デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第6巻 p.92-106(DK060025k) ページ画像

明治18年11月29日(1885年)

銀行集会所落成シ、是日開場式ヲ行フ。大蔵卿松方正義臨席シテ祝辞ヲ述ベ、栄一同盟銀行ヲ代表シテ答辞ヲ述ブ。


■資料

集会録事 従明治十五年第一月(DK060025k-0001)
第6巻 p.92-96 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○第十九回定式会録事○明治一五年四月一五日
次ニ委員ハ本会場所ヲ定メン事ヲ謀リ、目今平松町旧魚仙跡ヲ買収シテ仮集会ト為サン事ヲ衆議ニ付シ、此議決ス、因テ右応接及修繕等ノ担当員ヲ定ムル左ノ五名ナリ
                      渋沢栄一
                      安田善次郎
                      川村伝蔵《(川村伝衛カ)》
 - 第6巻 p.93 -ページ画像 
                      山中隣之助
    ○第二十二回定式会録事 ○明治一五年七月一五日
又集会所家屋ノ義、目下恰当ノ位置ナキヲ以テ当分ノ内外ニ借家ヲ求メ仮事務所ト為サン事ヲ議了セリ、若シ然ラサルトキハ第百銀行ニ稟議シテ該行楼上ヲ借リテ仮用スル事アルヘシ
    ○第二十四回定式会録事
明治十五年九月十五日、月番第六十銀行並第十四銀行支店ノ二行盟主トナリ、同盟第廿四回ノ定式集会ヲ万町柏木ニ於テ開設シ、議竣テ晩飧ヲ了シ九時退会セリ、詳録左ノ如シ
       会員 第一銀行 渋沢栄一 ○外二二名氏名略
      但第五・第八・第廿八・第三十三・第八十九・第百八・第百三十二及川崎ノ九行ハ事故アリテ参会セス
  是日会同ニ於テ協議シタル条件ハ左ノ如シ
    秋季宴会ノ事
本月第三日曜定式宴会ノ処、秋暑尚残リ時疫全ク消滅セサルヲ以テ、来月ニ延会スヘキ事ヲ報道ス
    集会所家屋ノ事
過日来点検セシ本材木町及品川町ノ家屋共不適当ナルニ付、更ニ相当ノ建築ヲ得ルニ非サレハ地ヲ卜シテ新築スヘキコトト為シ、先是迄ノ通第百銀行楼上ヲ仮用スル事ニ決ス
    ○小集会録事○明治一五年一一月八日
次ニ兜町四番地ノ家屋ヲ仮用シテ集会所ニ充テン事ヲ謀ルニ一同ノ賛成ヲ得タルヲ以テ、早々其順序ヲ経、引移リノ事ニ決ス
    ○第二十五回定式集会録事
明治十五年十一月十五日、月番第三銀行・第四銀行支店盟主トナリ、同盟第廿五回ノ定式集会ヲ万町柏木ニ於テ開設シ、談竣テ晩飧ヲ了シ八時下退散セリ、詳録左ノ如シ
       会員 第一銀行 渋沢栄一 ○外三一名氏名略
     但シ第三十三銀行・第四十五銀行・第百八銀行ノ三行ハ事故アリテ参会セス
右列席之上月番銀行ハ本会移転シタル要旨ヲ陳ヘ、又是迄仮用シタル第百銀行借家挨拶振ノ義ハ委員ニ稟議シテ之ヲ取計ヘキ旨ヲ報道ス、以外別ニ記事ナシ
    ○第二十七回定式集会録事 ○明治一六年一月六日
本会ニ於テ客臘二十八日、阪本町官有地拝借願済御指令相成タル事ヲ報道シ、右地所ヘ当集会所新築ノコトヲ衆議シ、一同々意建設スヘキコトニ議決シ、然レトモ其建物摸様等ハ追テ協議ノ上定ムヘキ筈ナリ
 但差向委員ニ於テ詮議ノ上一同ヘ協議スヘキ事
      已上
    ○委員集会録事
明治十六年二月五日午後第四時当集会所ニ於テ委員集会
      出席員         渋沢栄一 ○外四名氏名略
      已上
    但川村氏ハ事故アリテ出席セス
 - 第6巻 p.94 -ページ画像 
    第一条 建築ノ事
建築摸様ハ煉瓦西洋造ト為シ、原氏持参ノ絵図ニ拠リ之ヲ取捨スルコトト定メ、而シテ之ヲ負担スルハ原・山中両氏ニ托シ、同人ヨリ仕様並実際絵図面等ヲ作ラシ本月定式集会ニ於テ公衆ノ評議ニ付スヘキコトニ決シタリ
 但其以前委員中ヘハ御話ノ筈ナリ
    ○第二十八回定式集会録事
明治十六年二月十五日、月番第七十四国立銀行・第八十九国立銀行支店盟主トナリ、同盟第二十八回ノ定式集会ヲ万町柏木ニ於テ開設シ、談竣テ晩飧ヲ了シ、午後第八時下退散セリ、詳録左ノ如シ
       会員 第一銀行 佐々木勇之助 ○外二七名氏名略
      但シ第六銀行支店・第十四銀行支店・第四十五銀行・第六十二銀行支店・第九十五銀行・第百八銀行ノ六行ハ事故アリテ参会セス
右列席ノ上左ノ条件ヲ協議決定ス
  第一 集会所建築ノ事
集会所建築ハ煉瓦西洋造ト為シ、総坪ヲ七十一坪ト定メ、而シテ其仕様目論見ノ如キハ委員ニ於テ之ヲ命シ、調査出来ノ上臨時会ヲ開クカ又ハ次会ヲ期シテ之ヲ衆議決定スヘキコトトナス
    ○委員集会録事
明治十六年三月九日、午時下ヲ期シ委員五名ハ万町柏木ニ会集シ、談話決定ノ後、同三時下一同退散セリ
但渋沢氏ハ事故アルヲ告ケテ諸氏ニ先ツコト一時間許リ
       会員 渋沢栄一 ○外四名氏名略
右列席ノ上協議決定シタル条件左ノ如シ
 第一
集会所本家ハ現今出来ノ仕様帳ニ尚心附ノ廉ヲ加ヘ、且直段吟味ヲ為シテ入札ニ付シ候上、其落札人ニ為請負可申事
