デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 関係銀行諸資料 3. 第四十三国立銀行
■綱文

第5巻 p.424-425(DK050088k) ページ画像

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■資料

(愛宕直三郎)書翰 渋沢栄一宛 ○(年不詳)一二月一日(DK050088k-0001)
第5巻 p.424 ページ画像

(愛宕直三郎)書翰 渋沢栄一宛(渋沢子爵家所蔵)
 ○(年不詳)一二月一日(「府内知己来翰」十五年度ニ収ム)
向寒之候尊居益御清寧被為在奉敬賀候、誠ニ平日ハ御疎情ニ打過候段御許容奉願候、陳ハ此蜜柑五箱野物之上誠ニ麁微之至御坐候得共、時候之御機嫌相伺度任幸便奉待尊覧候、万一御呵留相成候ハヽ大慶不斜候、因之如此御座候也
                 第四十三国立銀行
                     愛宕直三郎
  十二月一日
 渋沢栄一様
       尊下

(愛宕直三郎)書翰 渋沢栄一宛 ○(明治一六年)一月一九日(DK050088k-0002)
第5巻 p.424 ページ画像

 ○(明治一六年)一月一九日
拝啓寒冷之候相成益御清安御起居被遊奉万賀候、陳ハ国産蜜柑五箱甚軽少之至候候共、時候御見舞之印迄ニ拝呈仕候、御笑留被下候得者大幸不過之候       草々頓首
 十二月十九日               愛宕直三郎
 渋沢栄一様
       侍史


和歌山史要(和歌山市役所編)第一五六―一五八頁〔大正四年一〇月二五日〕(DK050088k-0003)
第5巻 p.424-425 ページ画像

和歌山史要(和歌山市役所編)第一五六―一五八頁〔大正四年一〇月二五日〕
  下篇 雑史
   第三章 産業
    第二節 商業機関
 銀行 古く紀伊藩に勘定奉行支配、公金取扱所、茶屋宗味の店あり本町五丁目歳入はすべてこゝに納入せしめ、歳出は手形にて振出しこゝに取付をなさしむ。又別に藩の金融調達に任する為替組あり、大小両替商ありて銀行類似の業務を営み、以て当時の需要に応ぜしといへども、今日各銀行の経営するが如く、広く公衆の預金を吸収し、貸付割引等の方法を以て、十分に金融の調理、流通を謀るがごときは、当時尚ほ未だ行はれざりき。蓋し封建の陋習として商工業は区々の一地方に局限せられ、政治の方針、社会の風教は商工を蔑如したれば、商工その事業を伸張するに由なく、随つて金融機関も亦た発達せざりしものにして、敢て怪しむに足らざるものとす。されば維新前に於ける如上の金融業者は未だ以てこれを銀行と称するを得ず、たゞ纔に其形式を存せしものと見做すべきのみ。
 明治五年十一月国立銀行条例の制定あり、同九年八月また新国立銀行条例公布せられ、大に銀行に便利を附与せしが、一面政府は府県に内諭して金禄公債証書を以て銀行設立を奨励せしかば、各地相競ふて其設立を申請するもの前後踵を接するにいたれり。我が和歌山に於ても四十三国立銀行は、県官森部好謙の発意により、三浦権五郎、有本
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応虎、小出泉、鈴村三郎、岸新作、愛宕直三郎、三浦三七等発起人となり、当時士族に下賜せられたる金禄公債二十万円を醵出して資本とし、十一年十一月中之店中之丁に営業を開始せり。当時三浦三七頭取たり同十四年今の十一番丁の位置に移る、同三十年三月国立銀行営業満期前特別処分法に依りて組織を変更し株式会社四十三銀行と改称せしが、現時(大正三年調)資本金三百万円諸積立金一百二十万円諸預金実に一千万円以上を計上し地方銀行の巨擘なりやゝ後れて山崎銀行明治十七年十一月創立資本金八万円設立せられ後銀行兼営和歌山倉庫銀行明治二十六年六月創設、資本金始め三万五千円後十万円に増資す和歌山銀行明治二十八年三月創立、資本金二十万円紀伊銀行明治二十八年三月創立、資本金三十万円紀陽貯蓄銀行明治二十八年四月創立、資本金始め五万円後増資十五万円当初米屋町にあり、後本町一丁目に移る和歌山貯蓄銀行明治二十八年八月創立、資本金三万円紀州銀行明治二十八年創立?、はじめ川崎銀行、新通銀行と称す和歌山商業銀行明治二十九年四月創立、資本金三万円和歌山県農工銀行明治三十二年七月農工銀行法及同補助法により創設せらる、資本金六十万円、はじめ寄合町にあり、後同三十四年北汀町に移る正金貯蓄銀行大正二年十二月創立、資本金五十万円、匠町等相踵いで発生せしが、内紀州銀行は同三十三年、和歌山商業銀行は同三十六年、紀伊銀行は同三十七年、山崎銀行は同四十年、共に国立銀行の後身たる四十三銀行に或は債権債務を譲渡し、或は併合せられ、和歌山貯蓄銀行は同三十五年廃行となり、和歌山銀行もまた同四十二年十月大阪浪速銀行のために買収せられて、その支店となり、現今は五行となれり。其他京阪各地銀行の支店としては、最も古く三井銀行支店あり明治四十四年閉鎖す現時前記浪速銀行支店初め本町一丁目にあり後明治四十四年三井銀行の営業一切を継承して本町二丁目に移転すの外、尚ほ稍や盛大なるものに不動貯蓄銀行支店明治四十二年一月設置、はじめ福町にあり、後十三番丁に新築移転すあり
    和歌山の銀行 大正三年調査

  名称       資本金        払込額
 四十三銀行    三、〇〇〇、〇〇〇  一、八七五、〇〇〇
 和歌山県農工銀行   六〇〇、〇〇〇    六〇〇、〇〇〇
 和歌山倉庫銀行    一〇〇、〇〇〇     八九、〇〇〇
 紀陽貯蓄銀行     二〇〇、〇〇〇    一二五、〇〇〇
 和歌山正金貯蓄銀行  五〇〇、〇〇〇    一二五、〇〇〇



大日本国立銀行本支店附持丸長者鑑(安田安五郎編) 〔明治一五年三月七日〕(DK050088k-0004)
第5巻 p.425 ページ画像

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大日本国立銀行集覧 (高井光太郎編)〔明治一二年一月〕(DK050088k-0005)
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