デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 関係銀行諸資料 8. 諸銀行関係資料
■綱文

第5巻 p.428-431(DK050093k) ページ画像

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■資料

(阿部潜)書翰 渋沢栄一宛 (明治七年)一月一五日(DK050093k-0001)
第5巻 p.428-429 ページ画像

   一
(阿部潜)書翰 渋沢栄一宛 (明治七年)一月一五日(渋沢子爵家所蔵)
過日ハ昇堂候処折節御不幸ニ而御遠方へ御出張之よし驚入候事ニ候、依而本日又々相伺候処、いまだ御帰府無之趣、定めし種々御多用之事ニ奉推察候、然ル処過日一寸申上候バンク建設之義ニ付、庄内人度々相越是非共貴君江拝顔相願度段被依頼、事之情如可ニも深切之談ニ而何分ニも人情難捨置ニ付、御繁多之御中恐入候へ共、尚明後十七日夕三字より四字迄之間同道昇堂仕候間、若御帰府候而御間暇ニも候ハヽ、
 - 第5巻 p.429 -ページ画像 
拝眉相願度、此段先以書中奉願置候 噸首
 十五日
裏 明治七・ 〆第一月夕七字投箱
表 開運橋三井バンク内 渋沢栄一様 御直扱 阿部潜
裏 東京 一・一六・朝・
  ○栄一母えい、明治七年一月七日東京兜町ニ歿シ、越五日血洗島ニ帰葬ト墓碑ニアリ、依而本書翰冒頭ノ過日トハ一月七日ヨリ同十五日迄ノ或日ヲ指スナルベシ。


(阿部潜)書翰 渋沢栄一宛(年月不詳)二八日(DK050093k-0002)
第5巻 p.429 ページ画像

   二
(阿部潜)書翰 渋沢栄一宛(年月不詳)二八日(渋沢子爵家所蔵)
其後は御不音罷過候、益々御清福奉賀候、陳者此度無拠方よりバンク建設之義ニ付被頼候件有之、是非共拝顔相願度候処、貴君ニも定めし御用多と存候間、御間暇之剋相伺度、恐入候へ共幾日何時罷出候ハヽ可然哉、乍御面倒御一封貴答相願度候 頓首
   廿八日
  〆
 渋沢君              阿部潜
   御直披
  ○明治七年一月一五日付書翰文面ヨリ考ヘルニ、本書翰ハソレ以前ノモノ、即チ明治六年某月二八日ノモノナルベシ。


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK050093k-0003)
第5巻 p.429 ページ画像

   三
渋沢栄一 日記 明治三二年
二月十二日 晴
○上略 午後四時坂谷芳郎ヲ訪フデ、布哇銀行ノ事及韓国金地金ノ件ヲ談ス○下略
二月廿五日 晴
○上略 午後外務省ニ抵リ、林通商局長ニ面会シテ布哇銀行支店出張ノ事ヲ談ス○下略


渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三二年)三月一七日(DK050093k-0004)
第5巻 p.429-430 ページ画像

    四
渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三二年)三月一七日
                     (八十島親義家所蔵)
○上略 高崎銀行開業式ハ中島伊平病気之為延引之由、血洗島法会ハ四月一日と決定云々了承仕候、別ニ差支無之と存候
 - 第5巻 p.430 -ページ画像 
○中略
  三月十七日
                         栄一
    八十島殿
  ○封筒ニ「大磯渋沢栄一」ト記セリ。



渋沢栄一 日記 明治三二年(DK050093k-0005)
第5巻 p.430 ページ画像

   五
渋沢栄一 日記 明治三二年
五月一日 晴
○上略 朝ブラオン商会ウエルソン氏来ル、仏国カン氏ヨリノ電報アリタルヲ以テナリ、依テ面会ノ上其来意ニ応ジ、曾テカン氏ニ於テ買入置キタル第一銀行株式四百三十個ノ半額弐百十五個ヲ売却シ、其代金ヲ以テ台湾銀行株引受ノコトヲ取扱フ



(繁田満義)書翰 芝崎確次郎宛(明治三二年)七月八日(DK050093k-0006)
第5巻 p.430 ページ画像

   六
(繁田満義)書翰 芝崎確次郎宛(明治三二年)七月八日
                   (芝崎猪根吉氏所蔵)
謹啓陳過日は拝顔の蒙り種々失敬之段御仁免可被下候、其節ハ御配慮ヲ蒙り吉田君ニも御面上いたし、銀行事業拝聴大ニ安心仕候、此末何角御伺申上度、実ニ御懇篤ナル事ハ深ク奉感謝候、至急之件有之帰途不得高顔帰国仕候次第ニ而御賢察相願候
渋沢栄一君、大坂御出行、此程御帰国之事、新帋ニ而承知仕、実ニ国家之為御尽力之段奉感佩候
銀行事業之件ニ付、猶過日御内意申上候義ニも有之、顧問相願勤倹貯蓄確実之銀行創始仕度、右ニ対御賛成被下度、尊君よりも御面上之節御懇願置之程偏ニ奉願上候
尾高君江も帰途之節拝顔ヲ不得急要帰国仕候、何卒御同君江も御序之節尊君より宜敷御申進し置奉願上候、其内拝顔万々可得高意御願御座候
右申上度御礼答旁如斯ニ御座候、其内拝眉万々可申上候 頓首
   七月八日
                     繁田満義
 芝崎確次郎様
       閣下
  ○栄一、明治三十二年七月三日ヨリ七日マデ汽車製造合資会社開業式出席ノタメ大阪ニ旅行セルコト竜門雑誌第百三十三号ニミエタルヲ以テ、本書翰ハ思フニコノ年ノモノナラン。尚、文中「銀行云々」ハ黒須銀行ヲ指ス。



渋沢栄一 日記 明治三四年(DK050093k-0007)
第5巻 p.430-431 ページ画像

   七
渋沢栄一 日記 明治三四年
八月五日 晴 酷暑
 - 第5巻 p.431 -ページ画像 
○上略 井上伯邸ヲ訪フ、蓋シ此日ハ井上伯ヨリ、原敬氏及室田氏ヲ将来銀行業ニ従事スルニ付紹介ノ為、同業者ヲ招宴セラレシタメナリ、日本銀行正金銀行其他ノ諸銀行者来会ス○下略



渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK050093k-0008)
第5巻 p.431 ページ画像

   八
渋沢栄一 日記 明治四〇年
九月九日 雨 暑                起床七時
○上略 白岩竜平氏来リテ正隆銀行ニ関スル経過ヲ話ス、依テ深水ヲシテ正金銀行ニ懇談シテ存廃ヲ決スへキ旨ヲ注意ス



渋沢栄一 日記 明治四一年(DK050093k-0009)
第5巻 p.431 ページ画像

   九
渋沢栄一 日記 明治四一年
十二月十九日 半晴 寒甚
○上略 午前十一時二十分新橋発ノ汽車ニ搭シテ横浜ニ抵ル、香上銀行支配人ジヨンス氏ノ招宴ニ依ル、同業者其他会スル者十数名○下略