 第二
右ノ方法ニ致シ候ハヽ此経費概算壱万二千四百円ニ付、是非壱万二千円ヲ極度ト可致事
 第三
添屋ハ凡拾坪内外ヲ見積リ井戸其外等ニテ金参百円ト見積リ置可申事
 第四
本屋間内ノ粧飾ハ概算金二千五百円ヲ目的トシ、適宜ニ取付可申事
但椅子ハ差当リ必用ノ分ノミ出来ノ見込ナリ
 第五
外廻リ塀ハ煉瓦トシ、且庭園樹木地ナラシ等迄金千円ト見積置可申事
 第六
右ノ見込ニテ概算合計金壱万五千八百円ト相成候ニ付、現在所有金壱万三千五百円ト差引弐千三百円不足致シ候間、此分ハ精々他方醵金ヲ心配シ、尚不足ノ分ハ最前入社金ノ振合ヲ以テ聊斟酌シ、同盟銀行ヨリ出金可致事
本日委員会ニ於テ如斯決定シタルヲ以テ、来ル十五日更ニ定式会ノ衆
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議ニ附シ、其議決ニヨリ早々之ヲ着手スヘシ
      已上
 是ニテ渋沢氏退会サレタリ
    ○第二十九回定式集会録事
明治十六年三月十五日、月番第九十五国立銀行・第二十八国立銀行支店盟主トナリ、同盟第二十九回ノ定式集会ヲ万町柏木ニ於テ開設シ、談竣テ晩飧ヲ了シ、午後第八時下退散セリ、詳録左ノ如シ
     会員 第一銀行 渋沢栄一○外二九名氏名略
       但シ第五銀行・第六銀行支店・第四十五銀行・第百八銀行支店・第百十二銀行・第百三十二、六行ハ事故アリテ参会セズ
右列席ノ上委員ハ前会ノ協議ニ付セシ新築経費等ノ儀ニ付去ル九日同僚ノ集会ヲ為シ、其費目ヲ大別シテ概算ヲ打合セタル旨ヲ陳ヘ、之ヲ本日ノ議問ト為シ、絵図面仕様積書等ヲ添ヘ衆員ニ示シ其見込ヲ問フ第一按ヨリ第五按ニ至ルマテハ異議ナシ、第六按末項ニ差引不足ノ分云々最前入社金ノ振合ニ準シ出金スヘシト云ニ至リ一二ノ異議有之タレトモ到底議案ニ拠リ新設スヘキ事ニ決定ス
斯ノ如ク議決シタルニ付、右工事中建築委員三名委員ノ見込ヲ以テ指名増加スヘキ事
    明治十六年三月十五日定式集会議問
 第一
一集会所本家ハ現今出来候仕様帳ニ尚心附ノ廉ヲ加ヘ、且直段吟味ヲ為シテ入札ニ付シ候上、其落札人ニ為請負可申事
 第二
一右ノ方法ニ致シ候ハヽ此経費概算壱万二千四百円ニ付、是非壱万二千円ヲ極度ト可政事
 第三
一添屋ハ凡拾坪内外ヲ見積リ、井戸其外等ニテ金三百円ト見積リ置可申事
 第四
一本屋間内ノ粧飾ハ概算金二千五百円ヲ目的トシ、適宜ニ取付可申事
  但椅子ハ差当リ必用ノ分ノミ出来ノ見込ナリ
 第五
一外廻リ塀ハ煉瓦トシ、且庭園樹木地ナラシ等迄金千円ト見積置可申事
第六
一右ノ見込ニテ概算合計金壱万五千八百円ト相成候ニ付、現在所有金壱万三千五百円ト差引二千三百円不足致シ候間、此分ハ精々他方醵金ヲ心配シ、尚不足ノ分ハ最前入社金ノ振合ヲ以テ聊斟酌シ同盟銀行ヨリ出金可致事
      已上
    ○春季懇親会録事○明治一六年四月一五日
  第一 地所御払下ノ事
阪本町官有拝借地之儀ニ付去ル十日府庁ヨリ召喚ニ付出頭セシ処、右
 - 第6巻 p.96 -ページ画像 
地所今般払下可相成ニ付望ニ候ハヽ本日ヨリ十日間ニ可申出旨口達アリタル旨ヲ告ケ、其払下ヲ可願乎否ヤヲ協議セシニ、一同御払下ヲ可相願旨ヲ望ミ此議ニ決ス
  但シ御払下代価ハ不分明ナレトモ先ツ坪四円位ノ見込ヲ以テ之ヲ試ムル筈ナリ
  第四 建築委員撰挙ノ事
前会ノ決議ニ基キ第三国立銀行松下市郎右エ門、第二十国立銀行佐々木慎思郎、第二十七国立銀行安藤利助ノ三君建築委員ニ推挙シ、各共承諾ヲ得タル旨ヲ報道ス
  第五 入札法ノ事
当集会所建築ニ着手スヘキニ付テハ、其受負人入札ノ儀ハ二三新聞紙ニ広告シテ広ク之ヲ募ルヘシト雖トモ然ルトキハ其身元取調等ニ苦ムヲ以テ其区域ヲ同盟中ト為シ、建築委員ノ見込ヲ以テ之ヲ取極メ候方寧ロ着実ニ帰スヘシトノ考按ヲ陳ヘ、以テ衆意ノ如何ヲ協議ス
一同広ク之ヲ募ルヲ欲セスシテ第二段ノ原按ヲ賛成シ此議ニ決ス
     已上
    ○第三十一回定式集会録事
明治十六年五月十五日月番川崎銀行及第十三国立銀行支店会主トナリ同盟第三十一回ノ定式集会ヲ万町柏木亭ニ開設シ議竣テ晩飧ヲ了シ第八時下一同退会ス、詳録左ノ如シ
      会員 第一銀行 渋沢栄一 ○以下二十九名氏名略
      客員      原六郎
    但第六・第十四・第九十三・丸家ノ四行ハ事故アリテ参会セス
右列席ノ上左ノ条々ヲ報道ス
一前会ニ報道シタル拝借地御払下代価ノ義ハ一坪ニ付金四円内外ノ処ニテ御払下相願度、東京府ヘ屡々内願シタレトモ到底願意採納相成難キ事ニ付、更ニ一坪金四円八十銭ノ割ヲ以テ御払下相成度段昨十四日書面引直シ進達シタル旨ヲ報道ス
○中略
一当集会所建築着手スヘキニ付テハ同盟中ヘ報告シテ入札可取計旨前会ニ於テ報道シタル処ナレトモ仕様帳不完全ノケ所モ不尠ニ付、更ニ取調出来ノ上報道スヘキニ付今ヨリ暫ク延期スヘキ事ヲ報道シ一同之ヲ承諾シタリ
○下略
○明治十六年五月十八日付ヲ以テ上記地面ノ払下ヲ許可サレタリ。
北島町 道路 坂本町 此坪弐百三拾八坪三合八勺 拾七間四合 道路 三代町


諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年(DK060025k-0002)
第6巻 p.96-97 ページ画像

諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年
                 (東京銀行集会所所蔵)
(朱書)
第壱号
今般府下日本橋区阪本町四拾番地ヘ東京銀行集会所二階煉化造凡建坪
 - 第6巻 p.97 -ページ画像 
六拾坪余ノ家屋建築致度候ニ付御省総務局営繕課ニ於テ右図面並仕様経費ノ概算等御取調ノ上該工事監督方御取扱被下度此段奉願候也
               東京銀行集会所委員総代
  明治十六年十月十五日       渋沢栄一
    工部卿 佐々木高行殿
書面願之趣聞届候事
  但委細之儀ハ直ニ営繕課ヘ可打合候事
 明治十六年十月十九日
             工部卿 佐々木高行


集会録事 従明治十五年第一月(DK060025k-0003)
第6巻 p.97 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○第三十七回定式集会録事○明治一六年一一月一五日
一次ニ当集会所新築可相成候ニ付テハ、外囲ノ材料ニ供スヘキ品ニシテ此程株式取引所入札払可相成候ニ付テハ表裏門並鉄柵石垣等格別廉価ニ候ハヽ買取テハ如何トノ相談アリシ処、一同々意ニ付建築委員ニ於テ協議ノ上可然取計相成度事ニ決定セリ
      已上
    ○第三十八回定式集会録事
明治十六年十二月十五日、月番第百国立銀行・第百三十二国立銀行盟主トナリ同盟第三十八回ノ定式集会ヲ日本橋区万町柏木ニ開キ、下文ノ諸項ヲ協議報道シ、午後第八時下一同退散セリ
出席員 委員 第一国立銀行頭取 渋沢栄一○外二五名氏名略
    但三井・川崎・安田・第六・第八十九ノ五行ハ事故アリテ参会セス
右列席ノ上委員第一国立銀行渋沢栄一氏ハ左ノ条件ヲ衆員ニ示シ、之ヲ協議決定スル事左ノ如シ
第一頃日工部省ニ於テ調製出来セシ当集会所新築図面ヲ示シ、其意見ヲ問フニ一同異議ナキヲ陳ブ
第二此図面ヲ以テ異議ナキニ決定セハ速カニ新築着手スヘキ処、左ノ概算ニ拠レハ二千□百円ノ不足ヲ生セシニ付、別ニ其不足金支弁ノ方法ヲ議定スルカ若クハ現在有高ニ応シ更ニ其模様換ヲ為シ、入費節減方ヲ為スカヲ問フ
第三前条ニヨリ着手スヘキニ付テハ工部省ヘ内請シテ其督役者ヲ拝借スヘキ旨ヲ報道セリ
第四次ニ阪本町地所狭隘ニ付、地続阪本小学校拝借地ノ内五十四坪八合一夕同校ヨリ分借取計タル旨ヲ報道セリ


諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年(DK060025k-0004)
第6巻 p.97-98 ページ画像

諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年
                 (東京銀行集会所所蔵)
    地所拝借願
日本橋区阪本町四十番地ノ内昨年御払下相願候場所ヘ今般当集会所建設仕度既ニ着手致候処、西ノ方地所狭隘ニテ建築ニ差支甚タ難渋仕候ニ付別紙図面朱線之地所拝借被仰付度此段奉悃願候也
 - 第6巻 p.98 -ページ画像 
             日本橋区兜町四番地
               銀行集会所委員
  明治十七年三月廿五日      渋沢栄一
    東京府知事 芳川顕正殿
 前書出願ニ付奥印候也
         東京府日本橋区長 中川孝磨
第七九二三号
書面願之趣聞届地坪六拾坪五合五勺明治二十一年十二月迄貸渡候条地坪一ケ月金壱円五拾壱銭四厘相納総テ官有拝借地規則之通遵守可致事
  明治十七年五月十五日
          東京府知事 芳川顕正
北島町 道路 阪本町 四間一合三勺 拾三間 拾七間四合 東京銀行集会所建築地 拾七間四合 拾四間三合 此坪六十坪五合 拾七間四合 阪本小学校 阪本町 二間八合三勺 道路 三代町


諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年(DK060025k-0005)
第6巻 p.98-99 ページ画像

諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年
                 (東京銀行集会所所蔵)
    地所拝借願
日本橋区阪本町四拾番地当集会所地続避病院明地ノ内百六拾四坪半建築中物品置場トシテ拝借罷在候処、所有地狭隘ニ付追々建築落成之上ハ庭園トナシ樹木植付候様仕度奉存候ニ付、更ニ別紙図面之通永ク拝借被仰付度此段奉願候也
                  銀行集会所委員
  明治十七年八月六日
                  渋沢栄一
   東京府知事芳川顕正殿代理
     東京府大書記官 銀林綱男殿
前書出願ニ付奥印候也
      東京府日本橋区長 中山孝磨
(別紙)
第一八三五八号
書面願之趣使用料壱ケ月金壱円八拾四銭壱厘ヲ以テ向五ケ年間使用聞届候条請書之儀ハ当庁衛生課ヘ可承合事
 但入用之節ハ達ヲ受候ヨリ三ケ月以内ニ返納候儀ト心得ヘシ
  明治十七年九月廿五日
    東京府知事 芳川顕正代理
      東京府大書記官 銀林綱男
 - 第6巻 p.99 -ページ画像 
北島町 阪本町 六間 二十三間半 此坪百四十壱坪 二十三間半 六間 銀行集会所建築地 阪本小学校 阪本町 三代町


諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年(DK060025k-0006)
第6巻 p.99 ページ画像

諸達願並指令綴込 第一号・自明治十一年―明治三十三年
                 (東京銀行集会所所蔵)
    避病院建家拝借願
日本橋区阪本町四拾番地ニ当集会所建築仕候ニ付テハ同所地続避病院地所拝借罷仕候処、追々間内作事等仕栫ノ場所ニ差支候ニ付、同所御賄所建家在来之儘明治十八年二月迄拝借被仰付度候、尤トモ御入用之節ハ御達次第何時ニテモ返納可仕候ニ付特別之御誼議ヲ以テ願旨御聞届被成下度此段奉願候也
  明治十七年八月六日     銀行集会所委員
                    渋沢栄一
    東京府知事 芳川顕正殿代理
 前書出願ニ付奥印候也
       東京府日本橋区長 中山孝磨
(別紙)
第一九一六一号
書面願之趣聞届候条当庁衛生課ヘ承合請書可差出候事
  明治十七年九月十九日
           東京府知事 芳川顕正


