時ハ第一に紙幣抵当として大蔵省へ差出スヘキ公債証書も不足ニ相成其不足額を買入候節ハ既ニ其高丈ケハ営業資本を減して紙幣抵当と為スニ当り第二右ノ割合を以て公債を買入候時ハ前陳之如く割賦金ノ割合ノ多カラサルヨリ株主等ハ自然株券ヲ売却スル事を望むへく奉存候、然ル時ハ株券ノ価値ハ次第ニ低下シテ竟ニ銀行ノ信用ヲ失フニ至ルベシ、第三右ノ如ク一旦信用ヲ失フ時ハ預ケ金ヲ為ス者も少ク銀行営業も自ラ狭隘ニ赴キ到底株主等ノ損失トナルニ至ルベシ
右之如く此価格ノ改正ハ貴行前途ノ営業上ニ大関係を有し候間若し株主ニ於て異論を申立候者有之ても右之理由を以て丁寧ニ御説明相成候ハヽ其辺ノ疑ハ氷解不致事ハ有之間敷と奉存候、既ニ前橋館林等之銀行ニ於ても都而前日相定め候価格割合を以て株主より買取候事ニ決議いたし候間貴行ニ於ても同様前日御打合申上候割合にて御決行相成候様希望仕候、右之段拝答旁得貴意度如此御座候 以上
                      渋沢栄一
    大道寺繁禎様
    芹川高正様
    松野幹様
    蒲田昌清様
    横嶋彦八様
             (栄一筆)(第一国立銀行便牋、於東京)
   (欄外)
    明治十一年十月二日
一翰啓上仕候、時下秋冷之候各位陪御清適奉賀候、陳者貴行之創立証書定款等ハ最早株主方之御調印も相済不日御出京も可有之事と奉存候尤も小生ハ無拠用向にて本月十日頃仙台表へ出立可致筈ニ御座候へ共創立証書定款等之御差出方ニ付てハ夫々掛り之者へ申付置候間留守中ニても決して御差支ハ無之候間、此段御休神可被下候
此度新創之禄券銀行にてハ株主より其株金として銀行へ可差入金禄之価格取究之義ニ付、株主之希望スル所ハ多クハ政府之御買上相場即七朱利付証書百円ニ付八十弐円にて銀行へ譲渡し度との意念二有之候より右ノ紛議往々有之候由、既ニ前橋館林等銀行に於ても県庁より八十
 - 第5巻 p.280 -ページ画像 
弐円にて御買上ケ之義御達し相成候より再ヒ価格騰上之謬説を主張いたし候有之候趣申越候《(マヽ)》ニ付、万一右等謬説ノ為メニ銀行営業之基本たる公債証書之価格を騰上いたし候様之義有之候てハ向来営業之為メ一大障碍と被存候間、右之謬説を悟醒すヘき為メ別紙論文一篇を草し同行ヘ送達するに際し、貴行とても均しく禄券を以て御創立被成候銀行なれハ株主之中必ス是等之説を申出候者も可有之甚懸念仕候ニ付、右之一篇進呈仕候、尤も右は前橋館林両銀行之為メニ起草仕候者ニ候へ共其論する所ハ決して両銀行のミの事ニ無之、苟も禄券を以て創立したる各銀行ノ為メニ向来営業之固確なるを冀望いたし候より論出仕候者ニ付、若し貴行之株主ニ於ても公債価格改正之議論相起り候ハヽ右論文之理由ニ基キ精々御説諭相成度奉存候
右之段得貴意度如此御座候也
                      渋沢栄一
    大道寺繁禎様
    芹川高正様
    松野幹様
    蒲田昌清様
    横嶋彦八様
                     (第一国立銀行用紙)
  銀行ノ株金ニ換用スヘキ金禄公債ノ価格ハ勉メテ之ヲ低下ノ地ニ置クヘキノ説
方今金禄公債ヲ以テ創立スル各銀行者ハ其公債ノ価格ヲ定メテ之ヲ該銀行ヘ買収シ、其代リ金ヲ以テ之ヲ株金ニ充ツルニ当リテ或ハ政府ノ御買上直段ニ拘泥シテ其価位ノ昂騰ナランコトヲ企望スルモノナシトセス、是実ニ目前ノ小利ニ執着シテ却テ其永世ノ経業ヲ確実ナラシメサルノ謬見ト云ヘシ、請フ詳カニ之ヲ論セン
