デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第6巻 p.16-17(DK060002k) ページ画像

明治15年4月19日(1882年)

大蔵卿松方正義京浜間ノ各国立銀行頭取ヲ招集シ銀行ノ営業ニ関シテ直諭スルトコロアリ、栄一等衆ヲ代表シテ口諭ニ副フベキ旨ヲ奉答ス。


■資料

集会録事 従明治十五年第一月(DK060002k-0001)
第6巻 p.16-17 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○臨時会録事草按 ○明治一五年四月二二日
○上略
又渋沢君衆ニ謂テ曰ク、去ル十九日大蔵省ヨリ京浜間ノ国立銀行頭取ヲ招集セラレ大蔵卿閣下ハ我カ営業上ニ付賢処ノ在ル処ヲ直諭セラレタル旨ヲ陳ヘ、而シテ当日拝承セシ大旨ヲ筆記シ置タル事ヲ告ケテ之ヲ朗読セリ 筆記下ニ載ス
衆皆共大旨ヲ謹承シ、且各地国立銀行ヘハ其代理店引請ノ行ヨリ之ヲ
 - 第6巻 p.17 -ページ画像 
伝フヘキ事ニ決セリ
○中略
    大蔵卿閣下直諭ノ大旨
明治十五年四月十九日大蔵省ヨリ東京横浜ニ設立セル各国立銀行頭取ヲ招集セラル、出頭セル者左ノ如シ
          第一銀行頭取 渋沢栄一 ○外九名氏名略
      但第五・第廿七・第四十五・第九十五・第百十二・第百十九ノ六銀行頭取ハ事故アリテ出頭セス
右各員着席ノ後、大蔵卿閣下ハ少輔吉原重俊、銀行局長加藤済、少書記官藤島正健ノ三君ヲ率ヘテ着坐セラレ、左ノ趣旨ヲ直諭セラレタリ
 今日卿等ヲ招集セルハ余ノ儀ニアラス、特ニ銀行営業ニ於テ卿等ノ注意ヲ厚カラシメンカ為メ、左ノ一言ヲ面述セント欲ス
 顧フニ今日列席スル卿等ニ在テハ爾来本業ニ黽勉セラルヽヲ以テ其熟練琢磨ハ申ス迄モナク、業務ノ細大ニ論ナク都テ精確ニ営業セラレヘキハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ、然リト雖トモ凡ソ銀行ノ業ハ信用ニ依テ立ツトモ言フヘキモノナレハ、殊更玆ニ注意シテ飽迄モ確実ノ営業アラン事ヲ望ム、且ツ其信用ナルモノハ自身ヨリ之ヲ作為シ得ヘキモノニアラスシテ他人ノ付与スル称呼ナレハ、之ヲ来ス所ノ原因ニ於テ厚ク意ヲ加フルヲ要ス、蓋シ信用ハ猶勉強ノ反照ノ如キモノナレハ、苟モ忠誠励摩ノ種子ナクンバ決シテ信用ノ果ヲ結フベカラサルナリ、卿等夫レ焉ヲ勉メヨ
 余ハ昨年当職ニ任スルヨリシテ聊カ所見アルヲ以テ未タ曾テ各行営業上ニ就テ実際ノ検査ヲ為サシメザルモ、自今以後漸ク此事ニ及ハシメントス、然リ而シテ余カ此検査ニ於テ企望スル所ノモノハ各行共ニ其営業ヲ正確ニシテ諸事整噸スルニアリ、殊ニ瑣事末部ニ付テ其煩労ヲ取ラシムルハ固ヨリ余望マサル所ナリト雖トモ、其点検調査ニ於テハ勉テ薀奥ニ徹底シテ以テ其銀行営業ノ真実ヲ瞭知スルヲ要スルニ付、卿等予メ此大旨ヲ領意セヨ
 且夫レ凡百ノ営業ハ協同聯合シテ互ニ相輔助シ、相商権《(搉カ)》シテ而シテ聯歩併進ヲ勉ムルハ最好ノ方法タルヘケレハ、卿等ハ能ク此ニ躰認シテ相共ニ精励セラルヘシ、故ニ各行相集団シテ常ニ其業務ヲ質議シ、又ハ意見ヲ論談スルハ亦以テ要用ノ事ナルヘシ、況ンヤ東京ハ全国ノ首府タルヲ以テ卿等自カラ各地同業者ノ摸範タルヘキノ姿ヲ有スルニ付、殊ニ其注意ヲ厚クシテ其摸範タルニ恥チサル事ヲ勉ムヘシ
 余ハ今日此言ヲ卿等ニ面述スト雖トモ尚京浜開業ノ銀行ニシテ此席ニ列ナラサルモノアルカ故ニ、卿等ハ余カ前ニ縷述スル大旨ヲ伝ヘテ余カ意ヲ知ラシメヨ、此レ敢テ公ニ命スルモノニアラスト雖トモ京浜又ハ各地ノ同業者タルモノヘ広ク伝ヘ遠ク及スハ亦以テ余カ望ム所ナレハナリ
右ノ口諭畢テ渋沢栄一・安田善次郎等ハ此御口諭ノ要旨ヲ厚ク敬承セシニ付キ、常ニ服膺シテ敢テ怠ラサルヘキ旨ヲ略言奉答ス
是ニ於テ大蔵卿閣下ハ少輔ト共ニ退席セラレ、銀行局長加藤君ハ尚其旨ヲ承テ細カニ之ヲ弁明セラレ、一同之ヲ欽承シテ退散セリ