集会録事 従明治十五年第一月(DK060025k-0007)
第6巻 p.99-102 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○臨時集会録事
明治十七年十月廿九日、午後第四時ヲ期シ臨時集会ヲ日本橋区万町柏木亭ニ開キ、議竣テ晩餐ヲ了シ午後第八時下一同退会セリ、詳録左ノ如シ
    出席員 第一国立銀行 渋沢栄一○外二四名氏名略
    不参各行三井・七十四・百拾弐・第六・第十・八十九〆六行
  合計参拾壱行
                  銀行集会所
                      山中譲三
右列席之上委員第一国立銀行頭取渋沢栄一氏ハ本家建築費壱万四千五十円ノ外、坂本町地所払下及非常戸取設費ニ於テ弐千四百円已上壱万六千五百円程ノ経費ハ既ニ決セシ処ナリシカトモ属舎及周囲鉄柵門扉
 - 第6巻 p.100 -ページ画像 
煉化塀ヨリ階上下敷物窓掛椅子テーブル等必要ノ器具取調候処凡八千六百円ノ不足ヲ生セシニ付、総テ本家ニ相当連続セシモノト為サント欲セハ此不足金ヲ更ニ醵集相成度旨ヲ陳ヘ、且ツ之レカ図面ヲ示シ協議ニ付セシニ両三行ノ会員ハ其費用ノ大ニ増加セシヲ以テ精々節減ヲ加ヘ而シテ表通ハ通常煉化塀トシ裏手向ハ之レヲ板塀ト定メ、内部装飾及椅子等モ之レニ準シ目下ノ間ニ合セ候事トシ追テ交換セシ方可然トノ説一同ノ賛成スル処トナリ、更ニ五千円ヲ醵出シテ此費用ニ充ツル事ニ議決ス
    ○第四十七回定式集会録事
明治十七年十一月十五日、月番第百十二銀行及第十四銀行支店盟主トナリ第四十七回ノ定式集会ヲ日本橋区万町柏木亭ニ於テ開設シ、議竣テ晩餐ヲ了シ午後八時下一同退会セリ、詳録左ノ如シ
    委員 第一国立銀行 佐々木勇之助○外二三名氏名略
    但第三十三・川崎・第三十二・第百三十二・第六・第□十・第六十三ノ七行ハ参会セス
右列席ノ上委員三井銀行副長西村虎四郎氏ヨリ本日協議報道ノ条件ハ山中譲三ヲ以テ演述セシムヘキ旨ヲ告ケ、
左ノ条件ヲ議決セリ
一去月廿九日臨時集会ニ於テ建築費不足ノ分別途醵金ノ額ハ已ニ五千円ノ節減高ニ議決セシニ付、爾後該金高ヲ目途ト為シ個所々々減却法ヲ以テ取調候処、表通柵ニ堅石使用ノ場所ハ青石ヲ用ヒ、裏通リ高十二尺一枚半積ノ煉化塀ハ八尺半壱枚積トナシ、廻廊及湯呑所等ハ総テ木造塗屋ニ換ヘ、階下間内ノ装飾等モ之ニ準シ又椅子テーブルノ類ハ暫ク之レヲ予算中ニ加ヘス、大略右ノ如クニシテ最前ノ予算ニ比スレハ凡四千円ノ減却ニ相成候、而シテ今爰ニ本家建築着手ヨリ今般別途醵出ノ金額ヲ併セ本年十月三十一日現出納高ヲ調査スレハ左ノ如シ
 一金壱万四千五百九拾九円      本家建築費
 一金八千百十四円七拾八銭      周囲鉄柵煉化塀及附属舎其外内部装飾庭廻共取設費用
  〆金弐万弐千七百拾参円七拾八銭
    内
  金壱万〇六百六拾四円六拾壱銭六厘 十六年十二年建築着手ヨリ十七年十月三十一日迄仕払高
  金七千弐百円           十一月一日月番預リ高
   小計金壱万七千八百六拾四円六拾壱銭六厘
  差引不足
   金四千八百四拾九円拾六銭四厘
 右ニ付今般各行ヨリ醵出可相成割付金高調書ヲ廻覧ニ供セシニ異議ナク一同承諾ヲ得タリ
    ○第五十一回定式集会録事
明治十八年三月二十日、月番第二十七銀行及第六銀行支店盟主トナリ第五拾一回ノ定式集会ヲ京橋区木挽町商工会ニ於テ開設シ、議竣テ晩餐ヲ了シ午後八時下一同退会セリ、詳録左ノ如シ
  委員  第一国立銀行頭取  渋沢栄一○外一名氏名略
  会員  正金銀行      伊藤詮一郎○外一八名氏名略
 - 第6巻 p.101 -ページ画像 
     但三井・第二・第五・第二十・第六十・第百十九・第百・第百七支店・第百三十二・第六十二支店・第八十九支店・第百十三支店ノ拾二行ハ事故アリテ参会セス
右列席ノ上委員第一国立銀行頭取渋沢栄一氏ハ今般今村清之助氏ヨリ当集会所ノ新築ヲ祝シ、硝子鏡板壱面寄附致度旨申出有之候ニ付、受納スルノ如何ヲ協議ニ付セシニ、一同其厚意ニ任セ之ヲ受理スヘキ事ニ決定セリ
一次ニ来ル四月ハ例年春季宴会開設ノ期ナレトモ、最早新築落成モ近キニアレハ春季例会ヲ延ハシ、開業式ニ譲ルヘキ歟、将タ恒例ニ依リ之ヲ開クヘキ歟ヲ衆議ニ付セシニ、本年ニ限リ春季宴会ヲ停メ、開業式ノ費用ニ補助セン方可然トノ説多数ヲ占メ、依テ春季会ヲ停ムヘキ事ニ決定セリ
      已上
    ○第五十二回定式集会録事
明治十八年四月十五日、月番川崎銀行及第四国立銀行支店盟主トナリ第五拾弐回ノ定式集会ヲ新大橋万千楼ニ於テ開設シ議竣テ晩餐ヲ了シ午後八時下一同退会セリ、詳録左ノシ
    会員 第一国立銀行 渋沢栄一○外二三名氏名略
     但三井・六十・百十九・百十二・百三十二・第六・八十九ノ七行ハ参会セス
右列席之上委員第一国立銀行頭取渋沢栄一氏ハ左ノ条件ヲ協議報道セリ
第一昨十七年十月、同盟臨時集会ニ於テ議決セシ建築費不足ニ付、別ニ醵出スヘキ金五千円ハ、来ル五月一日ヨリ五日迄支出相成度、建築委員ヨリ請求ニ付出金アラン事ヲ報セシニ、一同異議ナク之ヲ諾ス
    ○第五十四回定式集会録事○明治一八年六月一八日
又次ニ当集会所建築落成式執行ノ事ヲ謀リシニ追々暑気ニ向ヒ候ニ付其開会ハ来ル十月ト定メ、而シテ其費用ハ本年春秋二季懇親会費ノ外三百円ヲ加ヘ、当日ノ費途ニ充テ其招待人員凡三百四五十名ト概定シ夜会ヲ催スヘキ筈ナリ
右議竣テ晩餐ヲ了シ十時下一同散会セリ
    ○第五十七回集会録事
明治十八年九月十五日、月番第百国立銀行及第□□国立銀行支店盟主トナリ同盟第五十七回ノ定式集会ヲ開設ス、来会者左ノ如シ
  委員 第一国立銀行頭取 渋沢栄一○外一八名氏名略
     但三井・正金・百十九・三十三・六十・九十五・百七・百十二・百三十二・第六・第十・十四ノ十二行ハ参会セス
第五十七回ノ定式集会ニ於テ委員第一国立銀行頭取渋沢栄一氏ハ前会ノ評議ニヨリ来十月中開場式執行スヘキ筈ナリシ処、未タ器具装飾及庭園等整理セサルモノアリテ予定ノ通執行ヒ兼候ニ付、諸事整理ノ上更ニ吉日ヲトシテ執行スヘキ旨ヲ報道セリ
又右開場式執行相済候上ハ商業社会ニ重立タル向ヨリ会議集談等ノ為
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メ、本会所使用ノ依頼有之候トキハ相当ノ使用料(瓦斯石炭代等凡拾円位)ヲ申請ケ、当集会所ニ差支無之限リハ委員稟議ノ上貸与相成候テハ如何トノ協議アリシニ一同異議ナキヲ以テ之レニ決定セリ
右議竣テ晩餐ヲ了シ午後八時下一同退散セリ