夫レ銀行ノ株主タル者ハ該銀行ノ為メニ併資スルモノニシテ、之カ本主タルハ固ヨリ了得セラルヘシ、然而シテ其株高ヲ合本スルニ当リ均シク金禄公債ヲ以テスレハ仮令其価格ヲ騰上スルモ決シテ各自ノ利益ニアラスシテ之ヲ低下スルモ亦各自ノ損耗ニアラサルナリ、今試ニ其計算ノ何如ヲ説明セハ、爰ニ七分利ノ金禄公債五拾万円ヲ合本シテ以テ銀行ヲ創立センニ、其公債ノ価格ヲ百円ニ付八拾弐円トセハ其株高ハ四拾壱万円トナルヘシ、而シテ其公債ヨリ生スル利足ハ金三万五千円タリ、若シ又其価格ヲ百円ニ付七拾弐円トセハ其株高ハ三拾六万円ニ減スレトモ其公債ヨリ生スル利足ハ同シク金三万五千円ヲ得ヘシ、然ルトキハ其虚称ノ株高ハ五万円ノ差異アルモ其銀行ノ実益ニ於テハ毫モ径庭アルコトナクシテ而シテ株主ハ各其所有ノ公債ニヨリテ株高ヲ有スルモノナレハ其計算モ亦平等均一ノ割合ヲ得ル者ナリ、然而シテ其公債ヲ以テ発行紙幣ノ抵当ニ充ルハ大蔵省ニ於テ定度ノ存スルアレハ素ヨリ各自ノ私定スル価格ノ昂低ニ関セサルニ付、銀行紙幣ヲ下付セラルヽノ額モ全ク之ニ繋累ナカルヘシ
此ニ由テ之ヲ看レハ今金禄公債ノ価格ヲ騰貴セントスルハ徒ラニ虚称ノ浮夸ヲ求メテ実益ノ固確ナルヲ勉メサルノ所為タルハ智者ヲ俟テ後
 - 第5巻 p.281 -ページ画像 
ニ識ラサルナリ、且夫レ金禄公債ハ銀行紙幣ノ抵当トシテ大蔵省ニ上納シテ発行紙幣ヲ下付セラルヽモノナレハ実ニ其銀行ノ融通資本ノ基軸ニシテ、万一銀行ニ於テ其発行紙幣ノ交換ヲ遂ル能ハサル時ハ大蔵省ハ其抵当公債ヲ時価ニ由テ売却シ、其代リ金ヲ以テ之カ交換ニ充ルモノナリ、是故ニ其相場ノ景況ニヨリテ時価大ニ低下スレハ一且定ムル価格タリトモ之ヲ低下シテ更ニ其抵当ノ増加ヲ要スヘキハ銀行条例ニ於テ明カナリ、若夫レ新創ノ銀行ニ於テ株主各自目前ノ小利ニ拘泥シテ誤テ其公債ノ価格ヲ騰上シ、不幸ニシテ前ニ述ル如キノ時況ニ際セハ何ヲ以テ其増加スヘキ抵当ヲ得ヘキヤ、必ス其融通資本ヲ減却シテ殊ニ他ノ公債ヲ買収シテ之ヲ上納ニ充テサルヘカラス、果シテ然ラハ其融通資本ハ益減シテ其殖益モ随テ少ナク、終ニ其銀行ノ信任ヲ世間ニ失フニ至ラン、若シ此時ニ当テ其公債価格ヲ低下セントスルモ亦得ヘカラス、否之ヲ得ヘカラサルノミナラス其信任モ亦復スヘカラサルナリ
以上詳論スル所ニ由テ単ニ之ヲ再言セハ、新創銀行ノ株主ニ於テ其金禄公債ノ価格ヲ騰上セントスルハ一モ其銀行ヲ裨補スヘキノ点ナクシテ却テ其銀行ノ利益ヲ減殺シ信任ヲ世間ニ失フノ逆果ヲ有スルノミ、然而シテ今其株主等ノ或ハ公債価格ノ騰上ヲ企望スル者アルハ、余其然ル所以ヲ知ルナリ、今夫レ七分利千円ノ金禄公債ヲ所持スルモノアリテ其価格ヲ八拾弐円トセハ八百弐拾円ノ額ヲ得、之ヲ七拾弐円トセハ、七百弐拾円ノ額トナルヘシ、而シテ銀行ノ株高ヲ有スル部分ヲ仮リニ七百円ヲ賦当セラルヽトセハ、其騰上ノ価格ニヨレハ八百五十円余ノ公債ヲ以テ其株高ニ充テ、残リ百五十円ノ公債ハ之ヲ他用ニ供スルヲ得ヘシ、若又其低下ノ価格ニヨレハ殆ント千円ノ額ヲ供セサルヘカラス、是ヲ以テ各自其残額ノ自己ノ手ニ多カランコトヲ欲シテ其価格ノ騰上ヲ企望セラルヽナルヘシ、是乃チ目前ノ小利ニ執着シテ永世ノ経業ヲ顧慮セサルモノナリ、何トナレハ縦令其価格ヲ騰上シテ其自己ノ手ニ残ル所ノ公債ヲ多カラシメ、之ニ由テ相当ノ利ヲ得ルアルモ其銀行ノ株高ニ於テハ既ニ実益ノ原因ヲ減殺スレハ固ヨリ之ヲ益トスヘカラス、而シテ其銀行営業ノ実際ニ於テハ前ニ詳論スル所ノ如クナレバ、其損害タル猶火ヲ観ル如クナルヘシ、然則此株主ニ於テハ自己ノ手ニ残ルノ百五十円ニノミ注目シテ、銀行ニ合本スルハ八百五十円ヲ忘却スルモノト云ヘシ、思ハサルモ亦甚タシキナリ、況ヤ其残余ノ額ヲシテ猥リニ之ヲ運用シテ、挙テ之ヲ蕩尽スル如キノ不幸アランニ於テヲヤ