集会録事 従明治十五年第一月(DK060025k-0008)
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集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○第五十八回集会録事
明治十八年十月十五日、月番第百十二国立銀行及第百七国立銀行支店盟主トナリ同盟第五十八回ノ定式集会ヲ開設ス、来会者左ノ如シ
    委員  三井銀行副長  西邑虎四郎○外一名氏名略
    会員  第一国立銀行  佐々木勇之助○外二一名氏名略
     但正金・第二・六十・九十五・三十二・第六・六十三ノ七行ハ集会セス
○中略
又一ノ関第八十八国立銀行ヨリ当集会所建築落成ヲ祝シ金弐十円寄贈セラレタル旨ヲ報道セリ
次ニ当集会所間内装飾向及器具庭園モ略等出来ニ及ヘルヲ以テ、吉日ヲトシ開場式執行スヘキニ付テハ、当日招待ノ人名、饗応方等協議ノ上決定致置度旨ヲ報告セシニ、衆皆曰ク、其人名取調及饗応準備等ノ如キハ之レヲ常委員建築委員諸式ヘ属託シ、其日限並饗応ノ模様等ハ総テ委員評議ヲ以テ之レヲ決定ノ上一同ヘ報告相成度旨ヲ希望セシヲ以テ、委員等ハ之レヲ承諾セリ
右議竣テ晩餐ヲ了シ八時下一同退散セリ
    ○五十九回定式集会録事○明治一八年一一月一六日
次ニ開場式執行ニ付、当日招待人名及其余興等打合ノ為メ去月廿七日委員会相開評議ニ及候処、其人員ハ各省卿参事元老両院長及大蔵省各局長、警視総監、東京府知事、神奈川県令、東京地方官其他官員数十名、並民間紳士外国商人等ニテ凡三百人ナレ共、当京浜間商人ノ重立候向凡七八十名ト見込、之レヲ案内致候テハ如何トノ事ヲ協議セシニ一同々意セシヲ以テ早々取調案内状発付スヘキ事ニ決セリ
右ニ付当日ハ海軍々楽隊ヲ聘シテ奏楽シ、館ノ内外ニハ電気灯数基ヲ持立シ、其余興ニハ角力相催シ可申、事ニ決議シタル旨ヲ報道セシニ一同異議ナキヲ以テ其日限ヲ本月廿八日ト定メ(大蔵卿閣下ノ御差支ニ付、更ニ廿九日ト改ム)而シテ其費用ハ凡一千五百円ヲ目的トシテ便宜処弁スヘキ事ト為シ、当日諸準備ハ委員建築委員其他ノ数行ニテ分担スヘキ事ニ議決セリ
右議竣テ晩餐ヲ了シ午後八時下一同散会セリ
    ○第六十回定式集会録事
明治十八年十二月十五日、月番第百三十二国立銀行及第十四国立銀行支店盟主トナリ、同盟第六十回ノ定式集会ヲ開設ス、詳録左ノ如シ
  委員  第一国立銀行頭取   渋沢栄一○外四名氏名略
  会員  第三国立銀行取締役  松下市郎右衛門○外一九名氏名略
     但安田・百七・百十二・第六・第十・八十九ノ六行ハ参会セス
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明治十八年十二月十五日、第六十回ノ定式集会ニ於テ建築委員山中隣之助氏ハ其総代トシテ建築入費及開場式入費精算書調査相済候旨ヲ告ケ、其精算書ヲ示シテ詳カニ之レヲ報告セリ
於此委員始メ会員一同ハ厚ク其担任中ノ労ヲ謝シ、併セテ銘々満足ノ意ヲ陳述セリ、於爰委員渋沢栄一氏ハ工部省督役者ヲ始メ建築委員諸君ヘ対シ敢テ報酬ト云ニハアラサレトモ聊カ一同ノ表志トシテ相当ノ物品ヲ呈贈シ、他日ノ記念ニ留メラレ度トノ事ヲ協議セシニ一同ノ同意ヲ以テ其取扱ハ委員ニ於テ取極呈贈スヘキ事ニ決定セリ