利害得喪斯ノ如ク夫レ明カニシテ而シテ猶其価格ノ騰上ヲ欲シテ其弊害ヲ顧ミサルハ是其銀行ヲ愛護セサルモノナリ、然リト雖トモ己レ之ヲ創立シテ之カ営業ヲ企望シ、却テ之ヲ愛護スルノ念ナキハ理固ヨリアルヘカラサレハ、余ハ各銀行ノ株主ニ於テ既ニ此理由ヲ了解セハ決シテ執拗ノ見ナキヲ信スルナル、諸君冀クハ能ク猛省ヲ加ヘヨ
  明治十一年十二月二日          渋沢栄一
 因ニ云、前ニ論述スルハ殊ニ金禄公債ノミヲ以テ創立スル銀行ニ於テ其計算ヲ掲示セシモノナレト、若シ其間通貨ヲ以テ合本スル者アルニ於テハ聊其損益ヲ異ニスヘシ、故ニ若シ斯ノ如キ場合ニ際セハ
 - 第5巻 p.282 -ページ画像 
其通貨ヲ以テ合本スル株主ヲシテ同シク金禄ヲ以テセシメ、而シテ其準備金ノ如キハ更ニ集合ノ金禄中ヨリ相当ノ額ヲ売却シテ之ニ充ツルトセハ、聊本論要旨ヲ妨ケサルヘシ
  ○以上ノ九通ハ、旧五十九銀行ニオイテ「渋沢氏之教書」トシテ保存サレタルモノナリ。


(須藤時一郎)書翰 渋沢栄一宛(明治一一年)(DK050062k-0002)
第5巻 p.282 ページ画像

(須藤時一郎)書翰 渋沢栄一宛(明治一一年)   (渋沢子爵家所蔵)
 ○二月二七日
昨日御命候青森銀行大道寺江可渡心得書取調候ハゝ供御覧候、御加除被下度、創立証書定款及算則ハ前橋銀行ヘ附与候ものと同案之ものヲ御差遣相成候ハヽ可宜ト存候ニ付、別段尊覧ニ供シ不申候、尤写取方ハ書記ヘ申付置候間出来次第御覧ニ供シ可申候
○昨日御内話之遠藤一条同人も深く得意之色ニテ御都合次第何時ニテも貴邸江参趨貴慮之程相伺度旨ニ御座候
右申上度 匆々不一
  二月廿七日
                     須藤時一郎
   渋沢老閣
       侍史
○二月二八日
                          拝啓
御風邪如何御座候也折角御加養奉専念候、陳者青森銀行創立許可之摸様服部遠藤江相尋候処、大蔵省ヨリ銀行資本之義ニ付太政官江伺相成候義此程御指令相成候ニ付、書表其他銀行創立之許可も不日ニ相運ひ可申、青森銀行ハ多分弐拾万円ニテ許可相成旨ニ付、拙考ニテハ不日ニ許可相成候義ニ候ハヽ大道寺氏ニも尚暫時逗留相成許可ヲ得テ帰県之方可然歟と存候得共貴慮之程奉伺度候、昨日御命候同銀行江御渡し可相成心得書貴命ニ従ひ取直し差出申候間、御熟考尚御指揮被下度候
右申上度如此御座候 匆々頓首
  二月廿八日
                      須藤時一郎
   頭取閣下
 洋銀益々騰候今朝五匁壱分七リ正午弐分以上之よしニ御座候
 只今迄ハ大坂来状なし他方ヨリモ来状無之ま事ニ無事ニ御座候
  ○洋銀相場ヨリ推考スレバ本書翰ハ明治十一年二月二十八日ノ発信ニ係ルモノヽ如シ。


株式会社青森銀行沿革史 第八―九頁〔昭和一九年一二月〕(DK050062k-0003)
第5巻 p.282-283 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕株式会社青森銀行沿革史 第四一頁〔昭和一九年一二月〕(DK050062k-0004)
第5巻 p.283 ページ画像

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