銀行通信録 第一号・第一二―一八頁〔明治一八年一二月〕 銀行集会所開場式(DK060025k-0009)
第6巻 p.103-105 ページ画像

銀行通信録 第一号・第一二―一八頁〔明治一八年一二月〕
    ○銀行集会所開場式
明治十八年十一月廿九日当集会所開場ノ典ヲ挙ク、是日天気朗晴ナレハ委員、建築委員、月番、及各同盟銀行ノ頭取、取締役、支配人其他同盟銀行役員諸氏ハ、早晨ヨリ当集会所ニ来集シテ、各担当ノ事務ヲ整理セリ、其粧飾ハ先ツ正門ノ前頭ニ一大緑門ヲ造リ、日章ト徽章トヲ交叉シ、門内ノ左右ニ電気灯数基ヲ樹立シ、本館ノ周囲及庭園ニハ数百ノ球灯ヲ掛ケ列ネ、館内処々ニハ松竹花卉等ノ大盆栽数種ヲ排置シ、各室ニハ綵剪緑葉ヲ点綴シ、及瓶花数種ヲ装置セリ、而シテ楼上ノ広室ヲ挙典ノ式場トナシ、楼上ノ小室楼下ノ南室ヲ以テ饗宴立食ノ場所ト為シ、又館外ニ十数間ノ仮屋ヲ設ケテ饗宴ノ分席トナシ、又隣地空広ノ場所ニ於テ角力場ヲ設ケ、其四辺ニ看棚ヲ匝架セリ、本日委員ヨリ招待セシ所ノ賓客ハ参議諸公、諸官省勅奏任官、東京府知事、神奈川県令、在京地方官、東京横浜ノ諸紳商及外商、同盟外諸銀行、有名ナル諸会社ノ役員、新聞記者等、無慮六百有余名ナリ、午後一時ニ至リ衆賓陸続来臨セラレケレハ、委員及同盟銀行役員奔走周旋シテ各設ケノ席ニ上請セリ、已ニシテ松方大蔵卿閣下ハ左ノ祝辞ヲ演述セラル
 銀行集会所建築成ル、玆ニ開場ノ式ヲ挙クルニ当リ、同盟銀行者諸君ノ懇待ヲ受ケ、此盛延ニ列ス、爰ニ一言以テ此開場ヲ賀セントス夫レ水積テ以テ河ヲ為シ、河聚テ以テ海ヲ為ス、故ニ智ハ衆智ヲ合ハスルニ加カス、力ハ衆力ヲ聚ムルニ如カス、従来我人民ハ進取ノ気象ニ乏シカラスト雖モ、協同ノ精神ニ欠ク所アリ、是ヲ以テ其事ヲ成シ業ヲ遂クルニ於テ、或ハ憾ナキ能ハス、今ヤ財貨流動ノ機関タル銀行ニシテ、協同ノ精神ヲ発揮シテ、此集会所ノ設ケアル、豈ニ慶セサルヲ得ンヤ、於戯同盟銀行者諸君ハ既ニ経験ニ富ミ業務ニ熟セルハ、余ノ信シテ疑ハサル処ナリ、今ヨリ益衆智ヲ合セテ智ト為シ、衆力ヲ聚メテ力ト為シ、駸々進ンテ而シテ舎マスンハ、其河ヨリ海ニ達シテ寰宇ヲ涵濡スルニ至ルハ、東洋豈西洋ニ及ハストセンヤ、然レトモ前途猶ホ遠シ、今日ハ譬ヘハ濫觴ノ水ノ如シ、其河ト為リ海トナルハ、諸君ノ黽勉シテ以テ益力ヲ此ニ致スニ在ル而已是レ余開場ヲ祝スルニ当リ、併セテ大ニ将来ニ望ム所ナリ
此時委員及同盟銀行一同ハ其盛意ヲ鳴謝シ、而シテ渋沢栄一氏ハ同盟銀行ノ総代トシテ、大蔵卿閣下ニ対シ、左ノ謝辞ヲ以テ奉答セリ
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本日我銀行集会所開場ノ典ヲ挙ルニ当リ、朝野ノ貴賓雲ノ如ク光臨セラレ、辱ク大蔵卿閣下金玉ノ言ヲ以テ此典ヲ祝セラル、我同盟銀行ノ光栄之ニ過クルモノナシ、栄一当集会所ノ委員ニ列ス、此ニ同盟銀行ニ代テ恭ク蕪詞ヲ呈シテ、以テ大蔵卿閣下ニ奉答シ、併セテ来会ノ貴賓ニ鳴謝セント欲ス
惟ルニ銀行ノ事業ハ上国家ノ財政ヲ翼賛シ、下民物ノ昌盛ヲ調補ス、其負荷スル所重且大ナリト謂ヘシ、然而シテ能ク此重大ノ任ニ堪ヘ、其効用ヲ奏スル者ハ、固ヨリ勉強刻苦ノ積ム所ニ因ラスンハアラスト雖モ、抑亦集合協同ノ力ニアラスンハ、決シテ其盛大ナルコトヲ期スヘカラス、故ニ欧米各邦ノ大都通邑ニシテ数多ノ銀行者アル処ニ在テハ、亦必合同戮力スル所ノ方法アリ、是則大蔵卿閣下カ訓喩セラレタル河水湊合シテ終ニ海洋ヲ為ス者ニシテ、実ニ奪フヘカラサル自然ノ大本理ナリトス、今本邦ノ銀行ハ之ヲ欧米各邦ニ比スレハ、尚幼稚タルヲ免レスト雖モ、業既ニ会同ノ法ヲ設ケテ、公益ノ道ヲ講究スルコト玆ニ年アリ、今ヤ進テ全国ノ諸銀行ト声息ヲ互通シ、智識ヲ交換シテ更ニ共同鴻利ヲ拡充スルヲ期シ、遂ニ此集会所ヲ新築シテ、本日開場ノ典ヲ挙クルニ至リシハ、独同業者ノ為ニ賀スル而已ニアラス、之ヲ商業世界ノ幸栄ト称スルモ、敢テ過当ノ言ニアラサルカ如シ
今夫我銀行ハ幼稚ナリト雖モ、創業以来既ニ十余ノ星霜ヲ経テ、財政ノ変遷金融ノ通塞ニ遭遇セハ、聊以亦経験ナシトセス、今ヨリ後益協同ノ精神ヲ揮攉シ、大蔵卿閣下ノ賜リタル金言ヲ服膺シテ、理財ノ一大機関ニ任シテ、通商貿易ノ気血ヲ養成セハ、他日欧米各邦ノ銀行ニ凌駕センコト、亦甚タ難キニアラサルナリ
夫水固ヨリ東西ノ別ナシ、人智豈欧亜ノ殊アラムヤ、只其勉強刻苦ノ厚薄如何ニ在ルノミ、我同業者焉ソ能ク獲ルヘキノ天福ヲ獲ス、収ムヘキノ人功ヲ収メス、徒然望洋トシテ他邦ノ福利ヲノミ羨瞻スルモノナランヤ、仰願クハ大蔵卿閣下、我同業者ノ為メニ将来訓誡スル所ヲ吝ミ給ハス、朝野ノ貴賓モ亦我同業者ヲ眷願セラレ、我同業者カ真ニ国ヲ愛スルノ至誠ヲ照鑑セラレムコトヲ、謹テ白ス
又工部権少技長辰野金吾君ハ左ノ祝詞ヲ朗読セラル
 本会ノ建築ハ明治十七年四月工事ヲ始メ、爾来経営玆ニ十有六閲月乃本年七月ヲ以テ此宏壮ノ新築ヲ落スルニ至レリ、是レ誰カ力ソヤ乃該建築委員山中隣之助・松下市郎右衛門・安藤利助・佐々木慎思郎及秘書山中譲三諸君ノ黽勉克ク終リアルニ由ルト雖モ、亦其之ヲ致ス所以ノモノハ、故工部三等技手清水義高氏創業以来綣々董役シ尋テ工部六等技手早川嘉会氏其職ヲ襲キ、続貂ノ嘲ナク能ク勤メタルニ因ル、復其彫刻及装飾ニ至リテハ旧工部省美術学校彫刻科一等卒業生当時工部八等技手大熊氏広・同雇近藤由一両氏ノ力ナリ、若シ夫レ平岡課長・中島権大書記官ノ奨励ト諸氏ノ助力トニ籍ルニアラスンハ、余ノ不完ナル意匠ヲ以テ、奚ソ能ク此成功ヲ観ルニ至ランヤ、誠ニ欣喜雀躍ニ堪ヘサルナリ、終リニ臨ミ一言以テ此結構ヲ述ンニ先ツ外構ハ彼伊国造家学士パラテヨ氏ノ新式ヲ模範トス、氏ハ紀元一千五百十八年ヨリ一千五百六十年迄、乃チ四十二年間其英
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名ヲ轟セリ、今尚ホ仰テ近代造家学士ノ泰斗トス、又装飾ニ至リテハ主トシテ伊国千五百年代チンクヱチヱント――風ト称スル一種ノ模様ヲ擬ス、孰レモ取舎折衷シテ以テ之ニ適用シタルモノナリ、我輩本日此新築開場ノ祝宴ニ列ナルヲ得、何ノ栄カ之レ若カン、欣抃ノ余薄カ一篇ノ蕪稿ヲ誦シ、以テ新築落成ヲ賀スルノ祝詞ニ代ユ
此時委員建築委員及同盟銀行一同ハ其盛意ヲ領シ、併セテ建築監督中ノ労ヲ鳴謝セリ
是ニ於テ開場ノ典畢リタレハ、委員ハ来賓ヲ前導シテ角力場ノ看棚ニ請シ、角技数番ノ後、又貴客ノ需メニ応シテ更ニ数番ヲ角セシメ、畢テ委員等ハ再ヒ前導シテ、賓客ヲ楼上楼下及仮屋立食場ニ上請セリ、此時天既ニ黄昏、電気灯光輝煌トシテ一層ノ美観ヲ呈シ、海軍ノ楽隊ハ数番妙曲ヲ奏シテ宴場ノ盛典ヲ添ヘタリケレハ、朝野ノ賓客大ニ歓ヲ罄サレ、八時頃ニ及テ一同散帰セラレタリ、次日又余興ヲ以テ午後四時ヨリ電灯ヲ点シ、角抵技ヲ行ヒ、来看者無慮一千五百有余名ナリシ
   ○銀行集会所ハ東京市日本橋区坂本町四十番地ニ新築シタリ。
   ○明治十三年八月二十二日。明治十九年一月六日。明治三十二年十一月一日及ビ大正五年九月二十五日ノ項ヲ参照スベシ。
   ○工学博士藤岡市助伝ニヨレバコノ宴会ハ我国ニ於テ公開席上電灯ヲ点ジタル嚆矢ナリ。


東京日日新聞 ○第三八八七号〔明治一七年一一月二一日〕 銀行集会所(DK060025k-0010)
第6巻 p.105 ページ画像

東京日日新聞
 ○第三八八七号〔明治一七年一一月二一日〕
    ○銀行集会所
 日本橋区坂本町に新築中なる同盟銀行集会所の工事ハ、工部省准奏任御用掛辰野金吾氏が依頼を受けて担当せらるゝ所なり、其の建築ハ総て伊太利国の紙会社の建築に倣ひて之れを折衷改良し、入口にハ鳳凰を刻し、二階昇り口の手摺欄干にハ七福神を彫みたり、斯る工事ハ我国にて初めての事なれバ、渡辺工部少輔を初めとし書記官の方々が時々見分せらるゝ由なり、尤も落成は来十八年四月頃なるべし

東京日日新聞 ○第四〇六二号〔明治一八年六月一三日〕 銀行集会所(DK060025k-0011)
第6巻 p.105 ページ画像

 ○第四〇六二号〔明治一八年六月一三日〕
    ○銀行集会所
曾て建築中なりし坂本町の同集会所ハ既に竣功せしに付き、明後十五日ハ工部省営繕課より、集会所へ引渡さるゝ都合なりとか


東京経済雑誌 第一二巻第二七二号・第八七五頁〔明治一八年七月四日〕 銀行集会所の新築(DK060025k-0012)
第6巻 p.105 ページ画像

東京経済雑誌 第一二巻第二七二号・第八七五頁〔明治一八年七月四日〕
    ○銀行集会所の新築
兼て日本橋区坂本町に建築中なりし同集会所は過日建築落成して工部省より引渡済となりしが、其開業式は兼て本月初旬に行はる可き筈の処追々暑気にも向ひたれはとて秋冷の好季節を待ちて盛大なる開業式を行ふことに決したりと云ふ


回議録 銀行・明治一八年(DK060025k-0013)
第6巻 p.105-106 ページ画像

回議録 銀行・明治一八年 (東京府文庫所蔵)
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    移転御届
日本橋区阪本町四拾番地当集会所新築落成ニ付今般同所ヘ移転仕候間此段御届申上候也
  明治十八年八月廿二日 銀行集会所
    東京府
      御中


中外物価新報 第一〇九四号〔明治一八年一二月一日〕 銀行集会所開場式(DK060025k-0014)
第6巻 p.106 ページ画像

中外物価新報 第一〇九四号〔明治一八年一二月一日〕
    ○銀行集会所開場式
 予て記せし如く日本橋区坂本町に新築の銀行集会所は弥よ一昨廿九日を以て開場の式を挙げたるが、先づ其模様を略記すれば門前に緑門を設け、門頭及式場入口に国旗を交叉し、屋上より庭面に亘りて数百の毬灯を掛け、庭内には海軍楽隊をして楽を奏せしむる等所謂おきまり通りの事なれども、式場其他室内の飾付は頗る美麗を極めて来賓を待つに厚きの意を表し、殊に一段の興趣を添へんとて梅ケ谷・大達・剣山・西の海其他多勢の力士を集め相撲を興行し、来賓客の縦覧に供せしは面白き思付にて此日来会されたる松方・西郷・山県・大木の諸参議を首めとし各省の勅・奏任官、東京府知事及び東京横浜の紳士巨商、新聞社員に至るまで幾んど五百名許の賓客皆壮快の心を起さゞるはなかりき、而して相撲の果てしは夕五時過にて夫れより立食の饗応ありたるが、是れより先き開場の式典を行ひたるは午後一時後にして松方大蔵卿の祝辞あり、渋沢栄一氏の答辞あり、其祝辞及び答辞は即ち左の如くなりし。


東京経済雑誌 第一二巻第二九四号・第一六〇六―一六〇七頁〔明治一八年一二月五日〕 銀行集会所開場式(DK060025k-0015)
第6巻 p.106 ページ画像

東京経済雑誌 第一二巻第二九四号・第一六〇六―一六〇七頁〔明治一八年一二月五日〕
    ○銀行集会所開場式
日本橋区坂本町に新築成りたる銀行集会所は、去二十九日を以て開場の式を行はれたるが、当日は松方・西郷・山県・大木の諸参議、各省の勅・奏任官、東京府知事、其他東京・横浜の紳士豪商、新聞社員等五百名程の賓客を招かれ、其興を添へんが為めに、相撲を催ふして縦覧に供し、門前、室内の飾付け等も殊に麗美を極め、賓客の接待最も丁重なりき、当日松方大蔵卿の祝詞及渋沢栄一氏の答詞は左○前出の如し